騎士セルゲイが居るラストンベルに向かって歩いていたスレイ達。
スレイは俯き、黙り込んだまま歩いていた。
その背に、ミクリオが、
「スレイ、アリーシャのこと考えているのか?」
「ああ。大丈夫って信じてるけど、マルトランさんの最期の言葉が……」
「『反吐が出るほど嫌いだった』か。」
「うん。あれはきつかっただろうなって。」
「十年以上も信じてきた師匠の言葉だものな……」
ミクリオも、俯いて黙り込んだ。
そこに、二人の背を叩き、
「女の言葉をそのまま受け止めるなよ。青年たち。」
スレイは顔を上げ、
「別の意味があるっていうのか?」
「さあて。千年生きても女心は謎だ。けど、打算だけの関係を続けるには十年は長すぎる。」
「マルトランにはアリーシャへの愛情もあったと?」
ミクリオもザビーダに聞く。
ザビーダはニット笑い、
「憎しみも愛の形のひとつさ。本人がどう感じたかはわからないがな。」
「そうかもしれないが……」
「難しいんだな。」
ミクリオとスレイは遠い目をする。
ザビーダは再び二人の背を叩き、
「難しいってわかるのが第一歩だ。なんにせよ、心配しすぎなくていいと思うぜ。女は強い。男が思うよりずっとな。」
スレイは自分の頬をバシッと叩くと、
「よし!」
と、気合を入れて歩いて行った。
後ろを歩いていた天族組。
ミクリオは歩きながら、
「だが、マルトランは、アリーシャにふたつ利用価値があったって言ってたけど……あとひとつは何だったんだろ?」
そして腕を組んで悩み出す。
ライラが悲しそうに俯き、
「それは、おそらく……」
「災禍の顕主の目的から考えると――」
エドナが傘の柄を握りしめる。
ミクリオも察しがつき、
「スレイを穢れさせる道具にすること、か。」
「多分殺すことでね。避けられたけど。」
エドナはさらに傘の柄を強く握りしめる。
そしてミクリオも怒りながら、
「だとしたら、なんという……」
ライラは黙り込む。
そこにザビーダが明るい声で、
「案外、アリーシャに手取り足取り武術をしこむのが快感だった~とかじゃね?」
「最低だな、ザビーダ。」
ミクリオはザビーダにそっぽ向きながら言う。
エドナもザビーダを冷たい視線を送り、
「あなたが死ねばいいのに。」
「次の無言は、拒絶の無言ですわよ?」
ライラもザビーダを冷たい目で見た後、三人は歩いて行った。
ザビーダは驚き、
「ちょ⁉空気を和ませようとしただけなのに!」
「ふふ。でも、案外そうかもね。」
「へ?」
それを聞いていたレイはザビーダにそう言って、ミクリオの横に駆けて行った。
ザビーダを後ろに置いて行ったミクリオはスレイの横で、
「セルゲイはローランス軍をとめられるかな?」
「大丈夫さ。セルゲイなら石にかじりついてでも。」
スレイは自信満々に言う。
エドナが傘をクルクル回しながら、
「……逆に不安なんだけど。ね、おチビちゃん。」
「え?あ……ん。そうだね。」
同じようにスレイの横に来たレイが、空を見上げて言う。
そしてスレイ達はラストンベルに入った。
セルゲイを探して歩いていると、教会の方で怒鳴り声が聞こえて来た。
「信じられるかよ!勝手なことばかり言いやがって!」
「そうだ!戦ってハイランドを追い返せよ!」
「頼む!落ち着いて聞いてくれ!」
そこに聞き覚えのある声を聞き、スレイ達は教会に入った。
騎士セルゲイが街人に囲まれていた。
スレイは騎士セルゲイに近付いた。
彼はスレイを見て、
「すまない。開戦を止められなかった。」
「まだ最悪じゃないよ。」
「うむ。なんとか最小限の被害でとどめたい。そのために住民の避難を――」
そうスレイと話していると、
「なにが避難だよ!」
子供が騎士セルゲイを見上げて怒りだす。
スレイ達はその子供を見る。
「逃げる前に戦え!父ちゃんと兄ちゃんを殺したハイランドと!」
「あんたは和平派だったよな!避難とか言って、ハイランドに街を明け渡す気じゃねぇのか?」
「そんなの嫌だ!」
騎士セルゲイは首を振り、
「違う!本当に危険なのだ!ハイランドは全軍をあげて進攻してきている!」
