もしもネギま!の世界に悪魔の実があったら   作:リョーマ(S)

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50. 剣も幸福も

 

 

 

 『まほら武道会』会場では大きな歓声が響いていた。様々な波長が混じり合っているその声は、まったく鳴り止む気配を見せない。皆、目の前で行われている戦いに目を奪われ、男女問わず手に汗を握っていた。

 そして今、観客たちの目はリング上ではなく屋根の上を向いている。

 

《ちょっと二人とも、そこ場外だからーーッ!》

 

 観客席となっている通路の屋根の上では、選手である総一と刹那が互いの得物をぶつけ合っていた。能舞台の隅では朝倉が「カウント取るよ、二人ともォ!」と声をあげるが、二人は彼女の言葉など聴こえていないかのように自身の得物を振り続けた。

 二人共、互いに向かい合い、屋根に沿って体を走らせている。その光景は、総一が刹那の後を追っているようにも、刹那が総一を追っているようにも見えた。

 そんな中、総一は足を踏み入れ、飛び上がった。

 

「武装色、硬化」

 

 総一の手首から得物の先までが黒く染まる。

 

「ウリヤッ!」

 

 総一は裏手と順手に持った竹で十字をつくると、刹那に向けて勢いよく叩き付けた。刹那は重心をおき、それを受け止めたが、その衝撃は二人を中心にして突風を発生させた。

 

(これはッ!? くッ!!)

 

 あまりの力に、刹那は抵抗するのをやめ、後ろへ飛ぶことで威力を殺した。着地すると勢いに押されて足が引きずられる。刹那はその反動を利用して脚をバネのように縮め、勢い良く前に出た。

 刹那が間合いを詰める間に、総一の手は元の色へと戻っていく。

 

「神鳴流秘剣」

 

 近づくのと同時に、刹那は抜刀するかのように得物を持ち変えた。

 

「五月雨斬り!」

 

 一瞬にしていくつもの斬撃が総一を襲う。

 

「剃」

 

 だが、その斬撃は空を斬った。総一は刹那の周りを乱雑に動く。その速さはまるで彼の姿を一瞬一瞬にコマ撮りしているかのようだった。

 やがて総一は刹那の真横に移動すると、利き手の人差し指を一本立てた。

 

「指銃」

 

 総一の指が弾丸の如くまっすぐ走る。

 刹那は横へ飛ぶことでそれをかわし、そのまま後退してリング上に着地した。

 

「月歩」

 

 低い破裂音を鳴らしながら、総一はリングの上空まで飛んだ。

 

「嵐脚・天来」

「くッ‼」

 

 上から一直線に振り落とされた斬撃を、刹那は後ろに下がることで避けた。総一は重力に従って、リングへと降り立ち、両手に持った得物を順手に持ち変える。二人がリングに戻った事で「4、3……!!」と朝倉のカウントも止まった。

 

(アレが『覇気』……あの威力、後ろに飛んでいなければ確実に得物が折られていた)

 

 刹那は顔を歪め、上段の構えを取った。その構えを見た総一は、何かを思いついたような顔つきになる。

 

「…………よし」

 

 総一は深く息をつきながら眼を閉じた。

 戦っている最中に眼を閉じるという異様な行動に、刹那は警戒を強めた。

 

「武装」

 

 総一は落ち着いた声色で呟いた。黒い霊気の様な『覇気』が得物に纏わりつき、彼の手と竹を黒く染める。総一は足を一歩踏み出し、重心を低く取った。そして得物を右肩で背負うようにして腕を上げる。

 

「オマージュ剣技」

 

 竹を力強く握り、総一は動く。縮めた脚を一気に伸ばし、刹那に迫った。そして彼は脳裏にある映像――刹那が剣を振る動き――と自分の体の動きを同調させるように、自身の体と得物を動かした。

 

「黒刀、斬岩剣!」

 

 刹那の目の前まで跳んだ総一は瞬時に得物を振り下ろす。刹那は縦に走る2本の“黒竹”を横に飛ぶことでかわした。見よう見まねとあって技の精度はそれほど無かったが、その一閃は突風を呼び、そのまま場外に走る。その風圧はリングの柵を(きし)ませ、周りの水辺に大きな水柱をつくった。

