もしもネギま!の世界に悪魔の実があったら   作:リョーマ(S)

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私用が片付き、やっとこさ更新です。
お待たせしました。
(誰も待ってないかもしれないですが……)




52. その強さ、まさに新世界級!

 

 

 

《さぁ、人知を超えた白熱した試合が繰り広げられています今大会! いよいよ準決勝を迎えます!!》

 

 朝倉の実況と共に、観客の声援が轟く。その中でも格闘家の学生たちの声は、自分たちのアイドル的存在が戦うこともあって、より熱が入ったものとなっていた。

 

「うひゃー、観客たくさんアルネ!」

 

 エヴァンジェリンと刹那と共にやってきた古菲は、観客の数に圧倒された。超のネット工作が影響したせいか、観客の数は一回戦の時と比べて、すでに倍近くになっている。

 

「あっ、古老師!」

「やっと来たのか。ギリギリだぞ、お前」

 

 先に選手席に着ていたネギと総一はやってきた古菲を見て、安堵の表情を浮かべた。能舞台の上では、すでに対戦相手のクウネルが薄い笑みを浮かべて立っている。

 

「アイヤぁ、出遅れたアルカ。けど間に合って良かったヨ」

 

 古菲は急ぎ足で能舞台に上がろうと足を進めた。

 

「ちょっと待て。古」

「ん? なにアルカ?」

 

 足を止め、古菲は呼び止めた総一を見た。

 

「試合の前にひとつ忠告。この試合、武装色の覇気を会得しない限りお前に勝機はないから」

「えっ!?」

 

 半ば確信しているかのように言う総一に、古菲は調子の外れた声を上げた。

 

「じゃ、頑張って」

「ちょ、どういうことアr――」

 

《準決勝! 最初の試合は、クウネル・サンダース選手 対 古菲選手!》

 

 総一の忠告について、古菲はその詳細を訊こうとしたが、彼女の声は朝倉の声にかき消さてしまった。

 また観客たちの大きな声があがる。待っている観客もはやく試合が見たくて堪らないようだった。

 これ以上観客たちを待たせまいと、古菲は仕方なく能舞台に上がり、クウネルと対峙する。

 

《ネギ選手を弟子に持ち、そしてなんと、あの加賀美選手を師匠とする、菲選手! 片や、底知れぬ強さを見せつけるクウネル選手! 顔が見えないフードがもはや不気味だ! さぁ、どんな試合になるのかァ!!》

 

 朝倉の情報に、「なっ、あの菲部長が加賀美の弟子に!?」「マジかよ!」「てことは、あの噂は本当だったのか!」「なんだよ、それ! 初耳だぞ、おい!」と古菲を慕う格闘家たちがどよめいた。やがて彼らの視線は選手席にいる総一に向けられるが、当の本人は「言うなよ……」と朝倉に向けて眼を細めていた。視線の中にはいくつか殺気が混じっているものもあったが、それらを含め彼はすべて気付かないフリをした。

 

「…………すげぇ“注目度”だなぁ」

「……そ、そうですね、古老師の人気ぶりが分かります」

 

 総一の洩らした言葉に、ネギは少し遅れて同意した。試合が始まる前にクウネルと言葉を交わしたネギだが、そのせいで今の彼の頭の中では『あのクウネルという人は何者なのか?』という疑問で一杯だった。

 そんな、ぼぅっとしている少年の姿に、総一は少し気に掛かったが、深くは訊くまいと、その疑問を頭の隅にやる。

 また、総一が言った“注目度”というのは、観客の数だけを見て言ったことではなかった。

 

「……そうじゃなくて、あっち」

「えっ……あっ!」

「クラスの出し物、ほうって何やってんだろうな、アイツ等は……」

 

 総一が指したのは少し離れた所にある通路の屋根の上。ネギはそこにいる人影に気付いて驚き、エヴァンジェリンは呆れた。刹那も「みなさん……」と苦笑いしている。そこにいる3年A組の皆は、試合が始まるのを今か今かと緊張した面持ちで待っていた。

