比企谷八幡 「・・・もう一度会いたかった」   作:TOAST

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2. 比企谷八幡は仕事とプライベートを両立させる

 

 

翌日9:55am、都内ホテルの会議室。

 

既に、商社、保険会社、銀行等の職員が部屋にひしめき合っており、皆、互いに頭を下げながら名刺交換に勤しんでいた。

 

あと5分で説明会が始まる。

手元に置かれた水に口をつけ、緊張で乾いた喉を潤す。

 

 

「ふ~」

 

心を落ち着けるためにゆっくりと息を吐いた時、高そうなスーツを着た同年代の男が話しかけてきた。

 

「比企谷、おはよう。今回は槇村さんじゃなくて、君が説明するのか?」

 

----葉山隼人。

うちの会社が投資プロジェクトのリーガルチェック、ドキュメンテーションを委託している外資系弁護士事務所に勤務する弁護士だ。

 

最近俺の持ち込む案件は何故かコイツが絡むことが多い。

ちなみに、俺と葉山は高校時代の同級生で腐れ縁だ。

 

「・・・葉山か。今日の運びはメールした通りだ。質問が飛んできたら、フォロー頼むぞ。」

 

「ああ、わかってる。・・・あ、槇村さん、お世話になってます。今回もよろしくお願いします。」

 

俺の背後で資料に目を落としていた槇村さんに気づき、葉山は会釈した。

 

「葉山先生、お世話になってます。先生はうちの比企谷とは高校の同窓生なんですよね。こいつ、見た目通りすんげぇ根暗な奴なんで、たまには飲みにでも誘ってやってくださいよ」

 

「ハハ、実は比企谷とは今晩行く約束してるんですよ」

 

苦笑い交じりに葉山が答えた。

 

「・・・そういうことです。こんな形で槇村さんから早帰りの許可が出るとは思いませんでしたが、今日は遠慮なく17時で上がらせてもらいますよ」

 

今日は絶対残業しないぞ宣言。

 

会合の後は記録作成や次回までの段取り決めを行うのが定例だ。

葉山と今晩の約束していたのはいいが、槇村さんが首を立てにふるかが問題だった。

 

これでメンドクサイ事後処理は上司に丸投げすることができた。何たる幸運。

 

「ぬぐっ・・・・・ちっ、しょうがない。・・・そろそろ時間か。始めよう。頼むぞ、比企谷。」

 

「うす」

 

槇村さんからの合図に相槌を打つと、プレゼンスライドのスクリーン投影を開始し、マイクのスイッチをオンにした。

 

 

☆ ☆ ☆

 

「皆様、本日はお忙しい中御足労頂きまして、誠にありがとうございます。早速ではございますが、事前に案内させて頂きました、中国の港湾再開発プロジェクトについて、説明をさせて頂きます」

 

スクリーンを横目で確認しつつ、練習通りにプレゼンテーションを進めていく。

 

「中国では、既存の港湾インフラの老朽化が進んでいる一方、貨物取扱量は依然として増加しており・・・・」

 

用意した資料に沿ってポイントを簡潔に説明して行く。

 

「・・・・本件プロジェクトに対しては、今回、日本側から弊社が組成するファンドを通じて出資を行います。今回、銀行団の皆様のみでなく、商社様、保険会社様にもお集まりいただいたのは、シンジケートローンではなく、出資の形態をとるためです。」

 

会場を見渡すと、講演者の俺を見ているのが約半数。

もう半数は資料をパラパラとめくり、俺の説明に先んじてペーパーの内容を確認していた。

 

もう少し、この場を支配して注目を集めなければならない。

説明のスピードを少し緩め、身振り手振りを先ほどよりも少し大げさに行う。

 

「出資では49%のステークを抑えに行く方針です。中国では従来、インフラプロジェクトに外資の出資は許可してきませんでしたが、対外開放の一環として・・・・」

 

今度は7割くらいの参加者が顔を上げ、説明に聞き入っている。

 

よし、だいぶ食いついてきたな。

このままこっちのペースに引き込めれば俺の勝ちだ。

 

「中国・日本以外の株主を排除したクラブディールとすることで、港湾のオペレーション管理に対し、一定の影響力を行使できる関係を構築することも目的の一つです。特に商社様にとってはこの点で・・・・」

 

人前で話すなんてこと、昔の俺じゃ考えられなかったな。

 

確かに緊張するにはするんだが、説明しているうちに、それが興奮に変わる感覚は嫌いではない。

 

何事も習うより慣れろとはよく言ったものだ。

 

「・・・概要説明は以上となります」

 

30分程かけて資料の説明が終了した。

 

今回も、噛むことなく練習通りにプレゼンが進んだ。

 

うん、良くやった、俺。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「では、質疑応答のセッションに移らせて頂きます。ご質問のある方は挙手をお願いします」

 

俺の概要説明後、槇村さんが会議を進行させた。

 

遠慮がちにチラホラと手が挙がり出した。

 

 

いくつかの質問に答えると、投資家の挙手が加速しだした。

 