「こっちも全軍で攻めればいい!」
「それでは果てしない殺し合いに――」
「敵を殺すのが騎士の仕事だろ!なあ、みんな!」
「そうだ!ハイランドなんかやっちまえよ!」
「冗談じゃないわよ!街も財産も明け渡すなんて!」
「勝手なことばかり言いやがって!」
「守れよ!俺たちを!」
最早、大人子供関係なしに不満と怒りが満ちている。
騎士セルゲイはスレイを横目で見て、
「……一度街を出よう。」
スレイも頷き、彼と共に歩いて行く。
レイは横目で街人を見て、
「本当、人間は醜い……だが、なるほどな……」
そう言って、スレイを追う。
街を出ると、他の騎士仲間も居た。
その騎士たちは、
「街の奴ら、団長の気持ちも知らず勝手なことを!」
「……彼らの気持ちもわかる。先のハイランドの戦いでは大勢死んだのだ。」
騎士セルゲイは視線を落として言う。
スレイは街の方を見て、
「それにしても……」
「住民の穢れが急に強まりました。」
「別の原因があるんじゃないか?」
ライラとミクリオがスレイを見て言う。
スレイは騎士セルゲイに振り返り、
「セルゲイ、オレたちも手伝うよ。まだ戦いを止める希望はあるさ。アリーシャもハイランド軍を抑えるために、頑張ってるはずだから。」
「アリーシャ姫の噂は聞いている。お会いしてみたいものだが――」
と言った時だった。
「うああっ!」
悲鳴が上がる。
レイは辺りを探った。
その先には子供の目の前に兵が囲う。
だが、スレイ達の眼には、
「憑魔≪ひょうま≫!」
騎士セルゲイは剣を抜き、駆け出す。
スレイがその背に、
「セルゲイ、こいつらは!」
憑魔≪ひょうま≫兵が剣を振り上げる。
「父ちゃんっ!」
そこに騎士セルゲイが弾き、
「……普通ではないな。だが――」
そこに他の騎士仲間もそろう。
「整列!三の陣!ローランスの民を傷付けるなら退くことはできない。逃げろ、少年!」
「うう……。」
子供は街に逃げ込む。
ミクリオがスレイを見て、
「スレイ、僕たちも!」
「わかってる!」
だが、その瞬間領域が展開される。
否、幻術のような結界に閉じ込められた。
「邪魔をしないでくれたまえ。」
そこには街で怒っていた街人の一人が立っていた。
それが光に包まれ、一人の少女に変わる。
それは紫の髪を左右に結い上げた天族の女性サイモン。
「せっかくのお膳立てしたんだ。」
「全部お前の仕業か!」
スレイは眉を寄せる。
そして天族サイモンは煽るように消えたり現れたりする。
スレイ達はそれを追う。
「くっ、見失ったか……?」
ミクリオが辺りを見渡す。
スレイも見渡し、
「いや……あっちになにかいる。」
そこに行くと、騎士セルゲイとその仲間たちだった。
ザビーダは彼に近付き、以外そうな顔で言う。
「はぁ?なんでこんなとこに?」
「なに、敵を片付けたからさ。」
そのザビーダの問いかけに、騎士セルゲイは応えた。
スレイは身構え、
「ザビーダ!」
そう言うと、騎士セルゲイがザビーダを斬り付けようとする。
「うおっと!」
ザビーダはそれをすんでで避ける。
そして騎士セルゲイはニット笑い、
「いかん、いかん。つい返事をしてしまった。」
そして騎士セルゲイは天族サイモンに変わる。
ザビーダは身構え、
「風まで騙すとは、すげぇ幻術だな。」
「術者はマヌケだけど。」
エドナも傘を構えながら言う。
レイは一歩下がって、行く末を見守る。
騎士だった者達も憑魔≪ひょうま≫に変わる。
「根が真面目なものでね。」
「セルゲイの姿で何をする気だ。」
スレイは天族サイモンを睨む。
彼女は笑いながら、
「使い道はいくらでもある。」
そして再び騎士セルゲイの姿になり、
「邪魔だった本人も、今頃憑魔≪ひょうま≫に殺されているだろうしな!」
そして斬りかかって来た。
「ははは!さあこい、導師よ!」
スレイは攻撃を交わしつつ、仕掛ける。
そしてミクリオも天響術を繰り出し、
「くっ!やりにくい!」
「それが狙いだ。情をかけるなよ!」
ザビーダが敵を薙ぎ払いながら言う。
スレイも技を繰り出し、
「わかってる!こいつはセルゲイじゃない!」
