もしもネギま!の世界に悪魔の実があったら   作:リョーマ(S)

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シャークティ「悪いですが私は、神に祈ったことはありません」

総一「ウソですよね?」




36. あなたの思うがまま

 

 

 

『麻帆良祭当日まで、あと25時間となりました。各イベントの責任者は本日10時までに――』

 

 学内放送から諸連絡が流れ、近くの簡易テントでは実行委員と見られる生徒が前夜祭のチケットを販売していた。上空では学園祭の垂れ幕をつけた飛行船が浮かんでいる。通りにはたくさんの露店が並んでいて、忙しく物を運ぶ大学生や祭り前の風景を眺めている高校生、楽しそうに走り回る小学生たちなど、色々な人が行きかっていた。

 俺は雑踏の中を歩きながら、『魔力溜まり』となっている広場へとやってきた。しかし今は人が多すぎて『広場』というより『大通り』と言った方がしっくり来る。それに、ここは世界樹に向かって、少し階段状になっている。なので直線状に広く伸びた階段広場と言った所だ。

 俺は階段の下に立つと目的の人物を捜した。

 

「……あっ!」

 

 隅にいる三人のシスターを見つけ、俺はそっちに足を向けた。

 

「おはようございまぁす」

 

 少し間延びした声で挨拶すると、三人の視線がこっちを向いた。

 

「おはようございます、総一」

 

 見馴れた修道服を着たシャークティさんは、にこりと笑みを浮かべた。

 

「おはよー、総一」

「………」

 

 横にいる美空とココネが手をあげたので、俺も同じように「よぉ」と手をあげた。

 

「では、行きましょう」

 

 合流してすぐ、シャークティさんに後続する形で俺たちは足を進めた。

 今からやるのは麻帆良祭中の警備範囲と警備時間(シフト)の確認だ。

 

「総一も呼ばれたんだ」

 

 美空が物珍しそうに言った。

 

「……いいノ?」

「えっ、なにが?」

 

 珍しく口を開いたココネに、俺は首を傾げた。

 

「能力者のコトが魔法使い(みんな)にバレるかもしれナイ」

「あぁ、そうでした」

 

 ココネの言葉を聞いて、シャークティさんが思い出したように呟き、振り返った。シャークティさんは「これを」とポケットから手のひらサイズの十字架を取り出した。

 

「あなたの“杖”です。間に合わせですが、とりあえずはそれを使いなさい」

 

 杖とは名前だけで、俺はロザリオの形をした魔法発動体を受け取った。

 それを観察するように俺は眺めた。そしてそのロザリオに既視感を持ち、「あれ?」と首を傾げた。

 

「これって……前にシャークティさんが使ってたヤツじゃ……」

「えぇ、そうです」

 

 シャークティさんは小さく顎を引いた。

 

「それは私が学生時代に使っていたものです」

 

 やっぱり、と俺は呟いた。

 

「てっきり、初心者用のを渡されるかと……」

 

 俺は指示棒の先に星がついたようなデザインの杖を思い浮かべた。

 

「今回は“形”だけ取り繕えば良いわけですから、それで十分です」

「なるほど……」

 

 深く頷いて、また俺は十字架に目を向けた。

 

「あのー、シスターシャークティ。なんで総一に杖を?」

 

 頭に「?」を浮かべる美空に俺は「それはな」と、事の説明をした。

 

 

 今回、俺がシャークティさんから魔法発動体を受け取ったのは、もちろん理由がある。

 昨日の晩、シャークティさんから電話があった。用件は麻帆良祭中の告白阻止の警備を俺にも手伝って欲しいとのこと。シャークティさんの頼みとあって、俺はその依頼を承諾したが、警備をするにあたって一つ問題があった。その問題とは『他の魔法使いの先生や生徒もその場で一緒に警備をする』ということだ。

 食べるだけで強大な能力を得る悪魔の実が実在していることは、魔法使いの中でも秘匿ということになっている。だから魔法使いの中で、俺や青藤先輩の立場は、そこら辺にいる“一般人”と同じだ。