「昭和生命の者ですが、ファンド出資スキームについて、リーガル面でお聞きしたいことがあるのですが、質問よろしいでしょうか?」

 

待っていましたとばかりに、葉山にヘルプ要請の視線を投げる。

 

「・・・アンダーソン・ベーカー法律事務所の葉山と申します。その質問については私の方から説明をさせて頂きます。」

 

俺の視線に気づき、葉山が立ち上がる。

オブザーバーとして奴を会議に参加させた俺の判断は正しかった。

 

 

説明会終了後、10社以上の参加者が、より詳細な資料に是非目を通したい、プロジェクトの具体的な手続き、スケジュール感を教えてくれ、とポジティブなフィードバックを残していった。

 

俺たちは無事に説明会を切り抜けた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

19:30 pm 都内の居酒屋

 

暖簾をくぐると、店内に葉山の姿が見つかった。

 

「悪ぃ、結局少し遅くなった。ほんとに槇村さんの丸投げ体質には参っちまう」

 

鞄を座席に置き、スーツを椅子に掛けながら遅刻したことを詫びる。

 

「いや、僕も来たばかりさ。今日はお疲れ様。立派なプレゼンだったね。感服したよ」

 

「よせよ。こちらこそ助かった。来てもらっといてなんだが、正直初回の説明会で投資スキームの細かい質問が飛んでくるとは思わなかった」

 

「これも仕事だからね。これからもよろしく頼むよ」

 

運ばれてきたビールジョッキを力強くぶつけて乾杯する。

 

グラスを満たすビールを一気に半分ほど飲み干した。

乾いた喉を通る冷たいビールの喉越しがたまらん。

我ながらオッサン臭くなったもんだ。

 

 

「ふぅ・・・、とことで比企谷、川崎さんとはうまくいってるのか?」

 

ジョッキから口を離した葉山の一発目のセリフに、口に含んだビールを噴出しそうになる。

 

――川崎沙希。俺たち2人の高校時代のクラスメートであり、俺の妹、小町の義理の姉でもある女性。

 

俺たちが交際を始めてから1年以上が経っているが、今まで交際の事実を他人に口外したことはなかった。

まぁ、共通の知り合いと会うような機会がなかっただけなのだが。

 

 

「何で知ってんだよ?」

 

「まぁ色々と人伝にね。・・・同窓会、相変わらず顔を出す気はないのか?」

 

「案内もらってないぞ」

 

視線を落としてつぶやく。

 

「嘘をつくなよ。俺たち皆、もう33だぞ。流石にそんな子供じみた嫌がらせをする年じゃない。・・・・やっぱり結衣のことか?」

 

「ちっ・・・・・・もうフられてから何年も経ってんだけどな。未だにどんな顔をして会えばいいのかわからん」

 

 

 

――由比ヶ浜結衣。高校時代、奉仕部で一緒に過ごした女性の一人。俺の就職が決まったくらいの時期からの元交際相手だ。

 

彼女と一緒に過ごした時間は、俺にとっては手放せない程幸せなものだった。

 

ただ、俺の中国行が決まった頃、俺たちの関係を破壊する決定的な出来事が起こり、結果、俺は結衣に見限られた。

 

 

 

「その認識は間違ってるんじゃないのか?結衣の話じゃ、比企谷にフラれたと聞いてるが」

 

「どんだけ俺のプライベートに詳しいんだ、お前。正直、ドン引きするレベルだぞ。」

 

「結衣は大事な友人なんだよ。・・・・と言っても、高校時代からの知り合いで今も気兼ねなく飲みに行ける相手は比企谷くらいになってしまったけどね」

 

青春時代を懐かしむような顔で葉山がつぶやいた。

 

「結衣と比企谷が別れた理由も、実は聞いている。・・・雪ノ下さんのこと、今でも忘れられないのかい?」

 

「・・・お前、俺に恨みでもあんのかよ。心の傷を容赦なく抉りやがって」

 

 

 

――雪ノ下雪乃。奉仕部で時間を共有したもう一人の女性。そして俺の人生で初めてできた彼女だった女性。

 

俺たちが交際を始めたのは、俺が奉仕部へ入部して1年が過ぎた頃、高校3年生になってからだった。

 

雪乃は高校を卒業してからアメリカの大学へ留学、俺は国内の国立文系へ進学した。

 

しばらく遠距離恋愛が続いていたが、ある日を境に雪乃とは連絡を取ることができなくなった。

 

俺は大学を休学し、雪乃が進学した大学を訪れた。

彼女の学籍は残されていたものの、当の本人が何処へいるのか知る者はいなかった。

 

俺は日本に帰らず、そのまま日本の大学を退学し、雪乃の大学へ編入することを選んだ。

 

英語もままならない俺には非常にハードな選択だったが、雪乃に会いたい一心で現地に残り、彼女を捜し求めた。

 

しかし、ついに彼女は俺の前に姿を見せることがなかった。

 

 

 

