Side アリサ・バニングス
どことも知れぬ廃工場、そこに私とすずかは連れ込まれていた。
学校からの帰り道、塾に向かう途中で黒服の集団に強引に車に引きずり込まれ、今は二人揃って鉄柱に縛られている。すずかはさっきから顔を青くして俯いている。
わたし達から少し離れた場所には黒服の集団が、十人ほど集まっている。
「しかし、今回の仕事は楽勝だったな!!子供1人攫うだけでいいんだからよ!」
「バカ、まだ引き渡しが終わった訳じゃねぇんだ。
気ィ抜いてんじゃねェよ」
「つーか、その場にいたからもう一人の餓鬼も攫っちまったが、こっちはどうする?」
男のうちの一人が私を指差しながら周りの男達に問いかけていた。
……私を指さしてるってことはこの連中の目的はすずかってこと?
身代金目的で私達二人を攫ったわけじゃないのかしら?
「ああ?別にどうでもいいからほっとけ……と言ってやりたんだが、確かそっちの金髪の嬢ちゃんはバニングス家のご令嬢だったはずだ。そっちはそっちで利用価値がある、そのままだな」
「なんだよー!!利用価値がなかったら俺が楽しもうと思ってたのに……ごぷぁああ!!?」
「……テメェ、もう一度俺の目の前で同じこと言ってみろ、脳漿ぶちまけるぞ……?」
男の一人が下衆なことを呟いた途端、さっきから周りを諌めたりしていた男がその男を殴り飛ばしていた。
……なんなの?こいつら、仲間割れ…?
「痛ってぇ……!何しやがんだテメェ!!」
「こちらの台詞だ、依頼者の関係者だか知らねぇがこっちにも矜持ってもんがある、テメェの上司の目的は月村の嬢ちゃんのほうだろうが。ああ?」
「それがどうしたってんだ!!」
「バニングスのご令嬢をさらってきたのは足がつかねぇ様にするためだけだ。この嬢ちゃんはこっちの管轄、手ぇ出してんじゃねぇ……!」
「うっ……!」
……おかしい、彼は私たちを攫った張本人の筈なのに、この中で一番わたし達の身を案じてくれている…?ならなんでわざわざ攫ったりしたの?
そんなことを考えている内に、さっき男を殴り飛ばした人がこちらに近づいてくる。
その人は顔を隠す為にしていたサングラスを外し、こちらに笑いかけてくる。その顔は、とても誘拐という犯罪を犯した者とは思えないほど爽やかなものだった。
「……わりぃな、本来なら嬢ちゃん達みてぇな子供相手にすることは無いんだが……こっちにも事情があってな、月村の嬢ちゃんに関しては何もしてやれねぇが、バニングスの嬢ちゃんは悪いようにはしねぇつもりだ」
「それを信用しろって言うの……?わたし達を攫った癖に……!」
私がそう言い返すと、男はその笑顔を苦いものへと変えた。
「それ言われちゃ返す言葉もねぇンだが……月村の嬢ちゃんの姉さんに期待してくれ」
そう言って男は、後ろの連中に見えないようにわたし達から取り上げた携帯の画面を見せてくる。そこにはすずかのお姉さんである忍さんの携帯への送信履歴があった。
それを確認すると共に、また別の車が入ってくる。
「……っと依頼人のお出まし、か。……チッ、間に合わねぇ、か………これ、返すから手放すなよ?」
男は落胆したような言葉を零す。……この人、本当に悪人じゃ無いの……?
「ご苦労様です、流石は黒岸殿、仕事を任せたかいがあるというものです」
車から出てきた男は小物、と表現する他ないような容姿をしており、その後ろにメイド服を着た女性を数人侍らせていた。
「そいつはどーも、で?報酬を先に渡して貰うぜ?」
「ええ、勿論。……おい!」
「………確かに。これで契約は終了だな」
黒岸と呼ばれた男性は、男の側に控えていたメイド服の女性からトランクケースを受け取っている。
「そんな……安次郎叔父さん!?どうして叔父さんが!?」
「やあ、すずかちゃん。久しぶりだねぇ、元気そうで何よりだ」
叔父さん……!?ってことはこの誘拐を企んだのはすずかの親戚だったの!?
