【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第十二話「真実を求める者達・Ⅱ」

 1989年、短いスパンの間に総勢五百人を超える人間が忽然と姿を晦ました。警察の捜査員が千人以上も投入されたにも関わらず、目撃情報や手掛かりになるような痕跡が一切見つからないまま捜査終了の命令が下り、迷宮入りとなった空前絶後の大事件だ。

 捜査員の中には命令に反発して独自の調査を進める者も大勢居たが、彼らはある時ふらりと行方を晦まし、戻って来た時には事件の事に酷く無関心となっていた。その変心振りはあまりにも恐ろしく、同じ事が数件も続くと、情熱を燃やしていた捜査員達の多くが無念を抱いたまま調査を終えた。

 レオ・マクレガー警視長はそうした捜査員達がまとめた資料をこっそりと集めて保管した。三年後、引退する日まで他の者達に倣って――余計な事に首を突っ込まない――真面目な警察官を演じ続けた。

 そして、引退後に友人のジョナサン・マクレーンを巻き込んで探偵事務所を開業した。

 この世の『真実』を暴く為に……。

 

 

 グリニッジの警察署で偶然出会ったフレデリック・ベインという男に導かれ、レオ・マクレガー探偵事務所で世話になるようになって丁度一年が経った。

 表向きは一般的な探偵事務所。猫探しから不倫調査まで何でも手広く請け負っている。

 その裏の顔は世に蔓延る常識では計り知れない事象の調査を行う秘密結社。

 まるで、バットマンかスーパーマンみたいなファンタジックな場所。それ故に所員も癖のある人物ばかりだ。

 ソファーで寛いでいる東洋人はワン・フェイロン。元は中国マフィアの一員だったらしいが、とある事件を切っ掛けに組織が壊滅し、その原因を探る為にこの事務所に所属している。いつも穏やかな笑みを浮かべているが、目がまったく笑っていない。この事務所に密かに持ち込まれている銃火器は彼がマフィア時代の伝を使って入手している。

 テレビを見ながらお菓子を摘んでいる男はマイケル・ミラー。元傭兵で『俺はドラゴンを見た事があるんだ』というのが口癖の変人だ。

 窓際の席で机に足を投げ出し、タバコを吸っている金髪の女はリーゼリット・ヴァレンタイン。十年程前、家に押し入った何者かに家族を皆殺しにされ、その犯人を追うためにここにいる。顔には大きな傷跡があり、初対面では思わずビビッてしまった。彼女には特別な才能がある。身体能力がずば抜けているのだ。それこそ、オリンピックに出場したらどんな競技でも金メダルを掻っ攫っていける程。視力もあり得ないくらいよく、本気を出せば彼女の目は三キロ先の米粒に書いてある文字が読めるという。

 今現在、事務所にいるのは所長であるレオと俺を除けばこの三人だけだが、他にも四人いる。彼らも負けず劣らず変人揃いだ。

 よく、こんな濃いメンバーを集められたなと感心する。

「ジェイク。腹減った」

 リズがタバコの火を消しながら言った。

「ハンバーガーが食いたい。十分以内でダッシュだ、オーケー?」

 フレデリックと出会った時は希望に満ち溢れていた。同じ志を持つ仲間達と直ぐにマリアを助け出す事が出来る筈だ……、と。

 現実は非情だ。ここでの俺の仕事は所員達の使いっ走り。十三歳のガキに出来る事なんて何もねーって言いやがる。

 それでもここに居座っているのは――腹が立つが――ここに居ることがマリアの行方を掴む一番の近道になると理解しているからだ。

「フェイロンとミラーは?」

「チーズバーガーとオレンジジュースを頼む」

「俺はコーラとポテト! あと、チーズバーガーのダブル」

 俺が言うのもなんだけど、ガキみたいなチョイスだ。マフィアの元幹部や元傭兵がハンバーガーとジュースって……。

「別にバーガーショップ以外でもいいけど?」

「チーズバーガーだ。それ以外はいらん」

「とりあえずポテトだ。あと、ヤツによろしく言っておいてくれ!」

「あいよ」

 ミラーはバーガーショップのマスコットキャラクターであるあの不気味な道化師をいたく気に入っている。

 彼の部屋にはグッズが幾つもある。夜に見ると些か心臓に悪い。

「レオは?」

 所長室の方に声を掛けると、レオもチーズバーガーと答えた。

「チーズバーガー大好き倶楽部に改名しちまえよ、この事務所」

「いいな、それ!」

「……いってきまーす」

 ミラーが食いついてきたけど、面倒だから無視して事務所を出る。

 バーガーショップは直ぐ近所にある。入り口の道化師に簡単に挨拶してから中に入るといつもの店員が愛想の良い笑みを浮かべた。

「よお、ジェイク! また、チーズバーガーかい?」

「俺の好物みたいに言うな! あのチーズバーガー大好き倶楽部の奴らに頼まれたんだよ!」

「あっはっは! いいねー、チーズバーガー大好き倶楽部か! 確かにいっつもチーズバーガーばっかりだもんね!」

「あいつら、絶対高コレステロールが原因で死ぬな、間違いない」

「おやおや、随分と難しい言葉を使うようになったね!」

「馬鹿にしてんのか!!」

 この一年間、使いっ走り以外の時間はすべて勉強に充てている。

 レオが言ったのだ。

『お前に必要なものは知識と礼節だ。その二つが無ければいつまで経っても恋人の下には辿り着けん』

 俺に必要な知識と礼節が身に付くまで、調査には参加させてくれない。そう断言して来た時には事務所を飛び出そうかと思ったが、俺が真面目に勉強している限り、代わりに他のメンバーがマリアの居場所を探ってくれると約束してくれたから何とか踏み止まった。

