刃を向け合う艦娘たち   作:秋津洲かも

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四十三年元日

雪の舞う海上を一人の少女が滑走する

 

緑がかった黒のツインテールが風にはためき、凍える手を吐息で温めながら、ただただ北へ向かう

 

目的の場所まではあと2時間ほど、時間が経つにつれて風が強くなってきた

 

時折、大きな波のうねりが襲い、膝をクッションにしてなんとかやり過ごす

 

盛大なしぶきが顔にかかるも気にしてなどいられない

 

軍艦であった頃の私は、この程度の波を気にする必要はなかった

 

巨体は波を押しつぶし、そして切り裂くように進んでいた

 

ところがどうか今の自分は高さ数メートルの波に四苦八苦、思わず自嘲の笑みがこぼれる

 

 

「翔鶴姉の言う通りだったかも」

 

昨日の光景が思い浮かぶ

 

必死に自分を行かせまいと引き止める姉の姿

 

泣きながら自分の胸に顔をうずめ、懇願された

 

普段ならその姿に慌てふためくはずの私だけれど、昨日は事情が違かった

 

年を跨ごうかというその時、あろうことか艦娘と深海棲艦が手を取り合う姿が突然、予告もなくテレビに映し出された

 

フラッシュが激しくたかれ、笑顔をこちらに向ける両者、両手で固い握手を誓い、テロップには『深海棲艦と停戦協議開始』の表示

 

何も聞かされていない私は目を疑った、何かの冗談かと思いチャンネルを回すも同様の光景

 

周りを見渡せば同じように驚愕の表情を浮かべる艦娘たち

 

居ても立っても居られず、思わず提督室に駆け込み、事の真偽を確かめようとするも、その提督でさえ呆然としていた

 

受話器を片手に魂の抜けた顔で天井を見つめるその様は、言葉無しに周囲を納得させた

 

戦いが終わる

 

数時間前まで敵空母と死闘を繰り広げていたはずなのに

 

戦いが終わる

 

提督さんがこのまま戦い続ければ勝利は目前だと言っていたのに

 

戦いが終わる

 

数えきれないほど失ったもの、その仇討ちさえ終わっていないのに

 

戦いが終わる

 

右手の甲を見ると小破に満たないような赤い擦り傷

 

先ほどまで戦場に身を置いていたまぎれもない証拠

 

見渡せば提督室の壁に並ぶ先に旅立ってしまった戦友たちの写真

 

そのいずれもが微笑んだ表情で、もう二度と見ることが、聞くことが、触れることができない

 

なのに戦いが終わった

 

決してあの戦いは嘘ではなかったはず、人間たちを護り、そして仲間を護ろうと艦娘誰もがひたむきに、時には命をかけて戦ってきた

 

不思議と安堵の感情は浮かばない

 

嬉しい?

 

違う

 

悲しい、それとも憎い?

 

・・・寂しい

 

そっか、私は寂しいんだ

 

その感情を自覚するや否や、私は夜の海へ飛び出した

 

 

 

 

 

 

「瑞鶴さん。ここから先はだめですよ」

 

雪が舞い海面に落ちては溶けていく景色、姿なく落ち着いた声だけが凛と響く

 

良く知っている声、全ての空母娘、いや、全ての艦娘にとって母のような存在

 

ふと自分が小さかった頃の郷愁が思い浮かぶ、料理中の彼女にお菓子をせびる自分、優しく文字の読み書きを教えてくれる彼女、初めての出撃から帰って来た時、抱きしめてくれた彼女

 

その彼女の姿と放たれた発言に関連性が見いだせず混乱する

 

雪の合間に影が浮かんでくる

 

銀色の世界から桜色が映えてくる

 

「お久しぶりですね、お元気にしていましたか?」

 

「ほ、鳳翔さん?どうして?」

 

桜色の着物に紺の袴、母の微笑みを携え優しく語りかけてくる

 

「このような雪の日に、ほら手もすっかり冷たくなっていますよ」

 

手をとられ包み込まれる、温かい感触がじわりと伝わる

 

「鳳翔さん、行かせないってどういうことですか?」

 

「はい、今日は天気も悪いですし、鎮守府にお戻り下さい」

 

「でも、私、停戦って聞いて・・・。誰も詳しいこと知らないし。教えてくれないし・・・」

 

「はい、戦いは終わりました。瑞鶴さんも、もう戦わなくていいんです」

 

私はその言葉にどきりとした

 

戦わなくていい、その言葉を聞いた途端に不安がこみ上げてくる

 

自分でも不安の正体を掴めない、けれども間違いなく心の底から湧いてくる何か

 

目をそらそうとするけれどもその何かは私の顔を覗き込もうとしてくる

 

「瑞鶴さん?どうしました?」

 

抱きしめてくる眼前の鳳翔さんの顔ではなく、私を縛って離さない眼前に迫りくる顔、それらは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤城さん、加賀さん、飛龍さん、蒼龍さんそして先に逝った仲間たちの顔

 

 

 

 

 

 

微笑みの顔たちと目線が交わる

 

 

 

 

 

 

 

そして二度と触れられるはずのない幾多もの手が頬に迫る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌あああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着きましたか。ほら、鼻、ちーんってして下さい」

 

「うう・・・、鳳翔さん、ごめんなさい。着物汚しちゃって」

 

最悪だ、涙と鼻水で顔はくしゃくしゃ、でもひとしきり泣くと不思議と焦燥感は収まっていた

 

雪がしんしんと強くなり、いつの間にか私も鳳翔さんも雪をかぶってしまっている

 

「いいんですよ。もう大丈夫みたいですね」

 

「はい、私・・・。なんだか気が動転しちゃって」

 

本当にどうにかしていたんだろう

 

さっきのことはもう忘れて、鳳翔さんに事情を説明して通してもらおう

 

「鳳翔さん。私、何が起こっているのか確かめたいんです。そのために大本営に向かっていました」

 

「そうですか。ごめんなさい。今は大事な時なので誰も近づけてはいけないのです」

 

「どうしてなんですか?鳳翔さんは何か知っているんですか?」

 

「ごめんなさい、何も言えないのです。でも安心して下さい。あと一ヶ月もすればきっと平和が訪れます」

 

「でも・・・」

 

再びぼんやりといるはずのない彼女たちの顔が浮かんでくる

 

どうしてだろう、気持ちが悪い

 

嫌だ!やっぱり行かなくちゃ

 

鳳翔さんには悪いけれどこの目で確かめてみないとこの不安から逃れることはきっとできない

 

「ごめんなさい、鳳翔さん」

 

鳳翔さんが呆気にとられている内に、足の艤装を急加速させる

 

 

 

「待ちなさい!」

 

耳にしたことの無い大声に振り返るとそこにいるのは母ではなくなっていた

 

本来であれば敵に向けるはずの鋭い眼光

 

弓を構え、弦を引き今にも私に向けて放たんとする軽空母 鳳翔がそこにあった

 

 

 

 

 

(続く)

 

 

 




お読み頂きありがとうございます!

次回、「一月二日」

頑張ります!
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