 一般人が魔法について知った場合、何かしらの事情がある場合を除き、その人から魔法についての記憶を消すことが魔法使いの中で原則となっている。

 俺はシャークティさんの従者でもあるが、それを知っているのは、学園長と高畑先生とエヴァさん、美空とココネくらいだ。

 つまり、悪魔の実の実在を知らない魔法使いにしてみれば、魔法を知っている上、シャークティさんの従者となっている俺は異端中の異端なのだ。

 このことが他の魔法使いたちに知られれば、俺だけでなくシャークティさんの立場まで悪くなる。それを避けるために、今まで学園長たちも俺に魔法関係の仕事を課さないでいた。

 だが、今回の件はよっぽど人手が足りないらしく、学園長からシャークティさんへ、シャークティさんから俺へと話が回ってきた。

 俺は当然、その事を指摘した。だが、学園長やシャークティさんにもちゃんと考えがあった。それは俺を美空と同じ“魔法使い見習い”にしてしまおうというものであった。

 見習い魔法使いは魔法使いの中では、まだまだ未熟なため、仕事を与えられることがほとんどなく、他の魔法使いに顔を知られる機会が極端に少ないそうだ。よって、学園長と師事役のシャークティさんが手を回せば、簡単に俺を見習い魔法使いに“見せる”ことができるらしい。高畑先生や、縁あって悪魔の実について知った葛葉先生には、学園長が個別に話しておくと聞いた。口裏合わせは、完璧である。

 そして見習い魔法使いを演じる上で、必要になったのが魔法発動体、つまり“杖”だった。

 

 

「えーと……プラクテ・ビキナル、アールデスラット」

 

 人気のない建物の屋上まで来た俺は、ロザリオの十字架を前に出し、呪文を唱えてみた。

 少し間を置いて、辺りに朝の冷たい風が走った。

 

「……出ないですね」

「当たり前です。いくら初心者用の呪文とはいえ、魔法使いがそれを発動するのには、普通、二ヶ月はかかります。それに、正しくは『プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)』です」

 

 へぇ~、と頷き、呪文が失敗したことを少し残念に思いながらも、俺は「まぁ、良っか」とロザリオを首にかけた。

 

「では本題ですが、この辺一帯が警備する場所です」

 

 周辺には、さっきまでいた階段の広場を中心に、三階ほどの高さがある建物が並んでいる。その広場と建物の屋上からは不思議と世界樹が(のぞ)めるようになっていた。

 告白の穴場となっているのも頷ける。

 シャークティさんはその中から警備範囲の目印となる建物を指していった。

 

「そして、これがシフト表です」

 

 範囲の説明を終えると、シャークティさんはA4サイズの用紙を渡してきた。俺は書かれた内容に目を通す。

 

 一日目、正午から午後六時まで。

 二日目、午前六時から正午までと夜九時から深夜三時まで。

 三日目、昼の休憩以外すべて。

 

「うっ……」

 

 内容を見て、俺は眉を歪めた。

 

「なにか不都合がありましたか?」

「えぇーと、二日目の午前中はちょっと……」

「……そうですか。それ以外は出られるのですね?」

 

 はい、と俺は頷いた。

 俺の学祭中の予定は、コスプレ喫茶と和泉のバンド、あとまほら武道会だけ。よって、このシフトと重なっているのは、武道会本選がある二日目の午前中だけだ。

 

「では、その時間は用事を優先して構いません。けど他はちゃんと来てください」

「了解」

 

 礼を込めて、コクっと俺は頭を下げた。

 

「いいなぁ」

 

 美空が羨ましそうな目で俺を見ていた。

 

「いいなって……美空とココネは、大丈夫なのか?」

「残念ながら、大丈夫なんだなぁ」

「私も特に用事はない。初等部には出し物がないカラ」

 

 けど私には夜の警備もない、とココネは付け足した。魔法使いたちも未成年を夜に働かせるつもりはないらしい。シフト表の下には『未成年は夜九時以降は自主参加(先生同伴)』と書かれていた。話を聞くと、真夜中に起きてるのは大学生が主で、昼に比べれば告白する人が減るから、そこまで人員をあてなくても良い、とのことだ。

 

