Side 緋峰
さて、殴られる瞬間に私の体に施された術式
《エイヴィヒカイト》の位階を活動位階に上げたため、ダメージはないが少々煩わしい。
誘拐犯を追ってきてみれば、その実行犯の一人は倒れているわ、小物臭が凄まじい男がメイドを引き連れているわ。想定外にも程があるというものだ。
「どうした?私を始末するのだろう?たかが拳一発防がれた程度で萎縮したのかね?…………だとしたら、機械にあるまじき臆病さにほかならないな。その隠している武器は只の装飾品なのかね?」
正直な所、少女二人をさっさと助けてしまえば良い為、挑発を兼ねた言葉でこちらに気を引きつけつつ、小型人形を少女たちの元へと放つ。多少の自立稼動を可能としている為、問題は無いだろう。
「き、貴様ぁ……!イレイン!本気で構わん!そいつを殺せ!!お前たちはそこの男たちを始末しろ!!」
「チィッ!させっかよ!」
こちらに向かってくるのは1人だけ。恐らくコレがあの男にとっての最高戦力なのだろうが、幾分舐めすぎでは無いのだろうか?
先程倒れていた男は何処からともなく刀を取り出し、仲間らしき黒服をメイドの集団からたった一人で守り通している。
「ふむ……彼も生身にしては中々の実力を持っているようだな」
「さっきからウザってぇんだよてめぇはよぉおお!!」
「おや、命じられるままに動くだけの人形だと思っていたが、感情を持っていたのか。これは失敬、先程の発言を撤回しよう。感情を持つというのなら怯えるのも致し方ないというものだ」
「舐めてんじゃねぇよおおお!!」
ふむ、幾分か攻撃が苛烈になったようだが、それでもまだ私には届かぬよ。イレインと呼ばれた人形は両手に軍用ナイフを持ち、私を殺そうとしているが、いかんせん実力が足りていない。私からすれば、大人が子供相手に手ほどきしているようなものだ。
「どうしたのかね?そんな調子では日が暮れるまで続けても私には傷1つつけられぬよ」
イレインの攻撃を全て薄皮1枚で躱しつつ、彼女(?)を挑発する。
「テメェぇぇぇえええええッ!!!!」
こうして見ると、この人形は感情を持たせる面に重きを傾け過ぎなのではないかね?本来、こういった戦闘用人形の類は感情を持たせないものだと思うのだが……もしくは、この人形の製作者は『人間』を作ろうとしたのかもしれんが…まあ、詮無きことか。
「やれやれ……私としては、もう少しこの遊戯に付き合ってやっても良いのだがね。あちらの彼にも話を聞きたいので、早々に終わらせて貰うとしよう」
「あ゛あ゛!!?さっきから避けてばっかのテメェに何が出来るってんだよォ!!」
「色々、だよ。未熟な感情を持つ人形殿?そう、例えば……こんな方法だ」
そう言い放ち、私はエイヴィヒカイトの位階を上げる言葉を紡ぐ。
『血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)』。16世紀に実在し、自身の美貌を維持するために数多くの少女たちの命を奪ってはその血をバスタブに浸し、血の風呂に入っていたというハンガリーの貴族であるエリザベート・バートリーが記した日記。
そして形成位階になったことにより、顕現するのは禍々しい雰囲気を帯びた鋲付きの鎖。それで目の前の人形、黒服の青年が相対しているメイドの集団、小物臭漂う男、その周りにいる男たちを縛り上げる。
「なっ!!?てめぇ!!一体どこからこれ出しやがった!!?」
「君には説明したところで理解出来ぬよ、大人しくそこに這い蹲っていたまえ……もっとも、屑鉄にされたいのであれば存分に抵抗してもらってもいいがね」
……いくら人に似せた物とはいえ、所詮は人形か。鎖を巻き付けられても尚、平然と動けるのだから。……かと言って、向こうの黒服共のように汚い悲鳴を上げられるのも困るのだがね。
「この程度であたしを止められるとでも……!」
「そうか、では無様に散りたまえ」
「がっ!?ぐ……ぎぃぃ……!!」
鎖を引きちぎろうと力を込めようとした人形を、それを上回る力で締め上げる。
「ああ、無駄な抵抗は止めて貰いたい。人形相手に何時までも遊んでいるほど、私も暇ではないのだよ。故に潰れろ、貴様の出番はこれにて終わりだ」
そう言い放つと同時に、人形の上にとある拷問器具を落とす。その拷問器具の名は
「やはり、所詮は人形か。自らの終わりに対して立ち向かおうという意志が弱い」
「ば、バカな……ッ、イレインがこうもあっさりやられるなど……!」
そこに散乱するのは先程までイレインと呼ばれていた人形の残骸。無論、少女たちには刺激が強いため、人形たちに潰れる瞬間に目を隠すよう指示はしてある。
「オラァッ!!これで終いだ……!」
人形をいたぶっている間に、あちらも終わらせたようだ。人形だけを確実に無力化している。
「ふむ、流石というべきかね?」
「よしてくれや、あんたの鎖が無きゃあもうちょい苦戦してたっての」
「………では、そう言う事にしておくとしよう」
ふむ、私が繰り出した聖遺物にさして驚いていないところを見るに………1つ、彼に聞く事が増えたな。
「き、貴様らぁ……!劣等種如きが調子に乗るなァア!!!」
「………オイオイオイ、なんつー馬鹿力だよ、あいつ」
青年が思わず、と言った様子で呟く。確かに人間が鎖を引きちぎれば驚きもするか。
