「そうか、コーラルが死んだか・・・」
「ええ、自らMSに乗って出てきましたが、仲間が投入した、元は貴方の乗っていたグレイズに気をとられた隙を突かれて・・・」
独房のクランクさんに今回の戦闘について報告している。腐っても上官、戦死したとなれば思うところもあるのだろう。僕からすればただのゲス男が自業自得で死んだだけなのだけど。
「そうか・・・あの男、腕は良かっただろう?」
「そうですね、あれがデスクワーク中心であろう司令官とは、正直驚きですね」
「お前達からすれば迷惑な男だろうが、あれで昔は真面目で理想の高い奴だった・・・いつからだろうな、ああなってしまったのは」
そう漏らすクランクさんの顔は過去を懐かしむような、それでいて少し寂し気なように見えた。
「昔は、て言うなら僕ら置いて金持って逃げたCGSの社長だって、僕や同年代の孤児達を拾ってくれた時は優しいおじさんに見えたもんですよ。整備長のおやっさんに聞いた話だと若い頃は仔犬を拾って育てるくらいには良い人だったそうですし」
正確には僕の記憶じゃないけど、本当に良い人に見えたんだよな。
「人というのはどう変わるか、わからんものだな・・・いや、俺も自分では正しい道を進んでいると信じていたが、どこかで独り善がりの正義に酔っていたのかもしれん。その結果がこの様か」
「ギャラルホルンって権威主義っていうか貴族ぶっている所ありますよね。それに強大な組織ほどよく腐る物ですが、そんな所に長くいたにしてはクランクさんは随分とまともな方ですよ。そういえばさっきの戦闘、1機だけ緑色の塗装のグレイズがいましたけど、あれってCGS襲撃の時にいた奴ですよね?」
「アインか・・・コーラルが死んだなら、あいつも処分を受ける心配もあるまいが・・・」
「処分どうこうより、こっちを恨んで追いかけて来そうですけど。クランクさんのグレイズ見るなり突っ込んで来たし、前の時も自分らの事棚上げで三日月がMW狙ったの卑怯だとか寝言ほざいてたし。自分の指揮官が笑いながらMW潰してたの見てなかったんですかね?いくら夜が明けたばかりだったからって、寝てた訳じゃないでしょうに」
そもそもいきなり攻撃仕掛けて来たのはそっちだろうに。
「オーリスはともかく、アインは生真面目な奴なんだ。そう言わんでくれ」
「生真面目ってのが本当だとしても、襲撃時の言動は筋が通らないでしょ・・・っといけない。本題はそこじゃなくて、そろそろタダ飯喰らいで部屋に缶詰めの生活も飽きてきた頃かなって訳で、頼みたいことがあるんです」
「俺に頼み?・・・まあ確かに体も鈍っているしな、飯の分くらいは働くべきか」
~数時間後~
僕はブリッジ後方の作戦モニターを囲んでで今後の行動について話すための会議に参加している。僕以外のメンバーはオルガ、ビスケット、ユージン、シノ、そしてクーデリア。
「で、これからどうするかだけど・・・」
「オルクスが駄目だったからには、別の案内役を探さねえとな」
「やはり、案内役はどうしても必要なのですか?」
「そりゃあ当然ですね。無事に地球までたどり着きたかったらなあ」
「ここまでギャラルホルンと拗れた以上、只の案内役じゃあ駄目だ。火星に残ってる連中の事もひっくるめて頼めるぐらいの強力な後ろ楯がねえとな」
「火星支部のギャラルホルンはこっちを追ってくる心配は無さそうだけどねえ」
「え?」
「何でそう思う?トウガ?」
「えっとね、捕虜の人から聞いたんだけど、クーデリアさんを狙ってたのは火星支部司令官のコーラルって人なんだけど、どこぞの金持ちに賄賂をちらつかされて、その金目当てにCGSへの攻撃命令を出してたらしいんだ」
「要するにクズ野郎って事か」
「それで?」
シノが忌々しげに呟く横で、オルガが続きを促す。
「前回の戦闘でそのコーラルが死んだから、火星支部はクーデリアさんを狙うより自分達の体勢の立て直しでいっぱいいっぱいのはずだよ。ちょうど地球から監査官が来てる時だから余計にね」
「ならもう追われる心配はねえって事か?」
ユージンが喜色ばむ。けどそう甘い話じゃあないんだよな、これが。
「地球に近づくまではね」
「はあ?」
「その地球から来た監査官ってのが、前回の戦闘に出てたみたいなんだよ。三日月と戦った青と紫のMSは火星支部には無い特別な機体だって、クランクさ・・・捕虜の人が言ってた。つまり」
「その監査官とか言うのが、俺らに目をつけたって事か」