「最後に告白阻止の方法についてですが、やり方は各々に任せるとのことです。穏和に済ませるのに越したことはありませんが、とりあえず告白させることだけは阻止して下さい」

「力ずくで阻止しても良いんですか?」

「重傷にならない範囲でなら構いません」

 

 俺は短く思考した。

 『(ソル)』で動いて、手刀で意識をおとそうか……。

 今のところ、それぐらいしか方法が思い浮かばなかった。

 

「内容は以上です。なにか質問は?」

 

 俺は美空とココネに目をやった。両者これといって訊きたいことはないようだ。

 俺はシャークティさんに視線を移して、顔を横にふった。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 やることを終えた俺たちは、下見も兼ねて四人で辺りを歩くことにした。四人と言ってもココネは美空に肩車されているため、三人で並ぶ形で歩いている。

 祭り前日とあって、飲食類の他にも遊び関係の出店がいくつか営業していた。

 

「おっ、なんだろうアレ!?」

 

 美空は目を光らせて、止める間もなく走り出した。シャークティさんは「またあの子は……」と右手で頭を抱えた。俺はその光景を見て、苦笑いした。

 

「そういえば……シャークティさんは、ゼミの出し物とかないんですか?」

 

 シャークティさんは麻帆良学園大学の院生だ。 前に「その年でもう棺桶に入る気ですか?」と大学院の多忙さを皮肉った冗談を言ったら、軽く頭をたたかれたのを覚えている。たしかまだ修士課程だったと思う。彼女は教授を目指しているようで、最近は論文を読むことに明け暮れている。

 だが、そっちの方は“世を忍ぶ仮の姿”というやつだ。忙しいようではあるが、『魔法使いとしての仕事』の方が本職なので、最低限の特別処置もされていると聞く。

 

「院生は基本、学校行事には不参加ですよ。見物したりする人はいるでしょうが、店を出したりすることはありません」

「ふーん、やっぱり院生って忙しいんですねぇ」

 

 俺は手を頭の後ろに組んで、そばにある出店に目をやった。前日だからか、店の人は積極的な呼び掛けはしていないようだ。

 

「総一は、クラスの出し物は何をするんですか?」

 

 シャークティさんの質問を聞いて、「えっ!?」とやや大きな声が出た。

 

「あ、えと、ただのコスプレ喫茶です」

 

 シャークティさんの目が少し細くなった。

 

「……あなたもコスプレを?」

「えぇ、まぁ……」

 

 俺は声色を暗くして言った。頭には先日決まった接客中に着る“衣装”が浮かんでいる。

 

「一体どんな格好をするのですか?」

「そ、それは……えぇーと――」

「おーい、総一!」

 

 俺が言葉を濁していると、前方から声を掛けられた。目を向けると、美空が出店の前で大きく手を振っていた。話題をきるためにも、俺はさりげなくそっちに向かった。

 シャークティさんが不思議そうに首を捻っていたが、この際、気にしないでおこう。

 

「どうした?」

「あれ、取れないかな?」

 

 美空はライフル形のコルク銃を俺に差し出し、景品台を指さした。台にのっているのは三十センチほどのクマのぬいぐるみだ。出店の看板には大きな字で『射的』と書かれている。

 

「おっ、シスターちゃんの彼氏かい?」

 

 店の人は気さくなお兄さんだった。頭にあるハチマキとしゃべり方のせいで老けて感じるが、多分大学生だろう。

 

「いやいやー、ただの友達ですよぉ」

 

 笑いながら手を横に振る美空をよそに、俺は手に持ったライフルに目を向けた。作りは簡素だが、雰囲気作りのためか、スコープがついていたり、無駄にデザインが凝っている。

 ふと見ると、ココネも銃を持って、景品台にあるお菓子を落としていた。

 

「自分でやれよ」

「それがなかなか倒れないんだよねぇ」

 

 美空が指で頬を掻く。

 そりゃあ、めぼしい景品が簡単に落とせたら、店側も大損だろうに……。

 

「なに遊んでるんですか、あなたは」

 

 シャークティさんが俺の横に立った。その表情は怒っているというより、呆れているようだ。

 

「いやー、学園祭中は遊ぶ時間が少ないから、今のうちに遊んどこうかなあ、と……」

 

