マルスモン様は最も民と交流する十二神族だ。それはウェヌスモン様やケレスモン様ネプトゥーンモン様がよく行う何かをもたらしたり現状を把握するための視察の様な交流とは違い、ユピテルモン様の浮気相手を探すための交流なんていうのとは完全に別物である。
拳と拳の打ち合い。闘技場である。
マルスモン様は朝起きて、早朝トレーニング、朝食、小休止を挟んでエキシビションに出る。これはマルスモン様なりのアップだ。名の知れた強者がエキシビションに呼ばれる。
今日は先日山火事を起こし、オリンポス山へも延焼させかけたというスピノモンか。捕らえるのにユノモン様子飼いの護衛が出たという。その巨体はよく映えるからエキシビションにはピッタリだ。
「今日もこれより闘いが始まる!我も一デジモンとして、皆の前に立とう!皆の前でこの拳を振るおう!皆の敵ともなろう!神に挑む勇気ある称賛されるべき愚か者を我と我が部下達が相手にしよう!!さぁ、我が高みまで上がってこい!!」
マルスモン様の口上に会場が湧く。ちくしょう、ちくしょうと小さく聞こえてくるのはスピノモンの声か、マルスモン様をペロリと吞み込めそうな巨体から出る声も、観衆というさらに大きな生き物の声に呑み込まれる。
賭けもあるこの試合、エキシビションのみ賭けが行われない。誰も相手に賭けない、マルスモン様の勝利を確信しているからだ。
スピノモンの腹にアッパーが入る。一撃では何も起きないが連打すると徐々に体が浮き上がる。そしてパンチの音が絶え間なく流れる様になるとスピノモンの体は打ち上げられる。
「出るぞ、コロナサンクションだ!!」
誰かが叫ぶとコロナサンクションコールが巻き起こる。マルスモン様はそれに応え、跳び上がり、スピノモンをさらに高く蹴り上げる。
そこからは圧巻だ。コロッセオ自体が一つのリングであるかの様にコロッセオの端から端まで使って跳び、跳ね、蹴りやチョップやパンチを決めていく。炎を纏っていない上に、本来は同体格のデジモンにやる技だがその威力は凄まじい。スピノモンは一度も地面に体をつけることなく意識を失う。
公開処刑にも近い。ただ、マルスモン様はコロッセオで殺しはしない。それはつまり、死なない程度に一撃一撃が必殺級の威力の技を喰らわねばならないということで、決して軽い罰ではないし、それで刑期が縮まりこそすれなくなりはしない。あの痛みや苦しみは喰らった者しかわからない。
エキシビションが終わるとマルスモン様は一度下がる。次に出てくるのはマルスモン様付きのデジモン達を殺さずに倒せる猛者が現れた時のみだ。その間は中で体の調子を整えている。ちなみにお付きはお付きだが俺はそうそう戦いに出ることはない。
さて、それで俺は一体何をしているかといえば書類関係の仕事全般だ。スケジュールの管理もコロッセオの運営もマルスモン様に関わるほぼ全てが一度は俺のところを通る。
マルスモン様は正直脳筋だ。基本的には俺が送ったものにポンポン判子を押しているだけ、もう少し考えて動けと言ってしまいたくなるし実際そう進言してしまう事もある。言葉はオブラートに包み、遠回しに遠回しにマルスモン様の頭の中には一体何が入っているのかと聞いたら、民を思う心があるが、考えるのは苦手だからお前には助かっているといった旨のこれからも丸投げする宣言をしてもらった。
午前中は大体俺はコロシアムで戦っているデジモン達の掛け声だったりを聞きながら書類を処理している。マルスモン様のスケジュールなんかも全て把握している俺は常に傍にいなければならず、持ち出し禁止の物なんかはどうしても手つかずになるし、集中するにはうるさすぎる。
「セルジオ様!セルジオ様まで回ってきました!」
「わかった、すぐに向かう」
呼びに来たライアモンにそう答えて俺は四肢に力を込め愛用の斬馬刀と刀を手に取りコロッセオの中を走っていく。戦神たるマルスモン様のお付きは書類仕事だけをしていては駄目らしい、民の求めるものがおかしい。究極体なら相応の強さがあるんだからそれでいいだろう、わざわざ見せびらかす理由もないし、強いだけのやつら集めてもコロッセオの運営はできない。
コロシアムに降りていくと歓声が大きくなる。
「我、マルスモン様より名を賜わりし者セルジオ!我が剣をその身で受ける覚悟があらば来るが良い!引き返すことを恐れるなかれ、その身滅びるまで戦うは愚者なり!」
お決まりの口上を述べれば歓声が一段と大きくなる。本音は仕事がしたいからとっとと引き返せだが、それを言ってしまう訳には行かない。どっちかといえば文官なんだがこの外見のせいで明らかに損をしている。好きで鎧を着ているわけじゃないんだ俺も。
挑戦者が入場してくると会場は湧き立つが俺の気分はダダ下がりだ、よりによって究極体。緑色の鱗が鮮やかな恐竜ディノレクスモン。
