君麻呂転生。   作:白の空亡

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01 脱出

 2015年の夏。俺は大学の夏期休暇を利用して、中学時代の友人と共に映画館を訪れていた。

 

「いや、面白かったな。ハイパーコンビネーションホモバトル」

 

 俺は先ほど見た映画のハイライトシーンの感想を漏らす。

 

 BORUTO -NARUTO THE MOVIE -

 

 俺達が小学生の頃に連載が開始した週刊少年ジャンプの漫画ナルト。

 それが去年の暮れに完結し、その正統続編である映画が今年の夏に上映された。俺は中学時代にナルトについて語り明かし、テレビゲームで対戦したりもした友人を誘って、その映画を見終えた。

 

 中でも俺を興奮させたのは、ナルトとサスケが共闘して、敵であるモモシキと戦う所だ。

 ナルトが殴り、サスケが蹴り、サスケが落とした刀をナルトが拾い、吹き飛ばされたナルトと入れ替わるようにサスケが攻撃する。息乱れぬ凄まじいコンビネーションが高いクオリティで描かれていたのだ。

 幼少期の弱いというか、未熟だった頃の二人を知っている身としては、思わず手に汗を握ってしまうシーンだった。

 九尾モードにスサノオを纏わせるシーンなどもあり、大満足の出来だった。

 まさにハイパーコンビネーションホモバトルである。

 ボルトが狡い手で勝ち上がってドヤ顔するあたりはいつバレるかとヒヤヒヤものだったが……。

 

 俺達は映画の感想を言い合い、昼食を食べた。

 大蛇丸単性生殖説の話が一段落ついた頃には陽はほとんど落ちており、そのまま地元の駅で友人と別れ、俺は興奮冷めやらぬまま帰路についた。

 

 浮かれ過ぎていたのかもしれない。

 後になってその当時のことを思い出すと俺はそう思わずにはいられない。

 

 イヤホンでサンボマスターの青春狂騒曲を聞きながら、俺はもうすっかり暗くなってしまった夜道を歩く。

 

 微かに何かが擦れる音が聞こえた。俺は背後に嫌な気配を感じて思わず振り返る。

 突然のフラッシュライトに目を瞑り、全身に強い衝撃がぶつかる。俺はまるでボールのように弾き飛ばされ、コンクリートに頭から激突した。

 ぐあんと強い衝撃が頭にかかり、呻くことも出来ないまま、意識が揺れる。視線は全く定まらず、息が詰まったように苦しい。

 掠れた視界に映ったのはガードレールを突き破った大型車と地面に広がる真っ赤な血の池だった。

 

 

 

 

 俺は死んだ。死んだ筈だ。そうなのだが……

 

 俺は目が覚めると全く見知らぬ場所にいた。どうやら洞窟の中らしく、背もたれにしている岩が布越しにひんやりと冷たい。目の前には木製の檻がある。光源はどこかから漏れる僅かな明かりのみで、とても薄暗い。檻の先には同じような岩肌しか見えず、場所を示すヒントのようなものはない。

 

 ここはどこだ。何故俺はここにいる。

 問いかける者はおらず、俺は困惑することしか出来なかった。

 

 服装を確認してみるが、着物のような上着とズボンにサンダルという、俺が持っていない服ばかりで、それは肌着や下着の類も例外ではなかった。

 薄気味悪い状況に背筋が凍るようだ。体は薄汚れていて、髪もパサついるので、何だか気持ち悪い。

 ここが病院だったならまだ理解出来た。むしろ奇跡的に生き返ったことに歓喜しただろう。

 しかし、こんな訳の分からない牢獄に入れられた状況ではぬか喜びも出来はしなかった。

 

 長い時間そうやって混乱と思索の坩堝にハマっていると、コツコツと足音が響く。

 咄嗟に顔を上げ、光源の向こうからやってくるのであろう存在に注意を向ける。

 

 男だ。俺と似たような不可解な着物の男がやってきた。黒い髪を左右に結わえている。教科書で見た古代の日本人の髪型と似ている。

 その男はその手にお盆を持っていた。彼は檻の前まで来ると、俺から見て左下にある小さな小窓のような空間を開き、お盆をそこに置いた。

 その上には米とスープがそれぞれ入った容器とコップに注がれた水が置かれている。

 

「ここはどこですか?」

 

 俺は男に問いかけた。

 

「……」

 

 しかし、彼は返事することなく、チラッと俺を見てすぐに踵を返した。

 

「待って!」

 

 俺は思わず駆け寄って、檻から顔を出すようにして再び声を掛けるが、男は結局振り向くことなく去っていく。

 

「クソッ、何なんだ!」

 

