桐皇学園バスケ部。東京都に在籍する学校で実績はあまりないものの近年はスカウトの成功もあり、全国から有力な選手が集っている影で力をつけている。
練習は実力に比例してハードなものであり、特に試合形式の練習は能力が高い選手が集まっているということもあってより激しくなっていた。
五対五のミニゲーム。
マークが厳しくオフェンス側がなかなか切り崩せない中、突破口を開いたのは赤髪長身の男。
ハイポストでボールをもらうと小細工なしにぺネトレイト。
ワンドリブルでマークマンを置き去りにすると、さらにヘルプに出たセンターの上からワンハンドダンクを決めた。
「なっ!?」
「マジかよ、若松のブロックをものともせず!」
一年生ながらも正センターを務める若松でさえも、彼のシュートを止めることは叶わず。
それほどこの選手は凄かった。
中学生でありながらも練習に参加している彼は、オフェンスディフェンス問わずその能力を大いに発揮し、将来は先輩になるであろう選手達にその活躍を知らしめている。
「こんのぉっ!」
「よっし、火神ナイス!」
「うっす」
若松からは厳しい視線を向けられ、味方からは頼もしげに歓迎され、長身の中学生――火神は素っ気無く返事をしてコートの端へと歩いていく。
「どや、うちの練習は?」
「……悪くはねえっすよ。先輩達もそれなりに強いみたいだし。それよりも……」
タオルで汗を拭いていると、司令塔である今吉に声をかけられた。彼をこの桐皇へ紹介してくれた相手でもある。
まだ距離感を計りかねているのか、無難に彼の質問に答え、さらに最も知りたかった話を続ける。
「キセキの世代とかいう連中は、本当にこれよりもずっと強いんだろうな? あ、じゃなくて、ですか?」
慣れていないせいか、つい敬語を忘れてしまい言い直す。
しかしそれを抜いても元からある体格と語気を強めた言い方で迫力のある問答には変わりなかった。
「心配せんでええで。少なくとも、五人とも今の君と同等、あるいはそれ以上の連中や」
「……そうかよ!」
今吉が口角を上げると、火神も彼につられて笑みを深くした。
好戦的な火神の性格を理解しているのだろう。今吉はあまり環境に馴染めない火神を彼の闘争心を刺激する事で練習に上手く対応させている。
まだ見ぬ敵との戦いに燃えたのか、火神はタオルをマネージャーに預けると再び練習へ戻っていく。
「わかりやすいやつやな」
「あまり彼をからかってはいけませんよ」
「心配せんでも。仲良うやってきますわ」
桐皇の指揮官、原澤監督に悟られると今吉は軽く肩を落とす。
火神と仲良くするというよりはコントロールする、という響きにも聞こえる物言いだったが、原澤は深くは言及せずに話題を変えた。
「……帝光の黄瀬君は海常に決めたようです。これでキセキの世代は青峰君を除いて全員が進学先が決まりました」
「青峰君だけが?」
「ええ。私も声をかけようかと悩んでいた選手です」
「そんでワシが辞めさせた選手」
青峰大輝。キセキの世代の中でもトップクラスの実力を誇る優秀な選手。
かつて原澤がスカウトしようとして今吉に止められた選手であった。
「何せ火神君に声をかけた後やもんなぁ。同じ檻に好戦的な猛獣を二匹も入れたら周りがたまったもんやない。黄瀬君みたいにコントロールできそうな人ならともかく、火神君と青峰君をそろえたら、普段からぶつかり合ってお互い消耗してまう」
かつてストリートコートで火神が一人、バスケに打ち込んでいたときの事を思い返す。
性格が少し荒れ気味な火神。青峰も似たような性格であることはビデオからも確認できた。
そんな二人を常に一緒にいさせては制御も簡単なものではない。
そう今吉は原澤に進言して青峰へのスカウトを取りやめさせたのだ。
「それに、ああいうハングリー精神は時が来るまでは腹ペコになるまで飢えさせた方がええってもんや」
「……あなたは良い性格をしていますよ」
「褒め言葉と受け取っときます」
そして、火神の強者への飢えをより強固にする為に。
決戦の時まで餌はチラつかせるだけにして、最高のタイミングで一気に満たさせる。
黒い笑みをにおわせる今吉に、原澤も少し抵抗感を覚えながらそう評した。
将来、桐皇のエースとなるであろう火神の存在。
早くも他のチームメイトに力を示す彼がキセキの世代に挑むのは、これから約一年後の話。
――――
「どうすればいんだよ、さつき!」
そこにいたのは全国でも最強と歌われた選手ではなかった。
気がついたら進路先を失った間抜けとも取れそうな学生しかいない。
どうすればよいかもわからず、青峰は救いを求めた。
「助けてももえもん!」と泣きながら桃井の胸部に抱きつき、怒りの鉄拳制裁を食らったのも今は懐かしい。
彼の名誉のために補足しておくと、抱きついた場所は決して狙ったわけではなく、本能のままに従った結果だということをここに記しておく。
「どうすればって、だから早く話を受けていればよかったのに」
