比企谷八幡 「・・・もう一度会いたかった」   作:TOAST

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12. 比企谷八幡は三人目と再会する

 

「比企谷、ちょっといいか?」

「どうかしましたか?」

 

授業が終わり、部室へと向かおうとしていた俺を平塚先生が呼び止めた。

二人で職員室へ向かいながら話を続ける。

 

「先日相談を受けていた職業体験の件だが、やはり受け入れは難しいようだ。すまないな、力になれなくて」

 

――総武高校の例年行事である職場見学

 

このイベントでは、長年学校との付き合いのある地元企業へ生徒がお邪魔するのが慣例となっている。

見学の受け入れが可能な企業はリスト化されており、生徒は通常グループを組んだ後に訪問先をリストから選択する。

だが俺は敢て見学希望先として、かつて自らが勤務していた投資銀行への訪問を希望した。

平塚先生は、俺の頼みを聞き入れて、会社にコンタクトを取り、受け入れの可否を尋ねてくれたのだ。

俺がこの時代に戻ってきてから再開した、過去の人生で関わりのあった人物は、奉仕部のメンバーを含めて、高校時代の友人・知人のみである。

中には海美という例外もいるが、高校生活をやり直すまで、俺は彼女との直接の面識はなかった。

今会ったところで何が出来るというものではないが、俺はこの時代における宮田さんや槇村さんの様子が気になっていた。

 

「まぁ、難しいですよね。都内にある外資の投資銀行に、県外の高校生をいきなり受け入れろってのは流石に無理がありますし」

 

「理解して貰えて助かる・・・しかし、あの態度といったら、酷いものだった。断るにしても、もう少し言いようというものがあるだろうに」

 

そう言いながら自分の席に乱暴に座る平塚先生。

先方とのネゴシエーションを思い出して苛立ちを募らせたのか、俺の目前でおもむろにタバコを取り出して火をつけた。

今時、生徒の目の前で喫煙する教師も大概だと思ったが、口には出さない。

俺はまた禁煙の禁断症状を抑え込むことに精神力をつぎ込む羽目になった。

 

「・・・そんなに酷い会社でしたか?」

「会社というよりは担当者個人だ。“僕の仕事はトレーディングであって広報じゃない。僕は無能な管理職から面倒毎を押し付けられたという訳です。” なんて、社会人の言葉とは思えないような口をきかれたぞ」

 

――ん?何か聞き覚えのある台詞だな

平塚先生は、某担当者の口調を真似ながら不機嫌をぶちまけ出した。

かと思えば、一転して表情を変え、ニヤニヤ笑いながらまた口を開く。

 

 

「そういえば、お前になんとなく似ていたよ。雰囲気・・・それに、その濁った目がそっくりだ」

――どう考えても宮田さんじゃねぇか!

ってか、側近の部下だった人間を面倒呼ばわりとはあんまりじゃね?そりゃ今は面識からしょうがないけど。

 

「に、濁った目って、電話じゃなくって実際にお会いになられたんですか?」

「ああ、名刺も交換した。まだこの会社に興味あるか?あるならやろう。本来人の名刺を勝手に渡すのはご法度だが、あの男のものなら別にバチは当たらんだろう」

「あ、ありがとうございます」

 

受け取った名刺に記載されている名は確かに宮田さんのものだった。

ただ、やはり肩書きは俺の上司であった時のMD(マネージングディレクター)ではなく、アソシエイトとなっていた。

今の宮田さんの年齢を考えれば、こんなものだろう。

ともあれ、俺はこうして元上司の連絡先を偶然にも手に入れることとなった。

☆ ☆ ☆

 

 

さて、見学先選びは振り出しに戻った分けだが、どうしたもんか。

俺は部室で、平塚先生から再度渡されたリストと睨めっこしながら、興味の湧きそうな企業を探していた。

基本的にボッチであった高校生の頃(今もだが)は、こういったイベントは厄介事位にしか思っていなかった。

 

だが、再び高校生活をやり直す機会を与えられた俺にとって、職場見学はそれなりに興味を引かれる催しであった。

 