 ついでに、この神社の境内には一軒家ほどの高さがある灯籠のような建物があり、その屋根の上では、小太郎と楓の姿もあったが、総一は彼らについては言わなかった。

 

 

 

 

「今年は本当に豊作ですね。あなたもその歳ですでに覇気を使えるようで」

「いやいや、私なんてまだまだアル」

 

 古菲は後頭部を擦りながら笑う。能舞台上で向かい合う彼女達は、今から始まる試合にわくわくしているようで、二人とも口元が少し緩んでいる。

 

「先にバラしてしまいますと、覇気使いは私の天敵なんです」

「……むっ?」

 

 いきなりそんなことを口にしたクウネルに、古菲は眉を歪めた。戦いが始まる直前に、自分の弱点ともいえる情報を口走るのは誰が聞いても、不審でしかない。

 古菲は警戒心をあらわにして、すぐに構えをとるが、クウネルは身構えることもなく、平然と腕をおろすだけだった。

 

「ですので、この試合、最初から全開で行きたいと思います」

 

《それでは準決勝第十三試合、Fight!!》

 

 朝倉の開始宣言と共に、クウネルは手をゆっくり前に上げた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 試合が始まるとともに、会場に凄まじい衝突音が鳴る。それと同時に木板が割れる音、大気が周りへ拡散する音が辺りに響く。クウネルによる重力魔法の攻撃が、古菲のいた場所を中心に球状のへこみをつくっていた。

 だが、クウネルが重力を操る直前、彼女は後ろにさがることで攻撃を避けた。

 

「ぬぅ……!!」

 

 体勢を崩した古菲は放たれた衝撃に気後れしながらも、すぐにクウネルに目を向けた。すると彼はまた同じモーションをとって、手を前にゆっくり動かしていた。

 古菲は着地を決めると、すぐに足を踏み込み、倒れ込むように横へ飛んだ。その瞬間、彼女の立っていた所の重力が増し、また大きなへこみをつくった。

 試合が始まった途端の出来事に、周りの観客は驚愕したが、そんなことに意識を割くことなく二人の戦いは続いた。

 攻撃をかわした古菲は受け身を取ると、そのまま走り出し、トラックのカーブを走るように半円を描きながら、クウネルに接近した。

 

「ほぅ、素晴らしい反射神経です」

 

 クウネルが感心したように言っている間に、古菲は拳を握った。

 

「ホワチャーー!」

 

 間合いに入ると、古菲がクウネルに向かって突きを放った。だが、その拳はクウネルの体の手前で目に見えない“壁”に阻まれた。

 

(むっ、魔法障壁!)

 

 通常の物理攻撃が効かないと感じ取った古菲は、すぐに後ろへ下がり、次の攻撃の構えを取った。

 二人の距離は2メートルほど。足を一歩前に出せば攻撃できる距離だったが、彼女は自身の拳と足に“気”を込め、“瞬動”でクウネルに近づいた。

 

鉄塊崩拳(ティエ・ポンチュワン)

 

 古菲の強力なパンチに、クウネルの纏う魔法障壁はガラスのように割れて消滅した。

 『鉄塊崩拳』は、“瞬動”の速度を利用して“気”を込めた拳で殴るというシンプルな技だが、通常の打撃よりもその威力は大きい。そしてその威力は総一の鉄塊(テッカイ)を打ち崩すほどで、魔法使いの障壁を貫くことも難しくはなかった。

 

「むっ!」

 

 障壁を破壊されたことに、クウネルの表情が歪んだが、古菲の拳はそのまま前に伸び、彼の腹部を突いた。そしてそのまま彼の体は後ろへと押され、足を引きずった。

 

(障壁に阻まれたけど、確かに当てたアルネ!)

