落ちこぼれ魔法師が異端の力を手に入れて世界最強になっちゃった   作:高巻柚宇

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ダリス大峡谷へ

 「セイヤ……」

 

 白髪紅眼の美少女であるユアが前の方を指さしながら、セイヤのことを呼ぶ。セイヤはユアの指がさす方向に目を向けると、あるものを発見した。

 

 そこにいたのは牛のような動物の大群。しかもその大群が、セイヤたちの方へと向かって猛スピードで迫って来ていた。

 

 数にして約3000程。

 

 「また魔獣か」

 「みたい……」

 「セイヤ……どうする?」

 「俺がやる」

 

 自分たちに向かって迫り来る魔獣の大群に向かって、右手を突き出しながら魔力の練成を体内で始めるセイヤ。ユアは何もせず、ただ安心しきった顔でセイヤのことを見ている。

 

 「『闇波』」

 

 セイヤがそう言った直後、二人に向かって猛スピードで攻めて来た3000近い魔獣の大群は、その姿を一瞬で消した。そして残ったのは魔獣たちが起こした土煙だけ。

 

 ユアがその光景を見て一言。

 

 「やっぱり闇属性は便利……」

 「確かにな。異端の力と言われるだけのことはある」

 

 セイヤとユアはダリス大峡谷にまっすぐと進もうとしていたのだが、魔獣やら大きな山やらなどが行くてを阻んだ。

 

 だから仕方がないので、セイヤがそのすべてを闇属性魔法で消滅させていた。

 

 『闇波』によって消費したセイヤの魔力をユアの『聖花』が回復させることにより、二人は超効率的にダリス大峡谷へと向かうことができている。

 

 セイヤたちが捕らわれていた施設の周辺には緑がなく、大きな岩がごろごろしているような土地で、ほかには岩山や枯れた木などがあった。

 

 しかし現在は、そこに一本のまっすぐな道ができている。この道は当然セイヤが『闇波』で問答無用に消滅させてきた道である。

 

 そんな超効率的な進み方をしているセイヤとユアは、遂に緑豊かな森へとたどり着く。

 

 あたり一面を無機質な岩などに囲まれている暗黒領の中にある、この緑豊かな森は、まるで広大な砂漠にあるオアシスみたいだ。

 

 二人は久しぶりの緑にテンションを上げて、森の中へと入っていったが、すぐにあるものと遭遇する。

 

 顔は完璧イノシシ、けれども体がツキノワグマで、二足歩行をしている魔獣。

 

 二足歩行のイノシシ頭のクマは一頭だけではなく、集団で行動していた。

 

 その数はざっとを100を超えており、頭と体のバランスがとても悪い動物が100体もいる光景はとても異様である。

 

 100体を超える怪物達は鋭く尖った爪をセイヤたちの方へと向けており、その姿はかなりの威圧感を放っていた。

 

 実はこの怪物たちは聖教会が管理する資料に乗っていてる魔獣である。

 

 種族名 ボアド

 危険度 ★★★★

 詳細  並の魔法師では相手にならない強さを持つ魔獣であり、群れで行動することが多い。遭遇したらすぐに逃げるべき。速度はそんなに早くはないため逃げ方を考えれば生存可能。

 

 と書かれていたが、セイヤとユアが聖教会の資料などを知っているはずがないため、魔獣の名前などわからない。

 

 通常、この手の資料は暗黒領の魔獣討伐に行くことのある上級魔法師以上しか見ることのできない資料であり、ついさっきまで初級魔法師最底辺だったセイヤが知る由もない。

 

 ユアはわからないが、顔を見る限り知っているという様子はないようだ。

 

 「体のバランス悪いな」

 「気持ち悪い……」

 

 二人はボアドの詳細を知らないので、ただ気持ち悪い魔獣たちと認識するしかなかった。

 

 ボアドの群れはセイヤたちを見るとすぐに戦闘態勢に入った。

 

 なので、セイヤはすぐにボアドたちの群れに向かって『闇波』を行使する。これでボアドたちは一気に消滅する、はずだった。しかし、ボアドの群れに変化は訪れない。

 

 「おいおい、嘘だろ」

 

 ボアドのなんともない様子を見て、驚きながらも、セイヤはすぐに新たな魔法を行使する。

 

 「これならどうだ……『闇風』」

 

 セイヤの行使した魔法は闇属性初級魔法『闇風』といい、相手を消滅させるのではなく、斬りつけることを目的にした魔法だ。

 

 カマイタチを起こして斬りつけるこの魔法は、消滅の効果がない分、攻撃力が高く、ボアドを斬りつけることは造作もない、はずだった。しかし、またしてもボアドたちに魔法が効かない。