 美空は惚けたように「あははは」と笑った。そしてそれを見て、シャークティさんはため息をついた。今は警備中というわけでもないから、あまり強く言わないようだ。

 

 美空のことだから、学園祭中も遊びそうだがな。

 

 俺は銃の先にコルクをつめた。そして標的のぬいぐるみに狙いをつけ、引き金を引いた。

 バチンと音をたて、銃はコルクを飛ばした。コルクはまっすぐ的に向かって飛んだが、ぬいぐるみを少し揺らすだけで、すぐに下へ落ちた。

 

「あらららー、惜しいなあ」

 

 店の兄ちゃんがニヤニヤと笑う。やはり簡単に落ちるようにはなってないらしい。

 まぁでも、これで百円(麻帆良学生料金)なら、かなり良心的だろう。一回で撃てるコルクは10発だから、ココネみたいに下段にあるお菓子を堅実に狙えば、十分に元はとれる。

 なんというか、『舌切り雀』をよく体現している。

 

「さぁ、どうする兄ちゃん?」

 

 店の兄ちゃんが、ニヤリ顔で訊いてきた。

 

「…………ふっ」

 

 その笑みを“挑発”と受け取った俺は、短く息をはき、また銃にコルクをつめた。

 標的(まと)は変わらず、上段でうつむいて座っているクマのぬいぐるみ。

 俺は狙いを定めると、すぐに引き金を引いた。

 さっきと同じように、コルクはぬいぐるみに向かってまっすぐと飛んだ。そしてコルクはぬいぐるみの頭部に当たった。だが、さっきとは違い、コルクは下に落ちずに、ぬいぐるみを後ろへと弾き飛ばした。

 

「よしっ」

 

 棚から落ちたぬいぐるみを見て、俺はコルク銃を下ろした。

 予想外の結果に、店の兄ちゃんは口を半開きにして、固まっていた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「一体、なにやってるんですか」

 

 シャークティさんが呆れ顔で訊いてきた。シャークティさんには、さっきの射的で俺がなにをしたのか分かったようだ。

 

「なにって、ただルール通り景品を撃って落としただけですよ。なにか問題ありました?」

「ないわけがないでしょう!」

 

 俺は「えぇー」と口を尖らせた。

 

「でも能力も魔法も使ってないですよ」

「だから、尚更タチが悪いんです!」

「ただ覇気を纏って撃っただけじゃないですか。それに向こうも、普通にしたんじゃ取れないようなもの置いてたんですから、アレでお相子ですよ」

 

 ちなみに、理由はどうあれ、景品を棚から落としたので、さっきのクマのぬいぐるみはもらえたのだが、俺がぬいぐるみなど持っていてもしょうがないので、ココネのお菓子と交換してもらった。

 そのクマは今、美空と一緒に後ろを歩いているココネが抱いている。二人はシャークティさんの説教が飛び火するのを避けてか、遅く歩いて俺とシャークティさんから距離を取っていた。

 

「そういう問題ではありません。普通ではあり得ないことを起こしたことが問題なんです」

「えぇー、そんなの今更じゃないですかー」

 

 俺はココネからもらったキャラメルを口に入れた。

 『人間が電車と同じ速さで走る』『ギネス級の大樹が生えている』『一部学生の発育が色んな意味で偏っている』『子供が先生をしている』などなど、麻帆良で普通ではあり得ないことをあげていけばキリがない。

 俺は不満を込めた目で、シャークティさんを見た。対して、シャークティさんは「とにかく」と指を俺の額に押し付けた。

 

「不必要に()を使わないように!」

「……うぅぅぅい」

 

 俺が低い声で返事をすると、シャークティさんは「まったく」と、自身の腰に両手をやった。

 

 

「あぁーーん、私のふうせぇーーん」

 

 突然のかん高い声に、俺とシャークティさんは同時に目を向けた。

 そこでは初等部の低学年生と見られる女の子が、目を潤ませて空を見上げていた。視線を追うとそこには赤色の風船がゆらゆらと空に昇っていた。

 どうやらその女の子が風船についたヒモを放してしまったらしい。

 俺はそれを見て、咄嗟に腰を低くした。

 

