比企谷八幡 「・・・もう一度会いたかった」   作:TOAST

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5. 比企谷八幡は出張先で奮闘する

 

 

「比企谷様ですか?こちらにご案内致します」

 

――へ?

 

現地に到着すると、航空会社の地上スタッフが俺の元へやってきて、話しかけてきた。

フライトの座席はビジネスだったが、到着後に特別な案内を受けるようなサービスは頼んでいないはずだ。

不思議に思いつつも着いていくと、普段の入国審査ゲートとは異なる場所へ案内された。

 

「パスポートをお預かりしてもよろしいでしょうか」

 

「あ、はい」

 

――おいおい、大丈夫なのかこれ?

前回の中国出張時、槇村さんと行ったカラオケの女の子をホテルに連れ帰ったのが、当局にバレてるとかじゃねぇよな・・・

拘束されたりしないよね、俺?

 

そんな心配をしていると、あっさりとパスポートは手元に返された。

更に歩みを進める地上職員。

床には赤絨毯が敷かれており、絨毯の端ではズラリと並んだ複数の女性職員が、俺の歩みに併せて次々とお辞儀していく。

その様子は、なんだかドミノ倒しのようだ。

 

「热烈欢迎 比企谷先生 ようこそ比企谷様」

 

赤地に黄色の派手な文字で書かれたそんな横断幕がフロアに掛けられていた。

フラッシュが何度も焚かれ、芸能人が空港に下立った時のように写真を何枚も撮られた。

 

――おい、マジか!?何だこの状況!?

 

俺はそのまま、入国審査に並ぶことなく、空港出口まで案内された。

 

 

出口では、現地パートナーの職員が俺を待っていた。

 

『比企谷さん、ようこそ上海へ。お会いできて光栄です』

 

入国のゲートをくぐると、出迎えに来た職員から流暢な英語で挨拶を受けた。

この声には聞き覚えがあった。いつも電話会議で俺のカウンターパーティーを務めてくれていた人物だ。

 

予定では、俺はタクシーで懇親会場へ向かう予定だった。さっきの扱いと言い、出迎えと言い、一体どういうことなのだ。

 

それに、会議は午後からだったはず。昼食懇親の参加者も日系だけで固めていたはずだ。このタイミングで、パートナーに出てこられても、正直困ってしまう。

 

『こちらこそ。しかし、今日は午後から御社オフィスへ企業団を連れてお邪魔させて頂く約束ではありませんでしたか?』

 

『混乱させてしまい申し訳ありません。劉副市長からの指示でお迎えに上がりました』

 

『副市長の?』

 

『実は昨晩、突然北京から全行程のスケジュール表を報告しろとの指示が急に入りましてね。スケジュールを説明したら、到着後の昼食のもてなしもしないとは何事かと、一部の役人が激怒しまして』

 

『それは・・・また面倒事に巻き込まれましたね。日系企業団には、そちらとの会議に入る前に、日本語環境で事前説明を受けて、情報交換をしたいというニーズがあった旨はご説明されたんですか?』

 

『もちろんです。が、日中関係が改善に向かってる今、ホスピタリティに欠いては面子が立たないと、聞く耳を持ってくれなくて・・・』

 

『うちでも社内政治のゴタゴタはありますが、国の政治に巻き込まれるあたり、国有企業の職員は本当に大変ですね・・・・』

 

『いやはや、お恥ずかしい限りです。前日の夜に騒がれても、スケジュール変更何て出来るわけがないですからね。結局、劉副市長が北京を説得したんですが、その落とし所として、今回日系の窓口になっている比企谷さんだけは決して無礼のないように、という話になったわけです』

 

――そういうことかよ。

ようやく合点が行った。

だが、礼を尽くすにしても、こっちは事前に何も知らされていない。かえって不安になっただろうが。

 

『勘弁してくださいよ、こんな若輩者相手に。逆に心臓に悪いですよ』

 

『ははは、劉副市長も比企谷さんがそんな反応をされるだろうと、予想して笑っていました。その謝罪と状況説明を兼て、出迎えに行って来いと指示を受けた訳です』

 