「奉仕部の3人の関係。・・・俺には手に入らなかった本物の絆とでもいうのかな。そんなものを持ってた比企谷が、今でも羨ましいよ。嫌味の一つくらい言ってやりたくなる位にな」

 

「・・・・その絆とやらはとっくの昔に壊れて、失われたんだ。少しは思いやってくれ」

 

「悪かったよ。だが、川崎さんのことは幸せにしてやれよ。同じ過ちを繰り返すなっていう、友人としての忠告だとでも思ってくれ」

 

「わぁってるよ。・・・っていうか、さっきから俺にばかり話を振ってくるが、お前はどうなんだよ?」

 

ビールはお互い既に2杯目に入っていた。

お説教をこのまま延々と聞いても酒が不味くなるだけだ。多少強引に葉山の話にすり替える。

 

「高校時代に一色や三浦を袖にしたことは知ってるが、今でもずっと女っ気のない生活してんのかよ?・・・まさかこの年で童貞とかじゃないよな?」

 

「・・・流石にそれはない。怒るぞ」

 

葉山の表情から、心外だという表情が滲み出ている。

 

確かに、クラス一人気者だった色男を捕まえておいて、童貞か?はないだろう。

 

「まぁ、しばらく女っ気のない生活をしいるのは事実だけどね。これでも大学時代には彼女もいたし、今も実は職場に気になってる人がいる」

 

「そうかよ。まっ、お前に女がいないことの方がおかしいわな。ホモじゃないって分かっただけでも今日は来た甲斐があったわ」

 

「比企谷・・・お前は俺を何だと思ってるんだ」

 

「仕返しだ、仕返し。冗談に決まってんだろ。ま、その気になってるっていう人がお前の彼女になったら、沙希・・・・川崎も誘って4人で飲みにでも行こうぜ」

 

「そうだな。・・・・お前は変わったな、比企谷」

 

「口にすると悲しくなるが、お互いもう30過ぎだからな」

 

「はは、違いない」

 

 

 

男二人の夜は更けていく。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

23:30pm 都内のマンション。

 

エレベーターで自室の前まで来ると、玄関の小窓から灯りが漏れているのに気付いた。

 

カードキーをかざしてロックを解除する。

 

ドア開けると、中からエプロン姿の川崎沙希が出てきた。

 

「ただいま。沙希、来てたのか。悪かったな。連絡くれりゃ、早めに切り上げてきたんだが」

 

「待ってればそのうち来るかなと思ったけど、タイミング悪かったね。今日は飲んできたの?」

 

「ああ、久しぶりに葉山と飯食ってきた」

 

「葉山?高校の?」

 

「ああ。今、仕事で中国のインフラ投資プロジェクトを進めててな。あいつはウチの会社がリーガルコンサルを委託した弁護士事務所の先生様ってわけだ。今日はちょっと大きめのイベントがあったから、二人で軽く打上をしてきた」

 

「へぇ。相変わらず仕事、大変そうだね」

 

「そうでもねぇよ。確かに残業は多いが、それなりに楽しくやってる。まぁ、2か月後には現地視察の出張があるから、これからまた忙しくなるだろうな」

 

「ちょっと待って、2か月後って何週目?」

 

さっきまで上目使いだった沙希の目が細くなった。

 

「まだ細かい日程は決まってないが・・・・なんかあったか?」

 

「あんた、私たちの姪っ子の誕生日忘れたんじゃないでしょうね?」

 

「げっ・・・・」

 

 

 

俺の最愛の妹、比企谷小町は俺が中国内陸部に島流しにあっていた4年前に、沙希の弟、川崎大志と結婚した。

 

当時、結衣と別れた寂しさと過酷な中国生活で精神的に限界を迎えていた俺は、小町が嫁ぐという話を聞いて、発狂しかけた。

 

俺は1年程、義理の弟を遠い中国の地から呪い続けた。そう、姪っ子生誕のその日まで。

 

 

 

 

「はぁ、あんたって奴は・・・・」

 

「大丈夫だ。誕生日会の週の出張は何としても避けるようスケジューリングする」

 

「もういいよ、べつに」

 

俺たちが付き合うようになった切っ掛けは、お互い、姪の3歳の誕生日パーティーに呼ばれ、再会したことだった。

姪っ子の誕生日は、言わば、俺と沙希の交際記念のアニバーサリーだった。

それを忘れていたとあっては、沙希が怒るのも当然だ。

 

「いや、必ず参加する。ダメなら会社やめる。沙希との記念日でもあるしな」

 

「・・・・何言ってんのさ。バカ。」

 

沙希は小さいな声で呟いて俯いた。少しだけ顔が赤い。

 

30代とは思えない初々しさ。その仕草が愛おしくなり、俺は思わず沙希を抱き寄せた。

 

「・・・・早くお風呂入ってくれば?・・・待ってるから」

 

胸元から聞こえる色っぽい声。

 

理性が吹き飛びそうになるのを抑え、俺はそそくさと風呂場へ向かった。

 

 

 

 

 


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