(完)どうやら神様の実験に巻き込まれたみたいです。 作:よっこー
試しに屋台の中に入ってみるか。先程のそれにでも入ってみるか。
俺は右に90度回転し少し進み、石橋を渡り、さて屋台の前。
木のドアをあける。ガラガラ、という音とともに軽い木のそれは横に開いた。
「らっしゃい!今魚が安いよ!ぜひうちで食べて行ってくれよ!」
突然男の声がした。その声通りに、木で造られた両手を広げれば端と端が届くくらいの箱の中を見る。そこにはマグロの刺身が並べられていた。
赤色の鮮やかな血色を思わせるそれらが目に映る。箱の上にある照明の光が反射してそれらが一級品である錯覚に陥る。いや、実際のところ一級品であるかもしれないのだけど。
この少し生臭いが、瑞々しくシンプルな素材の味を思いだす匂い。マグロが好きなのが理由か、はたまた日本人の血か。嫌な気はしない香りが食欲を刺激する。
「あ、ごめん。今腹減ってはないんだ。んじゃ失礼」
だが、こんなところでつまみ食いをして現世に戻れないとなるとバカバカしいにも程がある。
現世に戻ったら思う存分マグロを食べればよい。
「そうか…」
と、頭に白い鉢巻きを巻いたタンクトップの屈強な男が肩を落とす。
その姿に少しの罪悪感を覚えたが、この罪悪感はその男によって消されることとなる。
「まぁ、また来てくれよな!」
「はい…機会があれば!」
その言葉を聞いた後に、ドアを閉めた。
~~~
「しかし、このまま屋台を虱潰し入っていたらキリがないな」
当たり前に浮かんだ疑問を空に投げる。俗にいう独り言をつぶやく。
さて、こちらの監視も兼ねて神様に聞いてみるか。
「どうしたの!さっきのマグロは大間産の一級品だったよ!」
本当か。大間産といえば高級だがうまいところじゃないか。
じゃなかった。見ているから質問は省いて問題はないな?
「仕方ないなー、んで、どうしたいの?そのまま来てもいいけど」
それじゃ神様の要求に応えることができなくてクリアとは言えないだろう。
理由はこの屋台らが設置されているのがそれだ。ただ単に道を歩むのであれば屋台をつかって欲をそそる必要がない。
「んー、ばれたか!」
そんなことを考える余裕な人間は対象ではないのだろう。
「その通り。分かってるじゃん!」
そりゃどうも。
「ま、ご褒美に最低限の屋台をピックアップしておくよ!」
お、ありがとう。
辺りを見渡すと、すぐ横の屋台の屋根の上に矢印マークが浮いていた。あとは進んだところに一件か。
「これで良いかな?」
後2つでいいんだな?
「うん、大丈夫。まぁ、重要なのは数じゃなく質だから!んじゃ頑張って!」
さて、次に進むか。
まるでくじを引くように、鼓動が速くなる気がして胸が躍る。それに少しの不安と、少しの安心を感じる。
そして少し歩くとすぐ隣のせいもあってすぐについた。
「失礼します」
扉を開けながら発する。ふむ、家の造りは同じだな。
開けたところは大きめの玄関で、すぐ横に通路がある。と、その通路に座り込んで、いかにも眠そうな女性がいた。
「ふぁあぁ~、お客さんかい。どうも」
「は、はい」
その女性が纏っているのは着物である。
大体の色はこの眠そうな彼女に合わないような情熱を思わせる紅色で、金色の花の模様が美しい。その花は種類がなんなのか分からないけど。衿(えり)と帯は黒色である。着物の中にきている服は白色である。
顔はスラリと、半目と口紅を塗られた唇。手入れをしている肌は少し薄い肌色一色である。身長も女性にしてはありこれぞ大和撫子か。綺麗な黒髪はなめらかに下に流れる。
「どうしたんだい?」
「あ、いえ。この店はどのような?」
「あぁ、そうだね。一泊どうだい?」
「宿屋さんでしたか」
「あぁ。ほら、疲れているだろう。まぁ…休んでいきなよ…ふあぁぁ~」
休むのはあなたの方だろう、という言葉を仕舞い込む。