――劉副市長って、マジでどんな人物なんだろう。

 

この人の話を聞くに、劉副市長は俺という犠牲を差し出すことで、共産党中央の役人とのゴタゴタを一晩にして解決したのだろう。

 

さっき撮られた写真は北京への説明にでも使うんだろうか。党の新聞とかに載せられて、めんどうなことにならなきゃいいんだが・・・・。

 

しかし、俺の反応を予想して笑うとは、とんでもない腹黒だ。こいつは、気を付けた方がよさそうだな。

 

午後の会議で会う相手の人物像を想像し、早くも緊張を覚えた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

俺はそのまま黒塗りの車に乗せられて昼食懇親会場へと向かった。

 

『わざわざ送ってもらってすみません』

 

『いえ、とんでもないです。それでは午後お待ちしております』

 

そう言って固めの握手を交わし、俺は車降りた。

 

会場は市内にある日系資本のホテルだ。参加者の大半がここに宿泊することもあり、俺はこのホテルを懇親会場に選んだ。

 

手早くチェックインを済ませスーツケースを部屋に置く。

参加者名簿を手に取り、レストランフロアへと向かった。

 

 

 

11:40am

すでにレストランには何名かの参加者が集まりだしていた。

 

「比企谷さん、東京の説明会ではありがとうございました。今週もよろしくお願いします」

 

「ああ、どうもお世話になってます。こちらこそよろしくお願いします」

 

中には羽田からの便で見かけた人もいる。

そんな相手とはお互いに若干の気まずさを感じながら名刺を交換した。

 

 

時刻が12時を回った時には、参加者全員が席に着席していた。

さすが日系企業、皆、時間には正確だ。

 

巨大な円卓に運ばれる料理の数々。

俺が事前にセレクトした上海料理を中心としたメニューだ。

多くの参加者が舌鼓を打ちながら食事を楽しんでいる。

 

食事の様子を見る限り、今回の参加者の中で現地ビジネスに慣れていそうなメンバーは限られているだろう。頻繁に現地出張を行っている人物は、現地料理に大きな興味を示さない。

今回の参加者の殆どが、料理に手を付ける前に物珍しげに料理を観察し、食材には何が使われている、といった話題で盛り上がっていた。

 

 

「さて皆さん、お食事はいかがでしたでしょうか。ここからは今日の午後のスケジュールの説明をさせていただきます」

 

皆が概ね食べ終わったタイミングで打ち合わせを開始する。

 

「既にご存知かと思いますが、今日は午後一で現地港湾運営会社との面談が予定されています。面談には港湾会社の筆頭株主である上海市政府の関係者も参加されます」

 

この後のスケジュールを再説明しながら、資料を配布する。

港湾会社の概要、資本構成、保有プロジェクト等、2ヶ月前の説明会よりも詳しい内容が盛り込まれたものだ。

 

「ご案内の通り、今回100億ドルの大型ファンドを組成する計画ですが、今回視察する上海のプロジェクトは単体で20億ドルの投資規模となります。これは本ファンドの中で最大の投資案件となる予定です」

 

皆真剣な目で俺の説明に聞き入っている。

どこの会社も収益の確保が至上命題となっているのだ。優良な投資機会を見逃したくはないだろう。

 

「今回はファンドの規模もさることながらですが、日中関係改善へ向けた象徴的ディールとして、中国サイドからの政治的関心も非常に高いものとなっています。今日の会議で政府関係者が参加するのにも、そういう理由があります」

 

「比企谷さん、質問よろしいですか?今回の案件に関して、霞ヶ関から何らかの関与があったりするんでしょうか?」

 

「日本政府側からは特段ございません。少なくとも現状は民間の経済活動には進んで関与しないというスタンスでしょう」

 

なるほど、といった反応を示し、質問者がノートにメモを取った。

霞ヶ関まで動き出したら少々厄介だ。なんせ投資家が日系でも、顔役のウチは外資だからな。

実際は槇村さんあたりが必死に介入されるのを断っているに違いない。

 

