【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第二話「シリウス・ブラック」

 シリウス・ブラックはハンサムで才気に溢れる人気者であり、僕の父親であるジェームズ・ポッターの親友だった男。

 彼らはいつも肩を並べて歩き、まるで兄弟のように通じ合う関係だったという。

 ドラコが口にするシリウスとジェームズの関係に僕は衝撃を受けた。

「シリウス・ブラックは犯罪者なんでしょ……?」

 大量殺戮の犯人。その恐ろしいイメージとドラコに貰ったアルバムの中で手を振るパパの親友というイメージが反発し合い、シリウス・ブラックという男の人物像が上手く想像出来ない。

 ドラコが僕の問い掛けた質問に深刻そうな表情で頷いた。

「……うん。しかも、彼は当時、闇の帝王の片腕として動いていたと言われている」

「闇の帝王って……、ヴォルデモートの!?」

 驚きのあまり声を張り上げてしまった。

 ヴォルデモート。僕の両親を殺した張本人だ。その片腕だった……? パパの親友が……?

 直後、頭の中に奇妙な声が響いた。

『リリー! ハリーを連れて逃げるんだ! ヤツだ! 僕が食い止める!!』

『どうして!? 何故、ここが……ッ』

『アイツが裏切ったんだ! それ以外に考えられない……、信じたくないが』

 それが誰の声だったのか考えつくより先にダンに肩を揺さぶられた。

「おい、大丈夫か?」

「え? あ、うん……」

 ダンに促されるまま椅子に腰掛ける。

 僕に紅茶を勧めながらドラコが話を続けた。

「もっとも、帝王の片腕云々は逮捕後に広まった噂だから鵜呑みには出来ないけどね」

「でも、ブラックは大勢の人を殺害したんでしょ?」

 未だに脳内にこびり付く奇妙な声を振り払いながら尋ねる。

「……僕にはそれがどうしても信じられないんだ」

「どういう事……?」

 ドラコの言葉に驚いたのは僕だけじゃなかった。エドワード達も不思議そうな顔をしている。

 現行犯逮捕だったと言ったのは彼だ。死体の山の中で高笑いをしていたと……。

 だけど、ドラコの言葉だ。彼は軽はずみな言葉を使わない。彼がこういう事を言うからには確信を持つに至る何かを掴んでいるという事だ。

 つまり……、シリウスは無罪?

「ハリー。僕は君の御両親の事を少し調べていたんだ」

「え?」

 突然、話が切り替わった。一瞬、ボーっとしていたから、その間に話題がシフトしたのかとさえ思った。

「君に生前の御両親の話をしてあげたくてね……」

「ドラコ……」

 不意打ちはやめてほしい。嬉しさのあまり頭の中が一瞬真っ白になってしまった。

 考えるべき事が多い中で思考停止に追い込む悪行を働いたドラコを軽く睨むと、彼はクスリと微笑んだ。

 どうあっても敵わない……。

「……その時に信じられない話を聞いたんだ」

「信じられない話?」

 ドラコが信じられないという言葉を口にするからには相当衝撃的な事を知ったのだろう。

 僕は耳を澄ました。

「君の御両親の結婚式の日、シリウスは新郎の付き添い役をしていた。その時に御両親から君の後見人になって欲しいと頼まれたらしいんだ」

「こ、後見人!?」

 衝撃は予想以上だった。寝耳に水とはまさにこの事。

 後見人とは保護者みたいなものだ。

 これまでの十三年間を思い出す。ダーズリー家で虐げられ続けてきた十三年間を……。

 だけど、ブラックが犯罪を犯さなければ、もしかしたら違う人生があったのかもしれない。

「ジェームズ・ポッター。君の御父上は誰よりもシリウスを信頼していたらしい。ホグワーツ在籍時の彼らを知る人からすれば、ジェームズとシリウスはまさに一心同体。互いの事を何よりも想い合っていたという」

「シリウス……。パパの親友……」

 頭の中で魔法使いの保護者の下で過ごす十三年間を夢想した。

 理不尽な事など言われない。暴力を振るわれない。狭い物置に閉じ込められたり、食事を抜かれる事もない。

 美味しい魔法界の料理を食べて、義父から魔法の手解きを受けて、箒を幼い頃から乗り回し、ドラコとの関係も違ったものになっていたかもしれない。

 助けられるばかり、喜ばせてもらうばかり、僕から何も返せない、恩義ばかりが累積する関係。

 パパとシリウスのような関係になれていたかもしれない事に深い哀しみが湧いた。

「ハリー。調べれば調べるほど、僕にはシリウス・ブラックが殺人を犯すような人間には思えなかったんだ。しかも、例の事件で犠牲になった人の中には彼の旧友もいた」

「旧友?」

「ピーター・ペティグリュー。学生時代、ジェームズとシリウスを慕って行動を共にしていた男だよ。臆病で思慮の浅い劣等生だったと聞く。彼は当時、シリウスと言い争いをしていたらしいんだ」

