【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第十話「純血主義」

 クリスマスの日、僕達はホグワーツ特急に乗ってロンドンに戻って来た。

 キングスクロス駅のホームには既に生徒を迎えに来た保護者達でごった返している。

「さあ、行こうかハリー」

「う、うん」

 ハリーは少し緊張しているみたいだ。他人の家に呼ばれる経験が極端に少ない為だろう。その心境は痛いほどよく分かる。

 僕もこの体になってからの数年、色々と苦労して心労を重ねたものだ。

「ドラコの家にはどうやって行くの? 自動車? それとも、電車?」

 ハリーはまだ魔法使いの常識を分かっていない。

「父上と母上がホームで待っている。二人に『付き添い姿くらまし』で家に送ってもらうんだ」

「『姿くらまし』!」

 ハリーは嬉しそうに頬を緩ませた。

 一瞬の間に遠く離れた場所へ転移する事が出来る高難易度の魔法。一定の年齢に達するまでは練習する事さえ禁じられている危険な術だ。

 ハリーだけではない。大抵の魔法使いの子供は『姿くらまし』に一定の憧れを抱いている。

 マグルの子供がバイクや車に憧れるのと一緒だろう。

「ドラコ! 待っていたぞ、愛しい息子」

 両親は列車から降りて直ぐの柱の傍で待っていた。

「父上! 母上!」

 二人に駆け寄ると、父上は僕を抱きしめてくれた。

「また、背が高くなったのではないか?」

「さすがに三ヶ月程度で背は伸びませんよ、父上」

「いやいや、前は頭がもう少し低かった気が……」

「そ、それより、ハリーを紹介させて下さい」

 よほど僕との会話に飢えていたらしい。話を遮るとあからさまに寂しそうな表情を浮かべた。

 正直に言えば嬉しい。跳ね回りたい気分だ。だけど、両親に甘えるのは後だ。

「ハ、ハリー・ポッターです」

 ハリーがおずおずと挨拶をすると、父上は作り笑いを浮かべた。傍目には自然な表情に見える完成された笑顔。

 内心、いろいろ考えている事だろう。けど、それを表に出さない。まったく、腹黒い人だね。

「久しぶりだね。入学式の日に会ったのを覚えているかい?」

「も、もちろんです!」

「それは嬉しいな。学校では息子が世話になっているようだね、感謝しているよ」

「いえ、そんな! 僕こそドラコには色々と――――」

 ハリーの挨拶が終わるのを待って、僕達は館へ移動した。

 出現ポイントは館の門前。ハリーは我が家の壮麗さに驚いている。

 魔法界でも随一の名家であるマルフォイ家の邸宅はちょっとした宮殿くらいの規模がある。

「す、凄い……」

「さあ、中に入ろう。ようこそ、ハリー・ポッターくん。我が邸宅へ」

 父上は満足そうに門を杖で開きハリーを中へ誘う。

 ハリーの足はすぐには動かなかった。

「どうしたんだい、ハリー?」

 僕が声をかけるとようやく金縛りから脱する事が出来たみたい。

「な、なんでもないよ」

 門を潜る時も少しだけ躊躇していたようだから、背中を押してあげた。

「ほら、歓迎の準備をしている筈だから」

「う、うん」

 館の中は当たり前だけど閑散としている。規模は宮殿クラスでも、あくまで三人家族の一軒家なのだ。

 ドビーが寝る間も惜しんで家事に励む事で我が家の清潔は維持されている。

 とは言え、冷たい印象を抱かれる事は無い筈だ。屋敷の中はクリスマスの飾りでいっぱいだった。

「今夜はみんなでパーティよ。腕によりをかけて素敵なディナーを作るからね」

 母上は僕に向かってニッコリと微笑むとハリーを見つめた。

「寛いでいってくださいね、ハリー・ポッター。ところで、苦手な食べ物はあるのかしら?」

「い、いえ、大丈夫です。好き嫌いは無いので……」

「そうなの? じゃあ、食べたいものはある? どうか、遠慮はしないでね」

「えっと……、じゃあ、糖蜜パイを……」

「わかったわ。とびっきりのを作るから楽しみにしてちょうだい」

 そう言うと、母上は父上とキスをして奥へ引っ込んだ。

「妻の料理は世の名立たる名店よりも極上だと保障しておこう。妻も言っていたが、寛いでいってくれたまえ、ハリー・ポッター。なにか、不自由な事があれば何でも言って欲しい」

「あ、ありがとうございます」

「ドラコ。まだ、陽も高い。折角だから、彼にストーンヘンジを見学させてあげなさい。魔法使いたるもの、先人の遺したものを直に見る事は良い経験になる」

「はい。荷物を整理したら行ってみます」

 僕の返事に満足そうに微笑むと、父上も去って行った。

「ストーンヘンジって、あの有名な?」

「そうだよ。ここはウィルトンシャーなんだ」

 イングランドの南部、ウィルトンシャー州の外れに我が家はある。

「他にも白馬やキーウィの地上絵が見所かな。どれもすごく離れてるけどね」

「さっき、君のお父さんが先人の遺したものって言ってたけど……」

「ああ、地上絵は違うけど、ストーンヘンジは先史時代の魔法使いが作ったものなんだ。まだ、マグル達が宇宙という概念すら持たなかった時代、魔法使い達は既に星の並びの意味に気付いていたんだ。あそこは星詠みの祭壇。魔法使いが未来を視るための場所なんだよ」