(ソル)

 

 勢い良く地を蹴った俺は、周りの建物の壁を足場に、さらに上へと飛び上がった。

 

月歩(ゲッポウ)

 

 風船までの飛距離が足りず、俺は“空を蹴った”。二歩ほど大股で歩き、やっと赤い風船が手の届く場所まで行くことができた。ヒモを掴み、俺は重力に従い落下して、そのまま着地した。

 

「ほい」

 

 風船を渡すと、女の子の顔がぱあっと明るくなった。

 

「ありがとう、お兄さん!」

「もう放すなよ」

 

 うん、と女の子は首を大きく縦に振り、「それじゃあ」と元気良く去っていった。

 手を振り返していた俺だが、ふと周りから驚き視線が向けられていることに気がついた。目を向けると周辺の通行人や出店の人が「いま飛んでなかった?」「映画の撮影か?」「ピアノ線でも張ってあるのか?」と目を丸くしている。

 

「あなたは、また……」

「ちょっ、今のは善行じゃないですかぁ!」

 

 目を細くしているシャークティさんに、俺は身を固めた。しかし、シャークティさんは怒っているというわけではなさそうで、深くため息をつくだけだった。

 

「兄ちゃん、すげぇー!!」

「いまのどうやったの?」

「もう一回! もう一回やって!!」

 

 額に冷や汗を流していると、周りで見ていた子供たちが五人ほど寄ってきた。初等部とあって、みんな元気があり余っているのか、手を引っ張ったり、背中にのってきたりする。

 

「あ、このっ、お、おい!!」

 

 俺は背中にのった男の子が落ちないように腰を曲げた。

 

「ねぇ、おにーちゃん! さっきのどうやったの?」

「まるで空を歩いてるみたいだった!」

「やり方おしえて!」

 

 背中にのる子供の数が増えて、俺の両肩にぐっと体重がのった。その反動で「ぐふっ」と息が漏れた。

 

「このキッズめぇ。もういいから、のるな、アホ!」

「じゃあ、やり方おしえてよーー!!」

「俺たちもやってみたい!」

 

 子供たちは俺の手を取り、右へ左へと引っ張って体をゆすった。

 俺はシャークティさんに「助けて下さい」と目で訴えたが、シャークティさんは「自業自得です」と、最後まで呆れ顔だった。

 

 

 子供たちから放れるのには、十分ほどかかった。都合の良いことに子供たちは好奇心旺盛で、目を引く物を見つけると、「アレはなんだ」とそっちの方へ行ってくれた。周りで驚いていた人達も自然と減っていき、子供たちがいなくなった頃には、こっちを見てる人はすでにいなくなっていた。

 

「はぁ……疲れた」

 

 俺は顔を下に向けた。

 

「だから無暗に()を使ってはいけないって言ったんです」

「……うぅ」

 

 返す言葉が見つからず、黙り込んでいると、距離をとって歩いていた美空がうっすらと笑みを浮かべてやってきた。

 

「災難だねぇ、総一」

「あなたはあなたで、なに食べてるんですか……」

 

 シャークティさんは声を低くして言った。

 美空は手にタイ焼きを持っていた。どうやらその辺の出店で買ったようだ。美空は「お腹がすきまして……」とタイ焼きの背中にかぶりついた。

 横を見るとココネもタイ焼きを頭から食べていた。

 

「……俺も腹減ったなぁ」

 

 俺は顔をあげ、腹に手をやった。

 時計を見ると、現在十二時まえ。昼食を取るには良い時間となっていた。

 

「総一まで……今は下見中ですよ」

「まぁまぁ。警備場所も一通り回りましたし、前日の今日くらい思いっきり遊んでも問題ないでしょ。美空も言ってましたけど、学祭中は満足に遊べないでしょうし、シャークティさんも今日くらい息抜きしたらどうですか?」

 

 シャークティさんはじぃーっと俺を睨む。俺は眉を歪めながら「あはは~」と笑みを浮かべていた。

 やがて観念したのか、それとも納得したのか、シャークティさんの張り詰めた雰囲気が消えた。

 