 苛立ちのあまり床に拳を叩き付ける。不思議と拳は痛くなかった。

 

「……?」

 

 そしてもう一つ、俺はおかしなことに気づいた。

 声だ。声がおかしい。まるで自分の物ではないような、変声期を迎える前のように甲高い声が喉から漏れたのだ。

 

「あー、あーあー」

 

 喉に手を添えて声を出すが、やはりどこか幼い感じがした。

 

 ふと手を見れば、そこには白い子供の手があった。

 まだ三歳か、四歳か。その程度の本当に幼い子供のそれだ。

 どう見ても日に焼けて成長し切った俺の手じゃない。

 それに肩まで伸びた髪の色は黒ではなく真っ白だった。見る限り黒髪は一本も見当たらず、恐らくは根元まで白いのではなかろうか。

 

「何だこりゃ……」

 

 俺はため息を吐いて、柵にもたれかかる。

 ボーッとしていると不意にお腹が鳴る。かなり空腹だったようで、俺は恐る恐る側にあった食事に手をつけた。

 あまり美味しくはないが、それなりの味だ。薄いけど出汁の味はする。薄いけど。

 どうにかオニオンスープもどきとご飯をかき込み、それなりに空腹が癒される。個人的にはもっと食べたいのだが、先ほどの様子では許してはくれないだろう。

 俺は先行きを考えて憂鬱になった。

 

 

 

 

 それから長い時間が経った。恐らくは一ヶ月ほどだろう。

 この部屋の唯一の光源であったのは太陽光であったらしく、部屋の中は周期的に明るくなったり暗くなったりする。ここに来て、およそ三十はその周期が回った。

 一ヶ月。それは娯楽もなく、情報もなく、ただ運ばれてくる飯を口に入れるだけの日々を過ごす俺にとって、とてつもなく長い時間だった。

 日中はともかく、夜は何も見えない聞こえない状態に気が狂ってしまいそうだった。苛立ちが日に日に募り、飯を運んでくる奴に怒鳴り散らしたことも一度や二度ではない。

 

 だが、一ヶ月も経てばそれに疲れてくる。無駄な体力を消費していることにも気づくし、諦めに近い感情が芽生えていた。

 

 そうやって時間を浪費していく中で、俺は一つ面白いことに気づいた。

 

 俺にはどうやら不思議な力が宿っているらしいのだ。

 

 肩に念を込めるように集中する。するとメリメリと肩が開いた。何故か痛みは全くなく、まるで神経が繋がっているように肩から自分の意思通りに骨が這い出てくる。

 

 それを引っ張ると、イメージ通りにすると抜け、剣のような形の骨が出てくる。肩はすぐさま塞がれ、そこには傷一つない綺麗な肌があるのみだった。

 人体についてそれほど詳しいわけではないが、人間の骨にこのように鋭く刀のように研ぎ澄まされた骨など存在しないだろう。

 

 俺が言う不思議な力とはそれだった。体内の骨を操り、新しく生成する力が宿っているのだ。

 それを証拠に今ので肩から骨は失われず、未だに五体全てに骨がきちんと収まっている。

 さらにこの骨は俺の意のままに変質する。今のように刀のような形状にすることも出来るし、骨自体の密度、強度すら変えることが出来るのだ。

 

 それを自覚した瞬間に、俺の脳内には一つの仮説が立てられた。

 この一ヶ月で時折脳裏をよぎって、妄想の類だと切り捨てた仮説だ。

 

 転生した。それもナルトのかぐや一族の人間に。

 そうすれば説明がつく。食事を運びに来る男達のあの奇妙な髪型も、この謎の力も、俺が死んで憑依もしくは生まれ変わったのだとすれば、全ての辻褄が合うのだ。

 勿論、確定したわけではないが、仮説は成り立つ。立証が出来ないだけだ。

 そしてもう一つ状況証拠としての符合が存在する。この白い髪だ。

 

 かぐや一族は食事を運んで来る男達を見れば分かるように、黒い髪をしている。

 例外は俺の知る限り一人のみで、それはナルトにも登場したある人物しかいない。

 

 君麻呂。作中では大蛇丸の配下である音の五人衆のリーダーであり、血継限界『屍骨脈』を扱う忍であり、他人の体を奪うことにより擬似的な不老不死を得た大蛇丸の新たな器候補として育てられた青年だった。

 そして、彼は同時にかぐや一族の中でも最強と謳われる能力と才能を持っていた。大蛇丸曰く「戦うことしか知らない戦闘民族」の中でもだ。それ故に幽閉され、戦闘の時にのみ利用されていたようだったが……。

 