「今さら終わったことを言っても仕方ねえだろ! それよりこれからのことを考えろ! 早く!」
「何でそんな偉そうなの……」
自分の失態であることは頭から放り投げ、桃井の考えを急かす。
幼なじみという関係上、桃井も見捨てるというわけにもいかず必死に選択肢を思い浮かべた。
「……高校からのスカウトは無理。練習に参加するのももう期限が無理。となると残っているのは自己推薦によるスポーツ推薦くらい?」
「おっ。そんなのあんのか? ならそれでいこうぜ!」
スポーツ推薦についてもいくつか種類がある。
一つは青峰も受けていた高校からのスカウト。これは全国レベルの大会で活躍したものに高校の監督が認めてくれれば声をかけるというものだ。
二つ目は夏休みのような長期休みに実際の高校の練習に参加するというもの。この練習期間中に監督の目に止まれば選んでくれる。
最後に、自己推薦によるもの。高校からではなく、自ら高校にアピールするというものだ。
一つ目、ならびに二つ目はすでに選択肢から消えている。
ならば残っているのは三つ目のみ。
青峰はまだ可能性が残っているという知らせを聞いて喜びの声を上げるが、ここで桃井の顔が暗くなる。
「多分、無理だと思う」
「あ? 何でだよ?」
「これには、学内選考っていうのがあるの」
「ああ。で?」
だからどうした。と先を促す青峰。
何も知らないというのは怖いと、桃井は深くため息をついて話を続けた。
「青峰君。今まで何校もスカウトの話をしてきたじゃない?」
「ああ」
「……ああいうのって、内容が中学校側にも連絡くるんだよ」
「へえ。それでそれが……あっ」
ここまで説明を受けて、青峰はようやく桃井が言いたい事を理解した。
試合の時以上の汗を浮かべ恐る恐る桃井の説明を待つ。
大丈夫。まだ可能性はある。きっとまだ自分にも選択肢は残っているはずと。
「面接であんな態度を、しかも何十校と相手にやったら……まず学校が推薦してくれない」
現実はそう甘くなかった。
学校側も推薦として出す以上、問題のある生徒を推薦するわけにはいかない。
さて、これまで多くのスカウトが来ておきながら、「練習には出ないが試合には出る」「仲間なんて知ったことではない」などと語り、話を無かったことにされた生徒はどうなるでしょうか?
「だから、これも無理」
答え:学校側が推薦するはずがない。
希望は死んだ。
桃井の断言は死刑宣告に等しかった。ついに青峰の表情から笑みが消える。
スポーツ推薦という選択が消えてしまった以上、彼に残されている道は唯一つ。
「……じゃあ、後は?」
不安により震える声で青峰は桃井に問いかけた。
どんな問題よりも難しく感じるその疑問に、桃井は――
「……一般入試?」
諦めを含んでいるような笑みと共に、そう言った。
一般入試、すなわち学力の真っ向勝負で高校受験を制する。
多くの中学生が取るであろう道。
しかし青峰にとっては最大級の難関といっても過言ではないほど難しいものだった。
――――
問.青色リトマス紙を酸性の液体にひたすとどうなる? A.溶ける。
違う。そうじゃない。というか溶けない。
問.ハプニングで周囲は「こんらん」に陥る。漢字で書け。 A.○乱。
卑猥な言葉が書いてあったため伏字。むしろ何故こっちを書けた。
問.on foot 日本語に訳せ。 A.フートの上
もう少し読み取る努力をして欲しかった。
問.一次方程式5x - 8= 3(x + 4) を解け。 A.0
X=を書いてないし途中計算式も書いていない。多分山勘。
問.将軍と主従関係にある武士を何というか A.部下
だからそうじゃない。
一通りの解答を目にして、桃井は頭を抱え始めた。
「…………青峰君。これ、本気でやった?」
「当たり前だろ」
当たり前だろと真面目な顔で断言されるとかえって困ってしまう。
いっそのこと「悪い、ちょっとした冗談だ」と返してほしかった。それならば怒鳴って反省させるという改善策が思い浮かぶのに。
一度方針を考える前に知識確認として軽くミニテストをしようという話に至った。
その結果は桃井の予想以上に酷かった。一体何を口にすればよいのかもわからないほどに。
「で、どうなんだよ? お前人の成長とか読み取るの得意だろ? 俺の勉強の方はどうだよ?」
「え、っと、ね?」
確かに分析は得意なほうだ。
だからこそ困っている。一つの、最悪の結論を思い浮かべてしまったから。
桃井は必死に言葉を振り絞り、何とか策を搾り出す。
そして……
「大ちゃん……ごめんね……」
「何で謝ったんださつき!?」
桃井は寂しげにそう謝罪した。まるで道端に捨てられている子猫に向ける、家庭の事情から他の人に託すような悲しい瞳で。
突如何故か昔の呼び名にまで返ってしまうあたりに切なさが強く感じられた。
火神の言い方ならば「弱くなっていない」状態。なので原作よりも強化されています。
ストリートでバスケをしているところを今吉が声をかけ、桐皇の練習に参加させ監督がそれを見てスカウトを決めた、という形です。