堕ちた青の行く先は   作:星月

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第四話 影との再会

 進学先を誠凛高校と定めた後の行動は早かった。

 速やかに桃井は持ち前の情報収集能力を活かして昨年度の過去問題を入手、同じ私立高校の過去問などとも照らし合わせて、問われるであろう知識を纏め上げる。

 その後、青峰はその問題と答えを丸暗記するという荒業に出た。

 今から全ての範囲を網羅することは不可能。ならばピンポイントで答えの方を暗記する。

 普通ならば不可能な裏技であろうが桃井の未来予測は伊達ではない。

 青峰も無理やり語呂合わせや単語のキーワードから答えを結びつけるなどの知恵を働かせて次々と知識を増やしていく。

 誠凛高校も設立から二年目を迎えるばかりの新設校。そう深く応用を試されることはないはず。ゆえに基礎をキッチリ抑えることが重要だという桃井の考えは功を制し、難易度がそう高くないことが相まって青峰はどうにか合格ギリギリのラインまで点数を伸ばすことに成功した。

 そして、運命の入学試験当日――。

 

「俺ならできる俺ならできる俺ならできる俺ならできる」

 

 試験会場へ向かう途中、必死に自分に言い聞かせている青峰の姿があった。

 結局、暗記科目はそれなりに身につけたもののそれ以外の領域は伸び悩んでいた。

 桃井の予測によると青峰が合格する確立は60%。つまり半分には達しているものの楽観視はできないような状態にあった。

 

「俺だって最近は勉強していたわけだし? いけるいける」

 

 なお、どうせスポーツ推薦で行けると思っていたので引退して数ヶ月が経つまでまともに勉強はしていなかった模様。

 このような限界の勝負、青峰はそう経験した事がなかった。特に最近は自分が負けることなどありえない場面が多かった。それが、当日になっても全く改善されていない状況に置かれて、青峰は表情に出さないが内心は非情に追い詰められている。

 

「青峰君、大丈夫だから落ち着いてね? 昨日までと同じ調子で挑めばきっと大丈夫だから」

「あ? 何言ってんだよさつき。落ち着いてるし。試合と同じくらい落ち着いてる」

「……つまり、全然落ち着いてないってことだよね」

 

 彼の横には連れ添うように桃井が並行して歩いている。彼女も青峰と同じ誠凛高校を受験する。幼馴染のことは見捨てられなかったそうだ。

 試合中の青峰の姿は彼女が誰よりも目にしている。熱中しすぎると周りが見えなくなることが多く、最近は逆に冷めすぎてやる気を失うことが多い。

 つまり試合と同じくらいということは相当なピンチなのである。

 

「深く考えないこと。他の人も緊張しているのは同じ事だから」

「だから落ち着いてるよ。問題はねえ。……ここまで来たらやってやる」

 

 一つ間を置いて息を整えると、青峰の顔が真剣なものにかわる。

 桃井が彼の変化に気がつくと青峰はさらに話を続けた。

 

「俺に勝てるのは俺だけだ」

 

 さすが、この数ヶ月だけでも多くの高校に挑む事さえなく諦めた男は言う事が違う。『絶対に負けない方法は勝てない相手に挑まない事』だと身をもって示しているようだ。

 嘘みたいだろ。こいつ、バスケ界では最強と言われている名選手なんだぜ。

 全く同じ台詞でも、一年前相棒に告げたものとは全く重みが異なっている。同じなのは悲壮感のみであった。ベクトルは全く正反対だが。

 

「……まあ、それでいいというのなら私は何も注意しないけど。じゃあ一応私からこれを渡しておくね」

「は? 何だよ? これは、鉛筆?」

 

 苦笑いを浮べた桃井が取り出したのは一本の鉛筆だった。湯島天神と掘り込まれ、さらに一から始まる数字が刻まれている高価そうな鉛筆である。

 

「前にミドリンからもらったミドリン特製コロコロ鉛筆! これを転がせば答えは必中だって」

「いるか!」

「ダーメ! いざってときはこれを使って。絶対に役立つから!」

 

 あんなやつの力を借りたくないと文句を言いながら鉛筆を返そうとする青峰に、桃井は強引に押し付ける。

 一発勝負である以上、少しでも試験合格に近づくなら使わない手はない。

 結局青峰は桃井に押し切られる形で緑間特製のコロコロ鉛筆を手にし、試験に向かうこととなった。

 

 

――――

 

 

(二次方程式なんて絶対将来使わねえだろ! テメェら普段はニュースとかで散々二次元のことバカにしてんだからそんなの入試で聞いてくるんじゃねえよ!)