 

 突き出した手を戻すと、古菲は攻撃の手応えを確認するため相手の様子を伺った。だが、攻撃を受けたクウネルの顔は相変わらず笑顔だった。

 

「流石に一撃じゃ決まらないアルねぇ……。ならっ!!」

 

 途端、風を斬るような高い音が鳴る。それは古菲の“瞬動”によって発生したものだった。

 だが、いくら“瞬動”で動こうとも、熟練の魔法使いたるクウネルがその姿を見失うわけもなく、目の前に現れた古菲に、彼は掌底を放った。その掌底の威力、速さはかなりのものだったが、古菲は慌てることなく、彼の手首に裏拳を打ち込むことで、それを受け流す。そして更に、当てた拳をくるりと回して彼の手首を掴み、引き込んで相手の体勢を崩しにかかった。

 クウネルの体勢が崩れると、古菲は重心を置き、肘打ち、中段突き、廻し蹴り、横蹴りと、畳み掛けるように技を放った。いずれも技の動きに無駄がなく、パワー、スピード、共に申し分ないものだった。最後に、古菲は舞うように腕を振り、クウネルの手を払い除けると、彼の腹部に両手を沿え、押し出した。

 クウネルの体は勢いに押され、後ろに飛んだ。

 

「お見事です!」

 

 だが突如、古菲の後ろから声が聴こえた。彼女はその声に反応して、反射的に後ろの気配を探った。すると、あまりはっきりとは分からなかったが、たしかにそこには人の気配があった。

 古菲は虚をつかれた顔をしたまま、後ろを振り返る。案の定、目の前には口元を緩ませたクウネルが、拳を握りしめた格好で立っていた。観客からも「あれ、消えた!?」、「なっ‼ アイツ、一瞬で後ろに!」と狼狽した声があがった。

 瞬間、クウネルの力強い突きが古菲を襲う。振り上げるように放たれたその一撃は、距離を取ろうと後ろにさがった彼女に、すばやく打ち込まれた。古菲はなんとか腕でそれをガードしたが、その衝撃によって今度は彼女が足を引きずった。

 

「うぐっ……強いアルねぇ!」

 

 クロスさせた腕をおろし、古菲はクウネルを見た。

 

「……むぅ、無傷(ノーダメ)アルカ?」

 

 古菲の口角が引きつった。現在、クウネルに目立った外傷は無い。今までの攻撃すべてを打ち込んだと確信していた古菲は、何事も無かったように立っている彼に、大きな力の差を感じた。彼女の腕も、今の一撃を受けただけで小さく震えていた。

 

「けど、まだまだアル!」

 

 古菲はぎゅっと拳を握った。

 絶対的な力の差を前にしても、古菲はわくわくとした表情でクウネルに向かう。そんな彼女に、クウネルは興味深そうなものを見る目で、にこりと笑った。

 

 

 

「……遊ばれてんなぁ」

 

 目の前で行われている試合を見て、総一は呟いた。実況の朝倉が、《菲選手の凄まじい攻撃にクウネル選手は防戦一方だァ!》とか言っているが、彼には古菲が押しているというよりもクウネルにからかわれているようにしか見えなかった。

 確かに二人の攻防において、攻撃している回数は古菲の方が多い。だが、クウネルの方が確実に彼女にダメージを与えている。彼女の攻撃はクウネルに当たってはいるが、それだけだった。

 

「古は何故、覇気を使わないんですか?」

「いや、使いたくても使えないんだよ」

 

 刹那の問いに、総一は平然と応えた。

 

「さっきも言ったけど、古はまだ満足に覇気を会得できていない。“武装した攻撃”が出るのも、今の段階では調子が良くて二分(にぶ)程度。とても実戦で戦っていけるほどじゃない。けど、それでも出ないわけじゃないから、とりあえず攻撃を続けて、偶に出た攻撃で“クリティカル”を狙おうってハラじゃないのか」