「それでは、そろそろ会議の場へ移動しましょう」

 

確認した時計の針はちょうど、午後13:00を指していた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

13:30pm

俺たちは、パートナーとなる港湾運営会社の会議室へ到着した。

 

『比企谷さん、昼食はいかがでしたか?』

 

空港に迎えに来た職員が俺に話しかけてきた。

 

『問題なくという感じですね。皆真剣に資料に目を通していました。どの企業も、出資の確度は高いと見てます』

 

日本人に聞こえない様、小声で情報を与える。

 

『Cool!! 比企谷さんと一緒に仕事ができて本当に良かったです。もうすぐ副市長が来ますので、どうか皆様にこのままお待ちいただくよう、お伝えいただけますか』

 

日系企業団に対し、もう直ぐ副市長がお越しになると説明すると、部屋全体の空気が緊張に包まれた。

 

 

 

13:40pm

ドアが開き、二人のアシスタントのような人物とともに、上海市副市長、劉藍天が部屋に入ってきた。

 

高級なスーツを嫌味なく着こなし、短めの頭髪がピシッとまとめられている。

やはり顔は言うまでもなくイケ面。

ただ、実際目にしたその人物は、資料の写真よりも若々しく見えた。20代と言われても信じてしまいそうだ。

 

「您好,刘总。我姓比企谷。我们非常感谢您从百忙之中抽出时间来・・・・」

(こんにちは劉さん、比企谷と申します。本日はお忙しい中お時間を頂きまして・・・)

 

俺は、今回日系企業団を引率する立場にある。

参加者の年次でいえば、俺は下から数えた方が早い方だが、こういった挨拶も俺の重要なタスクだ。

 

「あぁ、ヒキタニさん!遅れてすみません。よく来てくれましたね!皆様もよくお越しくださいました。」

 

―――んなっ!?

場の空気が凍りつく。いや、凍りついたのは俺だけかもしれないが。

俺の中国語の挨拶を遮る様に、副市長は流暢な日本語で言葉を返してきた。

しかも、綺麗に俺の名前を読み間違えて。

 

一瞬の間を開けて、日系企業団の中からクスクスと笑う声が聞こえてきた。

外国語で挨拶をして日本語で返されると、語学レベルの差を指摘されるようで恥ずかしい。

 

 

「さて皆さん、私はこの会議のために、久々に日本語のテキストを引っ張り出してきて、勉強し直しました。しかし、いつの間にか、今日の会議の様子を党のエライ人に報告することになってしまって。それで、この通訳と記録係が同席しています」

 

副市長がそういうと、連れてこられた二人のアシスタントがペコリと頭を下げる。

 

「というわけで大変恐縮ですが、この時間、私は中国語でやらせて頂きます。なに、この会議は形式的なものです。写真を何枚か撮ったらすぐに追い出しますので。本格的な仕事の話は現地に向かうバスや夕食の席でしましょう。気兼ねなくお話しかけくださいね」

 

ドッと室内が湧き上がった。完璧な掴みだ。

会議開始の挨拶で参加者全員の意識を自分に向けさせ、場を支配した男に対し、少々の嫉妬と警戒の目を俺は向けた。

 

劉さんが「形式的なもの」と言っていた会議は大いに盛り上がった。

 

副市長はパートナーである港湾会社の職員ではない。筆頭株主となっている上海市政府の政治家だ。

 

にもかかわらず、彼の説明ぶりは、今回のプロジェクトに関する数字の細部まで頭に入っているかのようだった。

そして、今回のプロジェクトのみでなく、将来にわたる相互発展のロードマップという、ビッグピクチャーまで提示し、気づくと、俺を含む参加者全員が彼の話に引き込まれていた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

15:00 pm

プロジェクト視察の現場へ向かうバスの中。

参加者は皆興奮した様子で、今回のプロジェクトについてああだこうだと、ディスカッションを行っていた。

これも全て、先ほどの会議における劉さんの講演の成果だ。

 

