俺はそれから翁の家で三日ほどお世話になった。
翌日にすぐ出て行こうかとも思ったのだが、元々急ぐ旅じゃない。英気を限界まで養ってから出発しようと考えたのだ。
シラカバ翁はずっとここに滞在しても良いとは言ってくれたのだが、いつまでも世話になるわけにはいかない。
「もう行くのかね? もう少し滞在していっても儂は構わんのじゃが……」
「いえ、もう出発します。今までお世話になりました」
俺は体調が全快したので、すぐにでもシラカバ翁の家をお暇することにした。
そもそも俺は彼の息子でも孫でも何でもない。それにこの水の国では、内乱が頻繁に起こるため、その力として特別な術や体質を持つ血継限界の一族は利用されてきたこともあり、彼らは迫害されている。
『屍骨脈』を体に宿すかぐや一族もまた、その内の一つだ。
どれほど注意を払っても、どんな拍子で露呈するか分からない。バレれば彼に迷惑をかけてしまうことになるのは間違いない。お世話になったからこそ、俺はここを出て行かなければならなかった。
そして、ここに留まれない理由はそれだけではなかった。
原作で君麻呂は、大蛇丸の元へと行こうとするサスケを奪還せんとするナルト達の前に立ちふさがり、援軍としてやってきたロック・リー、我愛羅と戦闘を行い、死亡するのだが、その死因は我愛羅の攻撃ではなかった。
むしろ彼は戦闘においては、死病に冒されていたにも関わらず、二人の背後を取り、必殺と成り得る一撃を決める寸前までいったのだ。
しかし、彼はその最後の一撃を与える前に息絶えてしまった。彼の体を蝕んでいた病によって……。
その病の正体は原作では明かされておらず、治療法も予防法も、そもそもそんなものが存在するのかも一切不明の状態だ。
あらゆる忍術に精通し、様々な人体実験の膨大なデータを所有している大蛇丸、高度な医療忍術を使いこなすカブトの二人ですら延命が精一杯だったそれは、俺のこの第二の生においての鬼門だった。
このままでは俺は、前世よりもさらに若い年齢でまた死んでしまうことになる。それは御免だ。
だから俺は当面の目的として、この病の克服を掲げて行動することにした。
そしてこれを治癒する方法として俺は、成功の可能性に大小はあるものの、今のところ三つの手段を頭の中に思い描いていた。
一つは伝説の三忍の一人である綱手。彼女はこの世界でも最高峰の医療忍術、技術を持っており、それは三代目火影の『屍鬼封尽』により使い物にならなくなった両腕を治癒するために大蛇丸が彼女を最後の頼みの綱としたことからも、その腕前の凄さが察せられる。彼女ならばもしかしたら治療出来るかもしれない。
もう一つは初代火影の柱間細胞だ。うちはマダラ曰く、千手柱間は何もせずともみるみる傷が癒えるほどの驚異的な自然治癒力を持っていたらしい。これは恐らく、大筒木アシュラが父の六道仙人より受け継いだ生命力と身体エネルギーによるものだと推測される。そして、この千手柱間の細胞は、体に移植を施すことで、自然治癒力とチャクラ保有量を高める効果があるらしい。ただし、これには細胞が拒絶反応を示せば死に至るというリスクが存在する。
最後はちょっと突拍子もない方法なのだが、現在は雨隠れにいる長門が所有しているだろう輪廻眼の力だ。それにこれは治すというわけではない。一度死んだ後に『輪廻天生の術』で蘇生してもらうという方法論だ。とは言っても、術者が死亡するという大きすぎるデメリットの存在もあり、これは三つの中ではほぼ不可能な手だろう。
現実的に取り得る手段は一の綱手による治療か、二の柱間細胞の移植だ。
若しくは俺の病気を大蛇丸とは異なるアプローチで解明し、治療方法を発見するか。
どの手段を取るにせよ、現状のままでは難しいだろう。
一の手段は綱手を見つけるための旅費が最低でも必要だ。彼女は五代目火影に就任する前は、付き人のシズネと共に諸国を放浪していた。ならば火影に就任してから会いにいくのが確実だが、原作の描写では君麻呂の病状が悪化するのは、彼女が里へ帰る前なのだ。故に、もっと早い段階で彼女を捕まえる必要がある。そのためには、火の国中を探しまわれる程度の資金は必要になるだろう。
