【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第八話「始まりと終わり」

 世界を救う。そう宣言したのが三日前の事。今、トムはアバーフォースに注がせたバタービールに舌鼓を打った。

「美味しいな。ああ、この味だ。ずっと、好きだった」

「……おい」

「もう一杯、お代わりを頼む」

「おい!」

 しびれを切らしたダリウスがトムのグラスを奪い取った。

「……どうした?」

「どうした? じゃねーよ! この三日間、バタービールを飲んでばっかりじゃねーか!」

 ダリウスの言葉通り、トムはこの三日の間、ただバタービールを飲み、アバーフォースが愛読している山羊の飼育法の本を読み耽っていた。

 この瞬間も人が死んでいる。にも関わらず、悠長な態度を貫くトムに苛立ちを感じているのはダリウスだけではなかった。

 ハーマイオニーを始めとしたホグワーツの生徒達は直接口にこそ出さないものの、不満そうな表情を浮かべている。

 伝説的な魔法使いの復活は即座に大きな影響力を発揮するものだと誰もが期待していたからだ。

「そうは言っても、準備には相応の時間が掛かるのだよ」

「準備って、バタービールを飲む事のどこが準備なんだよ!?」

 怒声を上げるダリウスにトムは顔を顰める。

「やかましい男だ。私を信じると決めたのだろう?」

 トムは溜息を零した。落胆の表情を浮かべる。すると、ダリウスはいとも簡単に態度を軟化させた。

 その様子をアバーフォースは呆れた様子で見ている。

 ホッグズ・ヘッドの空気は三日の間に一新されていた。誰もがトムに対して気安く接し始めている。

「……怖ろしい男だ」

 トムの口にした準備とは、ホッグズ・ヘッドに集う魔法使い達の心を掌握する事に他ならない。

 世界を分けた男の『人心掌握術』は尋常ではない効果を発揮した。

「なあ、トム。俺達はこんな所に燻っている場合じゃない。世界を救う筈だろ! 打って出るべきだ!」

「……必要無い」

「は?」

 怪訝そうな表情を浮かべるダリウスにトムは頓着する事もなく言った。

「手は打ってある。これ以上、被害が拡大する事は無い」

「いつの間に!?」

 トムは袖を捲り、禍々しい紋章が刻まれた腕を見せた。

「……十六年前、私がハリー……ポッターに討ち倒された時、多くの者が裏切り行為に走った。保身の為に仲間を売り、私を堂々と罵倒した」

 穏やかな表情のまま、懐かしむようにトムは言った。

「だから、考えたのだよ。二度と裏切る事が出来ないように仕組み(システム)を作ろうと」

「仕組み……?」

「大きく分けて、三つ」

 トムは指を三本立てて言った。

「まず、一つ目は服従の呪文や開心術、真実薬に対するカウンター。呪文は跳ね返し、薬は特殊な薬液を混ぜ込む事で無効化する。理論上、私の配下を洗脳したり、情報を吐かせる事は不可能だ。……私が存在する限り」

「どういう事だ?」

全自動(オートマチック)ではないという事さ。さすがに単体では呪文の反射や薬液の生成は不可能だし、私の呪文や薬の投与も不可能になってしまうからね。故に私が直接的、もしくは刻印同士の繋がり(ライン)を通じて間接的に干渉する必要がある」

