停戦協議開始から5日
各鎮守府は混乱の坩堝の中にあった
鎮守府は提督指揮のもと艦娘を運用するが、戦略的な方針を決定するのは大本営である
では大本営はいかなる方針を打ち出したか
ある時は深海棲艦との停戦へ向け出撃を控え防衛に徹しろと
ある時は即時、艦娘の運用を停止せよと
ある時は停戦協議開始は深海棲艦による罠である、出撃を継続し深海棲艦を撃滅しろと
ある時は深海棲艦が艦娘に化けている可能性がある、見慣れない艦娘に警戒せよと
方向性の全く異なる情報が鎮守府に押し寄せ、提督が大本営に真偽を確かめようと様々な手段で連絡をとろうとするも、電話中に突然回線が落とされたり、大本営の情報通信用サーバーに繋がらなかったり、文書を送れども一向に返事が無い
受け取る情報のいずれにも長官の印が押され、頭の中を矛盾が満たしていく
テレビ・ラジオでは連日のように華々しく艦娘と深海棲艦の握手の様子が伝えられているが、それを鵜呑みにする提督は皆無であった
身動きの取れない各提督は大本営が崩壊した場合の緊急マニュアルにのっとり、すぐさま鎮守府の防衛に乗り出した
しかしマニュアルに示されている文字が示すのは、緊急時にすぐ行動を起こせるように艦娘の出撃準備を徹底しろ、資材の備蓄を厳重に管理し継戦能力を確保しろといった通常時とさして変わらないものであった
提督たちの士官学校における教育方針は決して出しゃばらず、仲間とのチームプレーを肝要とし、そして上官の命令には絶対に従えというものである
鎮守府の反乱を防ぐ目的がそこにあったのかどうかは定かではないが一線級の提督たちでさえ情報が錯綜する中、大胆な行動をとれる者はいなかった
しかし提督の動揺はすぐさま艦娘に波及した
提督は大本営との連絡手段確保に忙殺され、この危機的な状況でマニュアルには示されることの無かった艦娘の心のケアが、そして明確な運営方針が手薄となってしまった
出撃準備を行い待機せよ、延々と続くこの指示は艦娘たちに何をすれば良いのかと思考する時間を与えてしまった
考える時間を与えられることは時に不幸を招く
疑問を持ちつつも何か目標に没頭している時はいいが、思考する時間を与えられると途端に疑問は顕在化してくる
渦巻く思考の中である者は停戦を叫び、ある者はさらに戦意を高めていった
また彼女たちにとって重ねて不幸だったのは鎮守府内において、そうした政治的な思想などを公に語ることが禁止されていたこと
表立って鎮守府の運営方針に口を出すことは自信と自尊心を兼ね備え、尚且つ自分の身を顧みない覚悟が必要とされた
同じ編成に属するものの、そういった本音を口に出す者はおらず、言いようにない不安が高まりつつあった
そこで提督に変わりそれを無自覚に行ったのが各鎮守府の上席を占める戦艦や空母たちである
その鎮守府の雰囲気はこれらの艦娘たちによって決定されつつあった
なにより前線で共に命をかけて戦う彼女たちにとってカリスマ的な存在の戦艦や空母の言葉は何より信頼に足るものだった
もはや提督のコントロールを逸脱しつつある艦娘を束ねるのは良心的な彼女たちだったが、星の数ほどある正義を統一することは難しく、鎮守府内において継戦派と停戦派の分裂は避けることができなかった
しかし例外的にある鎮守府においては迅速に意思決定が行われた
絶対的なリーダー、戦艦長門がいた
端正な容姿と他に勝る者が無いリーダーシップ、情に厚く仲間思いで、なにより戦場に出れば獅子奮迅の活躍を見せる
長年における彼女の優れた行動の数々は信頼を勝ち取っていた
かつて関東大震災では命令違反を承知で全速力で被災地に向かい救助の最前線に立ったことを象徴するように
大和や武蔵のように強大過ぎる力と高過ぎる品格は見る者に畏れを抱かせる
しかし長門は身近な英雄として名を馳せていた
いまや彼女の言葉の一語一句が鎮守府を動かす原動力となっていく
提督でさえその言動を無視することは叶わず、むしろ長門についていく誘惑に勝つことは難しかった
では長門自身の信ずる義とは何であったか
かつての戦争において真珠湾攻撃開始の狼煙を上げるも以降、満足な活躍の機会を与えられなかったことへの疑問
ただただ仲間が失われていく様を見ることしかできなかった自身への後悔
自覚無しに心の内に棲むそれらの光景
艦娘として生まれ変わり、今度は自分が先頭に立って他の艦娘の手を引き戦場を赴く責任
けれども再び失われていく仲間たち、誰の責任でもなく戦場とはこういうものだと自覚しつつもそれを認めようとはしない自分
せめて先に逝ってしまった戦友たちのためにも最後の一人となろうとも戦おうとする強い意志が生まれる
