【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第五話「暗黒の光」

 『死』を体験するのは二度目だ。

 滅びの瞬間は痛みよりも喪失感が大きい。命が終わり、存在が消えていく恐怖。何度経験しても嫌なものだ。

『同じ相手に負けるとは……』

 無邪気な笑顔で私を葬った赤ん坊が成長し、またも私を葬った。

 恐怖も、憎悪も、悲哀も抱かず、私に一切の関心を持たない顔で物の序でのように私を殺した。

 

 宝石の中に封じ込められても、意識は継続していた。

 虚無の闇の中で延々と物思いに耽り続ける。それ以外にやる事が見つからない以上、仕方がない。

 初めは私を罠に嵌めたドラコ・マルフォイとハリー・ポッターへの復讐を考えた。それから脱出の方法に思考が逸れ、気が付けば『死』の記憶を振り返っていた。

 暗黒の中、時の概念すら失われ、私の意識は闇と混濁していく。

 ああ――――、また過去の記憶が再生される。本能が自我の崩壊を防ごうとしているのだ。

 

 最初の記憶は一番嫌な記憶だった。

 それはマグルの孤児院に居た頃の記憶。

『――――ねぇ、みんな! 僕も一緒に……』

『近寄るな、化け物!!』

『ば、化け物じゃないよ! 僕は――――』

 私は幼い頃から魔力を自在に操る事が出来た。人が生まれ落ちた瞬間に呼吸を開始するように、母乳を体内に取り入れようとするように、当たり前に出来た。

 だから、私は手を触れずに物を動かしたり、蛇と会話出来る事が当たり前の事だと思っていた。

 当たり前の事じゃない。そう言われても、私は特別な才能を持っているだけだと思った。ピアノを自在に弾けるような、優雅な踊りを踊れるような才能と同じものだと思った。

『化け物じゃない!! 僕は化け物じゃない!!』

 気が付けば、それが口癖になっていた。

『みんな! トムが可哀想よ!』

 中には庇ってくれる人もいた。だけど……、

『――――どうして、あんな事をしたの?』

『だって、マイケルが僕に《化け物は死ね!》って言ったんだよ!』

『だから、犬をけしかけて怪我を負わせたのね……』

 僕を庇ってくれた人が僕を化け物みたいに見る。

 イヤだ。その目はイヤだ。

『違うよ。だって、僕は……』

 それ以来、誰も僕を助けてくれなかった。誰も僕を信じてくれなかった。

『トム! メアリーの靴を隠したでしょ!』

『トム! また、マイケルに怪我を負わせたわね!』

『トム! どうして、アリスを虐めるの!』

 身に覚えのない事で怒られる事も増えた。

『……違うよ。僕は何もしてないよ』

 誰も僕の言葉を聞いてくれない。

『嘘吐き!!』

『最低なヤツだ!』

『気持ち悪い』

『悪党め!!』

『死ねばいいのに』

 違う……。僕は化け物じゃない。僕は嘘なんて吐いてない。

 やめてよ……。酷いことを言わないで……。

 

 ある時、孤児院に一人の男が現れた。

 アルバス・ダンブルドアを名乗る長身の男は僕を見て言った。

『トム。お主は魔法使いじゃ』

 彼は僕を魔法の世界に連れ出してくれた。

 夢のようだ。僕の事を誰も異常だなんて言わない。僕を受け入れてくれる世界が広がっていた。

 嬉しい。誰も僕を化け物だと言わない。蔑まない。

『――――ここが僕のいるべき場所』

 ホグワーツ魔法魔術学校に入学してからの日々は常に輝きで満ちていた。同じ力を持つ仲間達と競い合い、笑い合い、夢を語り合う。そんな日々に僕は確かな幸福を感じた。

 だけど、いつの頃からか、ダンブルドア先生が僕を見る目が変わった。

 まるで、あの孤児院にいた連中のように冷たい目を僕に向ける。

 イヤだ。そんな目で見ないでくれ!

 僕は異常じゃない。僕は化け物じゃない。僕は――――、

『ダンブルドア先生は僕がこの世界に相応しい人間では無いと考えているんだ……』

 僕がマグルの世界に居たから……。

 スリザリンの寮生達も常々口にしている。マグルは劣等種であり、その血は穢れている。その混血に魔法を学ぶ資格などない。

 両親を知らない僕の血筋を仲間達は誰一人疑わなかった。僕の卓越した魔法技術は純血の中でしか生まれない筈だと誰もが信じているからだ。

 だけど、真実は? 僕の血は本当に純血なのか? 

