神様と少女のいつかのお話。

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追いつけないおいかけっこ。

本日の天候。快晴。時折強い風が吹くが、冷たくはない。

日に日に色鮮やかになっていく道端の草木がユラユラと揺れている。その中で一際目を引くのが、薄紅色の花弁だ。

 

「うわあ、桜吹雪だー!」

 

隣を歩いていた少女に目を向けると、子供のように花弁を追いかけているところだった。子供のように、というが、まるっきり子供である。

あまりはしゃぐと危ないですよ、そう忠告したが彼女はそんなに子供じゃないんだから!などと言ったそばからコケかけていた。ああ、うん、子供だ。

 

「ねー!紅葉もこっち来なよー!すっごく綺麗!」

「ハイハイっと……うわっ」

 

空気が口笛を吹いて少し強めの風が桜並木を撫でていく。あの子の銀髪が靡いて、風の強さからか翡翠色をした目が閉じられた。今の季節に一番映えて、綺麗なのにもったいないなあとぼんやりと思った。

舞い上がった薄紅色が風力を失ってゆっくりと地面へおちていく。当然、彼女の頭にも降りていて少し滑稽だった。頭を軽く払ってやると、はにかみながらもありがとうと微笑む。それをみると、やっぱり彼女に一番似合う季節は今だなあと実感した。

 

「ねえ」

「はい?」

 

彼女の目が、私の目と一瞬だけかち合う。一瞬だけ、というのも彼女がすぐに逸らしてしまったからだ。いつもハキハキと喋るくせに珍しいなと観察してみれば、どこか挙動不審だった。

視線をあっちにやったりこっちにやったり、手元はずっと忙しなく互いの両の手を揉み続けている。

 

「?なんです?」

「あの、さ」

 

彼女は何度か口をパクパクさせた後、意を決したかのようにこちらを見た。その視線に射抜かれた気がして、背中を何かが走った。

彼女がこういう視線を向けるときは大抵よろしくないことが起きる。特に、私にとって。

 

「あたし誰に似てるの?」

 

思考が一瞬で止まって何も考えられなくなった。どこで?いや、いつそんな事を言っただろうか。私は彼女には何も言っていないはずだ。

焦っている私を尻目に彼女は続けていく。

 

「特にあたしを見てる時とかさ、なんて言うか…すごい遠くを見てるのよね、アンタ。昔のこと、あー人かな?を思い出してるっていうかさ、その人と私のこと重ねて見てるよね?」

 

語尾は疑問形だったが尋ねる、と言うより確認するに近い。ああ、何でこの子は。

 

「……いつ、から、気づいてました?」

 

ぽろりと、言うつもりの無かった言葉が零れていって、零した後にもう後戻りができなくなってしまったと後悔した。

 

「えーっと、結構前から何でずっと見てるんだろうとは思ってたんだけど、そういう風に見てるなって気づいたのは私が高校に入ってからかな」

 

顎に指を当てて思い出す仕草も、私に話しかける口調もその声も何もかもが。

 

「……は、はは、何を言っているんですか、」

 

頭の片隅に残っている何かが、もう何も口にするな、と警告を発しているけれど、今の私の動揺しきった精神状態ではそれすら聞こえていなかった。

 

「 市 子 」

 

しまった、と思った時にはもう遅い。

 

「、そんなに似てるの?あたし。『いちこ』って人に」

 

些かバツが悪そうな顔で彼女、『石蕗 桜子』は悲しげな声音でそう言った。

 

 

ああ、ああ、言ってしまった。言うつもりなどなかったのに。夢は見ないと、戒めていたはずなのに。

グルグルとまとまらない思考が頭を駆けめぐって、ようやく絞り出したのは。

 

「すみません。……もう、来ませんから」

 

たった一言を置いて。私はその場から逃げるように消えた。その背に投げかけられた言葉も聞かずに。

 

[newpage]

 