劉副市長は前方の座席で、現地職員と早口の中国語で打ち合わせを行っていた。

そんな姿をボーっと眺めていると、ふいに後方を振返り、俺と目が合った。

すると、バスが動いているにもかかわらず、立ち上がり、俺の隣の座席へと移動してきた。

 

「ヒキタニさん、お噂は聞いてます。中国経験長いんでしょう?」

 

腰かけた劉さんが突然話しかけてきた。

 

「恐縮です。5年程いました。私の噂が、副市長の耳に届くんですか?」

 

「外国企業の方に迷惑をかけないように、港湾会社の仕事はきっちり監督してるんです。彼らの話では、日本側の窓口に立ってるヒキタニさんは、こっちに引き抜きたいくらい優秀だと、聞いています」

 

柔らかい表情を崩さないものの、劉さんの目は笑っていない。

その瞳からは非常に鋭い眼光を感じる。

監督、といったが、実際はマネージメントまでやってるんじゃないだろうか?そう思えるほど、彼の知識は豊富だ。

 

「ヒキタニさん、さっきの会議中、ずっと僕のこと睨んでたでしょ?」

 

――!?

 

「とんでもない!凄い人だなと思って、見ていただけです!ほら、私目つきがこんな感じなんで」

 

「ははは、そうですか。てっきり、空港での仕打ちを恨まれているのかと思いました」

 

「ああ、あれは確かにビックリしましたけどね。一生モノの良い経験になりましたよ」

 

努めて平然を装うが、俺はこの人が隣に座ってから、手の平から染み出す汗をズボンで拭い続けていた。

この人物の風格は、強化外骨格の外面とか、そんなレベルじゃない。

生まれ持ってのリーダーとしての資質に加え、もっと得体のしれない何かを心の奥に秘めているようだ。

 

「ハハ、そう言ってもらえるのなら、助かりますよ。まったく、北京の老人には困ったものです」

 

今回騒ぎ立てた中央党幹部に対する軽めの愚痴。

しかし、その口調からは苦々しさは感じているような印象は受けない。

日本とは比較にならないスケールの派閥闘争が行われる中国の政治の世界で、若くして出世街道に乗った人物だ。

これまでの少ない会話の中でも、この人物は凄まじく頭が切れ、駆け引きに長けていることが窺われる。

今回も、自分の手のひらで転がしてやった、程度に思っていても不思議ではない。

 

「それにしても、劉さんは日本語ほんとに上手ですね。私の中国語はアレなんで、恥ずかしい限りです」

 

これ以上、人物像を探る様な会話を続けるのは無理だ。

俺は話題を変えることにした。

 

「いや~、ありがとうございます。実は昔、半年ほど千葉県に留学してたことがありまして。」

 

たった半年でここまで日本語が出来るようになるものなのか。

簡単すぎるだろ、日本語。もうちょっと頑張ってハードル上げてくれ。じゃなきゃ俺の立場がない。

しかし、千葉に留学とは奇特な人だ。それだけで、彼に対する好感度が大きく回復した。

 

「え?千葉ですか?私、千葉出身ですけど」

 

「そうなんですか!・・・実は私には妹がいましてね。千葉の高校に2年通っていたので、私よりも日本語は上手なんですよ。名前は確か、总武(zong wu)高校だったかな」

 

マジか。世界は狭いな。

 

「それ多分、日本語で総武(そうぶ)高校って読みますね。私の母校ですよ」

 

「哎哟!兄弟、今晚我们去喝酒吧!」

(ホントですか!今晩は是非飲みに行きましょう!)