自分の会社を訪問する希望は叶わなかったが、改めて考えてみれば、金融以外の業種を覗いてみるのも一興である。

 

 

既に部室には結衣が来ており、先程から騒がしげに話しかけてくる。

 

彼女を蔑ろにする気は無いが、どうやら俺は何かに集中している時、外からの音を殆ど自動でシャットアウトしてしまう性分らしい。

「ああ」「そうか」「すごいな」

先ほどから、この3つのフレーズで奇跡的に会話を成り立たせていた。

 

――そういえば今日は雪乃がいないな。そうか、今日はあいつが別室で海美の勉強会に付き合う日だったか。

 

「ちょっとヒッキー!ちゃんと聞いてる!?」

 

一瞬だけ職場見学の件から意識が離れ、雪乃のことを考えた瞬間、結衣が怒り出した。

 

単なるタイミングの問題か、はたまた女の勘か、俺には知る余地も無いが、あまりの間の悪さに冷や汗が背を伝う。

――トントン

ふいに響くノックの音。続いて開かれる部室のドア。

「失礼するよ」

入ってきたのは葉山隼人。本日の依頼人のようだ。

正直、このタイミングで入ってきてくれて助かった。

 

「・・・雪乃ちゃ・・・雪ノ下さんはいないのかい?」

「ゆきのん、今日は別の依頼で勉強会に参加してるんだ」

俺に代わって結衣が葉山に答えた。

 

「そうか。・・・結衣、今日は俺も依頼があってここに来たんだ。・・・ヒキタニ君も、聞いてもらえるかな?」

 

――結衣を呼び捨てかよ。知ってはいたが、やはり釈然としない。雪乃も名前で呼ぼうとしてたしよ。これだからリア充は・・・

葉山が結衣を呼び捨てにするのは昔からのこと。加えて雪乃と葉山は確か、幼馴染だったはずだ。

 

今更、友人・知人の呼び方なんぞ、どうでもいい話なのだが・・・

それでも、二人の体を知り尽くした俺ですら気を使って苗字で呼んでるこの状況。

それを差し置いて目の前で易々とファーストネームを呼び捨てにされると腹も立つ。

 

やはり何歳になってもリア充とは相いれないものだ。

 

・・・だが、

――二人の体を知り尽くした、は流石に見栄を張りすぎだろ、自分。

心の中で自らの思考に突っ込みを入れる。

同棲していた結衣はともかく、雪乃としたのは数える程度・・・って、これもどうでもいい話だな。

 

俺は、心の片隅に沸いた、虚しくなる様な自尊心・嫉妬心を振り切るように、葉山に話しかけた。

 

「じゃあ早速だが本題に入るぞ。依頼の内容は何だ?」

「ああ、これなんだけど。二人のもとにも回ってきてるかも知れないが・・・」

そう言って葉山は携帯を取り出した。

画面には葉山の友人である、戸部、大岡、大和の3人を中傷するチェーンメールの文面が表示されていた。

「・・・やっぱり、そのことか。ホント、酷いよね!こんなことする人がいるなんて、信じらんない!」

結衣がメールを見て即座に反応する。

 

クラスで出回っているチェーンメール。

あの時は、誰が犯人だったかは結局調べなかった。が、この事件の解決が、互いに葉山隼人の友人としての付き合いしかなかった3人が真に友人となる切欠となった。

 

「ヒッキーも知ってた?」

「いや、知らなかった。俺がクラスでアドレスを知ってるのはお前と戸塚だけだからな。お前らはこんなメールを人に転送するような人間じゃないしな」

結衣に嘘をついたことに対して、心を針で刺したような痛みを感じながらそう答えた。

「これが出回ってから、なんかクラスの雰囲気が悪くて・・・止めたいんだよね、こういうの。でも犯人探しがしたいんじゃない。丸く収める方法を知りたい。それが俺の依頼なんだけど・・・」

「もちろんだよ!ね、ヒッキー?」

「そうだな。まぁ、今日は雪ノ下がいなくてよかったな、葉山」

「何でだい?」

「これはF組の問題だから俺たち3人だけの方が話しが早い。それに、あいつの性格だ。必ず犯人探しをするって言い出すぞ」

「「・・・・確かに」」

 