多分、私は紅葉にひどい事をしたのだと思う。普段表情をほぼ動かさない彼女が、泣き出しそうな顔をしていたから。もう会いに来こない。それどころか、嫌われてしまった。

胃にドスンと錘が落ちたような気分になって、こちらが泣きそうにになってしまった。泣きたいのは、泣きたかったのは紅葉なのに。

そんなことを考えていても、足だけは無意識に家に向かっていたようで顔をあげると至近距離に玄関のドアが迫ってきていた。

 

「ただいま……」

「あら、さくちゃんおかえりー。今日は早……どうしたの?暗い顔して。友達と喧嘩でもしたの?」

 

台所から顔を出した母が訝しげに私の顔を覗きこんできた。いつもは嫌がる「ちゃん」呼びだけれど、今日は反論する気も起きなかった。

 

「似たような感じ、かな」

「そうなの?早く仲直りしなさいねー」

 

残念ねぇ、折角いいもの見つけたのに。と母が零して台所へと戻っていく。その「いいもの」が何なのかが無性に気になって、私は母の後を追いかけた。

台所に立っている母は、夕食の準備をしていたようで手際よくまな板の上の具材を鍋の中に入れていたところだった。

 

「ねえ、お母さん。いいものって何?」

「あ、気になる?ちょっと待っててね」

 

コンロの火を極弱火にして手を拭きながらテーブルの上のものを探し始めた。テーブルに乗っていたのはどれも古ぼけていて、叩けばホコリが出そうなシロモノばかりだった。

どうやらすぐに見つけたようで、それを片手にニヤニヤしながら私の前へと来る。

 

「これよこれ」

「何これ、アルバム?」

「そうよー、お母さんすっごくびっくりしちゃったんだから!最後のページとか特に!さくちゃんもきっとびっくりすると思うわ!」

「えっとそうじゃなくて、誰のアルバムなの?」

 

ぱらり、とページを捲ると随分と古い写真ばかり。電線があるとかいったい何十年前なのだろうか。

母に手渡されてパラパラと捲っていくが何をそんなにびっくりすることがあるんだろう。と、あるひとつのページで手が止まった。そこに写っていたのは、

 

「それね、さくちゃんのひいおばあちゃんのアルバムなのよ!さくちゃんにそっくりなんだ「お母さんコレ借りるね!」

 

母の言葉を遮って私は部屋へと駆け込んでいく。先ほど捲ったページにいたのはあの見慣れた金髪で。机に座って、もう一度ゆっくりとお目当てのページを開く。

 

「紅葉だ……」

 

ボロボロのアルバムをめくっていくと学校の友達と思われる人たちとの写真が綺麗に収められていた。その中に必ずどこかに写り込んでいたのは、姿形の変わらない紅葉だった。

変わらずの無表情で何を考えているかよく分からない。

ページをめくってもめくってもあの赤色のオーバーオールが何処かにいる。

そして、最後のページを見たとき。

 

「あ、」

 

思わず声が出てしまった。

震える手で1枚の写真をそっと取り出す。

その写真に写っていたのは、満面の笑顔で写っている紅葉。そして私にそっくりな少女の姿だった。

見れば見るほど私にそっくりで、似ていないところを探す方が難しかった。

この人が市子。私の、ひいおばあちゃん。

 

紅葉は、私を見るたびにこの人のことを思い出していたのか。

 

何となく写真を裏返して見ると、隅の方に掠れた字で何かが書いてあるのを見つけた。

 

『紅葉と一緒に 市子』

『市子と一緒に 紅葉』

 

もう一度写真を返してみる。

写真の中の紅葉は笑っている。

 

この笑顔はこの人のためだけに向けられていたと思うと、何だかとても淋しくなった。だって、私といる時に笑っていたのは私に向けたものではなくて、きっとこの人に向けたものだったと思うから。

 

「いいなぁ、市子おばあちゃん」

 

私も、紅葉に見てもらいたかった。

 


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