スレイは気持ちを切り替え、どんどん攻めていく。
しばらく戦うと、天族サイモンは姿を戻し笑う。
「まったく……容赦がないのだな。」
「……おまえはセルゲイじゃないからな。」
「なるほど。あの騎士と同じ思考だ。友だから助けるが、敵なら殺す。穢れてなければ守るが、憑魔≪ひょうま≫は消す。実に単純で素晴らしい世界だ。お前達にとっては。」
スレイは天族サイモンを睨んで黙り込む。
そして天族サイモンはレイを見て、
「主もだ、裁判者。審判者がゆっておったぞ。情が消せずに未だに元に戻らないとな。」
レイは天族サイモンを睨む。
ミクリオは天族サイモンを見て、
「なにがいいたい?」
天族サイモンは蔑みにも似た目になり、
「ただのエゴだと言ってるのだよ。穢れの源であるエゴだと。」
「そんなこと――」
ライラは眉を寄せる。
だが、天族サイモンはニット笑いながら、
「私が煽ったとはいえ、住民たちの怒りや憎しみはごく当然のものだ。だが、お前たちはそれを穢れと呼び、消そうとする。導師の使命だの騎士道だのの名目の元に。そして時に、裁判者や審判者が。さて、誰が保証するのだ?そんなお前たちが穢れていないと。」
「違います!スレイさんは穢れてなど!」
ライラは怒りながら言う。
天族サイモンは目を細め、
「違わないだろう。お前の知る先代導師も――」
ライラは目を見開く。
レイが天族サイモンを見て、
「穢れたな。導師であったのに。」
その瞳は怒りに燃えていた。
天族サイモンは目を細め、
「そんな風だから、審判者は主を殺したのではないか。何度も。」
「かもしれませんな。だが、今回の選択を出すのは我らではない。我らはあくまで、見届けるだけだ。」
そこにスレイが、
「使命でも、誰かのためだからでもない。自分が信じてることをやっているだけだ。オレも、セルゲイたちも。」
「今更、開き直るか。」
「今更じゃない。ずっとそうしてきた。」
「これからもね。」
スレイの言葉に、ミクリオが続く。
天族サイモンはつまらなそうに、
「皆に支えられて、か。それが弛まぬ所以≪ゆえん≫か。」
そして消えた。
ライラはスレイを見て、
「スレイさん……」
「戻ろう。大丈夫さ、セルゲイも。」
ライラに振り返る。
そして騎士セルゲイ達の元に戻る。
「スレイ!あそこ!」
ミクリオが先を見つめて言う。
ザビーダは口の端をニッと上げ、
「……終わったようだな。戦いは。」
スレイは駆けて行く。
「セルゲイ!」
そこには怪我をした騎士セルゲイと仲間たち。
そして倒れ込んだ敵と、味方もちらほらいる。
騎士セルゲイは傷を抑え、
「自分は大丈夫……だ。だが……」
仲間が何人かやられ、損害も大きい。
レイが怪我をした人たちに治癒術をかける。
そこに、
「セルゲイ殿。」
振り返ると、街人たちが立っていた。
「……事情は聞いた。この子を助けてくれたそうだな。」
「俺……父ちゃんと兄ちゃんの仇を討つつもりで……」
「気持ちはわかる。だが、激情に駆られて飛びかかるだけでは、獣と同じになってしまう。」
「……それでもいいと思ってた。ハイランドの奴を一人でも殺せれば、死んでもいいって……」
子供のその言葉に、スレイが声を上げた。
「いいわけない!俺たちは人間だ!もっと別の道を見つけられるはずだろ!」
レイはその言葉を聞き、俯いた。
騎士セルゲイはスレイを見た後、
「ともに探してはくれまいか。皆が生きるための道を。」
「……わかった。話だけは聞こう。」
「かたじけない。」
街人達は街に入って行く。
騎士セルゲイはそれを見つめ、
「本当はな、スレイ。自分も獣のように戦いのだ。こんな嘘吐きの自分は、きっと穢れているのだろうな。」
「穢れてなんかないよ。」
スレイは笑顔で騎士セルゲイに言う。
そして騎士セルゲイはスレイを見た。
そして互いに笑った。
二人は街の中に入って行く。
しばらく二人で戦場についての話す。
「わかった。スレイ、なんとか全面衝突だけは防ごう。」
「ああ、頼む。セルゲイ。」
そう言って、騎士セルゲイと別れる。
スレイは帝都ペンドラゴに向かう。