一応クランクさんに聞いた話という事にしてるけど実際は大半が僕の原作知識からの情報。話せる事は話しておきたいからね。
「だから地球の近くで網を張って待ち構えているはずだよ。僕らと違って地球まで正規の航路で戻る事が出来るから先回りになるし、逆に裏航路には入ろうとしない。お高く止まった奴らは薄暗い裏道は通りたがらないものさ」
「どっちにしても後ろ楯と案内役は絶対に必要だな」
「って言っても・・・」
「テイワズだな。それしかねえ」
オルガがキッパリと言い切る。
「マジかよ?」
「テイワズ・・・木星圏を拠点とする複合企業ですね。実態はマフィアだという噂も聞きますが・・・」
「お目当てはその実態の方さ」
「確かにテイワズなら地球にも影響力を持ってるし、ギャラルホルンも迂闊には手は出せないだろうけど・・・」
「けど、どうやって話をつけるんだ?」
「そうだぜ、あのテイワズが俺らみたいなガキの後ろ楯にすんなりとなってくれるか?」
シノとユージンが不安を口にする。
「何か伝手があればいいんだけど・・・」
「このままじゃ地球には行けねえし、火星にも戻れねえ。どっちみち木星に向かう以外ねえんだ。渡りのつけ方は行く道考えるが、いざとなりゃあ一か八かぶつかるまでよ」
ここはオルガの判断をフォローしておこう。
「まあ、木星圏をうろついてればどこかでテイワズ傘下の組織に行き当たるだろう。そうなれば後は何とかなるさ」
「トウガさんまでそんな楽観的な・・・」
「ぜってえ無理だよ・・・」
まあ実際はそのテイワズ直参組織のタービンズが追って来てるからそういう手間は省けるんだけどね。
「スゲエ・・・どうやったんだ?」
オペレーターを務めるチャドが声を上げたため、皆そっちに目をやり、オルガが問い掛ける。
「どうした?」
「火星の連中とどうにか連絡を取ろうと思ってたら、この人が簡単に繋げてくれたんだ」
「フミタン?」
クーデリアに呼ばれて、フミタンが説明を始める。
「ギャラルホルンが管理する、アリアドネを利用したんです」
「アリアドネを?」
「それって?」
「アリアドネはレーダーが機能しないエイハブウェーブの影響下でも、船に正しい航路を示す道標です。それを構成するコクーンを中継ポイントとして利用する事で長距離の通信が可能になります」
「ついでに言うと、通信は暗号化されているから、ギャラルホルンにもバレる心配は無いよユージン」
「おお、って、何で俺に言うんだよ?」
そりゃ君がバレるんじゃないかって言うのを知っていたから。
「よろしければ、これからもお手伝いしましょうか?お嬢様のお許しを頂ければですが」
「え?・・・ええ、もちろん」
「決まりだな。通信オペレーターとして、是非頼むぜ」
「承知しました」
しかしフミタン、どういうつもりなんだろう?別に知らん振りしていても良かったんじゃ無いかと思うんだが、何故自分から協力を申し出たのかイマイチわからないんだよなあ。
「じゃあ、よろしく。ええっと・・・」
「フミタン・アドモスです」
「へえ、そんな名前だったんだ」
「それにしても、理屈は僕も知ってたけど、実際にそれが出来るとは。流石にクーデリアさんのお付きのメイドさんは物知りですね」
「え?ええ、フミタンは色々と助けてくれています・・・」
そう言いながら、クーデリアはどこか浮かない顔をしている・・・ん?フミタンがこっち見てる?・・・いや気のせいか、見ていたのはクーデリアの方だろう。
「さて、今後の方針は決まりだね。それじゃあ僕は格納庫に行くか・・・っと、オルガ、許可して欲しい事があるんだけど」
「何だ?」
「鹵獲したグレイズの修理に人手が要るんだけど、整備班はバルバトスの方で手一杯だからさ・・・」
~その後、格納庫~
「ああ、そのパネルの前にこっちを付けた方が良い。ケーブルの接続が少しな・・・」
「え?ああ、なるほど」
バルバトスの整備に動き回る子供達とおやっさんの声が響く格納庫で、僕はグレイズ(指揮官機)の修理作業中。部品は残りの2機から取った分と、グレイズ改の予備パーツで補っている。
「お疲れ様でーす!お弁当でーす!」
格納庫にアトラの声が響く。
「おう、ありがてえ。おーい!区切りの良いところで、飯にしようやー!!」
「了解!」
「やった飯だ!」
格納庫の空気が緩む。やっぱり食事は大事だよね。育ち盛りの子も多いし。
「僕らも行きましょう」
「う、うむ・・・」