「私の質問に答えてください!!どうして叔父さんがこんな事を!?」
「決まっている、月村の財産を手に入れるためだ。月村の家は君の姉でもある忍には、手の余るものだ。であるからして、私が管理してやろうというのだよ。………ああ、君を攫った理由だが、交渉を円滑に進めるために君を利用するつもりなのだよ」
「そ、そんな……!」
安次郎とかいう人の口から真実が告げられると、すずかは魂が抜けたように力が抜ける。
「すずか!しっかりしなさい、すずか!!」
「そんな……私のせいで、お姉ちゃんに迷惑が……」
今のすずかの目には光が灯っておらず、うわ言の様に何かを呟いている。
「……ところで、黒岸殿?すずかちゃんの隣の子は?」
「月村の嬢ちゃんを攫うとき時に一緒にいたんでね、一緒に連れてきたんですよ。友達とかじゃないですか?」
「ほう……手間をかけさせてしまったようだね。……では、後始末はこちらで行おう」
そういうなり、安次郎は、懐から銃を取り出し、私に向けてくる。
「……おい、何するつもりだ?」
「決まっているだろう?ついうっかり私の計画を話してしまったのだ。口封じをしなければならないだろう?」
「だからって子供に銃を向けてんじゃねぇよっ!!」
そういうなり、黒岸は安次郎に殴りかかろうとする。……が
「まったく、所詮はヤクザものか……イレイン、やれ」
「イエス、マスター」
「ガハッ……!?」
安次郎の後ろに控えていたメイドが逆に黒岸を殴り飛ばした。
「くっ……なんだ、そいつは……?」
「ハハハッ!!素晴らしいだろう?月村が誇る自動人形は!!黒岸君、君もそれなりに腕が立つようだがイレインには敵わないようだねぇ」
「自動人形……?要はロボットかよ、めんどくせェ代物引っ張り出してきやがって……!」
「ふん、私は元々君のようなヤクザものなど信用してい無いのでね。君もここで物言わぬ死体にでもなってもらうつもりなのだよ」
「とことん下衆だなテメェ……!」
「我々月村の一族を君達と同じ次元で語らないでもらおうか。文字通り生命体としての次元が違うのだからね」
「あ?何言ってやがるテメェ……頭湧いてんのか?」
黒岸って人の言う通りだ、何言ってるの?こいつ……
「おや?すずかちゃん、お友達に説明していなかったのかい?いけない子だねぇ……お友達に隠し事をしているなんて」
「叔父さん!止めて!!」
すずかが必死の形相で安次郎を止めようとしている。………そこまでして隠しておきたいことがあるっていうの…?
「何を隠す必要がある?そこの少女も我々からすれば、所詮は劣等種に過ぎないだろうに」
「そんなことない!!アリサちゃんは、私の……私の大切な友達なんだからッ!!」
すずかが叫ぶと同時に、倉庫の入口から轟音が聞こえてきた。
「チィィイ!!何事だ!!」
「仕込みが功をなした……か?」
その場に居たものすべてが入口に目を向ける。
そこにいたのは、漆黒のバイクに乗った、これまた全身真っ黒な人影だった。
黒のフルフェイスヘルメットを被り、黒のロングコートを羽織った人物。
「………私が想像していた状況とは違うのだが、まあそれはどうだって良いか。……そこの少女達を傷付けたのは、誰だね?」
瞬間、周りの大人達が身構えた。……一体、あの人は何者なの?
「貴様…何者だ?」
「名乗るほどのものではない。偶然、誘拐現場を目撃した通りすがりだよ」
「そうか……では、その立派な正義感を抱いたまま、死ぬといい。……イレイン、やれ」
「イエス、マスター」
その男が命じると共に、倒れていた男の側にいたメイドが男の人へと向かっていく。
「クソッ、御神の剣士じゃねぇのかよ……!おい、逃げろアンタ、死ぬぞ!!」
その声が私に届くと同時にイレインと呼ばれたメイドの拳が、彼の頭を捉える。
「ああ……ッ!」
「ハハッ!ざまぁ無いな!!」
「……………そんな」
安次郎とかいうおっさんが高笑いを上げるなか、私とすずかは言葉を失っていた。……もしかして、死んじゃった?私たちのせいで?
そんな考えが頭をよぎるが、その考えはそのすぐ後に聞こえてきた声に打ち消された。
「ふむ、この拳の感触から察するに、君は人間ではないね?義手の可能性もあるが、人間にここまでの力が出せるとは思えないのでね」
「なっ……!?貴様、なぜ無傷なのだ!!」
「無傷などではないよ、ヘルメットが砕けているだろう?」
ヘルメットが砕けたことで男性の素顔が顕になる。
男性の顔は何処か浮世離れした雰囲気を感じる顔立ちで、髪は彼の服装とは真逆の純白。それが目に掛かる程度に切り揃えられていた。
「さて、このような事をされたのだ、それなりの報いは受けて貰うとしようかね」
そう言いながら、男性はイレインを振り払う。
その勢いは凄まじく、私たちのところまで、風が届く程だった。
「きたまえ、凡百どもよ………格の違いを見せてやるとしよう」
そう語る彼の姿は、何処かヒーローを思わせるものだった