「どうかな? 高校でラグビー初めてみない!?」
「将棋面白いよー!」
「王道の野球! 仲間も多い!」
「水泳部に入る気ないか? 気持ちいいよ!」
4月。
入学式を終えた誠凛高校では新入生への部活動勧誘が活発化していた。
誠凛高校は創立二年目。当然部活動も昨年から活動したばかりという事もあり、どこの部活動も積極的に一年生に声をかけていた。
対する一年生は先輩相手にそう強気にでる事も出来ず、人の波の圧力に勝つことも出来ず、中々先へと進めない。
「——どけ」
ただ一人、我が道を行く
幼馴染やかつての相棒と共に、無事に誠凛高校への合格を決めていた青峰。やはり緑間の特性アイテムの効果は偉大であった。
青峰はあらゆる声に耳を貸すことなく、殺伐とした雰囲気を周囲にまき散らして歩みを進める。
彼の目的はバスケ部ただ一つ。それ以外は知らぬと歩き続けた。
「ちょっと、青峰君! ごめんなさい。彼、入学したばかりで気が立っているんです!」
そして彼の幼馴染である桃井も先輩達にサポートを入れながら彼の後を追う。
彼女もバスケ部のマネージャーに入るという選択肢以外は考慮していない。その為あらゆる誘いを丁寧に断りながら、バスケ部のブースを探していた。
「さつき。まだバスケ部のブースには着かねえのかよ?」
「そう言ってもバスケ部は奥のスペースに設置されているんだよ。そうすぐには見えないって」
舌打ちして露骨に不機嫌な表情を浮かべる青峰に、桃井は案内図を見ながら冷静に諭した。
二人が目指すバスケ部は数ある部活動のブースの中でも正門からかけ離れた場所にある。混雑しているこの状況では都合よくいかないだろうと考えるのが当然だ。
「——あれ? ねえ青峰君、あの人たちじゃない?」
だが、青峰の祈りが通じたのか桃井がチラシを配る四人の男子生徒の姿を捉えた。
この四人は皆桃井が調べたデータにまとまっていた選手、すなわち誠凛のバスケ部員だ。おそらくブースから離れた位置で声掛けを行っている最中なのだろう。
「あいつらがそうか。なら丁度いい」
「探す手間が省けた」と青峰は笑みを浮かべてその集団に近づいていく。
「よう。あんたらバスケ部員だよな?」
「ん? そうだよ。ひょっとして君バスケ部希望かな——って!」
青峰はそのうちの一人、猫のような雰囲気の男子生徒、小金井に接触を図る。
確信を持った問いかけ。これはひょっとして熱心なバスケ部希望者かと小金井は目を光らせ、そして振り返って青峰の姿を見た瞬間表情が強張った。
(で、デカい! 何こいつ! てか怖っ!)
青峰、身長192㎝。小金井、身長170㎝。
20センチ以上の身長差+不機嫌な青峰の雰囲気という最悪の方程式は、小金井に恐怖を生み出すには十分だった。
黒豹と遭遇した猫のごとく露骨に体が震える。助けてくれ、と後ろの同僚たちに視線を送った。
「……君、ひょっとして青峰大輝か!? 帝光のキセキの世代の!?」
「えっ!? キセキの世代!? 嘘、何で!?」
「おう。知ってるやつがいたのか。だったら話が早ぇな」
すると伊月が青峰の経歴を察して声を荒げる。
全国に名を知らしめた最強選手だ。知っているものがいるのはむしろ当然の事。
伊月だけではなく、彼の説明を耳にした小金井、他の二年生も驚きを隠せなかった。
予想以上の戸惑いと歓喜が入り混じった叫びが青峰の機嫌を回復させる。
「キセキの世代って全国三連覇したって天才だろ!? 皆強豪校に推薦進学したんじゃなかったのか!?」
グサリ、と青峰の心を突き刺す発言をしたのは土田。
まさか「推薦は取り消されました」などと本当の事を即答できず、青峰の表情が凍る。
「青峰君歩くの速いって! あっ、すみません。バスケ部の先輩方ですか? 私もマネージャー希望で、入部届を出したいので案内してもらえませんか?」
そんな雰囲気に桃井が割って入る。
流れが一変し、新たに話の輪の中に入ってきた桃井の姿に、再び小金井達は驚愕を露わにした。
(で、デカい! しかも可愛い! マネージャー希望!? やった! 勝った!)