 ダンブルドア先生の目が僕の中の真実を見抜いているような気がして、恐ろしくなった。

『違う……。僕は純血だ。僕はここに居ていい人間なんだ。僕は……』

 確かめよう。大丈夫な筈だ。僕は学年一の秀才だと言われている。そんな僕の中にマグルの血なんて一滴足りとも混じっている筈がない。

 

 やっぱりだ! 僕は素晴らしい血筋に恵まれていた! 僕の母親は伝説の魔法使いの末裔だった!

 偉大なるサラザール・スリザリン。ホグワーツの創立者の一人。

 喜びに酔い痴れながら、僕は更に父の事を調べ始めた。そして、絶望に叩きこまれた。

 父はマグルだった。卑しく、品性の欠片も無い男。そんな男を母は愛し、卑劣にも魔法で誘惑し、僕を身籠った。その果てに洗脳の解けた父は母から逃げ出した。

 呆然とした。

 僕は穢れた血。それも偽りの愛の中で出来た子供。

『嘘だ……。こんなの嘘だ……』

 ダンブルドア先生は知っていたのだ。だから、あんな目を向けてきたのだ。

 イヤだ……。みんなからあの目を向けられるなんて耐えられない。

 やっと、友達が出来た。やっと、居場所が出来た。失いたくない。

『……一人ぼっちは嫌だ』

 それが始まりだった。誰よりも魔法使いらしくあろうと、知識を深め続けた。

 旧家の子息達ともより深い繋がりを作った。

 トム・リドルという忌まわしい売女の付けた名前を捨てる為に新しい名前も考えた。

『僕は……いや、私は『ヴォルデモート卿』。世界の誰よりも魔法に詳しく、誰よりも魔力の大きい、魔法使いの中の魔法使い』

 ホグワーツを卒業してから、私に傾倒する者を束ねて、一つの組織を作り上げた。

 忌まわしき過去。穢らわしき劣等種との決別。私は魔法界からあらゆるマグルの要素を取り除こうと運動を開始した。

 だが、愚かな者達が私の邪魔をする。

『何故、わからない!! マグルの血など、百害あって一利無しだという事に!!』

 私の思想に反発する者が現れ始め、その勢力は次第に大きくなっていった。

 ダンブルドア先生が立ち上げた不死鳥の騎士団はその勢力の中でも一際大きな力を持ち、私を苦しめた。

『……そうか、そんなにも邪魔をしたいのか。ならば……もう、容赦はしない』

 私は奴等を敵と定めた。

 歯向かう者は誰だろうと殺し、いつからか『例のあの人』と呼ばれるようになった。

 みんなに魔法使いとして認められたら呼んでもらおうと思っていた『ヴォルデモート』の名を誰もが恐れた。

 

 もう、誰も私を人とは思わない。魔法使いすら、私を化け物だと、怪物だと言う。

『――――これが私の望んだもの?』

 何十回、何百回と繰り返される過去の映像を見続けて、私の中で疑問が生まれた。

 私はただ、認めて欲しかっただけだ。

 化け物じゃない。ただ、人間なのだと認めてもらいたかっただけなんだ。

『とんだ道化だ。正真正銘の化け物になって漸く思い出すとは……』

 人間である事を自ら止めた化け物を誰も認めてなどくれない。

 

 ◇◆

 

 変化は唐突に起きた。闇の中に光が降り注ぎ、まるで魂そのものを捻じ曲げられるような苦痛に襲われた。

 指先からヤスリで削られているような、汚泥を口や鼻から流し込まれているような、マグマの中に沈み込むような得も言われぬ苦痛に私は恥ずかしげもなく悲鳴を上げた。

 何かが私の中に入り込んでくる。懐かしい何かが……。

 

 気付けば無数の人間の姿が目の前に浮かんでいた。

 私を責めるように睨んでいる。その口からは怨嗟の声が漏れ出している。

 ああ、彼らは私が殺した者達だ。

『……なんと、救い難い』

 どうやら、私はこの期に及んで過去を悔いているらしい。

 好き勝手な事をして、多くの屍を積み上げて、今更……、

『これが地獄というものか』

 単なる暗闇よりもずっと、この光の世界は恐ろしい。


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