 観客席が大量の飛沫を被る。その一帯から女性のかん高い悲鳴と男達の低い驚きの声があがった。

 

《おぉぉとォ! なんという水しぶきだァ!! 客席の一部がびしょびしょだァ!!》

 

 刹那は後退して間合いを取った。

 

「斬岩剣……というより神鳴流の技にしては、あまりに力任せですね」

「見よう見まねなんてこんなモンでしょ。バッチリ真似してるエヴァさんがおかしいだけ、でッ!!」

 

 口を動かしながらも、総一は走って得物を振った。辺りにはまだ跳ねた飛沫が舞っているが、二人は体が濡れることなど一切気にせずに、互いに攻め続ける。総一は剃を、刹那は瞬動を使って移動し、攻防を繰り返した。

 朝倉は水飛沫が落ち着いたのを見ると、再度リングに目を向けた。

 

《そしてそんなこんなやってる間に、リングでは桜咲選手と加賀美選手によるハイスピードバトル! 武器のぶつかり合う音が聴こえるが、一体二人は何をやっているのか、私には二人の動きはまったく見えません!!》

 

 得物と空気が擦れる音、鈍い“剣響(けんびき)”が鳴るたび、二人の肺から息が漏れる。その衝撃は、たとえ斬れずとも、当たれば怪我は免れず、当たり所が悪ければ命の危険もあることを如実に表していた。周りで一般人が見守るその場所で、斬ることのできないその得物で、二人は紛れもない“死闘”を演じていた。

 しかし、観客の誰もそのことに気づく者はおらず、皆、二人の戦いにただただ目を奪われていた。

 

 

 選手席にいる面々も二人から目を放さなかった。二人の実力を知っているだけに、彼らの驚きは比較的に薄いが、それでもレベルの高い戦いに、彼らの口数はいつもより少なかった。

 

「二人共、時間が経つほど動きのキレが増してるアルネ」

「刹那さん、大丈夫でしょうか……」

 

 自分の生徒という事もあり、ネギは心配そうな面持ちで刹那を見た。

 

「剣の使い手同士の戦いは、そう長く続くものじゃない」

 

 古とネギの横でエヴァンジェリンは腕を組みながら言った。

 

「ケリがつくのは一瞬だ」

 

 

 刹那の顔を狙い、総一は竹をまっすぐ突いた。刹那はそれを頬を擦れるか擦れないかといったギリギリの所でかわす。そして反撃にデッキブラシを振った刹那だが、その攻撃は総一のもう片方の得物によって防がれた。

 凄まじい攻防は続く。二人の得物と体は一瞬たりとも止まることがなかった。

 

(ここに来て、加賀美さんのスピードが速くなってきたな……くッ!)

 

 刹那の表情が一瞬、歪んだのを見た総一は空かさず足を振り上げた。

 

「嵐脚!!」

 

 動いた足の軌跡に沿って斬撃が走る。

 刹那は上に飛ぶことで鎌風をよけ、一度、総一から距離を取った。

 

「……ハァ……ハァ」

「ハァァ……ハァァ……」

 

 二人は互いに相手を視界に入れながら、荒れた呼吸を整えた。

 

(これ以上長引くと得物が折られそうだ……)

 

 刹那がそう考えるのと同時に、総一も得物の握り具合を確認して、同じことを思った。

 

(いくら『覇気』を纏おうが、元はボロ箒、壊れるのも時間の問題だな……本職の人間相手に剣術勝負を挑んだのは失敗だったか)

 

 心の中で若干の後悔をしつつも、総一は2つの竹をくるくると廻し、順手と裏手にそれぞれ持ち変えた。

 

「手段は選んでられないな。ホントはこういう時には使いたくないけど……」

 

 総一は大きく息を吸い、呼吸を消した。そして瞬間、彼は鋭い眼で刹那を見た。その殺気に押され、刹那の足が一歩後ろにさがった。同時に額からは一筋の汗が流れる。

 

(加賀美さんの気迫がじんじん伝わってくる……この感じ、京都の時やさっきのアスナさんと同じだ)

 