「なんか、凄いね」

「凄いさ。凄いからこそ、魔法使いは崇められた。そして、影へと追いやられた」

「追いやられたって……?」

「マグル達が魔法使いをどういう存在だと考えているか、君なら分かるだろ?」

「えっと……」

 答えが分からないというより、質問の意味が分かっていないみたいだ。

「つまり、幻想の存在だとマグルは捉えているんだよ。君もマグルの家で育ったのなら、最初は魔法なんて信じられなかったんじゃない?」

「あ! う、うん」

「太古の昔、まだ、世に十字教が広がる前、魔法使い達は表立って活躍していたんだ。かの偉大な魔法使い、ソロモン王は自らが使役した悪魔によって巨大な城塞を作り上げた事で有名だよ」

 魔法使いが表世界との干渉を今のように制限するようになった理由は幾つかあるが、その最たるものが十字教による奇跡の否定だ。

 当時、魔法使い達は自分達の力を神が齎したものだと考えていた。その考え方が一神教である十字教にとって許し難い事だったのだ。

 星の紋章は悪魔の記号となり、不死鳥は悪魔の化身とされ、海神の槍は悪魔の槍となった。

 十字教の教えによって、魔法使い達は悪しき者とされ、表世界から排斥されていったのだ。

「もっとも、十字教は完全に魔法使いを排そうとしていたわけじゃないんだ。その証拠にキリストの聖遺物である聖杯を求めたアーサー王の傍にはマーリンという魔法使いが忠臣として仕えていたし、他にも表舞台で活躍する魔法使いが僅かにだけど居た。でも、現代に近づくにつれ、魔法使いは更に影へと追いやられた。今みたいに自分達の存在をひた隠しにするようになった」

「どうして?」

「古の魔法使い達はマグルにとって偉大なる存在だった。触れる事も許されない超常の存在として君臨していた。だけど、十字教によって、その地位を追われた事でマグルと魔法使いは距離を縮めてしまった」

 その結果、魔女狩りが起きた。

「魔法使いは神の使いから、ただの人間になってしまった。だけど、魔法使いの力は健在なまま……。強大な力は恐怖と嫉妬の感情をマグルに抱かせたんだ」

 歴史的に見ても恐るべき惨劇だった。

 ただ、疑わしいからという理由で苛烈な拷問を受け殺された人間が何千人、何万人といた。

「ハリー。魔法使いとマグルの間にはどうしても溝が出来るんだ。だから、今のような魔法使いが影に隠れる世界になった。争いを避けるためにね」

 僕は寂しそうな表情を作って言った。

「マグルと魔法使いは分かり合えないっていう事?」

 ハリーは暗い表情を浮かべて問い掛けてきた。

「……難しいと思う。杖を振るだけで素晴らしい奇跡を起こせる魔法使いの存在をマグルは決して許してくれないからね」

 僕の言葉にハリーは苦い表情を浮かべた。うまく、彼の叔母夫婦の顔を思い浮かべてくれたようだ。

「彼らは僕らの事を恐れているんだ。そして、同時に羨んでもいる。自分達には決して敵わないものとしてね……」

「そんな……」

「魔法使いとマグルは一緒にいるべきじゃないのかもしれない。そう考える魔法使いは少なくない」

「ドラコも……?」

「結局、傷つけ合う事になるならいっその事……。そう、思う時もあるよ」

 ハリーは少しの間考えこむように視線を落とした。

 やがて、顔を上げたハリーは言った。

「僕のおじさんやおばさんもそうなのかな?」

 ハリーは案内した部屋の椅子に座り込むと、暗い表情で自分の身の上話を語った。

 ダーズリー家での忌まわしい日々の思い出を……。

「普通が一番だって、おじさんは言ってた。普通になれって……」

「……ハリー」

 僕は慰めの言葉を紡ぎ続けた。決して、解決する方法を口にしない。

 それは無理な事だとハリーに思わせる為に。

 魔法使いとマグルは決して分かり合えない。世界が違うのだ。両者は一緒に居るべきではない。

 そう、彼が信じこむように丹念にハリーを慰め続けた。

 可哀想に、

 辛かったね、

 それは仕方のない事なんだ、

 だって、おじさんとおばさんは魔法使いじゃないから、

 そして、君が魔法使いだから、

 だから、君達は永遠に分かり合えない。

「マグルはマグルだけの世界で、魔法使いは魔法使いだけの世界で生きる方が幸福なんだよ……、きっとね」

「でも、マグルの間に生まれた子供はどうなるの?」

「例え、魔法の才能に目覚めても、教育を受けなければ魔法使いにはなれない。でも、魔法使いにならなければ、マグルの一員としてマグルの世界で幸福に生きられる」

「……でも、それは」

 ハリーは何かを言おうとして、口を噤んだ。

 今日はここまでにしておこう。ハリーの中で純血主義の思想が芽生え始めている。でも、急げば事を仕損じる。

 ゆっくりでいいんだ。

「……ハリー。そろそろ出かけよう。難しい話は置いといて、折角のクリスマスだし、楽しもうよ」

「う、うん」

 ゆっくりと染み込ませていこう。

 そんなに時間は掛からない。


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