停戦協議開始発表から2日
南の島は安堵感に包まれていた
最も平和な鎮守府と呼ばれ、軽巡洋艦2人と多数の新人駆逐艦を有する敵味方共に戦略的拠点とは程遠い南の島であった
新人の育成を主任務とし、温暖な気候の中、最低限の訓練を終え暇を持て余した艦娘が思い思いに過ごす
夏場は専ら海水浴、朝から晩まで鎮守府正面の砂浜を駆逐艦たちが走り回る
軽巡はパラソルの下でその光景を微笑ましく見守りながら読書に興じる
秋口、台風がやってくると輸送船が身をひそめるために時々やってくる
台風が過ぎ去れば訓練と称して船を出し、秋刀魚の捕獲に汗を流す
冬が訪れても戦闘とは無縁のこの島には時間がゆっくりと過ぎていく
敵ではなくクリスマス、お正月の準備に鎮守府全員で立ち向かう
温厚な提督は誰よりも艦娘の幸せを願い尽力してきた
果たしてその願いが通じたのだろうか
突如舞い込んできた停戦の知らせ、新人艦娘たちの中には戦場に出ることなく人生を終えることに疑問を抱く者もいたが大多数はほっとした表情を浮かべていた
そして正月を迎え、おせち料理をお腹いっぱいに詰め込んで、凧あげ、羽根つきと昔ながらの正月遊びを存分に楽しみ、幸せな気持ちで布団で眠りにつく
◇
一月三日
日付が変わり月がようやく高度を下げ始めた
沖を見ると満月は優しく海面を照らし、光の粒が波に揺れている
振り返ると鎮守府が燃えている
既に建物としての形は失われ、煙だけが天に向かって舞う
炎に照らし出されたオレンジ色の海面の上で多数の艦娘が呆然と立ち尽くしている
平和な島に似つかわしくない、不安を掻き立てるような不快な警報音が波を描くような音階で響き渡る
その警報の示すところは
『第3非常事態 鎮守府の放棄』
炎を目の前にして誰も動こうとはしない
目を見開き、眼前の光景を受け入れられないと表情が語っている
様々な泣き声が交錯する
負傷したものから発せられる泣き声
海面上に倒れ、今まさに沈もうとしている者を引き止める泣き声
そして提督の名を呼ぶ泣き声
そんな艦娘たちが並ぶ中、5人で円陣を囲み話し合う者がいた
駆逐艦 響 そして電、雷、軽巡の艦娘が2人
「いいですか、現在、この島は深海棲艦に包囲されつつあります。一刻も早く脱出するわ」
「そうね、そろそろ次の砲撃があってもおかしくないですね」
「私が最後方で指揮を執ります。あなたは先導して頂戴。響、雷、電は新人たちのサポートをよろしくお願いするわ」
「分かった」
「分かったわ」
「分かったのです」
「戦闘経験があるのはあなた達だけなんだから、しっかりしてね。3列単縦陣で一点包囲突破、彼女が先に行くから、続いてそれぞれ列の先頭に響、雷、電が陣取って。さあ、行くわよ!散開!」
「「「「了解!」」」」
既に艦娘の指揮をとるべき者はそこにはいない
突如襲った、雷鳴のような爆音は鎮守府を吹き飛ばし、提督と十数人の艦娘の命を陸の上で奪った
◇
隊列の前方となる沖へ向けて水上を駆けつつも響の脳裏に幸せだった日々がよぎる
ここに来てからの日々は穏やかだった
2ヶ月とそれほど長くはなかったけれど、暁を失い落胆した雷、電の二人はこの鎮守府に来て笑顔を取り戻した
提督に感謝しなければならないな
以前の鎮守府の提督は駆逐艦の損失など鼻にもかけないような人物だったが、ここの提督は本当に親身になって話を聞いて、一緒にご飯を食べて、一緒に遊んでくれた
はじめの内は雷、電共に遠慮がちだったけれど、そうだ!一緒に泥まみれになってサッカーをしていた雨の日だ、あの日から二人は戻ってきてくれた
それ以来二人は提督に甘えっぱなしで、大分迷惑をかけてしまったな
すまない、そしてありがとう
「敵の包囲を突破するよ、さ、隊列を組んで。そんなに心配しなくても大丈夫さ」
「今そんなことを考えてもしょうがないよ。私たちが守るから」
「いいかい、真っすぐ前だけを見るんだ。何があっても後ろを振り向いてはいけないよ」
うなだれる新人艦娘たちに声をかけていく
そのどれもが心配そうで、足が震えていて、涙でひどい顔になっている
改めて心に誓う、なんとしても彼女たちを守らないと、私達を、あの二人を温かく迎え入れてくれて、一緒に訓練をした、一緒にご飯を食べて、遊んだ
時には喧嘩もしたさ、けれども戦友とはまた違う、ただの友達とはどういうことなのかを教えてもらった
戦場で大切なものを失って、でもこの平和な島で私達はそれ以上のものを手に入れた
君たちだよ
「響、そっちの準備はいい?」
「ああ、準備できてるよ」
停戦がどうのということは今はどうでもいい
守り切る
不死鳥の名は伊達じゃないよ
◇
「全艦娘、突撃!!!」
号令と共に沖へ向かい艦娘の形作る矢が3本放たれた
総勢32名、最大戦速を超え一杯の速度で闇夜を駆ける
その先には包囲をかける深海棲艦がいるはずだが、袋のねずみとなった艦娘は矢でもってその袋を引きちぎる突破作戦
