【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第八話「実験」

 クィディッチの試合は特に語る事も無く進んでいる。スリザリンの圧勝だ。

 グリフィンドールとの第一試合。グリフィンドールの新米シーカーとスリザリンの熟練シーカーの差は歴然だった。

 いや、それどころかチーム全体の練度に大きな開きがあった。テレンスがスニッチを手にするまでにスリザリンは既に40点差をグリフィンドールに対してつけていた。

 レイブンクロー戦では更に点差が開き、残るハッフルパフ戦も消化試合で終わりそうだ。

 ハリーの存在の有無でここまで結果が変わるとは驚きだ。来年、ハリーをシーカーにする予定だが、これは他の寮に対して悪いことをしてしまったかもしれないな。

 もはや、この先七年間も――三大魔法学校対抗試合の年を除き――常勝無敗が約束されたようなものだ。

「凄かったなー、テレンス! あんな素早いスニッチを簡単にキャッチするなんて!」

 多分、君の方が上手いよ。

 内心でシーカーのテレンスを賛美するハリーにツッコミを入れながら、僕は闇の魔術の本を片付けた。

 ハリーは至って健全な魔道書だと思っているけど、内容は実に過激だ。精神や命を弄る術が事細やかに記載されている。

 読み解くには相応の語学力が必要だから、今はハリーの前で堂々と読んでも内容を悟られる恐れは無い筈。けど、いずれ対策が必要になるだろう。

「ハリーはすっかりクィディッチのファンになってしまったね」

「うん! 僕もあんな風に飛んでみたいよ!」

 彼の瞳にはテレンスへの憧れの色が浮かんでいる。原作ではハリーに完敗を期して引退した彼だが、その実力は決して低くないのだ。

「次の茶会の席でテレンスにテクニックを教えてもらおうよ」

 僕の提案にハリーは飛びつくように賛同を示した。

 

 環境が与える人格への影響というものは実に大きいものだ。

 グリフィンドールとの試合の時、スリザリンは所謂ラフプレーをした。

 ルール上反則ではないが明らかな危険行為。実況を務めるリー・ジョーダンもここぞとばかりに非難の声を上げた。

 その光景にハリーは嫌悪感を露わにして言った。

『ルールで禁止されていない以上、勝つために強引な手段をとるのは当たり前だ! フットボールを見たことがないのかな?』

 そう言って、ジョーダンのスリザリンに対するヘイトスピーチを批判していた。

『僕らがスリザリンだから、わざと大袈裟にしているんだ!』

 ハリーの中で着実にスリザリン生である自覚と誇りが芽生えてきている。

 思った以上に順調だ。ハリーが素直過ぎるのかもしれないけど、歯応えがない。

 後一年もすればマグル生まれを見下し、純血である事を誇る立派な純血主義に仕上がっている事だろう。

「警戒すべきはダンブルドアの介入だな」

 ヴォルデモートを滅ぼすためにハリーを自己犠牲精神溢れる英雄に育て上げようと考えている彼にとって、今の状況は不都合に違いない。

 そろそろハリーと接触しようと企む筈だ。

「あんな老いぼれにハリーを渡してたまるものか……」

 ハリーは僕のものだ。

 僕の友達だ。

 僕のためだけに生きれば良い。

 僕のためだけに死ねば良い。

「対策を練らないといけないね」

 ダンブルドアに対する印象を悪くする一番手っ取り早い方法は彼の本性を晒す事だ。

 全ての善なる者の味方であると嘯き、多数を救うために少数を切り捨てるという効率重視の正義を振りかざす。

 そうした穏やかな外面で隠した冷徹な内面が明るみに出れば、ハリーはおろか世間も彼に疑念を持つだろう。

 純粋な悪以上に嫌悪感を持つ者もいるだろう。

 大多数の人間にとって、

 

 結果的に大勢の人々が救われようが、

 その為に自らの身をいくら削ろうが、

 その心に如何な苦しみを背負おうが、

 