 ナルトの単行本は七十巻以上に渡るため、どうしても二部構成の内、一部の記憶は薄れがちだ。

 その曖昧な記憶を辿りながら、俺は何とか君麻呂のことを思い出そうと試みる。

 

 確か、かぐや一族は霧隠れと戦争を仕掛けたことにより滅んだのではなかっただろうか。

 そのタイミングで大蛇丸に拾われ、君麻呂は彼の元を居場所として、自らの拠り所へとするようになる筈だ。

 

 となればいずれ出られることは間違いないだろう。

 

 しかし、その時にうっかりと死んでしまっては元も子もない。

 俺は更にナルトの修行を思い出し、チャクラの取り扱いを学ぶための修行を始めることにした。

 

 

 

 

 それから更に半年が経過した。大人連中にバレれば何を言われるかが不透明なので、夜の食事が終わった後を中心に俺は修行を行っていた。そのせいで昼夜が逆転してしまい、朝食を食べた後に寝るという不規則な生活を送っているが、まぁそこら辺は必要悪だ。

 

 修行と言ってもやることは大きく分けて二つだけだ。

 チャクラコントロールと『屍骨脈』の改良。この二つだけを極めるように、一心不乱にやり続けた。何しろ時間はいくらでもある。子供らしく勉強することも、遊ぶことも、親と会話することもなく、ただ一日中この牢屋のような場所にいるだけなのだ。四六時中、エブリデイ休日状態で、俺はそれのほとんど全てを鍛錬に捧げた。

 

 まず最初は、自らの体内にあるエネルギーであるチャクラを認識することから始めた。原作の木登りの修行をイメージし、岩肌に足を歩く訓練を行っていく。走るには高さが足りないからだ。

 最初は全く上手くいかなかったし、そもそもチャクラがきちんと足に集まっているのかさえ曖昧だった。しかし、ずうっとそれをやっている内に視野が広がるように理解してくる。体内に宿る生命エネルギーの存在を感じ、操ることが出来るようになってくる。

 気がつけば岩肌に貼り付いたまま一日中ボーッとしていられる程度のことは出来るようになった。

 

 その次に行ったのはそのチャクラコントロールを全身に行き渡らせる修行だ。全身にチャクラを行き渡らせるのではなく、あくまで体のどの部位でも正確にチャクラを集中させるものだ。

 伝説の三忍の一人である綱手やその弟子の春野サクラはこれだけでとてつもない怪力を披露してみせた。

 実際に試すことは難しいため、やったことは指で壁の岩や地面を貫くことだけだが、それでも人間離れした技であることに変わりはない。

 

 そうやって超常の力を習得していく度に、俺は自身が漫画の世界の住人になったことへの確信を強めていく。

 

 『屍骨脈』の力の応用や改良も怠らない。

 加減をしながら指先の骨を銃弾のように飛ばす『十指穿弾』の再現だけでなく、骨を大きく、鋭く、硬く、太く、それをより速く行えるように鍛錬を積み重ねる。

 他にも骨をランスのように腕に纏い、それをドリルのように回転させたり、全身を骨の鎧で覆う技を身に付けたりもした。

 この力の本質は変則性だ。体のどこからでも刀よりも鋭く強い武器を取り出し、矛と為し盾と為す。全身が武器であり、その使い手となり得る肉弾戦特化の能力。俺はそれを意識しながら、元の世界の知識を重ね合わせるように手札を増やしていく。

 

 ただし、どうしても原作の再現が出来なかった技も存在した。

 こちらは君麻呂の技ではなく、彼の先祖と思われる大筒木カグヤ、原作のラスボスの使用した『共殺の灰骨』だ。

 これは骨で突き刺した相手がボロボロに朽ちて崩れていき、やがて塵になるという防御不能な反則級に強力な技なのだが、どうやれば出来るのか、とっかかりすら見つけられない。

 もしかしたらその力は大筒木カグヤしか使えないのかもしれない。しかし、『屍骨脈』に関係しているのは間違いないのだ。どうにか使えるようにならないかと思考錯誤をしてはいるのだが、その目処は全く立っていなかった。

 

 そうやって半年を過ごし、気がつけば俺にとっての鍛錬は趣味へと変わり、この変化のない退屈な日々で、唯一の娯楽と言える存在となっていた。

 

 しかし、それも後少しの辛抱だ。霧隠れと戦争を開始するタイミングで脱走する。

 俺はその時を待ち続けた。

 

 

 

 

 俺がこの世界に転生して一年が過ぎた。その一年の間もずっとこの腐った牢屋にぶち込まれたままだ。

 意識的に肉体を運動させているからまだマシだが、栄養が足りない。体はガリガリで発育には多大な影響があることだろう。肉体が貧弱なおかげで骨とチャクラによる身体能力の補強技術に磨きがかかったのは財産と言えるのだが……。

