森の中をひた走る。方角は一切考えていないが、道中に見かけた街道が伸びる先へと進んでいる。あたりは真っ暗だが、チャクラによって視力を強化すると、月明かりでも足下ぐらいは見えるようになる。これでどうにか夜中であるにも関わらず移動出来ている。
時折、殺人の高揚感と罪悪感が胸を締め付ける。気分が悪いのに、精神は好調なのが気味悪い。肉を断つ感触を思い出して、吐そうになる。しかし、同時に小躍りしたくなるような歓喜の感情も生まれ、その矛盾が脳裏に響いていた。あまり気分は良くない。
「はぁ、はぁ……」
そうやって走っていると体力の限界が訪れた。元々栄養失調気味だったこともあり、それを骨で無理矢理動かしている感じだったのだ。肉体の限界はとうに来ていたし、精神の限界に近かった。
俺は道中で見つけた川の付近で休憩を取ることにした。
川水を浴びるように飲み、服を洗って体の汚れを徹底的に落とした。
石けんの類がないので完全とは言えないが、一年振りの行水に俺はかなりさっぱりした気分になることが出来た。
そこで俺は初めて自分の顔を確認する。
白髪の幼い顔つきの子供だ。自分で言うのもなんだが、中々に将来を期待させる美少年だろう。
水面に映った自分の顔をじろじろと観察する。不可思議なことに、眉毛の上の額に赤い麻呂眉が、目の縁には同じ色の隈取が痣のように存在しており、それも相まって、子供と大人、漫画と実写の違いを考慮に入れても、顔の雰囲気というか、面差しの方向性みたいなものは君麻呂のイメージと合致した。
「うう、さぶい……」
それにしても、考えなしに水に入ったせいでかなり肌寒い。
ちょうど昼頃だったのは不幸中の幸いか。夜通し、朝も通しで走っていたため、追っ手がいたとしても撒くことは出来たのではないかと思う。
とはいえ、眠っている間に見つかっては本末転倒ではある。
俺は茂みの中に入り込み、繭のような形状の硬く強固な骨の中に入って眠ることにした。
夜型の人間にこの時間は辛すぎる。
◇
ガリッ。何かが骨にぶつかった衝撃で目を覚ます。
「…っ、……い…」
外で誰かの話し声が聞こえる。ガンッともう一度繭に何かが叩き付けられた。
骨だ。俺は骨の繭を通すことで何が叩き付けれているのかを察した。
バッチリ草に埋もれるように隠れたつもりだったが、文字通り草の根をかき分けて探し出したのだろうか。
一族揃って脳味噌筋肉と大蛇丸に小馬鹿にされてはいたものの、やはり彼らも忍一族だったということだろう。
まぁ俺は隠形の訓練などはしていないし、その点では土台勝てる筈もなかったといえばその通りだ。
「チッ」
思わず舌打ちする。放っておいてくれれば良いのにと心の底から思う。
そうすれば、殺さずに済んだのに……。
繭の骨からハリネズミのように全方向に棘を突き出す。
命中したのは二人。俺を攻撃していた奴は見事に避けたようだ。全身に骨を鎧のように纏い、俺は繭の中から突き出た。
繭は既に大きな巻貝型の槍へと変形している。原作の『鉄線花の舞・花』に良く似た形状だが、あれよりも細く小さく、硬度もそこそこの低燃費の武装だ。名づけるならば『鉄線花の舞・転』。
「ぬおっ」
開かれた視界から今は夕方であることを察知する。服を着ていないために肌寒い空気が肌に突き刺さるようだ。
眼前の男は剣に似た棒切れのような骨を持っている。アレが俺に攻撃を仕掛けていた武器だろう。お粗末な玩具だと内心でせせら笑い、右手に装着した槍を回転させる。
この俺が編み出した『鉄線花の舞・転』の真骨頂は硬さや鋭さじゃない。
捩じれたその巻貝のような部分がドリルのように回転し、敵を抉り、削る。
「なっ、ぐあっ……ぐぅぅぁぁぁぁぁぁあああああ」
回転音がバンシーの絶叫を奏で、敵の粗末な棒切れを弾き飛ばし、人体を抉るように掘り進める。死の舞踏を踊るように肉が弾け、血漿が飛び散り、肉片がバラまかれる。体に風穴を開けながら、未だに回転は止まらず、傷口を破壊し続ける。男の断末魔がその声を枯らすまで響き渡った。
「ひっ、ひぃっ!」
そのおよそ人の死に様とは言えない有り様に生き残っている男達が恐怖の声を上げる。
俺はゆっくりと背後へ振り向く。そこには死体が二つ、そしてその近くには震え上がった男が二人いた。
「う、うあああああ!」
その内の一人が半ば錯乱状態でこちらに斬り掛かってくる。
腰もなにも入ってない童子がチャンバラで棒切れを振り回すような有り様に俺は呆れ、その手に持った骨を弾き飛ばし、突っ込んでくる男の先にドリルを置いた。
「ぐがあぁぁぁぁあああぁぁぁ」