弁当を受け取りに行くと、アトラと三日月の他にクーデリアもいて弁当を配っていた。僕は手が空いたらしい三日月に声を掛ける。
「何でクーデリアさんもいるの?」
「いや、手伝いたいって言うから。っていうか、何で捕虜の人がここにいるの?」
そう、僕と一緒に作業していたのはクランクさんであった。
「グレイズの修理に人手が要るからさ、手伝ってもらってる。おやっさんやタカキ達はバルバトスの方で忙しいし。オルガの許可はもらってあるよ」
「オルガが良いって言うんなら。けど大丈夫なの?」
そう言ってクランクさんの方を見る。
「俺を信用出来ないのは当然だろうな。だがもう俺にはクーデリアを狙う理由も無い。この期に及んでおかしな事はせんよ」
「大丈夫だよ。クランクさんの両手首のバンド、あれスタンガン仕込んであるから、妙な事したら電流流して止めるよ。ちなみに僕からある程度離れたり、勝手に外そうとしても自動で電流流れるし、皆にはあまり近付かないように言ってあるから」
そう言ってクランクの手首のリストバンド状の物を指差す。ちなみに、僕の手作りである。
「へえ・・・まあ良いけど。おやっさん、俺もこっち手伝おうか?」
「ああ、力仕事になったらな。今細かい調整してるからよ。オメエ、字読めねえだろ?」
「そっか」
三日月とおやっさんの会話にクーデリアとクランクさんが驚いた顔をする。
「なん、だと・・・?」
「三日月、あなた字が読めないの?」
「うん」
「うんって・・・だって、あんな複雑そうな機械を動かしているのに」
「それでああも動けるとは、つくづく驚かされるな」
「字読んで動かす訳じゃ無いからね。MWと大体一緒だし、後は・・・勘?」
「「勘・・・!?」」
あ、クーデリアとクランクさんがハモった。
「そんなに驚く事かな?」
「本来ならMWとMSでは操作の難易度はかなり違うんだが・・・阿頼耶識を使っているとこうも違うものか」
ギャラルホルンが悪いイメージ広めて禁止する訳だよなあ。
「あの、学校とかには?」
「行ってないよ。行った事ある奴の方が少ないんじゃないかな」
「まあ生きてくだけで精一杯だった奴もここには多いからなあ。マシな施設にいた奴はいくらか教わった事もあるようだがな」
「そうですか・・・」
「・・・」
「配り終わったよ~」
弁当を配って回っていたアトラが戻って来た。
「アトラは字読めるんだっけ?」
「うん。ハバさんに習ったから」
「トウガも読み書き出来るんだよね」
「まあね。両親が生きていた間に教え込んでくれたんだ。お蔭で助かってるよ。・・・1軍の奴らに押し付けられる仕事も多かったけどね」
両親には心から感謝してるけど。
「三日月、良かったら、読み書きの勉強しませんか?」
「え?」
「私が教えますから!読み書きが出来れば、きっとこの先役に立ちます」
やや強めの口調で読み書きの勉強を勧めるクーデリアに、三日月は少し考えた後、やる事に決め、タカキにエンビとエルガー、トロウといった年少組の子達もクーデリアに教えてもらう事になった。
「俺達地球の人間のほとんどが出来て当然の読み書きが、火星では教わる機会を得る事すら難しいのか。こんな状況が良い筈が無いのにな・・・。これが彼等の現実か」
「そうですね。そして読み書きも出来ない子供でも有用な労働力に出来るのが阿頼耶識システム。だからここにいる子達は、最近入った炊事係のアトラ以外全員阿頼耶識の手術を受けています」
「非人道的と忌み嫌われる技術が、彼等の生きる為の手段になっている訳か。因果な事だ」
クランクさんが苦い顔でそう言った。
「全く、ギャラルホルンの支配のせいで生じた貧困に喘ぐ子供達が、ギャラルホルンの作った技術である阿頼耶識システムのお蔭で生きる糧を得る事が出来ている。本当に因果というか、皮肉というか・・・ま、その話は置いといて、弁当食べたら作業の続きです」
「ああ」
そして弁当を食べた後作業を再開して、コックピット周りの修理はとりあえず終わり、細かいチェックをしていた時。
「トウガさん。ちょっと良いですか?」
ビスケットが来て僕に一緒に来て欲しいというので、作業を中断してクランクさんを部屋に戻してから、ビスケットと一緒にオルガに会いに行く事になった。
ビスケットは伝手も無しにテイワズと交渉する事、そして今回の仕事への不安をオルガに訴え、他の会社への委託を提案したが、オルガはこれを一蹴する。
「オルガは、焦り過ぎてるんじゃ無いか?何だかわざと危険な道ばかり進もうとしてる気がするんだ」