「何故、そこまで? 加賀美さんもさっき覇気を使わなければ勝てないと言ってましたが、別に覇気を使わずとも良いのでは?」

「いや、古とあの男とでは、技の精度はともかく、戦闘能力や戦いの経験に差がありすぎる。物理攻撃が主の古があの男に勝つには、覇気を使って強力な一発を決めるしか方法はない」

 

 無詠唱の重力魔法と魔法障壁、実体とそう変わりない分身、あとあの“アーティファクト”とか、卑怯にも程があるだろぉ……、と総一は心の中で付け加えて呟いた。

 

「まぁ、覇気が使えたところで、あのカンフー娘じゃ、アイツには勝てんだろうが、アイツに攻撃を当てたければ、武装色の覇気は必須だろうな」

師匠(マスター)! あの人について何か知ってるんですか!?」

 

 エヴァンジェリンの口ぶりに、ネギが緊張した面持ちで声を上げた。

 

「どうした? 突然?」

 

 ネギの緊迫したような声に、エヴァンジェリンも怪訝な表情になった。

 

「いや、その、実はさっき、あの人と少し話をしたんですけど…………」

 

 事情を話そうとするネギだったが、急に彼の言葉が止まった。

 

「けど、なんだ?」

「あ、いやぁ! やっぱりなんでもないです!」

 

 何故かネギは、さっき彼と話した事について説明するのを止めて、慌ててエヴァンジェリンたちから目を逸らし、試合に目を向けた。

 

(やっぱり、違うのかな……。もし、()()()()師匠(マスター)がこんなに平然としてるはずないし……。でもじゃあ、さっきのは……?)

 

 そう考えるネギの様子に、周りの三人は目を合わせ、揃って首を捻った。

 

 

 

 観客席となっている通路の屋根の上では、色々とズルをしてやってきたA組の面々が並び、興奮した面持ちで試合を見ていた。

 

「うひゃあああ!」

「くーちゃん、すごぉーーい!」

「動きが全然見えないよぉ!!」

 

 魔法とは無縁の少女たちは、クウネルの重力魔法や古菲の武術に、興奮している。観客の中には選手たちの速さに慣れ、動きを追えるようになる者も出てきたが、はじめて見る少女たちは、眼前で高速に動く古菲と、その攻撃を平然と捌いているクウネルに、唖然としていた。

 

「実際に目にしてるけど、やっぱりアレってトリックなのかな?」

「さ、さぁ、どうなんやろなぁ……」

 

 大河内アキラと並んで立つ和泉亜子が若干言葉を詰まらせながら言った。すでに魔法使いや悪魔の実について認知している亜子も、戦いの様子を実際にその目で見て、少し圧倒されていた。

 しかし、そんな中、雪広あやかはなにやら不思議なものを見る面持ちで試合を見ていた。

 

「……あれ、どうしたの、いいんちょ?」

「えっ?」

 

 突然、明石裕奈に声をかけられたあやかはピクリと反応して、調子はずれな声を出した。

 

「なんか真剣な顔してたじゃん、どうかしたの?」

「い、いえ、別に! 大したことじゃないですわ!」

 

 激しく手を横に振り誤魔化し、あやかは顔を逸した。裕奈はどうかしたのだろうかと疑問に思ったが、試合を見ているうちに、その疑問はどこかに消えた。

 

(あのフードの方、かなり“できる”ようですね。ですが、それよりも気になるのは、気配が妙に薄いというか……なんだか“変”ですわね。風貌や技からして、魔法使いのようですけど、一体何なんでしょう……?)