何もしていないのに勝手にドリルに突き刺さり、体を抉り取られて男は絶命した。
「クソっ、やってやる、やってやる、俺はかぐや一族の男だ、やってやる」
最後の男はぶつぶつと独り言を唱えながら、こちらに敵意を向けている。
「ガキが、俺がガキに負けるわけがねぇ、やってやる、やってやる」
俺はふと思い立ってドリルの骨を解除した。纏っていた外装も元に戻す。
「あ、ぁあ? な、何のつもりだよ、テメぇ、君麻呂ぉ!」
男は怪訝そうに問いかける。そして、やはり俺は君麻呂だったらしい。そうか、やっぱりかと改めて納得する。客観的な証拠が欲しかったのだ。俺のことを知っている彼の言葉ならそれはきっと正しいのだろう。
胸のつっかえが一つ取れた爽快な気分のまま、俺はその問いに軽い口調で答えた。
「力技で倒すだけじゃ腕試しにならないだろ?」
「あ、ぁあ、あ、テ、テメぇぇぇぇぇぇ、クソガキがぁぁぁぁぁ!」
何か彼の逆鱗に触れてしまったのか、男は怒りに任せるように剣を振るってきた。先ほどの男のものとは違い、剣に全身の力が乗っている素早い太刀筋だ。怒ってはいるが、頭はきちんと冷えているのだろう。
俺はそれを手のひらから突き出した骨でいなす。ガリガリと骨同士が擦り合わされるが、男の剣は俺の元まで勢いよく進む。
「死ねやぁぁぁぁぁ! ガッ、あ?」
しかし、男の剣は俺の骨によって勢いのほとんどを削り取られ、そのまま指の合間の骨にあっさりと止められる。
弱い。何だコイツと素直な感想を内心でひとりごちる。この程度なのかと落胆する。
もう面倒くさくなって適当に首を斬り落とした。肉と筋を断ち切る感触がただ気持ち悪かった。
俺は男達の懐から金目の物を抜き出して、乾いた衣服を身に纏う。あぁ、早く人里へ降りて飯が食いたい、そう思いながら俺は再び走り出した。
◇
そうやって一晩、森の木々の合間を縫うように走り抜けるが、人里へ行きつく様子はない。
それどころか天候が悪くなり、雪が降ってくるようになった。追っ手と遭遇しないように街道は避けてきたが、もしかしたら道を間違えてしまったかもしれない。
俺は街道があった方角へと進路を変えた。
◇
また朝になってしまった。お腹と背中がくっついてしまいそうなほどに飢餓感が増してくる。
あれから水にも出くわしておらず、飲まず食わずで一日が経過してしまった。道にも迷ってしまい、雪がしんしんと降り積もっている。足下が雪で埋まっている。積雪地帯にまで来てしまったようだ。
俺の記憶が正しければ霧隠れの里は霧に覆われているが、雪がここまで降るような地域ではなかった筈だ。完全に道を間違えている。それは分かるのだが、現在地も目的地も分からないのではどうしようもない。せめて人里には辿り着きたいところである。
俺は空腹で倒れそうになりながらも歩き続ける。流石に走るのは限界だった。
不確定要素の多い戦闘は現時点では避けたかったために、かぐや一族の里からはすぐに立ち去ったが、こうなるなら死を覚悟で全滅させて食料を奪ってから出れば良かったと、もはや意味のない後悔に苛まれる。
動物を見つけようにも兎一匹見当たらない。植物の類は食してよいかの判断がつかないので、迂闊には食べられない。最悪は雑草だろうが食べるしかないが、今はそんな気にはなれなかった。そう考えるとまだ余裕はあるのか。
ハッと俺は雪も口に入れられることに気づいた。
惨めに過ぎるが、俺はそこら辺に積もった雪を口の中に入れていく。
口の中が恐ろしく冷え、ただでさえ寒いのに、体はさらに冷却される悪循環に陥る。
「はぁ、でも腹はふくれたな」
栄養などある筈もないので、ただの水腹だが、腹は満たされた。
その割には空腹感は未だあるし、体力は全く回復していないが、気持ちマシだ。
しかし、腹だけ一杯になったせいか。睡魔が襲ってくる。
山ではないが、積雪地帯で眠くなるってかなりの死亡フラグではなかろうか。
「寝るな、寝るな、寝るな」
そう念仏のように唱えながら歩くが、眠気は益々強くなる。
目を見開いたり、頬を叩いたり、腕を抓ったり、大声を出したりと試行錯誤してみるが、眠くて眠くてたまらない。
ザクッ、ザクッと足下の雪をかき分けるようにして前に進んでいく。
森の中は景色が一辺倒で、それがさらに俺の精神を削る。一歩、また一歩と単調な道を歩く行為が眠気を助長させる。
ふと気がつけば意識を失っていた。目を開ければ雪に埋もれている。
ああ、このまま眠りたい。寒さは半ば麻痺して、体は火照っている。痛いような冷たさがむしろ心地良かった。