二の場合はより難しい。まずは柱間細胞を保管している人物を、俺はうちはマダラと大蛇丸しか知らないということだ。どちらも神出鬼没で、その所在がはっきりしない上に、マダラは幻術、大蛇丸の場合は呪印で縛られて操られる可能性もある。というか非常に高い。よしんば別のルートで柱間細胞を手に入れても、移植技術を持つ施設と人材が必要になってくる。
こうやって考えてみると、やはり技能とコネクションを多く持つ綱手を探し当てるのが一番良いのかもしれない。
となればまず必要なのは資金だ。どうにかして旅費を含めた必要経費を稼ぐ必要がある。
一と二のどちらにも失敗し、他の回復手段を探すにしても、結局は金が必要になるだろう。何をするにも金、世の中は金、金、金だ。
だから、俺は生きるためにもここに留まっているわけにはいかないのだった。
「ふむ、ならば気をつけてな。この道をまっすぐに進み、途中の分かれ道を右にずーっと進めば霧隠れの里につく」
「はい、ありがとうございました」
シラカバ翁にはとてもお世話になった。久しぶりの人とのまともな交流ということもあり、楽しい時間を過ごすことが出来た。ここまで居心地良く過ごせたのも、彼が俺の素性を詮索せずにいてくれたこともあるだろう。
「おお、そうじゃ! ちょっと待っておれ」
そう言ってシラカバ翁は家の中へ入っていき、リュックサックを手に持って戻ってきた。
「これは昼食と保存食、水じゃ。そして少しだけで申し訳ないが、お金も入れておいた」
「そんな、いただけません!」
歩いて二日なら半日もあれば霧隠れの里には着くだろう。ここまで世話になって、さらにお金までもらっては申し訳ない。
「ええんじゃ、ええんじゃ。お前さんのおかげで楽しい時間が過ごせた、とっておきなさい。子供が遠慮するもんじゃあない」
「いえ、ですが……」
どうにも前世から歳上の人の親切は断れた試しがない。俺はたじたじになりながら固辞しようとするのだが、やはり今生も断れそうになかった……。
「では、お元気で!」
「うむ、お前さんも達者でな」
もう一度深く頭を下げて、この三日間で知り合った村の人達に挨拶をして、俺は村落を後にした。
もし病を乗り越えることが出来たら、もう一度シラカバ翁に会いに来て恩返しをしようと心に決めて。
◇
そこから俺はシラカバ翁が言った通りに村落から伸びる道を真っすぐに移動し、途中の分かれ道を右に曲がった。
体が万全になったおかげか、最初にかぐや一族の村を抜け出した時よりも移動速度は速い。それなのに疲れは半分程度で、思ったよりもさらに早く霧隠れの里へ辿り着けるかもしれない。
一刻ほど経ったぐらいだろうか、俺は道中の橋で、今まですれ違った旅装の人とは異なった雰囲気の人影を見つけた。
雪が降り積もり、凍えそうなこんな場所なのに、薄手の服を身に纏っている少女だ。まだかなり幼い様子で、だいたい今の俺と同じか少し下ぐらいの年だろう。虫のように縮こまって、橋の欄干に背を預けている。
黒い髪は見るからにパサついていて、視線はどこを見るともなく前にやっている。
浮浪児の類だろうか。それにしたって、どうしてこんな川と木以外は何もないような場所にある橋の上にいるのだろう。
その異質な存在に俺は思わず足を止めてしまった。
すると俺の視線に気づいたのか、その少女もまたこちらを向いた。
無言のままに視線が交差する。
何というか小汚い顔だった。いや、顔立ちはとても整っているし、かなり可愛らしいことは間違いないのだが、泥だか雪だがでぐちゃぐちゃで、非常に哀れな有り様だったのだ。
「何をしてるんだ?」
十数秒ほどにらみ合うが、気まずい空気に負けて声をかけてしまった。
「……何も、してないよ」
……。
いや、これは俺の質問が悪かった。きちんと質問は明確にしましょうということだ。
「どうしてこんなところにいる?」
俺は少女に再度問いかける。
「……帰る場所が、ないから」
やはり浮浪児、家なき子のようだ。この国では内戦が多いと聞く。となれば戦災孤児という奴もたくさん出てくることになるだろう。
だが、少女の帰る場所がないという発言には何か含みがあるような気がした。そう思わせるほど、少女の目は虚ろで、意思というものが希薄に見えたのだ。
面倒事の臭いがする。無視して通り過ぎれば良い。別に子供の一人や二人打ち捨てられて死のうが構いはしないだろう。
俺には病を克服して生きるという目的がある。こんな子供を拾っては足手纏いにしかならない。