「言い争いを……?」

「……詳しい事はさすがに分からなかった。ただ、その言い争いの後、シリウスはアズカバンに投獄され、ピーターは指を数本残して消し飛んだ」

 指を数本残して……。

 自分の手を見ながらゾッとした。

「あまりにも残虐な犯行だ。それ故にシリウスの人物像と一致しない。友情を何よりも大切にしていた男らしいからね」

「……つまり、君は事件の真相が別にあると睨んでいるわけだね?」

 僕の言葉にドラコは小さく頷いた。

 その時点で僕の中でシリウスは無実となった。

「シリウスはアズカバンから何らかの方法で脱獄した。なら、彼は真相が真実であれ、嘘であれ、必ず君と接触しようとする筈なんだ」

「僕と……?」

「真実なら、君を再び殺す為だ。本当にヴォルデモートの片腕なら、ヴォルデモートを倒した君を殺したいと願う筈だからね」

 恐ろしい事を平然と言う。だけど、それは彼が真実ではないと確信しているからだろう。

「嘘なら、君に会いたいと願う筈だ。君は親友が遺した子供であり、家族も同然と考えているだろうからね」

 ドラコは言った。

「どちらにせよ、いずれシリウスは君の前に現れる。その時に真相を知る為には色々と準備が必要なんだ」

「準備というと?」

 それまで黙って聞いていたエドが身を乗り出した。

 当然のように協力する態勢を整えてくれている。

 フリッカとダンも真剣な面持ちでドラコの言葉に耳を傾けている。

 アメリアは何かを考えこんでいる様子だけど、きっと彼女も協力してくれる筈だ。

 僕の後見人の無罪を証明する事に。

「一つ目は万が一の事態に備えてハリーを守る手段を構築する事。二つ目はシリウスが無罪だという証拠を探す事」

「万が一って言うのは真相が真実だった場合の事かい?」

 エドが問う。

「それもあるけど、父上によればシリウス脱獄の一報を受けた魔法省がホグワーツに吸魂鬼を送り込む事を決定したらしいんだ」

「吸魂鬼を!?」

 これには全員が一斉に声を上げた。

 その性質を聞いただけでも恐ろしい怪物がホグワーツを跋扈する。

 背筋が寒くなった。

「だから、まずは全員に『守護霊の呪文』を覚えてもらう」

「守護霊?」

 僕が聞くと、ドラコは杖を一振りした。

「エクスペクト・パトローナム」

 すると、杖の先から白い光が溢れだし、その光が一匹の美しい蛇になった。

「これが守護霊だよ。高等呪文の一つだから、取得が難しいものだ。だけど、これを全員に絶対に覚えてもらう。如何に魔法省が管理していても、奴らは人を襲う化け物だ。いつ何時、その本性を露わにして牙を剥いてくるか分からない。これについてはハリーを守る為だけじゃない。君達全員を守る為に必須の技能だ。取得出来なかったなんて言葉は聞かない。絶対に取得しろ」

 ドラコは本気で吸魂鬼を脅威と捉えているらしい。

 僕達は確りと頷き、ドラコから守護霊の手解きを受けた。

 