死ぬのか。俺はまた死ぬのかと前世の死の記憶がフラッシュバックする。
あの時は全てが一瞬で訳も分からずに死んでしまった。だからだろうか、今になって俺はあの時の死の恐怖に襲われる。
あの時の痛みと苦しさが今頃になって俺の心を苛んでいた。
「死にたくない、死にたくない」
あれは嫌だと何度も口ずさむ。その思いが俺の心を奮い立たせていた。
死ぬのは嫌だ。このまま前の人生と同じように、理不尽で何の価値もない死を迎えるのは御免だ。
俺は何とか立ち上がり、またのろりのろりと歩き始めた。
そこからまた長い時間をかけて歩き、俺はようやく森を抜けることに成功した。
目の前には街道が見える。俺は森から出た瞬間に再び倒れ込んでしまう。安堵感で気が抜けてしまった。立ち上がれない。死にたくないと顔を上げる、すると街道の向こうから人が来ているのが見えた。
手を振って声を上げようとするのだが、もう体のどこにも力が入らない。
「畜生、死にたくない……」
俺は気合いを振り絞り、また立ち上がって二歩ほど歩き、また倒れ込んでしまう。
そして、俺の意識はその拍子に途切れてしまった。
◇
パチパチと火が弾ける音がする。近くに熱を感じる。木で出来た天井が視界に入った。
「おや、目が覚めたかの」
俺はゆっくりと起き上がり、声の主の方を向いた。
そこには一人の白いたっぷりとした髭を蓄えた翁があぐらをかくようにして座っていた。
「おぉ、いかんいかん。まだ横になっておりなさい」
起き上がろうとすると、翁はこちらを労るようにそう言った。
「ここは……?」
茫洋とした頭で問いかける。直近の記憶が思い出せない。
「ここは儂の家じゃ、家へ帰る途中に行き倒れて居ったお前さんを見つけての、ここへ運んで来たというわけじゃ」
翁の言葉に段々と記憶がはっきりとしてくる。そうだ。俺は確か森を抜けたところで倒れたんだった。
恐らく最後に見た人影が目の前の翁だったのだろう。
「助けていただいてありがとうございます」
翁に拾われていなければ俺は死んでいたことだろう。俺は命の恩人である彼に頭を下げて礼を言った。
「ほっほ、なに、気にすることはない。ほれ、食べなされ」
翁は囲炉裏の上の鍋からぐつぐつと煮込まれた料理を容器に掬い、こちらへと差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
俺はそれを受け取る。ぐるるるると大きなお腹の音が鳴り、今まで誤摩化し続けていた空腹感が表に出てくる。
「いただきます!」
二日振りの飯だ。品がないとは思いながら、俺はかき込むように料理を食べ始めた。温かい野菜や鶏肉を頬張る度に体に力が漲っていくようだ。不足していたものを取り入れたように幸福感が体を満たす。
ついついおかわりをしてしまい。終いには鍋の料理を全部平らげてしまった。
「ほっほっほ、良い食いっぷりじゃったな。見ていてスッとしたぞ」
翁の温かい視線に恥ずかしくなる。まるで童子だ。いや、肉体がそうであることに違いはないのだが、精神は大人なので、座りの悪さを感じてしまう。
鍋を胃に収めたことで全身が内側から温められる。そのおかげで、もうあの凍えるような感覚は全身から消えていたが、精神の疲労故か体が少しダルかった。
「さて、それで何故お主はあのような場所で行き倒れておったのじゃ? まだ十に満たぬ年に見えるが……」
翁がそう問いかけてきた。
「その、霧隠れの里へ向かう途中だったのですが、道に迷ってしまって……」
適当に誤摩化すように俺はそう答えた。嘘は言ってない。本当のことを大部分言ってないだけだ。
「ほぅ、そうかね。霧隠れの里なら、この村から歩けば二日ほどで着くじゃろう。まぁ、もう数日はゆっくりとここで休んでいきなさい。儂はシラカバ、この村落の村長をしておるものじゃ」
「重ね重ねすみません、俺は君麻呂といいます」
「ふむ、君麻呂君じゃな。なぁに、遠慮することはない、老人の一人暮らしは暇でしょうがないからの、ほっほ」
俺が軽く頭を下げると、シラカバ翁は笑いながらそう言った。
その後、軽く雑談がてらにシラカバ翁と話をして、夜もだいぶ遅くなってきたので、眠ることにした。
一年以上の昼夜逆転生活が響いている影響で、寝つきは非常に悪く、うんうんと何度も寝返りをうっていたのだが、なんだかんだ疲れていたらしく、俺は一刻ほども経てばまぶたを落とすことが出来た。
三度見返して、二度改稿しても誤字が見つかる……だと?
追記:君麻呂の容姿についての記述を『麻呂眉、隈取なし』から『麻呂眉、隈取あり』へ変更しました。