こんなに頑張っているのになんで俺にはヒロインがいないんじゃー 作:夜遊
『押花刺繍(フラワータトゥー)』。
野ばらの花弁を散らし、触れた人間の皮膚にタトゥーを彫る能力。
タトゥー自体には脅威は無い、赤沙汰から一定の距離を離れる、もしくは、毒と同じで数時間もすれば綺麗サッパリに効力が切れるからだ。
しかしタトゥーが彫られている間は、激痛が絶え間なく襲い、被害者は止むことの無い痛みに耐えなけらばならない。
決して人を殺害しない反面、死と言う安らぎを奪う能力。
それが『押花刺繍』。
……果たしてこれは科学と言えるのだろうか?
『パパァー‼』
『おぉ‼朱‼』
『お帰りなさい‼』
『貴方無事で何より、イギリスはいかがでしたか?』
『あぁ、いいところだったよ。そうだ!朱と同じくらいのシスターさんに会ったよ』
『本当に?同い年の子?』
『少し年下かな?まぁ朱と友達になれるんじゃないかな?』
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『貴方‼またそんなに飲んで‼』
『うるさい!……チクショウ‼嘗めやがって‼俺達は名家の赤沙汰族なんだぞ‼あんなポッと出の夜遊一族なんかに重要任務を任せやがって‼お陰で朱に任せる筈だった禁書目録の任もあの子に取られてしまって‼』
『……パパ』
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『……いいか?朱。よくお聞き。これからお前は学園都市に行ってもらう』
『私イヤだ、ここに居たい』
『これはチャンスなんだ。もしもお前が上手く学園都市の情報を手に入れたら赤沙汰一族は過去の栄光を手に入れられるんだ。大丈夫。お前は完全記憶能力を持つ、選ばれた子だ。それに能力開発を受けなくてもいいように書類は改竄しておいた。拒絶反応は心配しなくていい』
『……貴方』
『大丈夫だ。この子にだけに重みは負わせない。俺も違う方向からアプローチするさ』
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『お父さんが失敗しました。もう教会は私達を完全に無いものにしたようです。貴女には苦しい思いをさせてしまってごめんなさい、もう貴女と会うことは出来ないでしょう。貴女はこれから自由に生きて下さい。母より』
『……う、嘘。嘘だ‼じゃぁ‼これから私は何を信じればいい!何をやればいいんだ‼』
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『……誰?』
『確かに空っぽ。「無」だな。なぁ、赤沙汰朱。俺の仲間にならないか?』
『仲間?』
『そうだ、「例外者(イレギュラーズ)」と俺は名付けた。俺にはある目的がある。もしこれが完了したらお前の一族はまた栄光を手に入れられるんだ。悪い話じゃないだろ?』
『………取り戻せる?』
『あぁ、「無」から「有」になるんだ。それには他人が「無」にならなければならないがお前にはその覚悟があると信じている』
『貴方は何者?』
『俺?そうだなリーダーって呼べ。本名は教えないが能力は教えよう。「生命循環(ライフリサイクル)」それが名前だ』
赤沙汰朱はどこにでも居る女の子だった。
どこにでも居る娘で、
どこにでも居る恋する乙女で、
どこにでも居る発育を気にする娘で、
どこにでも居る旧家の長女で、
どこにでも居る学園都市に送り込まれたスパイで、
どこにでも居る、
魔術師だった。
赤沙汰朱と小野町礼儀は彼女達の能力が作り出した花弁のドームの内部に居た。
彼女達は互いに考える。
「やってくれたな?」
赤沙汰は睨み付けながら小野町礼儀に言った。
「私の『押花刺繍』を逆に強化し、私自身にも制御出来ない程の現象を作り上げるなんて、狂っている」
「そろそろ、答え合わせをしようか?」
「何?」
答え合わせ、小野町礼儀はそう言った。
「…オレには時間がない。多分あと少ししたら『消える』だろう。次はいつ来られるかわからないからな、後腐れ無いように知っておきたいのさ」
「……何が聞きたい?」
赤沙汰は考えた。
このドームは自分の手を離れた犬と同じだ。
この場で小野町礼儀を倒しても、強化している元凶が無くなるだけで、既に暴走している能力自体はすぐには消えない。
ならば、体力を温存する意味でこの女の戯言に付き合うのも一つの手だろう。
「……赤沙汰朱。君は何のために戦っている?」
「何を言っている?その答えは明白だ。私は小野町仁を仲間にしようと――」
「それは違う」
「――何だと?」
「……さっきオレは君は美しく無いと言った。
その意味はわかるか?
それは君に『信念』が感じられないからだ。
何のために?
リーダーが決めたから?
そこに君の信念はあるのか?
無いだろ?
『信念』は『前に一歩踏み出す勇気』だ。
それがある人間は老若男女、善悪共通して『美しい』!
