オリンポスのお付きの一日   作:へりこにあん

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お久しぶりです。最近はブログやオリジナルデジモンストーリー掲示板NEXTの方での活動が主だったもので間が空いてしまいました。向こうで企画なんかもしてたりするのでそのことは活動報告にでも書いておこうかなと思います。


ミネルヴァモン様のお付きの一日。

私の朝は比較的ゆっくりだ。朝日が昇る少し前、他のデジモン達はすでに働き始めている時刻に起きる。

 

その理由は我等が敬愛する主たるミネルヴァモン様にある。

 

「おっはよー!」

 

布団の上から飛びついてくる少女の小柄な体を万が一痛めでもしないよう覚醒したての自身の体をもって衝撃を吸収する。

 

この飛びついてきた少女こそがミネルヴァモン様だ。ミネルヴァモン様は代々のお付きの中でも気に入った者がいるとその者が起きる前に寝室に潜り込みこうして起こしにかかる。

 

それはいけないと私がさらに早く起きればミネルヴァモン様もさらに早く起きようとし、これは健康に良くないと、オリンポス十二神族が一人ケレスモン様に相談等した上で私だけ例外的にミネルヴァモン様に起こされる生活を送っている。

 

「おはようございます、ミネルヴァモン様」

 

起きたらまずミネルヴァモン様の用意をしなければならない。私は前日の夜に支度済みだ。

 

ミネルヴァモン様に手を引かれ、私達雇われの者の部屋のある階からミネルヴァモン様のお部屋までを歩く。ミネルヴァモン様はその際会う使用人皆に挨拶し、寝坊している者がいれば気配で察知し起こしに行く。

 

ミネルヴァモン様に起こされたいがために寝坊する不届き者もいるがそういった不届き者はすぐクビになる。昔は人事担当の責任ではと昔は思ったものだが、どれほどミネルヴァモン様に惹かれるかが大きく、それはそのデジモンの能力や性格を問わないことも知った。お付きになる前は私が人事担当だったからだ。

 

「今日もねぼすけさんいないね。これで五年と二百三十七日連続だね!」

 

えらいえらいと丁度近くにいたデジモン達の頭を撫でようとするミネルヴァモン様にここにいるもの達は皆即座に頭を下げる。中には体の大きさと頭の大きさ故這い蹲る者もいる。

 

その筆頭がマスターティラノモン。皆から師匠と呼ばれるだけのことはある反射神経だ。ミネルヴァモン様が今日もと言った時にはすでに動き出していた。

 

ところで、オリンポス十二神族の方は基本的にオリンポス山頂の神殿に住まわれている。放浪癖があるユピテルモン様もあくまでお住まいはオリンポス山の神殿だ。神殿以外に住まわれるのは常に空を飛ばれているケレスモン様、海を司るネプトゥーンモン様、マルスモン様、そして我等が敬愛する主たるミネルヴァモン様だ。

 

その理由は常に神殿におられるユノモン様にトラウマがあるからである。

 

一時、ミネルヴァモン様は成長した美しい女性の姿になったのだという。しかし嫉妬深いユノモン様はミネルヴァモン様に言いよったユピテルモン様にではなく当時のミネルヴァモン様に襲い掛かった。ミネルヴァモン様は瀕死の重傷を負い、回復されたものの、それからはずっと少女の姿でおられるのだという。中身まで少女のままだ。

 

ミネルヴァモン様が自由に色々やられるのも神殿にいないからできることでもある。

 

ここにいるのはミネルヴァモン様に尽くす者だけだ。瞬間土下座師匠も私もこの神殿にいるもの全てが例え何を敵に回そうとミネルヴァモン様の味方なのだ。

 

部屋に着いたらまず服を着て頂くのだが、動きにくい服は嫌だとあまり布の多い服は着てくださらない。少しでもひらりとしたものはそれだけでノーと突っぱねられる。激しい動きに耐えうるぴっちりとした服にせざるを得ないのだが、個人的には美しいドレスを着ていただきたい。

 

服を着ていただいたら次は髪である。これも色々とアレンジしたいのだが複雑な髪型は戦う時に崩れる為に三つ編み以外して下さらない。

 

しかし、それでも毎日ご満悦なのだ。今も鏡の前でくるりと回って流石アニータ完璧ねと私の名前を呼び花開くように朗らかに笑うのだ。

 

いつもならばここから朝食に向かわれるのだがミネルヴァモン様の動きがピタリと止まる。

 

「アニータ。アウルモン達に北西の方向を見させて、何か大きな力が寄ってくるのを感じるの」

 

「はい、ただ今」

 

ミネルヴァモン様の勘は外れない。ミネルヴァモン様のお膝元であるこの街に襲い掛かるデジモンは少ないが、全くいないわけではない。

 

この神殿の中ならば私の幻術にかけられる範囲。虹色の花の杖より七色のオーラを放ち幻術を介してミネルヴァモン様の指示を伝える。陽動の可能性も考えて少ない数ながら他の方向も警戒させる。