 

 「なっ……マジかよ」

 「セイヤどうする?」

 「やばいな。俺の魔法がきかない」

 

 魔法の効かないボアドに対して、焦るセイヤ。

 

 セナビア魔法学園の座学で習ったことを思い出そうとするが、暗黒領に関しての授業はほとんどないため有効な打開策が思いつかない。

 

 その時、ユアがハッとした顔をしてあることを思い出す。

 

 「セイヤ……もしかしたら魔法耐性があるのかも……。前にお父さんが言ってた……変なのには魔法耐性があって武器攻撃ならきくと……」

 「なるほど。試してみる価値はありそうだな」

 

 セイヤはユアの言葉を信じて、試してみることにした。

 

 ユアの父親は聖教会の関係者であり、地位はかなり高い方だとセイヤは思っている。なので情報の信憑性は高い。

 

 セイヤはすぐに愛剣であるホリンズを召喚する。『闇波』があるため、魔法発動に詠唱は必要ないセイヤの手には、一瞬にしてホリンズが握られた。

 

 一方、ボアドたちもただ見ているだけではなく、いつの間にか散開しており、セイヤたちのことを囲んでいる。

 

 森の中は木が多いが、幸いボアドたちの体は大きいため見失うことはない。

 

 セイヤが双剣ホリンズを構えると、ボアドたちも動き出す。

 

 二頭のボアドがセイヤに向かって突っ込むが、セイヤもそのボアドたちに走って突っ込んでいき、光属性の魔力を自分の足へと流し込む。

 

 そして一歩を踏み出すと同時に加速してボアド二頭のわき腹にそれぞれ一本ずつホリンズを刺した。

 

 ボアドたちはセイヤの急な加速に反応できずに攻撃を受けてしまう。

 

 セイヤの加速は『纏光(けいこう)』を部分的に発動した魔法、『単光(たんこう)』だ。

 

 「よし!」

 

 ボアドの体にホリンズが刺さることを確認すると、セイヤはそのままホリンズに闇属性の魔力を流し込む。

 

 「外から通じないなら、内からはどうだ」

 

 体内に闇属性魔力を流し込まれた二頭のボアドは、次の瞬間、体内はみるみる消滅していき、魔力耐性のある毛皮だけを残して絶命した。

 

 仲間が毛皮だけを残して消えていく光景を見たボアドたちは、一斉に興奮し始める。それは目の前で起きた非現実的なことに対する恐怖と、同胞がやられてことに対しての怒りが入り混じったものだ。

 

 「どうやらこいつらの体の中には魔力が効くみたいだぞ。効かないのは外のだけだ」

 「わかった……」

 

 セイヤの言葉を聞いたユアは魔法を行使する。

 

 「『聖成(せいせい)』ユリエル」

 

 魔法名を言った直後、ユアの右手には白を基調にしたレイピアが姿を現して握られる。

 

 ユアの使った魔法は聖属性初級魔法『聖成(せいせい)』といい、名前の通り聖属性魔法の特殊効果である「発生」によりレイピアを生成したのだ。

 

 ユアが生成したレイピアはユリエルといって、ユアのよく使う武器の一つである。

 

 ユリエルを生成したユアは自分に対して突っ込んでくるボアド三体の腹にユリエルを刺して、すぐに抜く。

 

 もちろんこのぐらいではボアドたちは死なず、ユアに爪で切りかかろうとした。

 

 しかし、ボアドたちはユアに触れることはできなかった。

 

 ユアに切りかかる直前、ボアドは三体とも体内から弾けて肉塊になってしまったのだ。血しぶきがものすごい勢いで飛ぶが、ユアは光属性中級魔法『光壁(シャイニング・ウォール)』を展開して何事もなかったかのように避ける。

 

 「おいおい嘘だろ……」

 

 ユアの攻撃を見て、苦笑いを浮かべるセイヤ。ユアの攻撃方法と同じような攻撃方法をセイヤは一度だけ本で読んだことがある。

 

 それは火属性を使う魔法師の中でも、特にレベルの高い魔法師が使う技であり、相手の体内に火属性の魔力を流し込むことで、体内を活性化させるという技だ。

 

 活性化された体内に対して、活性化されていない肉体の表面は耐えられず、内から弾けてしまう。そして残るのは対象の体内にあったものだけ。

 

 ユアの攻撃方法はその攻撃方法に似ていたが、火属性を使っている兆候はない。ユアが使っていた魔力属性は光属性であり、光属性の魔力では本来できることのない芸当。

 