 

 クウネルの異様な雰囲気に、あやかは一人疑問を募らせていた。

 やがて、試合が大きく動いた。

 

「えぇーー!」

「なぁ!」

「えっ! ちょっと、アレ飛んでない?」

 

 

 

 裕奈や桜子たちが驚きの声を上げている中、観客席からも同じような声が広がっていた。皆一様に上空を見上げ、コートの丈をはためかせながら飛んでいるクウネルに注目していた。

 

「豪徳寺さん、アレは?」

「う、浮いてますね。気の修業で飛べるようになる、とは聞いたことがないですが……舞空術!?」

 

 解説席に座るリーゼントの男子高校生、豪徳寺は唖然とした。周りの観客の反応も彼と似たようなものだった。

 

「いやー、本当に素晴らしいですね」

 

 空中にいるクウネルを追うことができない古菲は、構えを取ったまま、どうしたものかと悩んだ表情で彼を見上げていた。

 

「力、経験、どれも私の足元にも及びませんが、その瞬発力と技の精度には目を見張るものがあります」

「ぐぅぅ、褒められてる気がしないアル……」

 

 上空から見下げて言われたのもあってか、古菲はクウネルの言葉を素直に受け取れず、顔を少ししかめた。

 

(……あの高さ、客席の屋根からジャンプしても届きそうにないアル。こんなことなら、“虚空瞬動”も使えるようになっておけば良かったヨぉ)

 

 上空にいるクウネルへの攻撃手段がない古菲は、後手に回るしかないもどかしさと後悔から、奥歯を噛んだ。

 

「あなたに負ける気はしませんが、すぐに勝負を決めることもできそうにない。メール投票ではあなたに勝てる気がしませんので、いささか卑怯ですが……“コレ”を使おうと思います」

 

 クウネルは懐から手のひらサイズのカードを取り出した。

 

「あ、あれはパクティオーカード!」

 

 誰との!? とネギは驚愕した。

 古菲も彼が取り出したそれを見て、ピクリと反応したが、すぐに思考を切り換えた。

 

(たぶん、次の攻撃で決めに来るアルね……)

 

 古菲は反撃の手を考えた。攻撃を仕掛けられない自分は、相手が向かってきたところで攻撃を当てるしかない。攻撃を避けた後で反撃しても良いが、クウネルは次の攻撃で自分にトドメを刺しに来る。おそろく、今までの重力魔法や当身といった並の攻撃ではないだろう。

 

(……一か八か、やってやるアル!)

 

 仕掛けるのは一瞬、コンマ一秒たりとも油断できない。古菲の精神は自身が故意にできる最高のレベルまで研ぎ澄まされた。

 一瞬、クウネルのカードが光を放ち、その形をいくつもの書物へと変えた。その書物は彼の周りを螺旋状に並び、彼はその中から一冊の本を取り出すと、ベージの間にしおりを挟み、滑らせるようにして取り出した。その動作に迷いはなく、まるでカードフォルダの中からカードを取り出すようなモーションだった。

 すると、クウネルの体が眩しい光に包まれた。光が消えると、そこにいる彼の服装には若干の変化があった。今まで整っていたローブの丈の端は引き千切れたように乱雑になっており、フードの隙間からはネギに似た赤色の髪の毛が見える。

 

「あれは……!!」

 

 会場にいる誰かが声を洩らす。そして同時に、“クウネル”はまっすぐ古菲に向かって距離を詰めた。

 古菲の手が自身の腰についている“布のしっぽ”を掴んだ。彼女は手ぬぐいのように細長いその布を槍のように動かして、迫りくる“クウネル”を迎え撃つ形で突いた。その布の槍の動きは“銃乱打(ガトリング)”の如く、速い。

 

「アレは布槍術っ!!」

 

 解説の豪徳寺が古菲の技を見て言った。

 周りの皆は、古菲の速い布槍の連続突きに驚きを隠せなかった。だがそれ以上に、それを紙一重でよけて迫る“クウネル”に目を疑った。

 

「くっ!!」

 

 避け続ける相手に苦い顔をする古菲は、“クウネル”が間合いに入るほどの距離まで近づいてくると、布槍で突くのをやめ、鞭のように横に振った。だが、“クウネル”は虚空瞬動で上へ跳ぶと、横振りされた布槍の軌道を外れ、古菲の頭上をとった。