 押し潰すが如く襲い来る“気迫”に抗うように、刹那は身構え、得物を持ち直した。どうやら総一の攻撃を真正面から打ち破る気でいるらしい。

 総一は足を一歩さげ重心を落とし、刹那は鞘に収めたように持ったデッキブラシに利き手をおいた。 

 互いに相手の気配を窺い、殺気を放つ。

 周りの観客とは対照的に、二人の間には林の様な静けさが流れた。

 実質10秒にも満たないその“時間”が、二人には1分にも、はたまた10分にも感じられた。

 やがて、二人はほぼ同時に、足を踏み込んだ。

 

御使(みつかい)招来(しょうらい)――」

「神鳴流奥義――」

 

 瞬間、二人の姿が霧のようにぼやけ、リング上で交差した。

 

「斬光閃!」

神光天(ウリエル)

 

 何かが破裂したような音が鳴り、剣を振り抜いた体勢で、二人の体は時を止めた。

 二人の顔には影が差している。互いに背を向けている二人には勿論、周りの観客にもその表情を窺い知る事はできない。

 

 ――カラコロン、カラ

 

 やがて、折れた竹が床に落下し、リングの上を転がる音が虚しく響いた。

 

 ――バタッ

 

 そして、人間が床に倒れる音が鳴った。

 総一は“立ったまま”、自分の折れた竹の切れ目を一瞥すると、その辺に放った。

 

《さ、桜咲選手、ダウーーンッ!》

 

 倒れた刹那を見て、朝倉はカウントを取り始めた。

 

「刹那さん!」

 

 ネギが叫んだ。その横では古とエヴァンジェリンが倒れた刹那に眼を向けていた。

 

「……せっちゃん」

 

 観客席にいる木乃香も心配した表情で見つめた。

 しかし、刹那が立ち上がることはなく、無情にも時は過ぎた。

 

《10カウント! 加賀美選手の勝利ぃーーッ!! 準決勝進出です!》

 

 『わあぁぁぁぁ』と鳴る観客の叫び声の中、まほら武道会第二試合第四試合は、総一の勝利で幕を下ろした。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 試合が終わると、総一は緊張を解いて、倒れている刹那の元へゆっくりと足を進めた。

 

「……くっ……うぅ」

 

 仰向けに倒れた刹那は腕で目元を隠して嗚咽を漏らしている。彼女の顔を見ることはできないが、横顔に零れ落ちる涙が総一の眼に映った。

 

「……なに泣いてんだよ?」

「……わ、わたしはぁ……まけたぁ」

「…………あぁ」

 

 風が吹けば消えてしまいそうなほど、弱弱しく小さい声で言う刹那を見下ろしながら、総一は頷いた。

 二人の横では、ネギと古が選手席からリングに上がって、二人の所まで走ってやってきた。

 

「お嬢さまを……このちゃんをぉ……まもれるほど、つよぉなるって……ウチは、約束したのにぃ……」

 

 刹那の脳裏に“もし今の結果が実戦だったら”と、最悪のシナリオが浮かぶ。

 

『もし今回の場が大会ではなく命をかけた“戦闘”だったら』

『もし相手が総一ではなく木乃香を狙う“巨悪の敵”だったら』

『もし使った得物が“真剣”だったら』

 

 もしそうだったら、敗れた刹那は死に、木乃香は危険に晒されただろう。

 

『コイツ程度のヤツなど、この世界にはザラにいる! コイツに負けると思っているようでは、これから先、近衛木乃香を守りきれる見込みはない! “剣”など捨ててしまえ!!』

 

 エヴァンジェリンの言葉が、改めて彼女の胸に突き刺さった。

 

「……ウチは……弱いっ!!」

 

 儚くも芯のある声で刹那は呟いた。

 それを見たネギは「刹那さん……」と、古と共に同情的な表情をして、その姿を見ていた。彼女たちには今の刹那にかけるべき言葉が分からなかった。

 

「……そうだな」

 

 そんな中で、総一は口を開いた。

 彼は刹那の横に立つと、脚をまげて腰を低くとった。

 

「けど、だからどうした? まさか、“俺に敗けた程度”でバカ正直に“剣”を捨てるわけじゃないだろうな?」

 