「……仕方ないですね」

「やったー!」

 

 シャークティさんがため息まじりに言うと、美空は「遊ぶぞー」と両手を高くあげた。

 

 

 その後、その辺で適当に昼飯を食べた俺たちは目に止まった出店を次々と見て回った。前日とあってイベントなどは行われていなかったが、遊び系の店や文化系の部活の出し物はそこそこの数やっていた。

 金魚掬いに的当て(ストラックアウト)、数学研究部のくじ引きに、コンピュータ研究会のVR(試作)体験などなど。

 途中、生物科学部の珍虫展示で――『リッキーブルー現る』という看板に惹かれた――美空とシャークティさんがビクビクしていたのが少し面白かった。ココネが隅にあった『ご自由にお触り下さい』と書かれたカゴの中からタランチュラ(毒無し)を出して、二人がその場から逃げ出した時なんかは、思わず腹を抱えて笑ってしまった。

 そして「昆虫なんて嫌いだぁ」と泣く美空に、「蜘蛛は昆虫じゃねぇぞ」とツッコんだら、『そういう問題じゃない!』とシャークティさんと合わせて怒られた。

 

 美空とシャークティさんが声を揃える珍しい瞬間だつた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 楽しい時間というのは、あっという間に過ぎていき、空は足早に暗くなっていった。

 現在、五階建ての建物の屋根の上、美空たちとは一時間ほど前に別れ、俺は一人座って学園全体を見下ろしていた。

 前夜祭ということで学園中から生徒たちの浮かれた声が聴こえてくる。俺の視線の先にある世界樹はうっすらと光を放っていた。北の空には爆音を響かせながら花火が上がっている。学園中の灯りと世界樹の光とが合わさって、ここから見える風景はそれなりの絶景となっていた。

 

「いよいよ始まるなぁ……麻帆良祭」

 

 俺は誰に言うでもなく口にした。

 空には花火が上がる横で、飛行船が飛んでいる。その飛行船の上には三人分の人影が見えた……気がした。

 

「こんな所で何やってるのかしら?」

 

 ふと後ろから声が聴こえた。しかし、俺はそのまま夜の街並みを眺めていた。

 

「特になにも……」

「ふーん」

 

 足音から、その人が俺の隣に立ったのが分かった。

 

「ツッ!!」

 

 突然、俺の左頬に冷たいものが当たった。俺は反射的に身を避ける。横に目をやるとシャークティさんが缶ジュースを両手に持って立っていた。

 

「はい」

「あぁ、どうも」

 

 右手に持った缶を渡すと、シャークティは俺の座っている横に腰を下ろした。格好はさっきと同じ修道服だが、聖帽子(ベール)をぬいでいるため艶のある銀色の短い髪が風にそよいでいる。

 

「ベール脱いじゃってますけど、良いんですか?」

「良いのよ、そういう気分な時もあるわ」

 

 シャークティさんはプルタブを開けながら、“いつも通り”の口調で言った。

 

「気分の問題なんですか……?」

 

 シャークティさんはなんの問題もないと言うように「えぇ」と頷いて缶を傾けた。 

 修道女(シスター)は教えから基本ベールを脱がないって、前に言ってた気がするんだけど……良いのか?

 

「ふぅー。こういう風に夜景を見るのも、たまには良いものね。風が気持ち良いわ」

 

 シャークティさんは耳にかかった髪をかきあげた。夜の街並みを背景に見たその横顔はどことなく色っぽい。

 

「珍しく“オフ”ですね」

「あら、今日くらい息抜きしたらって言ったのはあなたじゃなかったかしら?」

「まぁ、そうですけど……」

 

 俺も缶を開け、中身を口にする。グレープの甘味が口内に広がった。

 

「けどなんだかんだで、さっきまで“しっかり”やってたじゃないですか」

「なによ、まるで私が普段怠けてるみたいな言い方ね」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 冗談よ、とシャークティさんはくすりと笑う。

 今日の午後、美空とココネを含め俺たち四人は麻帆良のあちこちを見て回り、遊んでいた。しかしその最中もシャークティさんは敬語を使い、いつものように師事役でいた。

 だから、今になって“素”になるとは一体どういうことだろうと、俺は疑問に思った。

 