「……へー。それで、後の二つってのは?」

「二つ目は服従の呪文の遠隔操作。刻印を介して、私は配下にいつでも服従の呪文を仕掛ける事が出来る」

 ダリウスは表情を引き攣らせた。

「も、もう一つは?」

「死の強制だ」

「死の……、強制だと?」

 剣呑な単語にダリウスは顔を顰めた。

「私が命じれば、真実薬を無効化する為の薬液が大量に生成される。薬も過ぎれば毒となり、数秒で死に至らしめる」

 ダリウスはゴクリと唾を飲み込んだ。

「……何をしたんだ?」

「必要な者に必要な仕事を与え、不要な者は始末した」

「不要な者ってのは……?」

 警戒するような眼差しを受けてもトムは動揺一つ見せない。

「残忍なだけの者は処理したよ。一先ず、被害拡大の阻止が最優先だったからね」

「お前の配下だろ?」

 空気を震わせる程の怒気に遠巻きで聞いていた子供達は飛び上がった。

「……ダリウス。お前はマグルの二人と交わした約束を果たして来い」

 立ち上がり、本をアバーフォースに返しながらトムは言った。

「その間に全てを終わらせておいてやる」

「……は?」

 ポカンとした表情を浮かべるダリウスに微笑みかけ、トムは言った。

「神は世界を七日掛けて創造した。ならば、私は五日で世界を再編しよう」

「じょ、冗談……、だよな?」

「ジョークに聞こえたかい?」

 冗談でも飛ばすかのように、トムは微笑んだ。

 とても、ジョークとは思えない。

「マジかよ……」

「マグルの世界の安寧にも力を貸すが、肝心な所はマグル自身の手で解決させろ」

「アンタ……」

 トムはアバーフォースに何かを囁きかける。

 もはや、語る事は無いと言うかのように、カウンター席に腰掛けて、バタービールを飲み始めた。

「……いいぜ。俺は俺のやるべき事をやる。だから……、世界を頼んだぞ」

「ああ、任せておけ」

 トムは顔も向けず、ダリウスに向けて一枚の紙片を投げ渡した。

 そこにはワン・フェイロンが根城にしている住居の所在地が記されていた。

「……さすが」

 

 ◇◆◇

 

 リーゼリットとジェイコブはホグズミード村の外れにある寂れた民家を拠点にしている。

 ダリウスは道すがら、トムの言葉を思い出して舌を打った。

「五日で再編するって……、俺がマグル相手に五日以上も掛けると思ってやがるのか?」

 ダリウスが出掛けている間に全てを終わらせるとトムは言った。

 つまり、そういう事。

「あークソッ! 居場所も分かってる相手にどう苦戦したら五日も掛かるってんだよ!」

 むしゃくしゃしながら歩くダリウス。

 彼の心にはトムを見返したい、価値を示したいという思いが自然と沸き起こっていた。

 その事に何も疑問を抱かず、彼は意気揚々と命じられた任務の遂行に向かう。

 