君にはあるのか?
彼女にはある‼
オレにはある‼
だが君にはない!
だから美しく無い‼」
詰まる所、これが小野町礼儀だ。
彼女は死んでいるとか、弟の平和の為にとか、そんなことはどうでもよかったのだ。
小野町礼儀は美しいモノが好きでそれが見たいだけだったのだ。
正義なんて考えてなかった。
ただ、偶然的に正義の味方側に居ただけだったのだ。
彼女も小野町仁と同じく、正義の味方側の悪役なのだった。
そんな彼女に対して赤沙汰朱は、
「……ふざけるな」
キレていた。
「お前に何がわかる!?何も無い!?あぁそうだよ!私には何も無いさ!」
赤沙汰朱は吠えた。
「私は『無』だ、『無』なんだ。だから私は『有』を求めた‼その為なら周りが『無』になることも必然だ‼」
「何があったかは知らないし、知る時間がない。多分君は君で何かを持っていたんだろ、そう納得するさ。願わくは君に美しさが戻ることを祈っておこうか」
小野町礼儀はそう言った。
そして、
消えた。
逃げ出したとか、その類いの比喩ではなく完全に、完璧に、もともとそこに居なかったかのように姿が無くなったのだ。
言うならば先程から彼女が言っていた様に「時間がなくなった」のだろう。
言えることは、小野町礼儀は自分の為に現れ、満足したから消えたのだ。
まるで未練が有ったらそこにいて、満たされたから成仏する幽霊の様に。
だが、それでも物語は続く。
「ふざけるな!わかったような口を!」
残された赤沙汰朱は怒っている。
しかし、それをぶつける相手は居ない。
「礼儀さん‼」
気が付くと、いつの間にか花弁のドームは崩れていた。
当たり前か、と赤沙汰は思う。
暴走させていた元凶は消えたのだ。
こちらも『供給』は既に切っていた。
思いの外、崩れたのは速かったが、もう、自分を閉じ込めていた檻は消えたのだった。
「ふざけるな!だったらやってやる‼目の前の仕事をやってやる‼それが貴様が言っている『信念』ってヤツならばなぁ‼」
赤沙汰朱は、睨み付ける。
この件で最も蚊帳の外で事情も飲み込めていない少女に向かって‼
そして、吠えた。
「『broad076』!!」
時刻はまだ夕方くらいだろう。
しかし、ショッピングモールの奥にあるこの場所に夕焼けの鮮やかな朱は訪れていなかった。
そこには女が二人。
魔術師、赤沙汰と、風紀委員、初春だ。
初春は地面に這いつくばり、身体のあちこちに奇妙な刺青が彫られている。
赤沙汰は静かにその女を冷めた目差しで見下ろしていた。
「諦めろ……!」
赤沙汰は言う。
「貴様を生かしているのは必要な事があるからだ。私の能力『押花刺繍』は貴様を殺せない……しかし、苦しみは味わって貰う」
赤沙汰は言う。
「呼べ……『あの男』を。そうすれば能力を解除してやる!」
這いつくばる初春は答えない。
いや、
答えられない。
初春は今、全身から熱く焼ける様な痛みに耐えているからだ。
初春から発せられるのは呻き声のみ。
赤沙汰はなおも言う。
この事件の核となる言葉を。
「呼べ……『小野町仁』を!!」
無理だったのか?
初春は自問する。
やはり自分には誰かを守る事なんて無理だったのか?
初春の頭の中には、何故先程まで居た筈の小野町礼儀が居ないのか?、一体自分は何の能力でこんな目にあっているのか?赤沙汰朱の能力は何なのか?
等々。多くの疑問が犇めき合っていた。
しかし、それでも心の奥底に、最上位にあったのは自分の非力に対する悔しさだった。
確かに自分は弱い。
だが、それでもやれる事はある筈だった。
しかし、現実は非常だった。
結果、初春は負けた。
火を見るよりも明らかな結果が、当たり前になっただけの事だった。
せめて勝てないまでも、一泡吹かせる事が出来ると思い込んでいた。
自分は弱い。
一体自分は何を勘違いしていたのだろう。
これまでの経験で初春は自分自身を過剰評価していたのかもしれない。
後悔。
初春は自分を軽蔑し、罵り続けた。
赤沙汰朱は壊れていた。
何故だかわからないが壊れてしまっていた。
小野町礼儀が何かをしたのだろうか?
それすらわからない。
わかっているのは赤沙汰朱は自分を攻撃し、小野町仁を誘き寄せようとしている。
それは無理なことだ。
結局、初春は小野町仁の事を知っているが、逆は無いのだから、
小野町仁は助けてくれない。
(……ごめんなさい)
初春はここに居ない人物に謝罪した。
(ごめんなさい……、助けられなくて、ごめんなさい……小野町仁さん)
「呼んだか?」