 

 最初の半年はまだ我慢出来た。娯楽があったからだ。いや、今もそれは変わっていないかもしれない。

 俺はジャンキーのように修行にのめり込んでいたし、ただ時間を潰すだけならこのままでも良いぐらいだ。働いているわけでもなく、ただ飯で趣味を謳歌するリア充型ニート生活。悪くない気がしてくる。

 

 だが、俺は未開の土人ではないのだ。高度に発達した文明人なのだ。

 

 一年。その間、ベッドは自分で砕いて柔らかくした砂、枕は岩で、寒かろうと掛け布団などはない。加えて一度も風呂にも入っておらず、散髪もしていない。真っ白な髪はますます痛み、腰まで届くまでに伸びた。全身の垢は骨を使って落としたりしてみるが、気持ち悪さは抜けない。

 

 柔らかいベッドと枕で就寝し、毎日シャワーを浴び、定期的に美容院へ行っていた麗しき大学生活に返して欲しい。出来れば力だけはこのままで。

 

 食事も酷い。奴らは米と日替わりの薄いスープを飽きもせずに三百六十五日運んで来る。

 ないよりマシにしたって限度がある。嗜好品のコーヒーにたまには寿司天麩羅のジャパニーズフードを食したい所なのだが、ここにあるのは土と岩と苔だ。

 

 兎にも角にも、俺の精神は限界に近かった。

 もし俺が子供の頃からこんな場所に身を置き、ようやく出して貰ったと思ったら戦場でした、なんて状態になれば、とても耐えることは出来ないだろう。大蛇丸にだってホイホイついていくかもしれない。そして、子供がここから自発的に抜け出そうと考えることもまた難しいだろう。何しろこのクソみたいな牢屋で生まれ育ったのだ。どこに行けば、どうすれば、そんなことがこんな環境で育った子供に思いつく筈もない。

 

 だが、俺は体は子供でも中身はそうじゃない。齢二十をそれなりに幸せな家庭で生きた、曲がりなりにも大人なのだ。

 座して待って、悪魔の甘言に乗せられる。そんな展開は御免だった。

 

 脱獄しよう。この監禁生活から抜け出そう。俺はそう決意した。

 

 そうと決まれば今は夜、早速実行することにした。最初の障害は目の前の木の柵だ。

 能力を扱いきれない子供一人を捉えるのなら警戒する必要もないと考えたのか、特に変わった仕掛けがあるようにも見えない。

 

 俺は肩から骨の刀を取り出す。成人男性の腕程度の刃を振るう。

 別に剣術の達人でも何でもないが、チャクラにより強化した腕力を素早く振るえば、必要最低限の音で斬り裂くことが出来た。

 

 牢を抜け出し、洞窟から外に出る。

 人がいませんようにと祈りながら出口へ向かうと、そこに見張りと思しき人物が二人ほどいた。

 不幸中の幸いか、だらけ切った間抜け様子で、俺がその気になれば軽く首を刎ねることは容易いと確信する。それが勘違いならお間抜け極まりないが、リスクを恐れては何も為せはしない。

 

 覚悟を決めろと心臓が早鐘を打ち鳴らすように響く。

 口の中が渇き切って、緊張感が全身を支配する。

 

 殺す。殺せ。殺す。殺せ。

 

 意志と命令が交互にやってきて、忌避すべきものと教えられた業に手を染める瞬間を待つ。

 

「……?」

 

 失敗した。しくじった。

 

 覚悟を決め切らないままに近づき過ぎた。

 男の片方が何かの気配に気づいたかのように振り向こうとする。

 

 その後の動きはほとんど反射に近かった。どうにでもなれとチャクラを瞬発力に変えて、弾丸のように飛び込んだ。

 

「ガッ」

「なっ!?」

 

 男がこちらを振り向く前にその首を斬り裂く。頭が体から弾け飛び、勢いよく血が噴き出す。

 隣にいたもう一人の見張り番の男が驚愕し、距離を取る。しかし、踏み込んだ二歩目ですぐに間合いを詰める。

 

「クソッ!」

 

 男が手のひらから骨を突き出し、俺の骨刀の斬撃を受け止めようとする。

 そして、俺の下からの斬り上げによる骨同士の激突が起こる瞬間、

 

「ガッ……ごふっ」

 

 俺の左の手のひらから突き出した鋭いパイク型の骨が敵の心臓を貫いた。

 男の構えていた腕が下がり、俺は右手の刀で首の声帯のあたりを斬り裂く。一緒に頸動脈も裂け、血が噴き出た。

 

 俺は周囲に存在する村落の存在に気づき、それを迂回するように森の方へ走り出した。

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