彼らを率いる監督との大きすぎる胸囲の格差を感じ取ったのだ。
桃井の完璧なプロポーションと美貌は一瞬で四人を魅了した。
しかもマネージャー希望。これは今まで問題であった料理問題も一掃されたと、何も知らない哀れな男達が心の中で勝利宣言を行った。
「お、オッケーオッケー。二人ともバスケ部希望ね? 大歓迎だよ! 俺が案内するからついてきて!」
こんな大型新人たちを逃がす手はない。
小金井は調子を良くしてバスケ部のブースへと足先を向ける。
歩くこと一分程。すぐに彼らの目的地までたどり着いた。
「日向―! カントクー! 新入生連れてきたよー! しかも二人も!」
「ん? コガか。よくやった。二人って後ろの生徒——はっ!?」
「おかえり小金井君。お疲れ様ね。……って、え!?」
ブースでは主将の日向、監督のリコが待ち構えていた。
勧誘に成功した小金井を労って一年生の姿を目にし、そして二人も仲間達と同様の反応を示す。
「キセキの世代!? なんで誠凛に!?」
「青峰大輝。……君? キセキの世代って強豪校に進学したって聞いてたのに!」
えっ。このやり取りはこれから先もずっと続くの?
今度からうまい答えを考えておこうと青峰は決心する。
とりあえずその問題は後回しにして青峰は二人の様子を観察した。
先の四人は体も出来上がっておらず、あまり強さを感じ取れなかった。ならば主将とマネージャーと思われるこの女生徒はどうなのかと探る。
まず主将、日向の方は及第点に到達するか、しないかという採点だった。体つきは決して良くないが雰囲気は悪くない。語気も強く確かに先に会ったメンバーと比較すれば主将に選ばれるのも当然と思われた。
次いでリコ。先ほど『カントク』と呼ばれていたが、まさか監督なのだろうかと半ば疑惑を抱きながら、青峰はいつも通りまずは顔の少し下へと視線を向ける。
「ハッ!」
そしてつい反応を声に出してしまった。
青峰は女性と会った時につい胸元を見てしまう癖がある。加えて幼馴染の姿を見慣れていたせいなのかもしれない。
「おっと。いけね」と口を手で押さえるが、あまりにも遅すぎた。
「おい。今私のどこを見て鼻で笑った?」
「カントク、落ち着け!」
「女性の魅力は胸だけじゃないって!」
「やっぱり胸か! そうなのか!」
今にも殴りかかりそうなリコを日向と小金井が必死で止める。
しかし、その胸に魅了された男が誤って怒りを刺激してしまい、彼女の怒りは増幅するばかり。
「何笑ってるの青峰君。失礼でしょ!」
「イテッ!」
そんな雰囲気を一蹴したのはやはり桃井だった。
青峰の後頭部を後ろから付き、自省を促す。
「すみません。入部届二人お願いします」
笑みを浮かべての依頼に、日向も思わず「いいなぁ」と我を忘れた。怒りの矛先が変わっただけだった。
————
「……と、知ってると思うけどうちは去年できたばかりの新設校なの。選手層も薄いから、青峰君ほどの選手ならきっとすぐにレギュラーを取れると思うわ」
「当たり前だ。俺を倒せるような奴がそう簡単にいるかよ」
「なっ!」
「青峰君!」
「フン」
リコから一通りの説明を受けた青峰は先輩への敬意のかけらも見せず、普段の調子で受け答えをしていた。後輩らしからぬ態度に日向とリコが怒りを覚えると、その怒りが発散される前に桃井が注意を入れる。
おかげでその場での私闘は避けられたが、関係は決して良いものとは言えなかった。
「とにかく紙をくれよ。それ書いたら今日は帰る」
「私の分もお願いします」
説明が終わると手短に要件を済ませようと入部届を受け取った。
その内容を書き込みながら、青峰はふと思い出したように「ああ、そうだ」と呟いた。
「今日、テツは——ああ。黒子はもう入部届をだしたか?」
「え?」
「黒子?」
「黒子テツヤだ」
「私たちと同じバスケ部希望者のはずなんですけど、まだ来ていませんか?」
聞き覚えがない名前に首をかしげる二人。青峰の説明を引き継いだ桃井に問われ、リコが「ちょっと待って」と集めた入部届の中を探していく。
「うーん。そういう名前の子はまだ来てないみたいだけど」
「……そうか。よし、終わったぜ」
「私も。これお願いします」
「おう。確かに預かった。それでその黒子ってやつは一年生なんだよな? 知り合いか?」
まだ黒子が入部届を出していないと知り、青峰は退屈気に記入を終えて紙を日向に手渡した。桃井も彼に続いて入部届を提出する。
二枚の届を集め終えて青峰たちが帰ろうとする中、日向は青峰が気に掛ける男の事が気になって二人に質問を投げ返した。
「あれ。二人とも、なんか一枚入部届集め忘れてない?」
「あ?」
「あら。本当だ。——えっ?」
青峰たちが立ち上がった瞬間、青峰の体の陰に隠れていた記入済みの入部届が小金井の目に映る。
その入部届には「黒子テツヤ」という名前が記入されていた。
「ああ。知り合いだよ」
そして青峰が背中越しに無感情に言い放つ。
「だって、私たちのチームメイトだった人ですから!」
そして桃井が面と向かって嬉しそうに告げる。
「幻の六人目だ」
「幻の六人目です」
黒子テツヤの記入欄には『帝光バスケ部出身』と書かれていた。