「“立場”を変えなきゃ、言えないこともあるのよ」

 

 俺の意を()んだのか、シャークティさんは凛とした声で言った。

 

「なにか言いたいことがあるんですか?」

 

 俺が訊くとシャークティさんは少しだけこっちに目をやった。ゆるい夜風がまたシャークティさんの髪の毛を揺らす。

 

「……私とあなたが出会って、もう十五年ね」

 

 シャークティさんは目を瞑り、思い出すように言った。

 

「あなたは覚えてないでしょうけど、教会の椅子で静かに眠っていたあなたを、私は今でも覚えてる。最初は驚いたわ。教会に行ったら、翼のついた赤ちゃんがすやすや寝てるんだもの」

 

 俺がこの世界に意識を得たのは三歳の時。当然、俺にその時の記憶はない。

 俺は黙って、シャークティさんの話に耳を傾けた。

 

「実は私、あなたが孤児として修道院に入ってからは、毎日が楽しかったの。まるで自分に兄弟ができたみたいだったから。いつもは年下の男の子とあって弟みたいに思ってたけど、あなたってたまに大人びてる所もあるから、お兄さんみたいに感じる時もあったわ」

 

 そのせいでケンカをしたこともあったわね、とシャークティさんは唇を緩めた。

 

「そして今日まで、私は教育係である前に、あなたの“家族”、そして“契約主(パートナー)”として一緒に過ごしてきた。今では、この世界の誰よりもあなたのことを理解してるつもりよ」

 

 シャークティさんは俺に目を向けた。その眼差しはとても穏やかで、かつ強い意志を感じる。

 

「だから分かるわ。あなたはまた、なにか“厄介事”を抱えているって」

 

 俺は無表情のまま、缶を口元に持っていった。

 

「……気のせいじゃないですか」

「いままで黙っていたけど、あなたは嘘をつく時、鼻をピクピク動かすクセがあるわ」

「嘘ォ!?」

「えぇ、嘘よ」

「なぁっ!!」

 

 ……嵌められた。

 口をぽかんと開ける俺を見て、シャークティさんは軽く握った手で口元を隠しながら笑った。

 缶からの飛沫が数滴、俺の顔にかかっていた。

 

「分かりやすい動揺ね」

「うっ……」

 

 俺は当惑して、濡れた箇所を拭いながら、シャークティさんから目を逸らすよう、顔を斜めにさげた。

 

「その事について話す気はないのかしら?」

「……いえ、全くないわけではないです」

「じゃあ、教えてくれる?」

 

 短い思考の後、俺は大きく息をついた。そして昨日、超のヤツから格闘大会に出場しないかと誘いを受けたことを話した。超が要注意人物であることは、シャークティさんも知っているようで、話を聞き終えると「そう、彼女がね」と呟いていた。

 

「それで、あなたはその大会に出場するつもり?」

 

 俺は小さく顔を縦に振った。

 

「超の言う『俺が欲しがる物』てのがなにか分かりませんが、もしかしたら“悪魔の実”のことかもしれないんです。軽視はできません」

 

 シャークティさんの表情が微かに鋭くなった。

 

「彼女は何故その大会にあなたを呼んだのかしら?」

「……わかりません。でも超は悪魔の実の存在を知っていると思います。たぶん俺が能力者であることも」

 

 多かれ少なかれ、超は俺についての情報を得ているはずだ。南の島での会話から、その片鱗が窺える。

 俺の戦術は、誤魔化しのきかない技――天界の神弓(アーティファクト)と能力――を除いたら、“覇気”と“六式”だけになる。彼女が大会を“派手なもの”にしたいなら、かなりの“適役”だろう。

 

「そう……形だけ出場して、わざと負けたら良いじゃない?」

「えぇ、まぁ、それも考えたんですけど、超がそんなんで納得するかどうか……」

 

 超が“計画”のために、俺を出場させたいと思っているなら、おそらく本選に出ないと納得しないだろう。

 シャークティさんは熟考した後、腑に落ちたようで「そうね」と呟いた。

 

「………」

「……シャークティさん?」

 