(バスケの試合の勝敗数とか最初から覚えてろや! 左上のチームが全勝に決まってんだろ! むしろ勝て! 勝ってないと俺が許さねえ!)

 

 問題に対して理不尽な文句をぶつけている青峰。

 やはり暗記が使えない頭を使う場面で頭を悩ませていた。

 だが配点が大きい以上、この問題を捨てるわけにもいかない。少しでも何か手がかりを掴もうと奮起するが、時間ばかりが刻々と過ぎていく。

 

『ダーメ! いざってときはこれを使って。絶対に役立つから!』

(…………本当に役立つのかこれ?)

 

 頭を搔いていると、先ほどの桃井との会話が脳裏をよぎる。

 視線を緑間特製コロコロ鉛筆へと向ける。

 緑間の力を借りるというのは屈辱だ。だがここで試験に落ちるという屈辱と比べれば、どちらがより惨めなものか。

 比べる事時間にして5秒。

 苦悩の末、青峰は前者を選ぶ。半信半疑ながらコロコロ鉛筆をそっと転がし始めた。

 

(緑間やさつきが普段これを使って成績がいいんだ! だったら俺がやって何が悪い!)

 

 自分を正当化している青峰。

 しかし普段彼らは使っていないということは彼が知る由もないもの。

 そしてもう一つ、彼は知ることはできないことだが、緑間特製コロコロ鉛筆を使って導き出した十問近くの答え全てが正解であったという。

 

 

――――

 

 

「ねえ、青峰君。試験中コロコロって鉛筆を転がしている音が聞こえたけど……」

「……うるせえ。お前が使えっていったんだろ」

 

 試験が全て終了。

桃井が問いかけると、青峰は開き直って毒を吐いた。

果たして大丈夫だろうか。いや、あの鉛筆ならあるいは正答率が本当に上がるかもしれない。

 半信半疑の様子で桃井が返答に困っていると、様子を察した青峰が小さく息を零した。

 

「まあやれることはやった。意外と覚えていることも多かったぜ」

「そう? ならいいけど」

「おう。むしろお前の方こそ大丈夫なのかよ?」

「馬鹿にしないで。青峰君に心配されるような頭脳はしてないから!」

「ヘイヘイ。ま、これでようやく勉強からは解放だ。まーたしばらくはバスケの生活に……っと」

 

 会話に夢中になったせいか、反対方向から廊下を歩いてくる一人の学生と肩をぶつけてしまう。

 

「ワリ」

「いえ、こちらこそ」

「……って、あれ?」

 

 一言謝罪して、相手からも声をかけられたが、横を見るとすでにぶつかった相手はいない。

 走り去った後? 否。ぶつかった衝撃はとても弱く走っていた様子はない。

 ではどこに行ったのかとそう考えたところで青峰は以前にも全く同じ経験をした出来事を思い出す。

 バッと勢いよく振り返る。

 突然の事に桃井が戸惑うが青峰に彼女を気にする余裕はない。

 彼の視界がようやく目標の背中を捉えた。中学時代に何度も目にした背中。薄い水色の髪をした、希薄な存在。

 

「……テツ」

「えっ」

「え?」

 

 意図せず口から零れたのは自分だけが持つ相棒の呼び名だ。

 それを耳にして桃井も釣られて後ろを振り返り、視線の先の男子生徒もこちらへ振り返る。

 

「青峰、君?」

 

 呆然としながらも紡がれた言葉は、彼がかつての相棒・黒子テツヤであるということの証明であった。

 

「やっぱりテツじゃねえか。お前、今日はどうしてこんなところに――」

「キャー! テツ君! 本当にテツ君だ!!」

「……おい、さつき」

「痛いです。桃井さん」

「こうして会うのも久しぶりだね! 何ヶ月ぶり? 会いたかったよー!」

 