 理想を裏切られる事に比べたら瑣末な事なのだ。

 だって、人は夢を見る生き物だから。夢とは素敵なものであるべきなのだ。一片の穢れも無い素晴らしいものでなければならないのだ。

 『おまえは』苦しめばいい、傷つけばいい、だが、『全てを』救え。『わたしたち』に一つの犠牲も敷くな。

 アルバス・ダンブルドアに世の人々が求めているものとは『そういうもの』なのだ。

「けど、過去を暴き出すには駒が必要だな」

 ダンブルドアの醜聞。食いついてくれそうな人物に心当たりがある。

 他人が失墜し、堕落する様を対岸の火事として愉しみたいというあまねく人々の隠された欲望を暴くことに執念を燃やす女が一人いた筈だ。

「けど、今はまだ早いかな」

 今、ダンブルドアの影響力が失墜するのはまずい。

 最低でも賢者の石は守り切ってもらわないと困る。

 よく考えると原作では最終的にハリーがクィレルを倒して守ったけど、恐らくハリーが動かなくてもダンブルドアが勝手に解決してくれる筈だ。

 ダンブルドアがみぞの鏡の安置場所に辿り着くのはハリーとクィレルが対面した少し後。

 クィレルでは賢者の石を手に入れられない以上、ダンブルドアは間に合う。

「……下手に動いて事態を面倒な方向に転がすべきじゃないな」

 静観するメリットは他にもある。ヴォルデモートにハリーの母親が授けた守護の存在を気づかせずに済むという点だ。

 結果として、ヴォルデモートがハリーの血を使わずに復活魔法で復活したとしても切り札が残る事になる。

 まあ、復活の時期が早まる可能性もあるからメリットばかりじゃないけど……。

「となると……。ある程度、ハリーがダンブルドアに傾倒する事を許容しないといけないか……」

 腸が煮えくり返る気分だ。

「……まったく、不愉快だな」

 僕は足元で蹲る犬を蹴り飛ばした。

「ドビー」

 呼び掛けると直ぐにドビーが姿を現した。

「死体を全部片付けておいてくれ。今日の実験はここまでだ。明日までに材料をまた揃えておいてくれ」

「ハイ、ゴシュジンサマ」

 犬が十頭。猿が八匹。鶏が六羽。

 闇の魔術の実験の為にドビーに集めさせた材料達だ。

 魔法と一言で言っても幾つかの分類に分けられる。

 対象を変容させる魔法をスペル。

 対象に働きかける魔法をチャーム。

 遊び心のある呪いをジンクス。

 軽度の呪いをヘクス。

 そして、闇の魔術と呼ばれる強度の呪いをカースと呼ぶ。

 軽度と強度の違いは対象に与える被害の大きさだろう。

「……出来れば人間で試したいな」

 闇の魔術は基本的に精神や肉体、そして、魂に干渉する。

 精神を恐怖で満たされガクガクと震えながら糞尿を垂れ流し死んでいく様は面白かったけど、大雑把なデータしか取れなかった。

 動物の言葉が分かればいいのに。そんなメルヘンチックな願いを本気で抱く程、今の実験の進捗状況に苛立ちを感じている。

「マグルだろうと人間を攫ってくるとさすがにバレるだろうしな……」

 ドビーは便利だし、使い潰したくないと思う程度の愛着もある。

「ねえ、ドビー」

「ナンデゴザイマショウカ?」

「野生の屋敷しもべ妖精なんていないかな?」

「……ソレハ」

「ドビー」

 悲しい。僕はドビーの今の耳の形をとても気に入っていたのに。

 僕はドビーの耳をもう一回り小さくしなければならなかった。

 泣き叫び、血まみれになった耳を押さえるドビーに僕は悲哀に満ちた声で言った。

「僕はもう一匹、屋敷しもべ妖精を望んでいる。分かるね?」

「ハ、ハイ。ワカリマス。タダチニサガシテマイリマス」

 出来れば長持ちする屋敷しもべ妖精が来てくれるといいな。

 ダメだったら、またドビーに頼まないといけない。コレ以上耳が小さくなったらドビーじゃなくてドラちゃんだ。

 

 ドビーが結果を出すまでに一週間も掛かった。結局、耳が更に二回りも小さくなってしまって、なんだかバランスが悪い。

「いっその事、全部切り取っちゃおうか?」

 善意でそう提案すると、ドビーは泣きながら頭を地面に押し付けて謝ってきた。別に謝って欲しかったわけじゃないのに、ちょっと不愉快。

 舌を出してもらって、そこに焼いた石を乗せといた。一時間したら飲んでいいよと言うと、喜びの歓声を上げてくれた。

「さーて、君の名前を教えてくれるかな?」

 既に主従の契約を結び終えた屋敷しもべ妖精はドビーを見ながら呆然としている。

「名前は?」

 もう一度尋ねると、目玉を零れ落ちそうな程見開きながら屋敷しもべ妖精は言った。

「リ、リジーでございます」

 どうやら、女の子だったみたいだ。

「それじゃあ、早速実験に付き合ってもらうよリジー」

「じ、実験でございますか?」

「うん。これから君に呪いを掛ける。呪いを受けて、実際にどう感じたのかを詳細に説明しろ」

 リジーは身を震わせながら焼けた石を舌に乗せたまま涙を流し続けるドビーを見た。

「ど、どういう事ですか、ドビー? は、話が……」

「リジー」

「は、はい!」

「先に言ってあげればよかったね」

「えっと……」

「僕が話している時によそ見をしたら指を一本折る」

 言いながら、僕はリジーの指をへし折った。

 悲鳴を上げるリジーに僕は優しく声を掛ける。

「僕に反抗的な目を向けたら皮を削ぐ。最初だから少しにしてあげるけど、次はもっと大きく切り取るからね?」

 そう言って、腕の皮を三平方センチ削いだ。

 怯えきった目で、荒く息を吐きながら必死に謝るリジー。

「そうそう。いい子にしてたら僕も優しくしてあげるからね。でも、悪い子には罰が必要なのも分かるでしょ? リジーはいい子に出来るかな?」

「は、はい。で、で、できま……す。出来ますので、どうか……どうか」

「じゃあ、実験スタートだ。まずは精神系統の術を試してみよう。精神を分裂させたりするのは最後でいいかな?」

「せ、精神を……?あ、え……、そんな……」

「あれ? やだなぁ。そんな目をされたら直ぐに実験が出来ないじゃないか。悪い子だな」

 結局、この日は少ししか実験が出来なかった。

 けど、今までとは比べ物にならない素晴らしいデータが取れた。

 使い潰す前提だと自由に実験が出来る。ドビーに他にもいないか探してくるように命じた。

 闇の魔術の実験用の他にも治癒魔術の練習台とか、純粋なストレス発散用も欲しい。

 ストレスは肌に悪いからね。

「……今は力をつける事に集中しておこう」

 折角、外を自由に動き回れる体と僕を愛してくれる両親と忠誠を誓ってくれる素晴らしい友人達に出会えたのに、それをみすみす奪われてたまるものか。

 ダンブルドアだろうが、ヴォルデモートだろうが、僕のものは誰にも奪わせない。

 絶対に……。


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