そもそも、俺はつい先ほどシラカバ翁に逆に施してもらったような立場の人間だ。子供一人を養う余裕なんてありはしない。
誰か通りがかった、良識ある大人が拾ってくれるだろう。こういうことは、そういった余裕のある人間に任せておけば良いのだ。
そうは思うのだが……。
「食べるか?」
俺はそう言ってリュックサックから、シラカバ翁からもらった昼食のおにぎりを差し出した。
少女は虚ろな瞳で俺とおにぎりを交差させ、首をかしげる。
「俺はお腹いっぱいなんだ。腐らしたらもったいない、ほら」
そういって半ば無理矢理おにぎりを手渡した。これではシラカバ翁のことは言えないなと苦笑する。
少女がおにぎりを勢い良く頬張る。まるで三日前の俺のようだ。
そう考えるとあの飢餓感を思い出して、同情心がより強くなるが、あくまでおにぎりをあげるだけだと心に戒める。腹が膨れれば勝手にどこへなりとも行くだろう。
「んぐっ……」
「おい、もっと落ち着いて食え」
喉に詰まらせたのか苦しそうな顔をする少女。あまりにもテンプレートな有り様に、俺は呆れ半分で水の入った竹筒を手渡した。
少女は勢い良く水を喉に通していく。一気に満タンだった中身がほとんどなくなってしまった。
そして、先ほどよりも少しペースを落として、彼女は食事を再開する。
「……ごちそうまさまでした」
三個あったおにぎりの全てを平らげると、少女は微笑みながら手を合わせた。瞳にほんの少しだけ色が戻る。綺麗な顔はやはり笑っても綺麗だった。
それを思ってあらためて見ると、顔についた汚れが酷く気になってくる。俺はリュックの中にあったタオルを水で濡らし、顔を拭いた。
「んぐっ」
「じっとしてろ」
汚いんだよと続けそうになるが、流石に女の子にそれを言うのは傷つくかもしれないと思ってその言葉はどうにか飲み込んだ。少女は抵抗することもなく、されるがままだ。汚れを拭い終わると、彼女の雪ように白く、透明感のある肌が露になる。寒さのせいか、頬が微かに赤みがかっていた。
「お兄ちゃん、ありがとう」
綺麗になった少女の笑顔はとても眩しくて、直視に堪え兼ねた。俺は心を鬼にして立ち去ろうと思い、彼女に一言を声をかけて去ろうとした。
時間は有限だ。一生は限られた時間しかない。俺はそれを一度目の呆気ない死で痛感した。どう考えても彼女の面倒を見る行為など、その時間の浪費以外の何物でもない。
「行くところがないなら、着いてくるか?」
そう思っているのに、口から出たのはこんな言葉だ。我ながら阿呆だと思った。
今生の俺は病という確定的な未来が存在する。他人よりも限られた時間はさらに少ないのだ。ここでお荷物を背負うなんて馬鹿らしい。それが分かっているのに、こんなところでちょっと可愛い少女を見かけたぐらいでそれをドブに捨てるようなことを口走ってしまう。
「ッ、あ、でも……」
少女は微かに色づいた瞳を惑わせ、俯く。そして表情に陰が差し込んだ。
それは遠慮しているというのとも少し違い、躊躇い、何かに恐怖していように見えた。では嫌がっているのかというとそれも違うように見える。
俺のような中身が大人の人間ならともかく、子供がこのような反応をするというのは、そこに何らかの背景的な理由があるのではないかと俺は感じ、ふと彼女の事情を何となく察した。
そして、右の手のひらから骨を生やすように取り出す。シラカバ翁の家では使っていなかったので、三日振りの術の使用だ。
「あ……お兄ちゃんも、なの?」
その反応でやっぱりそうだったかと得心する。この水の国では血継限界の持ち主は迫害される。それは子供でも、いや、自分の身を守る術を持たない子供だからこそ苛烈になる。
俺、君麻呂も似たようなものだった筈だ。一族の中でも色濃く、その血に宿る力が目覚めていたが故の、あの洞窟での幽閉だ。少女もあれと同等かそれ以上の何かを味わってきたに違いない。
それを思い、また放っておけない理由が増えてしまった。
それに加えて、彼女を連れて行くメリットも生まれてしまう。
俺の生きるという目的には力がどうしたって必要だ。この水の国は周囲を海に囲まれており、霧隠れに蔓延する秘密主義のことも合わせて考えれば、外へ出るのはそう容易なことではないだろうと推察出来る。さらに、金を稼ぐのにも、身を守るのにも力は不可分の要素になる。