納得した二人を見ながら俺は話をどう切り出すか考えていた。

 

この依頼の解決は簡単だ。犯人は3人の当事者のうちの誰か。

チェーンメールで仲違いを引起そうとした原因は職場見学のグループ分け。

 

葉山が3人と組まないことを宣言すれば事は片付く。

 

問題は、どう二人を誘導するかだ。

 

「じゃあ、さっそく解決策を考えよう!」

結衣が仕切りなおす。

「・・・このメールが送られ始めたのは、いつ頃だ?」

「先週くらいだよ」

俺の問いに葉山が答える。

「一応聞くが、お前たちのグループで先週くらいから変わった出来事は無かったか?」

「・・・特には思い浮かばない」

「うん、いつも通りだった」

 

周りの空気に敏感な結衣がいつも通りと言うくらいだ。

 

犯人が3人のうちの誰かに興味はないが、改めて考えると、仲のいい連中からハブられるかも知れない恐怖の中で誰かを貶めようと画策するような奴が、よくもそれを微塵も態度に出さずに過ごせているもんだ。

 

余程のポーカーフェースの持ち主なんじゃないかと関心してしまう。

 

「じゃあ、何かのイベントが原因かもな。こいつとか・・・」

俺は手にしていた職場見学の企業リストを片手で持って、もう片方の手でパンと軽く叩いて見せた。

「それは?」

「職場見学。グループ分けは確か3人一組だったか?葉山、お前の友人グループの男子はお前を入れて4人。誰かがハブられる形になるわけだが・・・」

「ちょっと待ってくれ!あいつらの中に犯人がいるって言うのか!?」

「・・・その可能性高いかも。こういうのって、後々の人間関係に影響するから。ナイーブになる人もいるんだよ」

葉山は驚きで大きめの声を上げたが、結衣が俺の意見に同調すると、悔しそうな顔をして俯いた。

「葉山、お前、自分がいない時の3人がどんな雰囲気か知らないだろう?あいつらにとって葉山は"友達"だが、それ以外は互いに"友達の友達"なんだよ。お前が便所に行ってる時とか、皆無言で携帯弄ってるから」

「・・・そんな」

 

気を落とす葉山に対し、ある程度事情を知っているであろう結衣は気まずそうに視線を逸らす。

 

「まぁ、外から見なきゃ分からん事だってあるってことだ。・・・だが、だとすれば解決策は簡単だ。犯人探しもしないで全て丸く収める方法がある。ともすれば3人が互いに友達になれるかもしれんというオマケ付だ」

そう言いながら俺は手元の資料にもう一度目を落とす。

少し間をおいてもったいぶりたかっただけなのだが、その何気ない行為には意外な収穫があった。

リストのちょうど真中当たりに記載されているとある企業名。

それを見つけて俺の目は大きく見開かれた。

 

 

――見学先、見つけたわ

 

 

「教えてくれ、ヒキタニ君!俺はどうしたらいい!?」

 

「葉山、お前は俺と組め」

そう言って俺はニヤリと笑った。

 

☆ ☆ ☆

 

<将来の希望職種>

金融業

<見学希望先>

総武光学株式会社

<希望理由>

金融業は、投融資にかかる専門技能に加え、幅広い業界知識が要求される特殊な業界である。

従って、実体経済において重要な役割を果たす実業の動向を把握することは金融業界関係者にとり極めて重要なことと考えられる。

我国におけるテクノロジー産業は、産業サイクルにおける成熟期を迎えて久しい。海外新興企業とのグローバル競争が激化する中、既に市場地位を確立した国内大手企業でも成長を維持することが難しい環境にある。

かかる中、地場の中小ベンチャー企業は今後の経済成長の原動力としての役割を果たすことが期待されており・・・・・・云々

 

 

「・・・なんだかなぁ」

俺は自分が記入した職場見学の希望調査票を手に、屋上にいた。

 

――比企谷、お前は経済新聞の記者か何かか?もう少し高校生らしさというものを意識してだな・・・

 

俺は平塚先生に希望調査票の書き直しを命じられていた。

だが、具体的に何が悪いのか、一切の説明はなかった。

 

大体高校生らしさってなんだ?