 今、事務所にいない四人の内、二人はマリアの居場所を探してくれている。結果は芳しくないが、顔を合わせる度に必ず見つけると約束してくれるから信じる事にしている。

 もう読み書きや足し算掛け算はマスターしたし、事務所の本を何冊も読破した。

 十四歳の誕生日が来たら、本格的に調査に協力させてくれる許可も出た。

「俺はレオ・マクレガー探偵事務所の所員だぜ! このくらいの常識、知ってて当然だろ!」

「そうだったねー。よーし、今日はお詫びにナゲットをプレゼントしよう!」

「マジ!? やったー!」

 誕生日まで、後三日。漸く、始められる。

 

 瞬く間に時間が過ぎた。誕生日、俺はレオから正式な所員としての証である社員証を貰った。

 他にもフェイロンからは護身用のスタンガンや特殊警棒をプレゼントされ、リズからは何故か妹の写真を貰った。

「可愛いだろ? 生きてればお前と同い年になっていた筈なんだ」

「ふーん」

 確かに可愛いと思う。リズをそのまま幼くして、顔から傷跡を取り払った顔立ち。

 愛らしい笑みを浮かべながら今の俺と同い年くらいのリズに抱きついている。

 幸せそうだ、二人共……。

「どうして、俺に?」

「私の元気の源だからな、お裾分けってヤツさ。どうしても辛かったり、苦しかったりする時はその写真を見て元気を出しな」

「お、おう……」

 俺にとっては話した事どころか会った事すらない他人なんだけどな……。

「名前は何て言うんだ?」

「フレデリカだ。フレデリカ・ヴァレンタイン」

「フレデリカか……」

 この子はもう死んでいる。殺されたのだ。 

 俺はレオに買ってもらった財布の中に彼女の写真を仕舞った。

 折り目一つつかないように慎重に……。

「ジェイク」

 財布をポケットに仕舞うと、レオが声を掛けてきた。

 白髪が目立ち始めているけど、六十五歳とは思えないくらい若々しい。

「九月からお前には学校に行ってもらう」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「が、学校!? 俺を正式な所員にしてくれる約束だろ!!」

「ああ、そのつもりだ」

「なら、なんで……」

 ショックだった。明日からいよいよマリア探しを開始出来ると信じていたのに、あんまりだ。

「勘違いするな。これも調査の一環だ」

「学校に通うことのどこが調査なんだよ!!」

 俺が怒鳴ると、レオは表情を引き締めながら言った。

「お前にしか出来ない調査だ。ダドリー・ダーズリーという若者と接触しろ」

「ダドリー・ダーズリー……?」

 知らない名前だ。

「彼から義弟である『ハリー・ポッター』の事を聞き出すんだ」

「だ、誰だよ、ハリー・ポッターって……」

 レオは言った。

「十三年前の事だ。街中に謎の集団が姿を現した」

 十三年前という単語に心臓が高鳴った。

 確か、フレデリックが言っていた村人の集団失踪事件が起きた年だ。

「高速道路。ロンドンのメインストリート。繁華街。ところ構わず、奴らは大騒ぎをしていた。ローブを身に纏い、明らかに人智を超えた奇跡を国中で巻き起こした。情報統制が行われ、記録はあまり残っていないが一連の騒ぎは俗に『ワルプルギスの夜』と呼ばれている」

「ワルプル……なんだって?」

「ワルプルギスの夜。本来は寒季から暖季に移り変わる境目の時期に行われる古代ケルトの慰霊祭だが、この場合は意味合いが少し異なる。『魔女の饗宴』という意味合いで名付けられた」

「魔女の饗宴……?」

「その日は実に奇妙な一日だった。昼間から空をフクロウが飛び交い、ローブやマントを身に付けた者達が至る所で同じ話題を囁き合う。ケント、ヨークシャー、ダンディー州では流れ星の土砂降りだ」

「囁き合うって、どんな内容を?」

「『例のあの人』がいなくなった。マグルも魔法使いも今宵は関係ない。みんなで喜ぼう。みんなで祝おう。帝王を滅ぼした赤ん坊、生き残った男の子、ジェームズとリリーの息子、ハリー・ポッター万歳!」

 レオは言った。

「私は長年、このハリー・ポッターという人物を探し続けてきた。この国にハリー・ポッターという名前の人間は少なくなかったが、その中で十三年前赤ん坊だった者で母親がリリーという名の人物を漸く見つけ出す事が出来た。彼の事を知る事が十三年前の事件の真実を知る大きな手掛かりとなる筈だ。そして、君の恋人の身に起きた不可思議な事態の解決の手掛かりにも……」

 漸く、話が繋がった。そういう事なら学校にでも何でも通ってやる。

「分かったよ、レオ。そのダドリーってヤツからハリー・ポッターの事を聞き出せばいいんだね」

「そうだ。だが、慎重に動け」

「あいよ! 任せとけって、必ず手掛かりを掴んで来てやるからさ」

「ああ、期待している」

 ハリー・ポッター。漸く、足掛かりが見つかった。

 待っていろよ、マリア。必ず、お前の下に辿り着いてみせるからな!


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