 顎に手を当てたまま、無言で考えているシャークティさんを見て、俺は首を捻った。

 やがて、シャークティは「うん」と小さく頷いた。

 

「いままでの彼女の行いから、何かを(たくら)んでるのは間違いないでしょうね。それを探る意味でも、その大会に出場した方が良いと私は思うわ」

 

 顔を少し傾けながら、シャークティさんは俺を見る。

 

「いつも通りやりなさい。“あなたのやりたいように”、ね?」

「昼間は“それ”で、ずっと呆れ顔だったじゃないですか」

 

 俺は軽く眉をひそめた。

 

「……“それ”はそれ、“これ”はこれよ」

 

 ばつの悪そうな顔をして、シャークティさんは頬を掻いた。

 その反応がなんだか可笑しくて、俺はくすくすと笑った。

 

「な、なによ……?」

「いいえ、別に」

 

 笑みを誤魔化すため、俺は缶に口をつけた。

 

「……とにかく、“悔い”のないようにね。あと、いつも言ってるけど、なにかあればすぐに私に言いなさい。あなたは一人で抱え込む“クセ”があるから、『誰かに任せる』っていうのも必要なスキルよ」

「……了解」

 

 俺は缶の中身をすべて飲み干した。

 六月の心地良い微風が静かに吹き抜ける。

 

 麻帆良祭開催まで、あと15時間となっていた。

 

 

 

 

 TO BE CONTINUED ...

 

 

 

 

 

 






ちまちまと書いていき、やっとこさ投稿できた……。
長かった。

今回、投稿が遅かったのは、いつもより字数が多かった、書く時間がなかった、というのもありますが、「こういうキャラ創作は、あまり良くない(好まれない)のかなぁ」「これって、もはやキャラ崩壊なのかなぁ」と思いつつ執筆していたから、というのもあります。

シャークティって出番が少ないせいか設定が少なくて、今回勝手ながら色々と創作しました。
プロフィールなども作ったりして、もはやオリキャラのようになってしまった。
(そのプロフィールはリクエストがあれば、どこかで公開しようかと……)

なお、創作話として、シャークティが学生の頃の総一とのエピソードを考えてみました。
以下がその創作話です。


・シャークティが初等部の頃、宿題の一部を総一が楽々解いたせいで、小一時間ほど落ち込んだ。

・エヴァとの戦い(修行?)で怪我をして帰ってきた総一を見て、シャークティが激怒した。その時、杖を持って抗議しに(殴り込みに)行こうとするも、総一に止めれる。

・中学時代、風邪を引いたシャークティに総一が看病として茶粥を作った。そのお粥の美味しさに「料理の腕が劣っている」と風邪が治るまで落ち込んだ。

・その後、料理の練習をするが、パン切り包丁で野菜を切る、食器を割る、小火(ぼや)騒ぎを起こす、砂糖と塩さらに醤油と赤ワインを間違える、などと失敗の連続。そのフォローを総一にさせてしまい、さらに落ち込んだ。(現在、料理は総一以上に作れる)

・イヌとネコ、どっちがかわいいかで言い合いになる。最終的にプレーリードックがかわいいということになった。

・総一の背に乗って二人で空中浮遊したことがある。その際、総一が「重い」と呟いて、落ちかけた。

・礼拝中、総一の居眠りをシャークティが起こすのが通例。

・クリスマス、まだ総一がサンタクロースを信じていると思っていたシャークティが「総一はサンタさんに何をお願いするの?」と訊いて、「サンタの自撮り写真」と返され、頭を抱えた。


――――などなど……。
これらの話が本編で語られる可能性は、いまのとこないです。はい。

本音を言うと、「これで良いのかなぁ?」といまだに悩んでます。
まぁ、でも、悩み続けても先に進まないので、その辺は開き直ることにしました。



さてさて、次回からは、やっとこさ『麻帆良祭編』が始まります。
完結するよう頑張りまっする。

それでは、『待て、次回』


もしも本作のネギまキャラに海賊旗があったら、見てみたいのは……?

  • ネギ・スプリングフィールド
  • 神楽坂 明日菜
  • 雪広 あやか
  • エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
  • 超 鈴音

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