 “クウネル”の長い脚が古菲に向かって振るわれる。だが、彼女は気を集中させた腕で、それを受け止めた。その際に、激しい衝撃音が鳴り、古菲の顔が痛みを堪える表情になるが、彼女は動きを止めることなく、布槍を“クウネル”の腕に巻きつけた。

 

(折れたな、あれは……)

 

 総一がそう思った時だった。

 

「……あっ、“硬化”した!!」

 

 初めて黒く染まった古菲の拳を見て、総一は思わず声を洩らす。“クウネル”も驚いたのか、顔が珍しいものを見たかのような表情になっていた。

 

武装崩拳(ザァンポンチュワン)!!」

 

 古菲は手に持った布を引き、“クウネル”の体を引き寄せると、黒い拳で彼の身体を突いた。その攻撃は、今の彼女ができる最大の攻撃だった。いくら“クウネル”といえど、その攻撃をまともに受ければ、タダでは済まないだろう。

 

「……ふっ」

「なっ⁉」

 

 しかし、古菲の拳は、まっすぐ突かれた“クウネル”の拳に受け止められた。しかも、その拳は古菲と同じく光沢を持った黒に染まっている。むしろ、黒くなっている部分は“クウネル”の方が多い。古菲は拳だけが染まっているのに対し、“クウネル”は腕全体までが黒く染まっている。同じ武装色の覇気で硬化した腕でも、古菲の覇気と“クウネル”の覇気では、密度、硬さ、威力と、何もかもが違っていた。

 

「グァ!」

 

 純粋な力勝負でも負けていたのだろう、“クウネル”との力の差に、古菲の崩拳は押し負けてしまった。拳があらぬ方向へ弾かれ、彼女の体が後ろへとすっ飛んだ。

 構えが解けてスキだらけになってしまった古菲に、“クウネル”は間髪入れず追い打ちをかける。彼の手から無詠唱魔法による雷撃が、古菲に向かってまっすぐ走った。その威力は、周りの湖の水を火山の噴火の如く、打ち上げるほどだった。

 

 

 クウネルがパクティオーカードを発動してから、水飛沫が上がるまで、5秒も掛からない出来事だった。

 

 

《客席には危険がないよう安全措置がとられいています! ご安心ください! ですが、これはぁ‼ 水飛沫で舞台の様子が見えません!》

 

 てか菲選手死んだぁ⁉ と朝倉は誰しもが頭を過ぎった可能性を言った。

 水飛沫が生んだ濃霧のせいで、少しの間、だれも二人の姿を見ることはできなかった。

 だが、やがて霧は晴れ、半壊した能舞台の上に一人分の人影が現れた。それが誰なのものなのか、実況の朝倉が言わずとも、その場の全員が理解できた。

 

《あぁーーと、あれはァ‼》

 

 能舞台に立っていたのは、整ったコートを着ているクウネルだった。そして、彼の前にはボロボロになった古菲がうつ伏せで倒れている。彼女の身体は呼吸をする度に大きく上下していた。

 

《菲選手、ダウン! しかしまだ気絶はしていないようです! カウントをとります!》

 

 朝倉が数を数える中で、周りのだれもが固唾を呑んで様子を見守った。彼女のカウントアップは、ある者には速く、ある者には遅く感じられる。そこには、人の時間感覚を一時狂わせる程の緊張が流れていた。

 ――その時だった。

 

「くっ、ウッ………ハァ……ハァ……」

 

 痛む身体に鞭を打ち、息を切らしながら、古菲はゆっくりと立ち上がった。

 

《立ったァーー! 菲選手、立ちました‼ しかーし、立ったのは凄いが、菲選手、すでに満身創痍です!》

 

 古菲の体は誰が見ても分かるほど、ボロボロだった。服のあちこちが擦れ、体の動きはかなり鈍く、口端には血が垂れていた。

 

「菲部長ォーー‼」

「無理しないでくれェ!」

「菲部長ォ!」

 

 古菲を慕う格闘家たちが声を上げた。彼らだけでなく、周りにいる皆が彼女の身を案じていた。

 