そして彼女の中には、その力の中でも最もシンプルな暴力の原石が眠っている。彼女の血継限界の力は、鍛えればかなりの戦力になることは間違いない。
「ああ、俺もお前と同じだ。だから俺と一緒に来ないか?」
俺は情と打算を胸に少女に手を差し出す。
「……あ、う」
まだ躊躇している彼女に、俺は間を置かずに口を開く。
「俺には果たしたい目的がある。そのためにはお前の力が必要だ。だから一緒に来て欲しい」
それは自然について出た言葉だった。
何だか今にも壊れてしまいそうなこの少女には、必要な言葉だと思ったから。
お前が俺には必要だと、それをはっきりと示す。
少女の瞳が揺れ、彼女はゆっくりと首を縦に振った。
再び顔を上げた彼女の表情は、どこか雪のように、零れ落ちてしまいそうな淡く儚げな笑みだった。
◇
霧隠れまで、俺は彼女を背負って移動することにした。
彼女は血継限界を持ってはいるが、戦闘訓練などは全くしたことがなかったので、俺の速度についてこれないためだ。
道中、俺は差し支えなければと前置きして、少女の過去を聞いてみた。
少女はぽつぽつと拙い口調ではあったが、自分の事情について話してくれた。
少女はあの橋からそう遠くない村で、父と母と共に暮らしていたらしい。
そしてある日、彼女は氷を扱う力が自分にはあることに気づいた。最初はそれが何なのかも分からず、ただ綺麗で不思議なものであるという認識でしかなく、だから当然のように、当たり前に子供が珍しいものを見つけた時の反応で、彼女はそれを母親に報告した。
そして、普段なら笑顔で答えてくれるだろう母はその日は、いつもとは違う鬼気迫る表情で少女を怒鳴りつけたそうだ。「どうして、どうしてあなたにまでっ!」と。
それからそのことは母と少女だけの秘密となった。
しかし、それから間もなくして、その二人だけの秘密は父に知られてしまう。
血継限界は迫害される。ただ虐げられるのみではなく、内乱を生んでしまう要因として恐れられ、時には殺される。
父が母を殺し、そして少女をも手にかけようとした。
後の記憶は途切れ途切れらしいが、気がつけば少女はその彼女に宿った力で父を殺していた。
そして、そこから目を背けるように村から逃げ出し、あの橋へと辿り着いた。
俺はその話を聞いて、彼女を慰めながらこう思った……。
こいつ白じゃね、と。
ナルトの原作、波の国編で登場する敵役。断刀・首切り包丁を携えた霧隠れの抜け忍、鬼人・再不斬とその側に仕える氷遁使いの少年。
今聞いた彼女の過去は、まさにその白と同じものだった。違うとすれば拾った人が違うという現状ぐらいだ。
「そういえば、まだ名前を名乗ってなかったな。俺は君麻呂、お前は?」
恐る恐る少女に問いかける。偶然の一致でありますようにと願いながら。
「白だよ」
あれ、俺はもしかしてかなり余計なことをしてしまったのではなかろうか。
白という少年は言うなれば卵から生まれた雛鳥のような存在だったのだ。父親に殺されるという経験を経たことで、自身の存在理由、レゾンデートルを失ってしまった。
そして、再不斬に自身の存在を必要としてもらうことで、彼に必要とされる道具であるというアイデンティティを獲得し、その一種の刷り込みを根っことして再不斬に尽くす。
まるで親を失った雛鳥が初めて見た生き物を親だと思い込むように。
そんな存在理由を一度は失う孤独を味わい、再び手に入れたそれを大切に守ろうとする白の意志とその死は、アカデミーを卒業して間もないナルトの心に深い影響を与えるのだ。
つまりはあのまま放っておいても、彼女もとい彼は間違いなく死ななかったわけだ。
それどころか、原作の主役に大きな影響を与える存在に思いっきり干渉してしまったことになる。
ふと背負った白のほうに視線を向けると、彼はニコっと微笑んだ。
インプリンティングが行われてしまったことを確認し、一瞬やっぱり捨てて来ようかという考えが脳裏に浮かぶが、すぐに頭から打ち消す。そんな外道をここまで来て行えるほど、俺の神経は図太くない。
白が話しかけて来るのに適当に相づちを打ちながら、これから先どうしようかと思い悩む。
「あ、そういえば白って男なの?」
「……? うん、そうだよ」
あどけない童女の笑みを浮かべる少年に、俺は渇いた笑みを浮かべることしか出来なかった。