 複雑な再会であったはずの雰囲気は、桃井が黒子に抱きついたことで消滅する。

 呆れる青峰と痛みを訴える黒子を他所に、桃井は渾身の力を腕に込めた。

 おそらく黒子の腕力では振りほどくことは不可能なのだろう。青峰に助けて欲しいと視線を向ける。

 

「……まあ、こんなところで話もあれだ。どっか場所を移そうぜ」

 

 ため息を零した後、桃井を強引に引き剥がす青峰。

 こうしてかつての光と影は再会を果たしたのだった。

 

 

――――

 

 

「まさか、お前も誠凛高校を受験するとはな。思ってもみなかったぜ」

 

 近くのファミレスに入り、飲み物を口に運びながら三人は久々となる会話を交わしている。現在黒子の横に桃井が座り、反対側に青峰が座っている状態だ。

 驚いたことに黒子も誠凛高校を受験したという。

 会場で再会したのは偶然であろうが志望校まで重なるとは信じられない。

 

「僕も全く予想していませんでした。まさか……」

 

 黒子も心境は同じなのだろう。深く頷いて話を続ける。

 

「青峰君が一般入試を受けるだなんて思ってもみませんでした」

「本当だよねー? 色々大変だったんだよ!」

「その話は散々嫌な目に会ったから止めろ。俺だって好き好んで選んだわけじゃねえ」

 

 訂正。どうやら相棒にとっては青峰が学力で高校入試に挑むことが予想外だったらしい。いや、あるいは青峰でも入れる高校があったということに対する驚愕か。

 

「……バスケ、高校でも続けんのかよ?」

「ッ! 大ちゃん!」

 

 咳払いをして空気を変えると、青峰は真剣な表情で黒子に問いかける。

 今それを聞くのかと、桃井は呼び方も忘れて青峰を怒鳴りつけるが青峰の視線は鋭いままだ。

 あの日、最後の全中の後黒子は姿を消した。桃井が会いにいっても顔を見せてくれないほどで、彼の様子を知るものはいなかった。

 それほど黒子にとってはバスケが嫌になるような出来事だったのだろう。

 だからこそ高校でもバスケをするつもりなのか。他意はなく、純粋な疑問から来る質問。

 問いかけを投げられた黒子は答えを悩んでいるのか視線を落とし、場には沈黙が流れた。

 

「……まあ、別に入学してからでもいいけどよ」

「続けます」

「あ?」

 

 時期尚早だったと青峰が話題を逸らそうとすると、俯いている黒子から返答があった。

 

「バスケは続けます。僕にも新たな目標ができましたから」

 

 今度は再び視線を上げ、青峰と視線をぶつけて口にする。

 見ると表情も元に戻っていて、黒子があの出来事から立ち直っているということを表していた。

 

「テツ君……」

「……ハッ。そうかよ」

「え? どこ行くの?」

「帰る」

「ちょっ、もう!?」

 

 納得の笑みを浮べた後、青峰は席を立ち上がる。

 桃井が静止を呼びかけるが背を向けたまま視線だけを黒子達へと向ける。

 

「どうせ高校も同じだってんなら後でいくらでも話せんだろ。それに立ち直ったとしても、完全に割り切れてるかどうかはわかんねーからな」

 

 青峰なりの気配りだった。彼は黒子が消えた時には気にする素振りを見せなかったものの、何も思わなかったわけではない。原因をわかっているからこそ深く関わろうともしなかった。

 だから、まだしばらくは時間を置こうと。青峰は再び歩を進める。

 

「青峰君。……待ってください!」

「何だよ?」

 

 これ以上用は無いのだと立ち去ろうとする青峰を、黒子が呼び止める。

 

「支払いを忘れています」

「……これくらいいいだろ!」

「駄目です。キッチリお金は置いていってください。あ、桃井さんは僕が奢りますので大丈夫ですよ」

「何でだテツ!? おい、テメ!」

「キャー! テツ君優しい!」

 

 さすがは紳士黒子。青峰には厳しく、桃井には優しく接する。まさに女尊男卑。

 ひょっとしてやはりまだ気にしているのではないかと青峰は考えざるをえなかった。

 結局お金はしっかり置いて帰った。

 

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