 

「ブレイクドラモンです!ブレイクドラモンがこのままだと街を横切るルートで神殿に向かっています!」

 

自我のない哀れな機械の獣。ミネルヴァモン様のお手を煩わせることもなく私でも対応可能だが手薄になるのも避けられない。

 

「少し失礼します」

 

神殿の上空へと浮き上がり北西の方向を見る。まだ私に目視できた距離じゃないか。

 

アウルモンと幻覚を通じて視界を共有、二匹の蛇が絡む杖を、森の中の道を潰しながら走るブレイクドラモンへと向ける。敵がこちらにまだ気づくこともできない距離だ。

 

黒い線が宙を走りブレイクドラモンの脚部に突き刺さる。もう一撃、動きの鈍った的とはいえ距離がありすぎる。頭部を掠めただけに終わる。

 

三発目、またも外したかと思ったが急激に動いた頭部が吸いこまれるように光線にぶつかり、消失する。

 

ミネルヴァモン様の部屋に戻ると机の上に置かれていたはずの櫛がなくなっていた。もしかしなくてもさっきのブレイクドラモンの首が動いたのはミネルヴァモン様がその櫛を投げて当てたからだろう。

 

「御手を煩わせてしまい申し訳ありません」

 

「それより怪我したデジモンはいない?街は無事?」

 

「無事です、被害確認はまだですが森に紛れて接近を図った様で民家等もある方向ではないので死者怪我人共にいないかと思われます」

 

あーよかったーと間延びした声をあげてご飯ご飯とミネルヴァモン様は食堂に向かう。

 

「アニータ!アニータもこっち来て!ジェロディの作ってくれた今日のオムレツ可愛いの!」

 

とんぼ返りして私を抱え上げてミネルヴァモン様が食堂に走る。よほど嬉しかったらしい。

 

ジェロディの笑顔が眼に浮かぶ。最も彼の顔に表情はないし、彼の見た目で変わるのは右腕が三種類で切り替わる事ぐらいだが。

 

私と同じ様にミネルヴァモン様に名前を頂戴したデジモンは今は数体。古株の師匠すらも頂戴していない名前をジェロディが頂いたのは味もさる事ながらその料理の美しさ故だ。

 

行ってみるとオムレツに添えられた色取り取りのソースがミネルヴァモン様の持っている剣を描いていた。細かい上に美しい出来栄え。

 

それをね、可愛いでしょとミネルヴァモン様はニコニコ眺め、おもむろにフォークとナイフでオムレツを切るとソースに思いっきりつけて食べた。

 

美味しい美味しいと言いながら咀嚼していたミネルヴァモン様が断面を見るとまたパッと笑顔になる。色取り取りの野菜の色合いが美しい、それを数秒眺めた後でミネルヴァモン様は一気に食べ進める。

 

コーンスープの穏やかな黄色にパンの綺麗な焼き色、描かれた美しさだけでない、色の美しさにも、ミネルヴァモン様は綺麗だね可愛いねと子供の様な曖昧な感激の言葉を述べる。

 

これが工芸も司った神族かと笑う者もいそうな光景だ。

 

朝食を食べるとミネルヴァモン様は自由になる。

 

ミネルヴァモン様のおられるこの神殿や近辺の管理はミネルヴァモン様の部下達で行っている。

 

そのため一時私はミネルヴァモン様のお側を離れる。

 

いや、皆ミネルヴァモン様の側にはいなくなる。神殿内には至る所にいるからお一人にするわけではない。本当は常に誰かいさせたいのだが、いかんせんミネルヴァモン様の遊びについていけないのだ。

 

鬼ごっこは十数体の究極体で取り囲んで時間差と連携を駆使しやっとタッチできるかどうか。

 

隠れんぼはミネルヴァモン様が一度隠れたら場所を変えないルールにしても、ミネルヴァモン様が鬼になれば瞬く間に見つかる。

 

体を動かす類はとてもついていけない。しかしミネルヴァモン様は体を動かすことを好む。故に側に決まった誰かはいない。いつもは。

 

今日やるだろうことはある程度想像はつく。そこに向かわせればいい。

 

いくらミネルヴァモン様でもエステを引き離し切ることは無理だ。紅い仮面で顔を隠しているため引き締めた口元しか見えず、不気味ではあるがエステの腕も思考も信用できる。

 

かつてはアポロモン様に仕えていたがある時誤った報告をし、怒りに触れたと言われる烏。エステはその種と同じ種である。成長期の頃からその種になることを予想され、神を偽るべからずという教育を受けた密偵だ。今は表で護衛をしているが。

 

ミネルヴァモン様がお帰りになる前に湯を沸かす様手配して、私はデスクワークに取り掛かる。ミネルヴァモン様のお膝元にある街はこちらで管理しているのではなく住民達によって自治されているが神殿にまで関わってくる問題がないわけではない。

 

