もしもネギま!の世界に悪魔の実があったら   作:リョーマ(S)

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58. ヒトのチカラ

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫だろ」

「うぅ、ホンマ死ぬかと思った……」

 

 人の少ない道に降り立ち、辺りを探る総一はマスコミ関係の人間がいないと分かると、ゆっくりと亜子を放した。

 

「大丈夫か」

「アカン。ウチ、ああいうの苦手やねん」

「悪かったよ」

 

 膝に手をついてゼェゼェ息を切らす亜子を見ながら、総一は申し訳ない表情でサングラスとつけ髭をはずした。どうやら彼女は絶叫マシーンとか、そういったものが苦手らしい。

 やがて亜子の呼吸も落ち着き、二人は歩を進めた。総一は周りを警戒して再度フードを深くかぶっている。

 

「んー、だいぶ遠くに来ちまったなぁ。またあそこに戻るのもなんだし、このままライブ会場に向かうか?」

「う、うん。あっ、でもウチらが逃げたコト、ネギ君たちに知らせとかんと……!」

「あぁ、そうだな」

 

 二人が今いる場所は、先程のカフェがあった場所からだいぶ離れている。自分たちが移動したことを伝えるため、総一はケータイを取り出して、またネギに電話をかけた。

 今度はさっきよりも少ないコール数で電話はつながった。

 

《もしもし!》

「おーす、少年」

《加賀美さん、どうかしたんですか?》

「実はちょっとわけあって、俺達さっき言ったカフェから移動したんだ」

《えっ!》

 

 総一が用件を伝えると、ネギの驚いた声が返ってきた。

 

「悪いな、マスコミ連中がしつこくてな」

《そうですか。それで、加賀美さんたちは今どこに?》

「マスコミ連中を撒いて学園の北東の方にいる」

《分かりました。では、僕たちもすぐそっちに――》

「それでも良いけど、またマスコミに追われたらキリがないからな。今から亜子とライブ会場に向かうから、そこで落ち合おう」

《……そうですか。分かりました》

 

 では、とお互いに会話を終え、総一は電話を切った。

 

「さて、では行くとするか……。でも、そのまえに」

「どないしたん?」

「ちょっと、どこかで着替えたい」

「……へっ?」

 

 会場へ向かうのかと思えば、いきなり妙な事を口にした総一に、亜子は目を丸くした。

 

「なんや突然?」

「マスコミ連中にこの変装がバレたからな、また別の変装しないと、アイツ等また追いかけて来るだろ?」

「あぁ、なるほど」

 

 総一の言い分に合点が行き、亜子は頷いた。

 

「けど、加賀美くん、変えの服とか持っとるん?」

「その辺探したら、レンタルできる所くらいあんだろ……」

 

 そう言って総一は辺りを見渡す。だが、いくら探してもそのような店は一軒もなかった。

 それもそのはず、総一達のいる広場とその周辺一帯は、小規模なイベントを行うためのエリアで、それなりの大きさのステージがあちこちに設置されただけの場所だった。見物客のために軽食やドリンクを売る出店はチラホラあるようだが、残念ながら服を売るまたは貸し出すようなお店はまったく無い。

 周りのステージでは『賞金は食券一年分!?バトルロイヤルフードファイト!』や『まほらチャンピオン!メイドさん選手権』などといったイベントが行われていた。

 

「この辺りには無いみたいやな」

「……逃げる場所ミスったな」

 

 総一はがっくりと肩を落とす。

 

「どうする?」

 

 亜子が辺りを見ながら訊ねる横で、総一はどうしたものかと頭を抱えた。

 

「…………仕方ない」

 

 しばらく考えを巡らせて、ふと眼を亜子に向けて何かを思い立った総一は「苦肉の策だ」と、深い深いため息をはいた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 小規模イベントが行われている会場付近に加賀美総一らしき人物がいるというタレコミを聞いて、新聞記者と思われる人間が続々とそこへやって来ていた。

 イベントを見物する多くの人々が行き交う広場の中、記者達は必死になって総一(ターゲット)を探している。

 

「おい、あの格好……!」

「あぁ!」

 

 やがて、記者の数人が見覚えのある服装をした人物を発見した。その人物はローブについたフードをかぶり、友達と思われる女の子を横に連れてゆっくりと歩いている。後ろ姿とあって顔は確認できないが、その真っ黒な服装は(一般人として見ればそれほど目立たないが)探している側からすれば、実に見つけやすい格好だ。しかも、記者達は総一(ターゲット)がそういう変装をしている事もすでに知っている。