 

生意気なガキ共が考えることなんて、精々、「働いたら負け」とか位だろ。

 

そうだ、俺は当時何を書いてたっけ?

 

将来の夢が専業主夫だったんだから、希望見学先は、どうせ自宅とかにしてたんだろう・・・って、そりゃ殴られるわな。

しっかし、その頃の俺が今の俺の社畜っぷりを見たら、何て言うのかね。・・・時の流れって残酷。

 

俺は書き上げた調査票を読み返しては、ため息を繰り返していた。

 

ところで、今回の希望先である総武光学とは、どのような会社か。

実は、俺が宮田さんの下でトレーダーをしていた時に、投資で大儲けをさせてもらった企業だ。

 

今はしがない千葉の中小ベンチャーだが、数年後、当社は上場を果たし、破竹の勢いで海外市場を開拓して成長を続けることとなる。

 

主要な業容は、光学モジュールの製造。

元々、網膜認証システムに利用されるセンサーのようなニッチな製品製造していたが、所謂ベンチャーキャピタルファンドによる出資を受け、その資金を元に、携帯や自動車のようなコンシューマー向け製品の部品を作るようになった。

 

そして、当社の部品を使用したエンド製品が、先進国だけでなく、インド・中国等の途上国を含めて、世界中でバカ売れしたのだ。

俺も技術に関する詳しい話は理解していないが、これがどんな製品か簡潔に言うと、ユーザーの視線を読み取って、携帯や自動車の操作をサポートするシステムの根幹を成す部品だ。

かく言う俺も、この製品技術の恩恵を受けてきた未来人の一人だ。当社の部品を使った携帯の操作性は、これまでのものとは抜本的に異なると言ってもいいほど、各段に向上した。

 

実を言うと俺は、この時代に戻ってきて、株式売買で端末操作をする度に大きなフラストレーションを感じている。

俺には、旧来の携帯電話でネットサーフィンしていた経験があるから何とか我慢して使っているが、昔の端末に触れた経験のない新人類であったら、おそらく耐えられないだろう。

 

言葉を換えれば、そのくらい、当社の発明は偉大なのだ。

総武光学創業者の名前は武智氏。

後に彼は経済界ではその名を知らぬ者などいない程の超有名人となった。だが今は中小企業の社長だ。イメージとしては町工場の経営者に近い。

俺は、そんなビジネスの才児である人物と直に会うことができる機会に恵まれたのだ。これが、金融マンとして興奮しないわけがない。

あのチェーンメール事件の解決直後、俺は葉山に2つお願いをした。

見学先を俺に決めさせて欲しいということと、黒板に行き先を書き込まないことだ。

 

無論、総武工学にお邪魔するためと、葉山目当てで鬱陶しいクラスメート連中が群がって来ないようにするためだ。

 

「俺目当てって、そんなことはないと思うんだけど・・・でも、そんなことでいいなら構わないよ」

こう言って葉山は俺の要求を快諾した。

「決まりだな」

そう言って差し出した俺の手を、葉山は強めの力で握り返して礼を述べた。

「ありがとう、ヒキタニ君!」

「・・・ちなみに俺、ヒキガヤね」

「ご、ごめん」

中々に締まりのないやり取りであったが、俺は早々に戸塚とチームを組むことを決めていたため、これで全ての予定が固まったはずだった。

 

・・・にも拘わらず、だ。

 

 

「あ~メンドクセ~!何が高校生らしくだよ。具体的に指示を出さずにやり直せって、無能上司の典型じゃねぇか・・・・って、ヤベ!」

屋上で調査票を片手に恩師への恨み言を一人溢していると、突然の強風で紙が俺の手を離れて舞った。

 

つかみ取ろうと上半身を伸ばすが、俺の手は届かない。

 

風にあおられて用紙は俺の後方へと飛んで行った。

 

振り向くと、片手にライターを持った一人の少女が、俺の希望票を拾い上げていた。

 

 

「・・・・・沙希」

 

 

俺は少女の方を見て、立ち尽くしながらそう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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