それに、彼等の解決できない問題は最終的に神頼みとしてこちらまで上がってくる。時には他の街や集団との揉め事を仲裁せねばいけない時すらある。細かな諍いなら冷静な話し合いを促す程度だが、それこそ食糧問題や何かなら話は変わる。この街の民はミネルヴァモン様の庇護下にある民だ、私達にはその平穏を守るべく尽くす義務がある。

 

今の長は多少きな臭いしそれもどうにかしなくてはいけない。

 

そんなことをしていると窓の外に一枚黒い羽。ミネルヴァモン様がお帰りになる様だ。

 

出迎えに行けば土まみれのミネルヴァモン様とその背後からぬっとエステが現れる。ミネルヴァモン様以上に土まみれだが予想はつく。

 

森の方を見に行けばブレイクドラモンが通った跡を修繕したのがわかることだろう。今頃修繕に向かった街のデジモン達は驚いているだろう。

 

ミネルヴァモン様の久方ぶりの作品に私の胸は熱くなる。工芸、医療、魔術、商業、戦、多くのことをミネルヴァモン様は司る。

 

倒れたはずの木が治っているか、道も直されているだろう。ただ直すだけとも思えない、ブレイクドラモンが通ったのは元々細い山道のあった場所。

 

その場にある石や岩を切り、砕き、石畳の道でもできているかもしれない。

 

「アニータ!お風呂!」

 

「すでに準備できています」

 

体を洗うのも私の仕事だ。ミネルヴァモン様に仇なすものがこの神殿にいるとは考えにくいがそういった輩に操られたり成り代わられる危険はないわけでもない。故に信用の置ける少数の者、直々に名前を頂戴する様な者のみが無防備な姿のミネルヴァモン様を見ることができる。

 

今は私とエステのみだ。ジェロディは水に入って腕から漏電したことがあったため任せられない。まぁ漏電程度ではミネルヴァモン様の髪一本傷つけることはできないが、目の前で漏電など起こされたらミネルヴァモン様はすぐにありあわせのもので修理されるだろう。そんな手間をかけさせるわけにはいかない。

 

体を清めたミネルヴァモン様は夕食を食べるとすぐに眠りにつく。髪を乾かすのは魔術を扱える私の役目だ、髪を痛めぬ様に繊細なコントロールが要求される。

 

今日は特にお疲れの様だ。髪を乾かしたらもう寝てしまいそうな様子で、こしこしと目の周りを擦っている。

 

「夕食は食べられますか?」

 

「うん……ジュロディのご飯食べたいの……」

 

ふぁと欠伸しながらそれでも行くと言うミネルヴァモン様の横に私は立つ。本来は後ろを歩くべきなのだがミネルヴァモン様は歩きながら眠ってしまわれることもある。その時、隣にある物にふらりと寄りかかるのだ。それを受け止めるには隣にいる方が都合がいい。

 

予想通り五回ほどふらりと隣にいる私の服に掴まったミネルヴァモン様に、眠っていましたねとは言わない。眠ってないとムキになって言い出すからだ。ジェロディの料理をおいしく食べたいミネルヴァモン様が目を覚ますきかっけにはなるかもしれないが、結果的に不愉快な目にさせては意味ない。

 

どうせある程度食事の香りが感じられるようになれば起きるのだ。

 

私の服に掴まったまま歩いているミネルヴァモン様の足取りがしっかりしたものに変わってくる。まだ半分眠っている内にミネルヴァモン様の後ろへ立ち位置を戻す。

 

今日は昼食もとらずに一日外におられたからお腹が空いている様でいつもより多く食べる。かわいい、おいしい、かわいい、おいしいと笑顔で全部食べきった後、また眠くなって歩きながら寝てしまう。今度はその寝てしまった小さな体を抱え上げて寝室へと運ぶ。

 

眠っているミネルヴァモン様を着替えさせ、毛布を掛ける。すやすやと眠るその顔に神としての威厳は無い、しかし、十二神族たるミネルヴァモン様がその力を発揮されることがない方が世界は平和なのかもしれない。

 

遅く起きる分私は遅くまで働く。ミネルヴァモン様がその力を使われることがないようにすることこそが私達の使命だ。永久を生きるだろうミネルヴァモン様がその力の使い方を忘れる程の平和を。

 

と、思いながらもミネルヴァモン様の作品は見たい。夜は闇に紛れて襲うものがないとも限らないから出られない。明け方になればミネルヴァモン様に起こされる。

 

今の内に明日やるべき事にまで手を出して時間を作ろう。多少睡眠時間は減るが今日は遅くまで起きていた方がいいきもする。

 

ブレイクドラモンは知性も理性もない、偶然だとは思うが誰かがミネルヴァモン様を炙り出そうと差し向けた可能性もないわけではないのだ。

 

闇が濃くなる。その闇を見通すアウルモン達がいるとは言え、そこに根源的な恐怖を見る。

 

空を見れば月に霞がかかっていた。


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