敵の隊列は袋を成すため単横陣に近い形、その包囲の1点に穴を開けそのまま急速離脱する
探照灯を含め、全ての灯火を消しひたすらに波しぶきを舞い上げる
闇の中から突然、月夜に反射する目が、深海棲艦の姿が見えた
速度は落とさず、砲撃体勢に入り、砲を正面に向ける
当たらなくてもいい、威嚇になってくれれば、味方にさえ当たらなければそれでいい
「てぇーーーーー!!!」
各艦娘ががむしゃらに砲撃を始める
そして矢の先端、ひじりの部分にいる軽巡の艦娘が深海棲艦の隊列とぶつかる
衝突
軽巡の艦娘は目一杯の力で深海棲艦を殴りつけ、中破相当の損傷を与えた
真後ろにいた艦娘に向かい、力の限り叫ぶ
「響、行けぇ!!!」
◇
響は思う、軽巡は突破口に留まりその穴を確保し続けるつもりだ
自己犠牲ともいえる軽巡の行動に一瞬心がざわつくが列の先頭に立つのは私、左右後方に雷、電がいる
隊列を崩した深海棲艦を横目に帽子を深く被り直し、その責任感と共にひたすら前に進む
「ウラァ―――――!!!」
歯を食いしばり、足の艤装に神経を集中し続ける
熱と煙をまき散らし、小さな体が風圧に負けそうになるも、ぎりぎりまで姿勢を低くして耐え続ける
包囲を
突破した
まだだ、まだ進め!
けれども進めば進むほど安堵感よりも不安が増してくる
後ろはどうなっている?無事だろうか?
こらえきれずに振り向くと敵のいない暗闇に向かいひたすら目をつぶって砲を連射し続ける新人艦娘たち
それだけの元気があれば、これからもやっていけるさ
え?
前進しながらも体を捻り艦娘の数を確認すると
おかしい・・・30名を超えるはずの艦娘が20名ほどしかいない
私の単縦陣の数も7名
軽巡が二人共いない
雷!
電!
いた!
「雷!電!前進しながらでいいから、こっちに来て!」
「「了解」」
二人の声を聞いて、少し冷静になれた
左右から二人が身を寄せてくる
「全員突破したんじゃないのかい?」
「それが私の列は5人しかいなくて」
「電のところは?」
「・・・5人なのです」
「じゃあ・・・・・・停止!停止するよ」
Uターンをかけて、体を島のほうへ向ける
恐る恐る島の方角を見ると、カミナリの時のように光っている、水平線の上の雲に反射してひっきりなしに空が光っている
戦闘がまだ続いている
新人艦娘10人と軽巡たちはいまだ包囲網の中にいるかもしれない
いや待て、包囲は突破してこちらに向かっているけれども追撃に遭っているのかもしれない
あと5分、10待てば合流できるかもしれない
だめだ、せっかく突破したのに、安全なところまで新人艦娘たちを・・・
周りを見渡すと不安そうな顔で私の指示を待っている
40もの瞳が私を見ている
そのどれもが涙を浮かべ、泣いていないのは私だけだ
「わたしが行ってくるわ」
「・・・雷?」
「私も行くのです。きっとみんな無事なのです。だから・・・」
「・・・電?」
「響、行きなさい。ここはわたしたちに任せて!この子たちを守るのよ!」
「考えている時間はないわ。追手がくるわよ!」
「響ちゃん。心配いらないのです」
「ぐ・・・・・・う」
二人の仲間を助ける使命感は知っている
最後の最後まで仲間を見捨てない
自分たちにどんな危険が及んでも
そんな二人を誰よりも誇りにしている
「そんなんじゃだめよ?響、絶対に戻ってくるから。そうよね?電?」
「そうなのです。朝、響ちゃんを起こす役目は誰にも譲れないのです!」
だからこそ止めることができない、言葉が思いつかない
暁なら何て言うだろうか?
どれだけこの鎮守府の仲間に二人が救われたのか分かっている
いや、私だって、私だって救われた
本当は悲しくてしょうがなかった
誰かにすがりついて泣きたかった
ずっとずっとずっと泣きたかった
「響、泣いてるの?」
「響ちゃんどうしたのです?」
「い、いかな・・・」
「ん?」
「行かないでよ!お願いだから!ひとりにしないでよ!嫌だよ!嫌だよ!嫌だ!」
「そう言って暁みたいにいなくなっちゃうんでしょ!嫌だ!嫌だ!嫌だーーー!」
涙が溢れ出してくる
感情が止められない
こんなことなかったのに
ふと二人に優しく抱きしめられる
「響、やっと泣いてくれたわね」
「響ちゃん。ずっと我慢して私たちを守ってくれていたの、知っているのです」
「私達を守ってくれてありがとう、響」
「ありがとうなのです、響ちゃん」
「行くわよ!電!」
「はいなのです!」
「あ・・・」
優しい感触が消え、泣き腫らした視界の中、二人が遠ざかっていく
こうして私達姉妹は別れた
そして再び出会うときは砲を向け合うことになっていた
後から知ったことだけれど、この鎮守府襲撃が決して歴史に示されることはなかった
(続く)
こちらは雪が降り始めました
次回、「一月五日」
頑張ります