重量級のパワータイプのデジモンだし、負けると間違いなく一日は寝込むダメージを負うことになるだろう、つまり最低でも一日分の書類が溜まるという事になる。それは非常に困る。もう少しマルスモン様はその小振りで可愛らしい感じの脳味噌を働かせて頂きたい。具体的に言うと俺に文官専門の部下を寄越して欲しい。
前任者の死因はコロッセオでの挑戦者の攻撃によるもの。その前三日間は徹夜でデスクワークしていたというのに無理して出てって死んだという。
「相手にとって不足ない、退く理由がどこにある!」
楽しそうに笑ってディノレクスモンが突っ込んでくる。やめろよ本当に、立場上退けないんだよこっちは。
「その意気や良し!」
決まってるセリフを言ってこっちも同じ様に突っ込んでいく。脚の構造的に横に移動するには体の向きを変えるかカーブする様にしないと難しいからそうするしかない。
ディノレクスモンはある程度近づくと上からその爪で襲いかかろうとしたのか跳んだ。俺は止まれないし急に曲がれないし馬の体は上からの攻撃を受ける際にはただ重いだけ。地味に研究されてる事がわかる。これだから戦闘中毒者は困るんだ大体強いし頭も使う。
斬馬刀を投げて地面に突き刺し、足場にしてディノレクスモンのさらに上を取る。その頭を踏みつけてすれ違いざまに尾に刀を突き刺し、お互いの離れていく力で斬ってやる。
二股にされた尻尾に笑い出すディノレクスモンに観客は行けだなんだと声をかけるがどう考えても頭おかしい。尻尾斬られて笑うやつを楽しそうに見るとか悪趣味か。
ディノレクスモンは笑い声を上げたままもう一度同じことを繰り返す。斬馬刀と刀とで確かに同じことは二度しかできないから繰り返すことで武器も奪えるし狂ってる様で冷静だ。やけくそじゃない、本当に戦闘中毒者はこういう時にパニックにもならない。質が悪い。
今度は逆に前に出ながら刀を上段に構える。構えるだけでいい、下を通り抜ける時に刀が引っかかって腹を切る。こっちもディノレクスモンの爪が引っかかって傷を負う。だが重傷は向こうだ。
「その手の攻撃はよく受けるのでな。傷を治してまた来るがよい、今回の勝敗はすでに決した。我に合わせた攻撃ではなくその力その魂の全てをぶつけてくることを望む」
正直辛い。肩に爪が引っ掛けられたために剣を振るうと痛みが走る。斬馬刀はもうちょっとまともには振れないだろう。しかしおかげで今日はもう戦わない理由ができた。医務室に行き治療をしてもらうともう昼近くになっていたから用意していたサンドイッチを食べる。
時間は有限だ。効率的に仕事をこなさないとその量の多さに過労死してしまう。普通ならここで手が回らなければ人員が補強されるのだがマルスモン様みたいな頭からつま先まで筋肉でできているタイプは頑張れできるとしか言わないし、万が一補充されても採用基準に強さがあるという頭の悪さ。
ペンも持てない奴を採用して来た時にはつい斬りかかった。そしたら返り討ちにあって怪我して余計に仕事が捗らなくなった。しかもこれで仕事も辞めさせられるだろうと思っていたら逆に気に入られた。訳がわからない。
「セルジオ様、お茶です」
「おぅ、気が利くな」
グラップレオモンからカップを受け取って一口飲む。
「大変だったろ、ここまで入り込むの。俺も経験あるからわかる、あいつら勘で幻とか看破するもんな」
カップを片手で放り、逆の手で刀を抜き最短距離で横に薙ぐ。そんなに遅い訳じゃなかったが肩が痛む分遅くなり、避けられたことで表面のテクスチャデータをはぎ取っただけで終わる。
グラップレオモンはもうグラップレオモンではなく、黒い装いの銃でその体ができたようなデジモンに姿を変えた。まぁよく知らないデジモンだ。
「暗殺者ってのも大変だろ。今なら見なかったことにするぜ?」
「そう言われようとおめおめ引き下がるわけにもいかん」
「どうせ割に合わん金しかもらってないだろお前。今の相場って安すぎんだよ、もっと値段釣り上げないと暗殺者業界も衰退するだけよな」
片手で持つのが辛いから刀を両手で持つ形にする。残馬刀は残念ながら室内だし振り回す得物としてはでかすぎる。
「……それだけ詳しいなら引き下がったものがどうなるかも知ってるだろう?」
「まぁ頑張って逃げ切れ。ここで前にすすむよりゃマシだ。言っておくがここは暗殺者業界以上に割に合わん仕事しかないぞ」
「……?まぁ、何はともあれどんな形でもお前を殺せば仕事は終わりだ。心配するなら死んでくれ」
先手必勝、剣を投げ、避けたそいつにラリアット。密着状態のまま腹を二、三発撃たれるが勢いのまま壁を蹴破り闘技場の真ん中へとそいつを連れて着地する。
その場で戦ってた同僚と挑戦者を一睨みで蹴散らし、俺は高々と空に向けて手を掲げる。