 二人の家に到着すると、そこには見慣れた顔がリーゼリットと話し込んでいた。

「なんだ、お前さんもいたのか」

「悪い?」

 フレデリカ・ヴァレンタインはダリウスに冷たい視線を向けた。

「誰もそんな事、言ってないだろ」

 ここ最近、彼女はホグワーツに戻っていない。

 どうやら、リーゼリットの存在はダリウスの想定した以上の成果を挙げたようだ。

 リーゼリットも再会した妹との時間に至福を感じている様子だと、ジェイコブから聞いている。

「それより、リーゼリット。ジェイコブはいるか?」

「上にいる。気にしなくていいのに、フリッカが顔を見せると上に引っ込むんだ。邪魔したくないって」

 この家は二階建てで、上の階が寝室になっている。

「そっか。おーい、ジェイコブ! ちょっと、降りて来てくれ!」

 ダリウスが声を張ると、ジェイコブは欠伸を噛み殺しながら降りて来た。

「ダリウスじゃねーか。どうした?」

「寝てたのか? 悪いな」

「いーよ。その様子だと朗報を期待していいんだろ?」

 ジェイコブの鋭さにダリウスは舌を巻いた。

「ワン・フェイロンの居場所が分かった」

「本当か!?」

 リーゼリットが椅子をひっくり返しながら立ち上がった。

「おう。これから直ぐにでも攻め込みたい。準備はいいか?」

「いつでもいい!」

 リーゼリットとジェイコブの瞳に燃えるような決意が灯る。

「……ふーん」

 まるで、その雰囲気に水を差すようにフレデリカは呟いた。

「ダリウス・ブラウドフット。あなた、その情報を誰から貰ったの?」

「トムのヤツだ。さすが、行動が早いよな。ただのんびりバタービールを飲んでるだけだと思ってたのによ。やる事はやってんだ」

「……それで、何か言われた?」

 ダリウスはフリッカの意味深な言い回しに引っかかりを覚えながら、トムに言われた言葉をそっくりそのまま口にした。

「なるほど……。魔王の癖に随分とお優しい事」

 フレデリカは憎しみに満ちた表情を浮かべて言った。

「ど、どうしたんだ?」

 戸惑うリーゼリットを見つめ、フレデリカは言った。

「私がここに居る事を彼は知っていたのよ。お姉ちゃんが火事場に飛び込もうとしてる事を聞いたら、私も放って置けない……。彼の目的は私を遠ざける事よ」

「遠ざける? お前の事を疑っているって意味か?」

 ジェイコブの言葉に苛々した様子でフレデリカは首を横に振った。

「当たらずとも遠からずね。彼はドラコを殺すつもりなんだわ!」

 フレデリカがダリウス達に協力している理由は一つ。ドラコ・マルフォイの計画を挫き、彼の目を不特定多数ではなく、己に向けさせる事。

 彼女は決してドラコを憎んでいるわけでも、善意や倫理観で動いているわけでもない。

 ドラコの死は彼女にとって最悪の結末であり、協力する条件として、彼の身柄をフレデリカに一任するという契約が取り交わされている。

「お姉ちゃん。ワン・フェイロンの事は後回しにしてもらえる?」

「フ、フリッカ……?」

 深い闇を瞳に宿し、フレデリカは言った。

「ドラコを殺すなんて許さない」

 杖を握り、フレデリカは玄関に向かう。

「お、おい、どうするつもりだ!?」

 ダリウスが慌てて肩を掴むと、フレデリカは無言呪文でダリウスを吹き飛ばした。

「フリッカ!?」

 リーゼリットの声を無視して、フリッカは家を出た。

「――――っつぅ。なにをするつもりなんだ……?」

 壁にぶつけられ、痛みに呻きながらダリウスは彼女の後を追う。

 リーゼリットとジェイコブも後に続き、四人はホッグズ・ヘッドへ向かった。

 店の中に入ると、ダリウスが出て行った時と変わらず、トムはカウンターでバタービールを嗜んでいた。

「……ふむ。選択肢は与えたぞ?」

「ドラコを殺させはしない!」

 真っ向から睨みつけるフレデリカをトムは静かに見つめた。

 一触即発の空気に誰もが息を呑む。どちらも特大の火薬だ。一度火が点いたら誰にも止められない。

「……別に、彼らを殺すとは一言も言っていないが?」

「え?」

 まるで、いたずらに成功した子供のように微笑むトム。フレデリカは眉を顰めた。

「どういう事?」

「そもそも、必要がない」

「必要が無い……?」

 今の地獄を作り上げている張本人を処理してしまえば、世界は劇的とはいかなくても、改善される筈だ。

 己の配下を不必要と判断して処理した男の言葉とは思えない。

「……まあ、口で説明するより、実際に見た方が早いか」

 トムはアリアナ・ダンブルドアの肖像画を見上げた。

「通してもらえるかい?」

 アリアナはアバーフォースを見つめた。

 アバーフォースはトムを少しの間見つめ、それからゆっくりと頷いた。

「……感謝する。さて、メンバーを選定しよう」

 トムはバーに集う面々を一人一人見つめた後、数人の名前を呼んだ。

 その中には魔法使いを差し置いて、ジェイコブとリーゼリットの名前もある。

「恐らく、君達は見たくないものを見る事になる。理想とは違う『真実』。私が名前を呼んだ内、覚悟がある者だけ、ついてくるといい」

 秘密の通路へ向かって歩いて行くトムの後を一人、また一人と追いかけていく。

 この期に及んで、覚悟の無い者はいなかった。

「……どうして、俺達まで?」

 最後に残ったジェイコブとリーゼリットは揃って首を傾げたが、結局後に続く事にした。

 真実と言われた以上、立ち止まってはいられない。それに、フレデリカは既に通路の先に行ってしまった。

「行ってみりゃ、分かるさ」

「だな」


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