 

あ、この人感情が高ぶると自然に中国語が出るのね。実は性格に裏表が全くない本物の好青年かもしれない、と先ほどの俺の中での人物評を修正した。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

視察現場に到着し、ぞろぞろとバスを降りる。

 

目の前には広大な港湾施設が広がっていた。

山積みのコンテナを仕分ける巨大クレーン、ビリヤード台にセットされたボールのように並ぶガス・石油の貯蔵タンク、東京ドーム○個分という表現では単位が足りない程広大な敷地にいくつも建設された倉庫施設、そしてその間を忙しく行きかうトラックの数。

実際にこの目で見ると圧巻だった。

 

「しかし、この港はすごいですね。資料上のデータを眺めるより、こうして来てみれば一目瞭然だ。横須賀の何倍の規模があるんだろう」

 

日系企業団の一人がつぶやいた。

裕に10倍はあるだろう。13億人の人口を支える重要港湾施設の一つだ。

日本とはケタが違う。

 

「規模だけは世界にも誇れるんですけどね。ただ、やはりオペレーション効率の低さや施設の老朽化の問題もあって、このままでは限界が来るのも近いんです。今回、ご出資いただくファンド資金の一部は、この港の再開発・施設拡張に充当される予定です」

 

劉さんが丁寧に説明した。

 

「直感的ですけど、これだけ広い港湾でも、船舶の往来・停泊の数を見ると稼働率は非常に高そうですね。これならキャッシュフローも期待できそうだ。工事期間中は、どの程度既存施設の運営に影響が出るんですか?」

 

他の日系企業の職員が遠慮がちに俺に聞いてきた。

劉さんにすべて答えさせるのは流石に気が引ける。傍らにいた現地パートナー職員に小声で尋ねた。

 

『彼は、工事期間中のオペレーションについて質問があると言っています。工事は既存施設運営からのキャッシュフローにどの程度影響するのかと聞いています』

『そうですね、まず、施設拡張に関する工事については・・・・』

 

一通り、相手の話を聞き終えてから、質問をした日本人への説明を開始する。

 

「拡張工事については特段既存施設に影響はないとのことです。既存部分の再開発については、敷地を複数の区画に分割して段階的に行うことで、オペレーションへの影響を抑えると言っています」

 

「なるほど」

 

「こちら、お昼に配らせて頂いた事前資料と同じものですが、この地図上の線引きが区画になってまして、ここから工事の第1、第2、第3、第4フェイズとなってます。地形を見ると、多分我々が立っているこの辺りが第1フェイズでしょう。キャッシュフローは次ページ以降に詳細なプロジェクションを載せていますのでご参照ください」

 

パートナーの答えを通訳しつつ、自分が作成した資料を提示し、丁寧に説明を行った。

相手は満足そうな表情を浮かべると、資料上の数字を目で追い出した。

 

そのやり取りを横で眺めていた劉さんが、ふらっと俺の近くに歩み寄ってくる。

表情は何故かニヤニヤしている。

 

「ヒキタニさん、思った通り、あなたはやっぱり優秀だ。どうです、うちの港湾会社に転職してみては?港湾会社以外にも、国営の投資運用会社もありますよ。もう10年くらい中国にいるのも面白いでしょう?」

 

耳元でボソッと囁く。その声に、底知れない冷たさを感じ、思わず身震いする。

人さらいの槇村さんも真っ青になるレベルだ。

 

「いや~、急に言われましても・・・」

 

「ま、今晩酒を飲みながらゆっくり口説かせてもらいます。そろそろ次の視察ポイントに移動しましょう」

 

そういって二カッと笑みを浮かべた。

―――やっぱり、いつかの雪ノ下陽乃さんみたいだ。

受けるプレッシャーはその比ではないが。

 

 

次のポイントへの移動のため、団体に対しバスへの乗車を促していると、100メートル程先の施設から煙が立ち上っているのを発見した。

 

「劉さん、あれ、なんすかね?」

「何かのトラブル・・・・ですね。視察中にお恥ずかしい。厳重注意しなければ」

 

頭の中で厳重注意 = 粛清という言葉の置換が自動で行われ、再び身震いする。

 

これは視察団体が騒ぎ出す前に、さっさと移動しちまうのが吉だろう。

 

「皆さん、こちらです!」

 

バスの乗車口で手を挙げ、自分の小さな声を精一杯張り上げた。

 

 

 


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