「ほぅ、素晴らしい気迫……いや、“信念”と言ってもいいですね。もう立つのもやっとだというのに……」

「少しでも戦える力があるのなら、何度でも立ち向かうアル。 たとえ相手がどんなに強くとも……」

 

 感嘆とするクウネルの言葉に、古菲は荒い呼吸をしながら応えた。

 

「なぜ、そこまで?」

「それが格闘家というものアルヨ」

 

 古菲は口元についた血を拭う。彼女のその姿を見て、クウネルは「ふふふっ」と楽しそうに笑った。

 

「見事です。ですが、その身体ではもう戦えないでしょう」

 

 クウネルが手をかざすように前に出すと、古菲に掛かる重力が増した。それは試合開始直後にした、舞台を破壊するほどのものではなく、相手を地に伏せさせる程度のものだった。

 

「あっ、くぅっ……!!」

 

 だが弱い力といえど、上から押される力に、古菲は抗うことはできなかった。彼女の身体が倒れたことで、再度、朝倉のカウントアップが始まった。

 

「覇気はまだまだ成長途中のようですが、技の精度、そしてその信念には目を見張るものがあります。あなたなら、いずれは私よりも強くなるでしょう。ですが、今はまだ、私の方が強い」

 

 その言葉を最後に、この試合は決した。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「ウチの弟子がお世話になりましたね」

「いえ………ふふっ。それにしても、コタロー君と同じく彼女も将来が楽しみな娘ですね」

 

 試合が終わって、倒れている古菲を一瞥すると、クウネルは舞台に上がってくる総一に目をやった。

 総一はすれ違うようにクウネルの横を通ると、そのまま古菲のもとへ行き、彼女の怪我の具合を診た。だが、整った呼吸をしている彼女の様子を見て、総一は首を傾けた。よく見ると、試合の時に見えたすり傷の血は消え、折れたと思った腕は腫れもせず、普段通りほっそりとしている。

 

「身体の傷は治癒しましたから、安心してください」

 

 そう言い残すと、クウネルは姿を消した。

 総一はクウネルのいた虚空を見て「どうも」と呟くと、古菲に目を向けた。

 

「……残念だったな」

「悔しいアルヨ」

 

 仰向けになった古菲は青い空を見つめながら言った。その表情は笑っているわけでもなく、泣いているわけでもない。ただただまっすぐに“上”を見て、その高さを実感しているようだった。

 

「まぁ、そう気を落とすな。“アレ”はエヴァさんでも手こずるほどだ。お前はむしろ善戦した方だぞ」

「けど、悔しいものは悔しいヨ」

 

 古菲の顔に、微かだが悲壮が漂った。ここ2ヵ月ほど修業を積んで、修業の度に負かされていた彼女だったが、この試合で受けた『敗北』は、修業の時とは比べものにならないほど、彼女の心をかき乱している。

 

「ただ敗けたわけじゃないアル。『圧倒的な力の差で敗けた』。それが何より悔しいアルネ。勝ちを譲ってくれた楓にも申し訳ないアル……」

 

 古菲は自身の拳にぎゅっと力を入れた。

 そんな彼女の様子を見て、総一は「えっと、まぁ……なんだ………」と言葉を探しながら頭を掻く。

 

「……それで?」

 

 自分よりも上な“強者の領域”に触れて自身の弱さを噛み締めているような、それでいてワクワクしているような顔をしていた古菲を見て、総一は訊いた。

 

「だから次は敗けないアル! これからも修業を積んで、もっと強くなるアルネ!」

「……そう言うと思った」

 

 総一は「やれやれ……」と頭を抱えて笑った。

 

 

 

 

 

 

 TO BE CONTINUED ...

 

 

 

 

 

 

もしも本作のネギまキャラに海賊旗があったら、見てみたいのは……?

  • ネギ・スプリングフィールド
  • 神楽坂 明日菜
  • 雪広 あやか
  • エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
  • 超 鈴音

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