紫耀達との模擬戦の翌日。私は海鳴市の図書館にて、データの整理をしている。
整理しているデータの内容は全てこの間管理局のデータベースから引っこ抜いてきた物だ。最深部のデータまで根こそぎ盗ってきたものだから、量がかなり膨大になっている為、こうして暇を見つけては整理、解析をしている。当初はラボで一気に解析してしまおうかとも思っていたが、十二月迄にある程度纏め終われば充分なので、ゆっくり進める事にした。
現在見ているのは、【闇の書】と呼称されているロストロギアが引き起こした事件を年表に起こしている。
この闇の書というロストロギア、他者から魔力を奪う事で力が解放されていく物らしく、更に吸収した魔力を持っていた魔導師の魔法も再現出来るらしい。
………地味に私に似ている気がしないでもないが、気の所為だろう。またこの魔道書、転生機能とやらがあるらしく、何代も持ち主が変わっていっているらしい。闇の書に関する一番最近の事件は11年前、この闇の書を護送していた艦隊の一隻が闇の書の防衛プログラムに取れ込まれ、やむなく船ごと闇の書を破壊する事になったらしい。
この事件での殉職者の名は【クライド・ハラウオン】
あの執務官の少年の父親だそうだ。この資料によれば、彼は乗船していた他の乗組員を全員避難させるも、自分は船と運命を共にしたとある。
「………随分と勇敢な御仁だったようだな、そしてあの少年はその遺志を引き継いでいるのか」
親孝行のつもりなのだろうか、健気な少年だ。
「まあだからと言って手加減等はしてやらんが」
それよりもこの闇の書についてが気になる。このロストロギアが記録に記されるようになってから記録から消えたロストロギアがあったのだ。
【夜天の書】と呼ばれるそれは古代ベルカ時代に開発された魔道書で、守護騎士という四人のプログラム生命体を使い魔の様な形で使役できたそうだ。更にこの守護騎士というものは、闇の書にも搭載されているらしくこの2冊に関係性が有ることを指し示しているような気がしてならない。
このような手軽に戦力となりうるロストロギアを管理局が手放すとは思えない。事実、この夜天の書が記録から消える直前の持ち主は管理局の高官だったらしい。…………考えられる可能性として、その高官が夜天の書に手を加えて闇の書と呼ばれる物にしたか、あるいは夜天の書を真似て闇の書が作られたかのどちらかになると思うが、それを調べることは今の私には少々厳しいものがある為、またの機会にするとしよう。
「…………データに残されている情報だけでも不正、隠蔽のオンパレード。これで自分達は世界を守っている等とほざけるのだから大したものだ」
無論、高官連中の一部だけだとは思うがそれに付き合わされる下の人間はやってられないだろう。軽く目を通しただけでも数十名程の若い命が理不尽に消されていたのだから。
「………次に管理局の連中が来たらこのデータを見せるのも一興かもしれんな……む?」
恐らく上官の信頼は地に落ちるだろうな。………そんなことを考えていると、目の端にとある光景が映る。
「んしょっ………もう……ちょっ…と…!!」
車椅子に乗った少女が本棚に手を伸ばしていた。立てさえすれば簡単に取れる位置にあるのだが、それは彼女には無理だろう。また、彼女の近くにいる者も彼女を手伝う様子はない。それどころか露骨に目を背けている輩までいる有様だ。………やれやれ、彼等には思いやりと言う言葉を知らんのかね?そんなことを考えつつ、少女の方へ近付き、彼女が取ろうとしていた本を取る。
「失礼。君が取ろうとしていたのはこの本かね?」
「あっ……ありがとうございます、お兄さん」
「何、気にする必要はない。可憐な少女を助けるのは当然だろう?」
「………あははっ、そんなん言われたら照れてまうわ」
そういう少女は顔をほんのりと赤らめている。……本当に照れているようだ。そんな大したことは言っていないと思うのだがな。
「そうかね?私は事実を言っているだけなのだがな」
「ほんとですか?」
「ああ、私は嘘が嫌いなのでな。…………そうだ、これも何かの縁だ。他に取りたい本はないかね?手伝おう」
「え!?いやそんなんええですよ!!お兄さんにも迷惑やろうし………」
「子供が遠慮するものでは無いよ。子供は子供らしく我が儘に生きればいいのだ」
…………おそらくなのは嬢やフェイト嬢と同じくらいの年頃だろうにこの態度。一体どんな教育を受けたのやら。
半ば強引に少女の車椅子を押し、移動させる。
「ううぅ………お兄さん、ちょっと強引やない?」
「君が子供らしかなぬ態度を取るからだ……一つ、不躾な質問をするが、付き添いで来ている者は何処に?」
「……………そんな人居ません。わたし、ずっと独りですから」
「何だと……!?」