たしかにここに呼び出されたせいか、それとも死んだせいか。体の脱力感もあるし正直なところ疲れがあるのは否定ができない。
「あんたさん、もしかして現世に戻りたいのかい?」
と、彼女は聞いてきた。無論だ。
「当たり前でしょう?」
「だよねぇ…、ふあぁ~、現世か。いいよね、そこは。今の生活ができるのだろうし…」
その女性の、「今の生活」に意味が込められていることに印象を受ける。
「えっと、今の生活とは」
「あぁ、あんた新参者だったのねぇ…そうだね、ここにいるあんたさん以外は地獄送りにされて労働を強いられているんだよ、まったく面倒なところだよねぇ…ふあぁ~」
地獄という言葉と労働の接点が分からない。
「えっと、地獄って様々な罰を受けるところでは?」
「あぁ、針山とかかい?」
「えっと、はい」
「そうだね、そんな噂は耳にするねぇ~」
「噂、というと?」
「労働をしなくなったやつらが突然消えるんだよ。そこから、労働をしなくなったら罰を受けるとこにいるんじゃないか、ってね。ふんっ…」
女性が伸びをする。手をあげているので袖が下がり、腕が肘あたりまで露わになる。
「なるほど…えっと、あなたたちがここで働いているのはその労働の内容で?」
「それもあるけど…こちらの現世還りも六文銭で可能なんだよ…あれ、これって言って良かったんだっけ?まぁ、良いか…」
だからさっきの男は肩を落としていたのか。なるほど。
さて、そろそろ本題に入ろう。
「えっと、賭けをしませんか?宿代を賭けて」
「あら、遊びかい。いいねぇ。で、内容は?」
ここは宿屋でかつ、この眠そうな女性だ。
「どちらが先に寝るかです。そちらの宿のベッドを使って」
「なるほど、私が勝ったら3銭でどうだい?」
「なんなら4銭でもいいですよ?」
「お、気前がいいねぇ~、乗った!まぁ、靴ぬいで上がりなよ。案内するよ」
靴を脱いで女性の左少し後ろに立つ。靴はそろえて端に寄せておいた。
「ついてきな…しかし眠いねぇ…」
「そうですね…」
木の通路を歩いて一番奥の襖の部屋に入る。開けると、そこは8畳のそれと布団一式2つが敷かれていた。
「勝負の詳細はどうするんだい?」
「はい、一緒に寝て俺はあなたが寝たと思ったら部屋から出ます。あなたは俺が寝たと思ったら部屋から出てください」
「なるほどねぇ。起きているのに相手が部屋を出ようとしたら?」
「まぁ、呼び止めるなりしましょう」
「あいよ」
「ではここに4銭置いておきますね。盗まれないですよね?」
「あぁ、ちょっと待ってな…鍵を掛けてくるよ」
と、女性は俺の横を通って急ぎ足で先程の玄関に鍵をかけて戻ってきた。
「えっと恰好は…このままでいいかい?」
女性は自分の腕を広げて恰好をみた。
「まぁ任せますよ。俺はこのままで」
「そうかい…ふあぁ、寝るかい」
「はい、そうですね」
彼女は置いてあるティッシュで口紅を落とし、部屋の布団が敷いてある場所へと移動し、明かりを消す。視界が黒く染められ、少し経つと布団の場所が分かるようになる。そしてほぼ同時に寝たのを確認するため向い合せに布団に潜る。
「…暖かいねぇ」
横から感じる温もり。だがそれは、布団による保温の効果ではなく目の前発せられているものだということは理解していた。
「ってなんで一緒の布団入っているんですか!」
「だって…あんたさんが一緒に、って言ったのだろう?」
少し前の発言を思い出す。「一緒に寝て」と、彼女に勝負の内容について話していた…誤解があったな。これは俺が悪い。
「すみません。一緒に、ではなく同時に別々の布団に、ということでよろしいですか?」
「まぁ、そうだろうねぇ…よいしょっと」
彼女はまるで子供が遊ぶのを見ている表情をした後、転がって隣の布団に入る。
…眠らないように目を開けているのがどのくらい経ったか。先程まで俺を冷やしていた布団が認めたのか暖めるようになり、体に圧迫されている左肩の暖かいような、痺れているような感覚が広がってきたような気がする。