いくら強度を必要最低限にしていたとはいえ、それでも人間に敗れるものではないのだが……
そしてそれに鎖が破壊されたことによるフィードバックで多少の痛みが腕に走る。
「しかし『劣等種如き』とは……何処ぞの吸血鬼を思い起こさせるな」
「ほう?貴様、よく私が吸血鬼と見抜いたなァ……!そう!我々月村の一族は、『夜の一族』と呼ばれる吸血鬼なのだ!!貴様ら劣等とは格が違うのだよ!!」
「「「………ッ!!」」」
青年と、少女たちが息を呑む音がする。しかし吸血鬼、ねぇ……
正直な所、今まで吸血鬼なぞ腐る程見てきた為、驚きは少ない。……というか皆無である。
「………で?それがどうかしたのかね」
「「「「……………………は?」」」」
「私にしてみれば、吸血鬼なぞさして驚くものでは無いのだよ。それで君はどのような力を持っているのだね?不老不死か?それとも666の軍勢をその身に宿しているのか?運命を操ったりは?はたまたあらゆるものを破壊する
「な、何だその化け物どもは……!」
「………その様子から察するに何の変哲もない、
小物が驚愕しているが、こちらにしてみれば特に面白みのない相手だ。
「………あまり興が乗らんが、少女たちの安全を考えるに貴様を野放しにするのも危険だな。よって、貴様のその下らないプライドを形成している吸血鬼というアドバンテージを打ち砕いてやろう」
「何を言っている、貴様ァ!!」
「さァ……死骸を晒せ、貴様こそが劣等ということを思い知らせてやろう……!」
そして、さらにエイヴィヒカイトの位階を上げる為の詠唱を紡ぐ。
そして詠唱が終わると共に、廃工場が闇、いや
聖遺物『
串刺し公と恐れられたヴラド・ツェペシュの血液が結晶化したもの。形成位階になると、全身から血液が凝固した杭が生えてくる。そして形成位階のさらに上の位階である創造位階、
この聖遺物の本来の所持者である、
その能力は『一定範囲に強制的に夜となる結界を展開し、結界内のあらゆる生物・物体の生命力を吸い取って自らの力に変え、枯渇させ朽ち果てさせる』というもの。強力ではあるが、本来私の抱く渇望ではない為、多少性格が本人のものに近づくという欠点があるがさして問題ではない。
「な、何なのだこれは!!?」
「何を戸惑っていやがる、テメェも吸血鬼なんだろうが。ならこの夜は心地いいはずだぜェ?」
「ふ、巫山戯るな!!こんなものが我々に心地いいものである訳が無いだろう!!」
「………あァ、所詮テメェも劣等かよ、くだらねェ。もう話すこともねェし、とっとと逝けや」
言い放ち、小物に杭を放つ。
「ギャアアアア!!!!?」
「たかが杭一本刺さっただけで喚くなよ。面倒くせェ」
「お、ごっ……あっ……」
「安心しな、殺しはしねェよ。テメェにはその価値すらねェからな」
杭が刺さった瞬間は叫んでいたが、あっという間に生命力を吸い尽くされ、干からびる。
「ま、こんなもんで充分だろ」
「アンタ……マジで何もんだよ、強過ぎんだろ…」
「別に大したことねェよ、遭遇した状況に対しての引き出しが多いだけだ」
干涸らびた時点でエイヴィヒカイトを解除する。あまり長い間展開させると、少女たちまで危険になるためだ。
「さて、大丈夫かな?お嬢さんがた。怪我等はないかね?」
「え、ええ…大丈夫です」
「あの……助けてくれて、ありがとうございます」
「礼など必要無いよ……そもそも、彼は君達を攫った一味の一員なのだから恨み言のひとつでもぶつけたらどうかね?」
「そいつを言われちまうと返す言葉もねぇんだが……」
私の言葉に青年が苦笑する。
「アリサちゃん!すずかちゃん!大丈夫か!!」
そんなぎこちない空気が漂う中、入口の方から声が聞こえてくる。
「ようやく来たか、御神の。遅ぇーんだよ」
「な……!?黒岸!?なぜお前がここに……?」
「月村の嬢ちゃんの携帯使って連絡したの俺だぜ?………まあ嬢ちゃんたち此処まで連れて来たのも俺んとこなんだけどな」
「何だと……!?」
「別に此処で言い合いをするのは構わんが……さっさと彼女たちを安全な場所に連れて行った方では良いのでは無いかな?」
「「あっ………」」
今気づいたかのような声を上げる二人。………間抜けか?
「やれやれ、御神だったか?君は彼女たちを連れて行ってもらえるかね?青年……黒岸?君はあそこで転がっているミイラを連れて行ってくれ。黒服は……私が処理しておこう」
「………いいのか?」
「構わんよ………このように一瞬でかたがつく」
指を鳴らし、使い魔である
「………スマンが、今の現象について説明願いたいんだが」
「後にしたまえ、一応私も当事者なのでね。説明くらいはするつもりだ、そのあとにでも答えられるものは答えよう」
少女たちを救出しに来た青年が話に割り込んでくる。がここで話すのも面倒なため、断る。
「……わかった。あと俺の名前は高町恭弥だ。御神じゃない」
「おや、済まないね高町恭弥。私の名は……後でいいだろう」
「んじゃ行きますかねぇ……月村の嬢ちゃんの家でいいのか?」
「ああ、あんたは俺の車について来てくれ。……あそこのバイクはあんたのだろう?」
「然り、では早急に向かうとしよう。ここは長居するような場所ではないのでね」
こうして私がこの世界に来て早々巻き込まれた(首を突っ込んだともいうが)事件は幕を閉じた。