 声量はそのままに、総一は声色を“鋭く”して言った。それはまるで崩れ行く刹那の心に喝を入れるようだった。

 それを聞いた刹那は顔に置いた腕をさげ、涙を溜めた瞳で総一を見た。

 

「………」

 

 総一と刹那の眼が合った。

 だが、刹那はまっすぐ眼を向ける総一から目を逸らす。総一はその瞳からなにか“迷い”のようなものを感じた。おそらく、エヴァンジェリンとの“口約束”のことだろう。

 

『“幸福”でありたい。そして、それを守るための“剣”は捨てたくない。しかし、勝負に敗け、エヴァンジェリンさんに言ったことに同意した自分は“剣”を捨てなければならない。でも、したくない』

 

 良くも悪くも素直で真面目な彼女の心では、そういった葛藤が渦巻いているのだろう。それを察した総一は「……ったく」と小さく息を吐いた。

 

「なんだよ、木乃香を守るのがイヤになったか?」

「そないなわけない!!」

「じゃあ、『守りてェもんはしっかり守りやがれ!!』他人の“戯言”にいちいち振り回されてんじゃねぇーよ!」

 

 総一のその言葉は、平常通りの語調で言ったにもかかわらず、まるで別の誰かが言ったように荒く、身を震わせる迫力があった。そして、その言葉は確かに刹那の心底に届くものだった。

 刹那は涙を拭い、総一をまっすぐ見た。

 彼女の心に、もう“迷い”は無かった。

 

「……はい!」

 

 その憑き物が落ちたような顔を見て、総一は口元を緩め、刹那に向けて手を差し出す。刹那がその手を取ると、彼はその手を引っ張り、自身の肩にかけた。刹那の体を抱えて立たせると、古がもう片方の腕をとって、同じように彼女の腕を肩にかけた。

 

「大丈夫ですか、刹那さん?」

「ネギ先生……。えぇ、大丈夫です」

 

 ネギを心配させまいと刹那は微笑しながら応えた。

 二人に抱えられリングをおりると、選手席ではエヴァンジェリンが無表情で立っていた。

 

「エヴァンジェリンさん……私は……」

 

 刹那は俯きながら、目の前にいるエヴァンジェリンへの言葉を探した。

 

「私は試合に負けました……。けど、剣は捨てません」

「約束を違えるのか?」

 

 エヴァンジェリンは殺傷できそうなほど鋭い眼光を刹那に向ける。しかし、刹那はその眼に臆することなく、まっすぐ目を合わせた。

 

「はい!」

 

 刹那が頷くと、凄まじいエヴァンジェリンの殺気がその場に満ちた。その迫力にネギは思わず身震いするが、刹那は動じず、彼女から眼を逸らしはしなかった。

 

「なんと言われようと、私は、“剣”も、“幸福”も、どちらも諦めません! 私が剣を捨てるのは、この命が終わるときです!」

「………」

 

 エヴァンジェリンは無言で刹那を睨んだ。

 だが、やがて彼女の殺気は消えた。

 

「…………甘ったれめ」

 

 エヴァンジェリンは「フッ」と笑った。だが、それは刹那を嘲笑っているわけでは無く、ただただ口元を緩めているだけだった。すると彼女は、再度、凛とした細い眼で刹那を見た。

 

「ならば強くなれ、桜咲刹那」

 

 静かに、それでいて力強く、彼女は言った。

 

「弱いヤツには、なにも守れはしない。そして、“世界”はお前の想像以上に手強い。せいぜい足掻いてみせろ!」

「……はい!」

 

 刹那の返事を聞くと、エヴァンジェリンは目を閉じて、「ククッ」と悪ぶった笑みを見せた。

 しかし、刹那には彼女のその表情にどこか悲壮が混じっているように見えた。

 

 

 

 TO BE CONTINUED ...

 

 

 

 

 






所用で二ヶ月ほど更新が止まります。
ご了承下さい。

もしも本作のネギまキャラに海賊旗があったら、見てみたいのは……?

  • ネギ・スプリングフィールド
  • 神楽坂 明日菜
  • 雪広 あやか
  • エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
  • 超 鈴音

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