「しかしまぁ…眠れないねぇ。こうして賭けをしていると…」
「そうですね…」
たしかに、眠りについての賭けをしたのはこれが初めてであった。慣れていないのか、疲れているが眠気は来ない。女性も同じような考えをしたのか、いつもの眠そうな口調で話しかけてくる。
「一つ質問していいですか?」
この何も音がしない空間に飽き、疑問に思っていたことを解決するべく女性に提案する。
「なんだい?」
「はい、あなたは死んだ時の記憶はありますか?」
俺が死んだ時の記憶はなかった。それは死んでいない可能性も考えることはできるが、なんせこの世界である。死んだ可能性も考えられるのは事実である。しかし、その証拠がない。なので、他の人に証拠があるかどうかを知りたいのである。
「あ、すみません。自己中な質問なので嫌な場合は…」
「そうだねぇ、あるよ」
彼女の言葉は重く圧し掛かるような感覚に陥る。やはり無礼な質問であったか。
「私の死因は病だろうねぇ…あの頃は寝る時間も削って、相当なストレスを感じていたしねぇ…突然胃の下あたりからやけどみたいな痛みがして…」
「なるほど…そういえばあなたも俺みたいな実験をさせられたんですか?」
先程の彼女の口調は変わらなかったが、彼女が動いたのに敏感に反応してしまい半場強引に話題を変える。
「あぁ、したよ。ふあぁ~、まぁ、結果はこうなっているけどねぇ~」
「なるほど…」
彼女は相当過酷な運命を歩んだのか。そして、いかに自分の人生が簡単だったのか、といまさらながら後悔する。もう少し、もっと努力していたら別の運命を歩んでいたのかな。
「ねぇ、ちょっといいかい」
「はい、なんでしょう」
「…あんたの布団に入ってもいいかい?」
「え、えっとその…」
無論、男としては頷きたいのだが…これは違うのではないか…?
「深い意味はないよ…ちょっと生前を思い出してねぇ…」
「生前…」
先程少しだけ踏み入れてしまった話題なだけに無視はすることができない。
「いやねぇ…あの時って孤独だったんだよ。この世界に来ても。それがなんだか…なんだろう。寂しい、っていうのかなぁ…?」
「…いいですよ、入るだけなら」
深く考えることは今回はやめよう。彼女もこれを望んでいるし、俺は望まれている。
「んじゃ、失礼…」
布団が擦れる音と、目の前に彼女が現れ、こちらをじっ、とみている。…そのせいか鼓膜に心臓の音が響き、顔が暖かくなるのを感じる。
「ちょ、ちょっと後ろ向きますね」
「…あいよ」
右肩を引いて天井を見た後、左手を右肩の横に着いて力をいれて体勢を変える。
「これで、いいかねぇ…」
と、彼女の暖かさがよりいっそう強くなる。どうやら背中に触れる位置にまで寄ってきていた。早まるな、色々と。
「あんなの背中、なかなかに格好いいじゃないの…」
「どうも…」
背中に頭だろうか、こつんと彼女があたる。腰あたりに手だろうか、華奢な力が当たる。そのか弱く、愛しい行動に頭がぼう、としお腹あたりに何が渦巻く感覚がする。
「いつからだろうね…こうして…甘えることを…忘れたのは…」
徐々に弱くなっていく彼女の言葉。いますぐにも抱き慰めたいが、できるはずはなかった。
「思い出せたのなら良いじゃないですか」
「だよねぇ…」
少し笑ったように彼女の言葉が躍る。
「ねぇ、君」
「はい?」
「…いや、なんでもない。今夜はこのまま、宿代はこの経験でいいかい?」
「…それでいいなら、いいですけど?」
宿代よりも、この経験の意味を考えてしまう。甘えることを知った事か?
「んじゃ、このままでいいかい?どうか、このままで…」
彼女の声は消えてゆく。
「…明日の朝まで、なら」
「…ありがとう、それで十分さ。おやすみ…」
と、彼女の寝息が聞こえてくる。さて、この賭けは余裕で勝ちそうだな…とりあえず、目を閉じようか。