「ここに来るはマルスモン様を狙う暗殺者!我、セルジオはこの者を強者と認め!マルスモン様への挑戦権を得るに相応しいとここに証明する!」
俺が声を張り上げると観客達が大いに湧く。俺の腹の血を見てセルジオがやられてる、本当に強そうだぞなんていう声も聞こえてくる。
「この闘技場はただただ闘いの場である!善悪は問わず!力ある者が闘神マルスモン様への挑戦を望むならば我等はその力を確かめる!その力がマルスモン様へ挑戦するに相応しいと感じたならばその者へ挑戦権を与える!それが我が役目なり!」
俺の宣言にそいつがどんな顔をしていたかはわからない、しかし、マルスモン様と戦わざるを得ない状況になったのは理解した様で、俺に撃って残弾を減らそうとは思わなかったらしい。
「我、セルジオはここにマルスモン様への挑戦者を認め、この者とマルスモン様の戦いを皆に見届けてもらいたい!」
観客が湧き、それを超える音量で音楽が流れる。ゲコモン達の仕事を増やしたことは謝りたいが、まぁ許せ。理不尽な仕事を押し付けたわけじゃなし、契約の範囲内だ。
俺がリングの真ん中で待っていると、マルスモン様が入場してきた。
「セルジオよ!大儀であった!今はその傷を癒すが良い!」
もったいなきお言葉とかなんとか言って医務室に逃げる。今日は働きすぎた。
流石に腹の傷も重傷だし元々の傷もなかなかで、それがまた開いたりもしている。飛び降りたのも悪かった。完全にあいつのせいだが、まぁ今度はなんとかなりそうだ。
今日はもう働かない。マルスモン様がここにいる以上オリンポス山まで一人帰るわけにも行かないが、もう休んでればいいだけだ。
多分今頃あいつはマルスモン様にボッコボコにされてる、コロナサンクションとかも喰らってるだろう。あいつの運命はコロナサンクションを受けて意識があるかどうかによって変わる。
意識があれば、服役したと思ったらマルスモン様に召し抱えられる事になる。思想犯は流石に雇わないらしいが、思想犯に雇われただけの暗殺者なんかは容赦無く雇う。
何故知っているのかって俺がそうだからだ。
ある時、当時売り出し中の暗殺者だった俺にマルスモン様の暗殺依頼が入ってきた。意外と割に合わない報酬の依頼だらけの中、その破格の金額は受ける理由には十分だった。
結果として俺は失敗した。
知り合いに幻術を用意してもらったにも関わらず、マルスモン様に近づいたらいともあっさりとバレ、少しでも隙を作ろうとなぜわかったのかと話しかけたら勘でわかったとか言われた。実際は視覚情報と皮膚に感じる空気の流れとかの違和感でバレたらしいが。本人が理屈を自覚してない。
ちなみに俺が気づいたのはテクスチャを張り付けただけだったから関節とかの位置が僅かにぶれていたり、動いていないとおかしい場所が動かなかったりしていたからだ。
まぁ、それはともかく当然の様に負け、見せしめのコロナサンクションも喰らって、高く思った報酬が全然割に合ってなかったことを知った。マルスモン様を本気で暗殺しようとしたならばそもそも単独での仕事にはならない。実際は同業による厄介払いだ。
そして服役、マルスモン様は脳筋だからか戦闘バカだからか、もう一度襲われたいと力のある暗殺者こそ簡単に解放するとは聞いていたから、俺は大人しく刑に服した。
聴衆の前でボッコボコにされた手前もう一度暗殺者にはなれないし、馬の体を活かして農業でもやる気でいたのだが、予定より早く刑務所から出される代わりにマルスモン様のお付きの一人になれと言われ、俺は承諾した。給金が高かったこともあるが、前科者として生きるのはそれなりに苦労がある。
また裏稼業となれば次捕まれば死刑は免れないし、マルスモン様だったからよかったもののもしも何かのきっかけで他の十二神族にやはり殺すべきと言われたら死刑だ。マルスモンのお付きならばマルスモンが勝手に殺させたりしないんじゃないかと考えていた。
そして今ではこんなハードワークに身を投じさせられている。後任が決まったらすぐにでも辞めたいと何度思ったかもわからないが、過去に辞めたデジモン達の末路を聞いて辞めることも諦めた。
試合で負けたデジモンとかから報復だったり闇討ちされたりでその大半が命を落とす。命を落とさなくてもそういったデジモン達に怯えながら余生を過ごすことになる、つまりそこそこ戦ってしまっていた俺にもう逃げ場はないという事だ。
流石に今日はもう働けない、働かない。医務室で休んでコロシアムが終わったら帰って寝る。こういう時は他の十二神族のお付きが羨ましい、ネプトゥーンモン様の所は特に人員が厚いと聞いたことがあるし、ユピテルモン様のところ以外なら他の十二神族のお付きの誰よりも忙しい自信がある。
医務室で座り込むと疲れからか妙に瞼が重くなり、あっという間に眠ってしまった。