 しかしセイヤの目の前にいるユアは、それをやってのけた。

 

 ならユアはいったいどうやってそんな芸当をやってのけたのか。答えはボアドの体内に光属性の魔力を流し込み、体全身の機能を上昇させたのだ。

 

 光属性の特殊効果は「上昇」であり、対象を上昇させる効果がある。ユアはその「上昇」をボアド全身に発動させた。

 

 本来なら全身の能力が上昇したことにより、ボアドは強化されることになるのだが、ボアドの毛皮は魔法耐性があり上昇することはない。

 

 風船を膨らませる時、中の空気だけを増やしたところで風船自体の耐久力をどうにかしないと、ただ空気の入れすぎで爆発してしまう。それと同じだ。

 

 耐久力の上がっていないボアドの毛皮は、上昇したボアドの体内の働きに耐えられずに弾けてしまう。

 

 心臓の鼓動が上昇し、血流が早くなり、脳も活性化しようとも、体の耐久力も上昇しなければただの暴走でしかない。

 

 この技はおそらく聖属性を扱うユアにしかできないものだ。普通の魔法師がいくら頑張ったところで、自分ではなく他の者の全身を上昇させることなどまずできない。

 

 見た目こそグロテスクだが、他の者を強化する姿はまさしく聖教会の女神と似ている、とセイヤは思った。

 

 一方、ボアドの群れは全員が戦慄していた。

 

 片や刺された瞬間に体の内側がなくなったように毛皮を残して絶命していき、片や刺された次の瞬間には体の内部から弾けて肉塊になり絶命してしまう。

 

 普通の動物なら野生の本能で二人の恐ろしさを知って逃げるであろうが、ボアド達は今まで魔獣にも人にも負けたことのないというプライドがあった。

 

 その安いプライドがボアドたちをつき動かし、セイヤとユアに突っ込ませる。

 

 セイヤは突っ込んでくるボアドたちに対してホリンズを刺すと同時に闇属性の魔力流しこみ、次の獲物へと向う。

 

 ホリンズで刺したボアドが絶命するの確認することもなく、次から次へと刺していく。

 

 ユアの方も自分に対して突っ込んでくるボアド達に次々とユリエルを刺しては抜いていく。ボアドは刺された瞬間こそ生きているが、次の瞬間には体内から弾け肉塊になってしまう。

 

 ユアもボアドが肉塊になるかは気にせず、どんどんと次の獲物にまたユリエル刺しては抜いていく。

 

 そんな一方的な殲滅も気が付けば終わっていた。

 

 セイヤの周りには毛皮だけを残したボアドの死体たちが、ユアの周りにはボアドの姿を確認させないほど無残な肉塊だけが残っていた。

 

 毛皮と肉塊の数は大体同じことから、仕留めた数はお互い同じ事がわかる。

 

 

 

 

 その後、セイヤとユアはボアドの群れ以外は特に問題なく森を抜け、目の前には第一目標のダリス大峡谷をとらえた。

 

 ダリス大峡谷の底は名前通り見えないほど深い。

 

 セイヤ達が立っているところは、一歩踏み出せば断崖絶壁というところで、試しにセイヤが石ころを投げてみるが、底にぶつかるような音がしなかった。

 

 そんな深い谷のはるか向こうの方には、大きな山脈が見え、異様な雰囲気を出している。

 

 「なあ、ユア。これどうするんだ? まさか飛び込むとか言わないよな?」

 

 ユアならそのまま飛ぶといいそうなので、先に確認する必要がある。

 

 「セイヤ飛べる?」

 「はい?」

 「だから飛べる?」

 「いや、ふつう人間は飛べないと思うのだが」

 

 よく意味が分からないことを言い出すユアに、セイヤは困惑する。そして瞬間的にユアの考えを理解して、セイヤは焦った。

 

 「まさか……」

 「なら飛び込むしかない……」

 「なっ……」

 

 ユアの理論は言ってしまえば二択からの消去法だ。

 

 人は飛べない。だったら飛び込むしかない。

 

 という至ってシンプルな考え方であり、他の手段を探すという考えはないらしい。

 

 ユアが優しくセイヤの手を握る。

 

 しかしなぜかその手は絶対に離さないといわんばかりにセイヤの手を強く握っており、セイヤは一瞬で背筋が凍るのを感じた。

 

 「じゃあ……行こう……」

 「なっ、待てぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 

 次の瞬間、ユアがセイヤの手を引きながら、大峡谷の中に飛び込む。そして二人の姿は暗闇の中に消えていった。


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