「一応お父さんの友人って人がヘルパーさんを雇ってくれてるんですけど、それも偶に様子を見に来る程度ですし………あ!!でも困ってるっていう訳じゃ無いんですよ?」
そう言って笑う少女。………何が『困っている訳じゃない』だ。そんな寂しそうに笑っていて、信じられると思っているのか。
「……………………」
「……?どうしたんですか?お兄さん」
「………いや、何でもないさ。つまり君は、その身体で独りで暮らしているのか?」
「そうですよ?わたしのお父さんとお母さんが事故で死ぬ前に車椅子でも生活に困らんように家をリフォームしてくれてたから、助かってます」
…………両親をこの歳で亡くし、たった独りで暮らしているとは。おそらく学校にもいけていないのだろう。この子がいう叔父とやらも一緒には住めないようだからな。
「………あ、ごめんなさい。その本取って貰ってええですか?」
「ああ、勿論。………これかね?」
「はい!!ありがとうございます。これは借りて帰るんで、もう大丈夫です。ありがとうございました、お兄さん」
「………………まったく、君は私が言った事を理解していないのかね?」
「…………へ?」
「子供は子供らしく、そう言っただろうに。少しだけ待っていたまえ」
そう言い残し、先程座っていた場所へ戻り、荷物を纏める。もうこれ以上ここでやることは無い。そして、彼女を独りで帰らせるつもりもない。
「済まない、待たせた。では、行こうか」
「へ?ちょ、ちょっと……お兄さん?行くって何処に?」
「無論、君の家だ」
「何で!!?何でそうなったん!!?」
「付き添いもいない車椅子の少女を独りで帰らせる訳にもいかないだろう?」
何を言っているのやら、この娘は。
「いや……いっつも一人で行き帰りしてるし、大丈夫やって!!」
「我が儘を言っていいとは言ったが、それは無視させて貰おう……では、改めて出発するとしよう」
「横暴過ぎやろぉぉぉおおおおおお!!!?」
「こら、図書館で叫ぶな。周りに迷惑だろうが」
少女がキャーキャー言っているが顔が笑っているので、無視して彼女の車椅子を押して、図書館の外に出る。
「………はぁ、もうええわ。お兄さん、優しそうに見えて強引なとこあるんやね……」
「君が人を頼ろうとしないからだ……すまんが、少し失礼するぞ……っと」
「わひゃあ!!?」
少女を車椅子から持ち上げ、乗ってきたバイク、サイドバッシャーのサイドカー部分に乗せる。
「………お兄さん、いきなり持ち上げんとってよ。びっくりするやんか」
「だから先に声を掛けただろう?ほら被りたまえ」
少女にヘルメットを渡しながら、車椅子を畳み、バイクに括りつける。それが終われば私自身もバイクに跨り、エンジンを掛ける。
「では行こうか。道案内はよろしく頼むよ?」
「はーい……安全運転でお願いな?」
「子供を乗せているのだ。当たり前だろう」
軽い掛け合いを交わしながら、バイクを発進させる。
図書館を出て十数分、私は少女の家に辿り着いた。
中々大きな一戸建てだったので、少々驚いたのは内緒だ。それよりも気になったことがひとつある。
この家の周囲一帯に、違和感を感じるのだ。しかもこの感覚、春先に介入したジュエルシード事件で使われていた【認識阻害結界】とか言う物と同じものであると感じ取れる。
だが、家主である少女がこれを展開している訳でも無いのだ。……何処か、きな臭くなってきたな。
「お兄さん、送ってくれてありがとうございます。助かりました」
「礼をいわれる様な事では無いよ。当然の事をしたまでだ」
「そう……ですか?でもうちもお礼したいし……そうや!!お兄さん今日うちで晩御飯食べていかん?わたしこれでも料理上手いねんで!!」
「ふむ……それは別に構わんのだが、まだ十五時だぞ?」
「あっ……なら一緒に買い物行こう?それも歩いて!それなら時間も潰せるし、一石二鳥や!!」
「君がいいのなら、私はそれで構わんよ」
それにここまで必死に引き止めようとしているのだ。気付かぬ振りをするのも大人というものだ。
一度少女の家に入ったが、改めて外出準備を整える。
準備が出来次第、少女の後ろに回り、車椅子を押す。
「そういやお兄さん名前は?ずっとお兄さんって呼ぶのもなんか変やし、教えて貰っていい?」
ふと気付いた様に少女が身体を捻ってこちらを向く。
………そう言えば、まだ名乗っていなかったな。
「ああ、構わんよ。私の名は緋峰 蓮夜。この海鳴には二月程前に来たばかりだ。……君は?」
「うちは八神はやて言います。よろしくな、緋峰さん」
「少々硬いが……まあいいだろう。こちらこそよろしく頼むよ。はやて嬢」
そのままゆっくりとした速度で近くのデパートへと向かう。…………はやて嬢をこのまま独りで暮らさせる訳にもいかんし、夕食が終わったら彼女と話し合って見るとするか。