二度とこのような惨禍を招いてはならない
私が先頭に立ってこの戦争を終わらせる
決して他の艦娘にその意志を押し付けるつもりがなくとも、普段の立ち振る舞い、凛と立つ雄姿を目の当たりにすればその背中に感じるところはある
なによりここまで深海棲艦を追い詰めたのは長門の力があってこそだった
慢心としてではなく周囲がそのように誇らしげに語る
長門がいればこの戦争は勝てる
艦娘、提督、そして国民のこの認識は現在の状況を見れば間違ってなどいない
嘘偽りのない統計情報がはっきりと示している
深海棲艦の出現数は月が変わるごとに急激に減少していき、そのグラフの指し示すところは
あと二ヶ月で深海棲艦はゼロになる
この情報こそが国民を継戦に熱狂させ、町は賑わいを見せ始め、誰もが明るい未来に向けて懸命に汗を流す
生まれてくる子供に男女問わず「長門」と名づける親が後を絶たない
国民が「長門」の二文字を語る時には「希望」や「未来」の意味が込められた
◇
深海棲艦に残された数少ない拠点、東京の遥か南西に位置するこの島は静まり返っていた
東京に比べればはるかに温かく、波は穏やかに音を立てようとしない
「周囲の警戒を怠るな。ん、白雪、緊張していないか?大丈夫だ私が付いている」
大げさにドンと胸を叩いて見せる
どうだ?少しは緊張がほぐれただろうか
「ありがとうございます。長門さん」
「これで深海棲艦の大きな拠点は最後だ。無事に帰って吹雪達のお墓参りに行こう」
白雪、初雪、敷波そして磯波
彼女たちを連れくるつもりはなかった
けれども彼女たちは頑として付いていくと言うことを聞かず、最後は私が根負けしてしまった
やはり思うところがあるのだろう
いささか練度の足りない彼女たちが後ろにいるというのに不思議と不安は感じない
むしろ誰かと一緒にいる安心感さえ感じる
戦闘に入れば守りながらの戦いになるだろうが、これこそ私の本分だ
これからは彼女たちの時代がやってくる
足の遅い、艤装のそこかしこに亀裂を纏う古い戦艦などお役御免になるだろう
ふふ、先ほどは格好良く胸を叩いて見せたが、やはり体の中心に痛みが響くな
刻一刻と最期の瞬間が迫っている
ならばその時を戦場でこそ迎えたい
戦うことだけが能の不器用な戦艦がいたことを誰かに覚えていてほしい
そう子を成すことの出来ない私にとって、誰かの記憶に留まることこそが、次の世代へ唯一託すことのできるもの
数少ない私の願いだ
私の姿を通して未来を描く者がいると聞いたが、それは間違いだ、私はもうすぐ「過去のもの」となる
既に「過去のもの」になった者たちの顔が浮かぶ
皆、穏やかな顔をしており、そこには憎しみも悲しみもない
そして私も同様に憎しみ、悲しみを感じない、唯一感じるとすれば
それは懐かしい
突如、直感が働く
視覚聴覚からは得らずとも長年の経験が違和感を知らせる
すぐさま理性が否定を解答する、直感が知らせるそれは深海棲艦にはあり得ないもの
「魚雷注意!!!」
航跡もなく迫りくる、それは恐らく酸素魚雷、艦娘しか装備していないはずの武装
私の声に白雪たちはどこに回避して良いものかと立ちすくむ
黒いイルカの群れのようなものが視界に入る
10を超える射線は全て命中しないコース
放射状に広がるそれらは狙ったかのように私たちの合間を縫って放たれている
このままやり過ごすという結論に達するも視界の隅で予想に反した行動をとる者がいた
「初雪!こちらに来るな!そのまま立っていろ!」
怯えてこちらに向かう初雪の針路はこのままいけば魚雷のそれと重なる
足の艤装を急加速、けれども背の巨大艤装の重量になかなか速度が伸びない
砲を撃つかと考えるも、初雪を巻き込んでしまう
くそ、間に合わないか?
背の艤装を緊急分離、軽くなった体はぐんぐんと加速を始める
あと10メートル
飛び込むようにして初雪の体を抱きしめる
やってくるであろう衝撃に備え、息を止める
着弾
「ぐっ・・・。なに?」
足元に魚雷が軽くカツンと当たる
爆発はない
不発か?
それにしても衝撃が小さすぎる
まるで炸薬も何も装填されていないような
「あっぶないねえ、初雪ちゃん急に飛び出しちゃだめだよ。こっちがひやひやしたよ」
あっけらかんとした声
白雪たちのいずれでもない、人を小馬鹿にしたような
「ほら、神通ちゃんの言ったとおりでしょ?那珂ちゃんも心配だったんだから」
島に視線を向けると川内3姉妹
そしてその背後には深海棲艦 戦艦タ級の姿
(続く)
やっぱりながもんってかっこいい!
次回、「一月五日その二」
頑張ります!