 守護霊の呪文は幸福な感情を浮かべながら、呪文を唱える。

 簡単な事に聞こえるけど、僕は中々上手く出来なかった。

 ダンやアメリアも梃子摺っている。

「エクスペクト・パトローナム」

「エクスペクト・パトローナム」

 エドとフリッカの二人だけはあっという間に取得してしまった。

 二人の杖から飛び出した狼とウサギが部屋の中を駆け回る姿に思わず羨望の眼差しを向けてしまう。

「いいかい? 最も幸福だと思う事をイメージしながら杖を振るんだ」

 ドラコの言葉に僕は今までの人生の中で幸福だと思った事を順番にイメージしながら杖を振った。

 だけど、ホグワーツに向かう日まで続けた練習の成果は靄が少し飛び出す程度だった。

 魔法の存在を知った日の事。

 初めて杖を振った時の事。

 初めて箒に乗った時の事。

 どれも素晴らしい幸福な記憶の筈。なのに、どうして上手くいかないんだろう。

「ねえ、二人は何をイメージしたの?」

 躍起になって杖を振っても全然進歩しない事に嫌気が差し、嫉妬心を押さえて成功している二人に聞いた。

 すると、二人は揃って同じ事を口にした。

「ドラコと出会った事」

 一字一句違わずにハモった二人の言葉に僕は衝撃を受けた。

 それは二人が如何にドラコを慕っているのかを知ったからじゃない。そんな事は先刻承知している。

 僕が驚いたのはその守護霊呪文成功の秘訣に何の疑問も抱かず納得した自分自身だ。

 試しに杖を振ってみた。

「エクスペクト・パトローナム」

 すると、今までとは全く違う光景が目の前に広がった。

 一匹の牡鹿が部屋の中を飛び回っている。

「成功した……」

 ドラコとの出会い。それが今までのどんな記憶よりも幸福な事。

 そう気付いた瞬間、あまりの照れ臭さに頭を抱えそうになった。

 初めて出来た友達。僕に魔法界の事を教えてくれて、困った時はいつでも助けてくれる。

 この世の誰よりも尊敬し、この世の誰よりも慕っている相手。

「おお、これは何というか……、照れくさいな」

 どうやら、ダンも成功したらしい。馬の守護霊が寄り添っている。

「わーお。私って、思った以上にドラコの事が好きだったのね……」

 アメリアも目の前のカラスに引き攣った笑顔を向けている。

「……これは中々、嬉しいような恥ずかしいような……うーむ」

 ドラコも頬を少し赤くしている。

「ま、まあ、結果オーライという事で……。ホグワーツに向かう前に全員が取得出来た事は素晴らしい結果だ。みんな、よくやった!」

「ああ!」

「はい!」

「う、うん」

「お、おう」

「えっと……、うん」

 エドとフリッカ以外の歯切れが悪い。僕も……。

 いや、この空気は中々恥ずかしい……。

「そう言えば、アンは大丈夫なの?」

 アメリアが空気を入れ替えるように話を振った。

 アンは今回招かれていない。ドラコも誘ったらしいけど、来れなかったみたいだ。

「アンは用事があるみたいだから、折を見つけて覚えさせるよ」

「ドラコよりも優先するべき用事……?」

 フリッカが中々怖い目つきをする。

 金髪に蒼い瞳の天使のような愛らしさを持つ彼女の怒り顔はそれもまた可愛らしいけど、ドラコの事で怒った時は別だ。

 結構、怖い。

「……アンはノットから先に招待を受けていたんだ」

「ノット……?」

 あの不気味なノッポの事かな?

「セオドール・ノットがどうしてアンを?」

 アメリアも眼差しを鋭くして問う。

「そう警戒する必要は無いよ」

「……でも、アイツは不気味なヤツだ。何を考えているのかサッパリ分からない」

 ダンの言葉に誰もが頷いている。

「ノットは割りと分り易いよ?」

 なのに、ドラコだけは気楽に構えている。

「アイツが分かり易い? 誰とも関わらないで、ロクに喋りもしないヤツだぜ?」

「ノットは基本的に他人を信用していないだけだよ」

 ドラコが言った。

「同時にとても賢い男だ。恐らく、アンと接触したのはアンの事をある程度分析出来たからだろう」

「何が目的でアンを分析なんて……?」

 アメリアの疑問にドラコはクスリと微笑んだ。

「僕に近づく為だよ。以前から、彼からの視線を受けていた。恐らく、魔法界の裏側の情勢に気付いて、僕の陣営に入りたいと思っているんだ」

「裏側の情勢……?」

 僕は何の事だかチンプンカンプンだった。

「……ハリー。一年生の時の『闇の魔術に対する防衛術』の先生を覚えてる?」

「う、うん。一応……」

 クィレル先生のあのオドオドとした態度と独特な喋り方は中々忘れられない。

 一年の終わりを迎える前に急にやめてしまって、そのせいでロックハートが来た。

 どっちの授業も杜撰な内容だったけど、まだクィレル先生のままの方が良かった。

「彼は死喰い人だったんだ」

「え?」

 あまりの事に言葉がすぐ出てこなかった。

「ど、どういう事!?」

「詳しい話は知らないけど、クィレルは死喰い人として行動し、当時ホグワーツの城内に隠されていた『何か』を盗もうと動き、ダンブルドアに返り討ちにされたらしい」

「うそ……」

「本当だよ。他にも色々と物騒な噂が水面下で流れている。きな臭いと感じている人間はノットだけに限らないと思うよ」

 ドラコはまるで睨むように窓の外を見た。

「ハリー達にも接触を試みる輩が現れる筈だ。その時に受けるかどうか、僕に相談して欲しい。悪しき思いを腹の底に隠している人間もいるだろうからね」

 僕は確りと頷いた。僕にはとうてい分からない大きな流れが生まれている。

 なら、僕よりも流れが見えているドラコに判断を委ねるべきだろう。

「ああ、三年目がはじまる。今年も楽しく過ごそう」


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