オルガに対する不安を口にしたビスケットに、オルガは苦笑して答える。
「フッ・・・かもな」
「どうしてさ?何でそんなに前に進む事にこだわるんだ?」
「見られてるからだ」
「え?」
「振り返るとそこに、いつもアイツの眼があるんだ」
「アイツ?」
「三日月、だね?」
「ああ。すげえよ、ミカは。強くて、クールで度胸もある。初めてのMSも乗りこなすし、今度は読み書きまで・・・そのミカの眼が俺に聞いてくるんだ。『オルガ、次はどうする?次は何をやればいい?次はどんなワクワクする事を見せてくれるんだ?』ってな・・・。あの眼は裏切れねえ。あの眼に映る俺は、いつだって最高に粋がって、かっこいいオルガ・イツカじゃなきゃいけねえんだ・・・トウガ、アンタなら少しはわかるだろ?」
ふう・・・ここで火星での話と繋がるとはね。
「そうだね、僕も君達に嫌われたくなくて見栄を張ってたし。僕は今は君の判断に反対する気は無いよ」
「トウガさん・・・」
良い代案も無いし。けど、釘は刺しておいた方が良いだろう。どれだけ効果があるかわからないけど。
「けどこれだけは言わせてもらうよ。君を見ているのは三日月だけじゃない。鉄華団の全員が団長の君を信じて、その背中に付いて来ているんだ。そんな皆より三日月1人を優先したり、他の団員に無用の犠牲を強いる事は許さない。もしそんな事があれば力ずくでも君を止める。最悪の時は君を殺してでも」
「と・・・トウガさん?」
「そんな時は来ないと信じたいけど。それでももしその時が来たら、僕は皆を守るためなら、例え三日月が立ち塞がろうと、例え自分が殺されようと必ず君を、殺してでも止める。君はマルバや1軍の奴らとは違うと、君を信じて命を預けた人間を裏切るのは絶対に許さない。それが君を組織の頭にした1人として、歳上のクセに重い役目を君に任せた、僕なりのケジメのつけ方だ。」
実際そんな事になったら確実に死ぬな、僕が。
「・・・あり得ねえ。そんな時は絶対に来ねえよ。・・・けど、覚えとくよ。アンタの覚悟はな・・・テイワズの本拠地へ向かう。変更は無しだ」
そう言ってオルガは僕とビスケットに背を向けて歩いて行った。
「さっき言った事、本気ですか?」
ビスケットが不安そうな顔で尋ねて来る。
「そうならないで欲しいと願っているけどね。僕だって好き好んでオルガと敵対したいわけじゃない。おやっさんに聞いた話だけど、マルバだって昔はあんなろくでなしじゃあ無かったっていうし。オルガが悪い方に変わらないって断言は出来ないだろう?そうならないようにフォローはするつもりだけど、万が一に備えて釘は刺しておかないとね・・・。ビスケット、オルガを支えてあげてくれ。君の穏やかさと思慮深さはオルガに、いや鉄華団に必要不可欠なんだ」
「俺が・・・?いえ思慮深さならトウガさんこそ・・・」
「僕じゃ駄目なんだよ。君とはオルガの信頼の大きさが違う」
そもそも僕は原作知識ありき、いわば後出しジャンケンのペテン師だ。ビスケットの代わりなんて務まらない。
「きっと楽じゃない役目だ。けどオルガのブレーキ役になれるのは君しかいないんだ。言っちゃ悪いけどユージンやシノにはそう言う思慮深さは無いし、三日月はブレーキどころか無自覚にオルガを煽ってアクセル全開させかねないって、さっきのでわかっちゃったからさ。頼む、オルガの重石になってやってくれ。それがきっと鉄華団の為にもなる」
「・・・わかりました。やれるだけやってみます」
「ああ、頼むよ」
「ところでさっき重石って言ったの、僕が太ってるからですか?」
「え?・・・いやまさか!そんな事考えても無かったよ!」
「本当かなあ・・・」
「本当だってば!・・・て言うか、重さだったら昭弘の方が筋肉ガッチリで重そうじゃん、筋肉の方が脂肪より比重は重いんだよ」
そんな事を言っていたら、非常事態を告げるブザーが鳴り響く。
あー、そろそろだろうとは思ってたけど、来ちゃったか。
「これは一体!?」
「ビスケットはブリッジに行って!僕は戦闘になった場合に備えて動くから!オルガのフォローよろしく!」
「え?あ、はい!!」
先ずはノーマルスーツに着替えないと。
この後の展開を思い出しながら僕はロッカールームに向けて走り出した。
今回で鉄血編は終了、次回からテイワズ編(個人的にはオルガかわいい編とも言いたい)です。
やっと次回でトウガのMSデビューが書けるので楽しみです。