 彼らは『あの人に間違いない』と確信して、その人物に近づいた。

 

「そこの君っ!!」

「はい?」

 

 記者の一人が声をかけると、透明感のある高い声が返ってきた。

 声を掛けられたローブの人物と隣を歩く女の子はほぼ同時に記者達の方を向く。

 

「えっ、あれ?」

「なにか?」

 

 一瞬、記者は隣の女の子が返事をしたのかと思ったが、返事をしたのは紛れも無く、黒いローブを着た()()()の方だった。

 女の子はフードを取り、自身の腰まである髪の毛をローブの内側から(さり気なく記者達に見せつけるように)外に出した。すると彼女の長い黒髪がファサッと音をたてる。それはカツラなどではなく、正真正銘、彼女自身の髪の毛だった。

 フードが取れてハッキリと見えるようになった彼女の顔は美女のソレそのもの。ややつり上がりながらもぱっちりとした目、整った顔立ち、頬なども一見して分かるほど綺麗な肌をしていた。

 驚きと戸惑いから、思わず記者達の動きが止まる。

 

「あの、なにか用ですか?」

「えっ!? あ、あぁ、すいません。人違いでした」

「そうですか」

 

 服装の共通点を除いて、どこからどう見ても違う人に話しかけてしまい、記者達はしどろもどろしながら「おかしいなぁ」と二人から去っていった。

 

(どうやらバレてへんみたいやな……まぁ、性別が変わっとるなんて誰も思わんか)

 

 隣に立っていた少女(?)――総一に、亜子がチラリと目をやると、彼は取り繕った表情を消して濁った眼をしていた。 

 

 

 記者達の姿が見えなくなり、二人は再度ライブ会場に向けて歩き出した。

 

「まさか加賀美君が自分から『女にしてくれ』言うなんてな。前は女の子になるのあんなにイヤがってたのに」

「別の変装服を見つけるまで仕方なくだ。俺だって出来ればこんな事したくない。服が見つかったら速攻で元に戻してくれよ」

「うん、分かってるて」

 

 自分から頼んだにもかかわらず居心地が悪そうにしている総一が可笑しく思え、亜子は笑う。そんな会話をしながら、亜子はまた隣を歩く総一に目をやった。

 

(加賀美君の女の子姿は前にも見たけど、やっぱり綺麗やなぁ。スタイルも良ぇし……)

 

 体を覆うローブと『まほら武道会』での治療時に巻いた上半身の包帯のおかげであまり目立たないが、それでも平々凡々な体形をした亜子と比べると、今の総一の身体はかなり女らしい体付きをしている。キリッとした顔立ちと出るところ出たスラリとした体に、心なしか周りのすれ違う人達も見惚れているようだった。

 

「うぅ、なんかウチ、加賀美君に負けとる気がする……」

「おい、競う相手が違うだろ」

 

 うつむいて比べるように自身の胸部をポンポンと触る亜子に、総一は呆れた顔で言った。

 

「……それより、さっき見て思ったけど、だいぶ針を刺すのに遠慮というか抵抗がなくなってきてる気がするんだけど、気のせいか?」

 

 悪魔の実を口にした当初、亜子は能力を使う際、かなりビクビクとした様子で“爪の針”を刺していた。亜子が能力を使うのを見るのは3度目だが、南の島での時やエヴァンジェリンの別荘での時と比べて、さきほどはあまり迷った表情を見せず、すんなりと針を刺していたように総一は感じた。

 

「たまぁに使っとるからなぁ」

「えっ?」

 

 サラッと言った亜子に、総一は目を少し広げて驚き「いつの間に?」と訊ねる。

 

「この前とか、ウチらのクラスの出し物用意するのに徹夜してて眠くて仕方なかったから、眠気を誤魔化すためにプスッと……」

「あぁ、なるほどな」

 

 確かそんなホルモンもあったなぁ、と総一は小さく頷いた。

 

「……ダメやったかな?」

「いいや、それくらいなら問題ないだろ。それに、ソレはもうお前の能力なんだし、どう使おうがお前の勝手だ。周りにバレない限り、どう使おうが俺は口出ししねぇーよ」

 

 亜子は不安な表情で総一の様子を窺うように訊ねたが、総一は特に表情も変えず首を横に振った。

 

「ねぇ、君たち!」

「えっ?」

「ん?」

 

 ふと大学生と思わしき見知らぬ男が二人に話しかけてきた。『また記者の人か』と思い、総一は眉間に皺をよせたが、見かけから判断して、どうやらそうではないようだ。

 

「今からそこで“ミスコン”があるんだけど、君たち出てみない?」

 

 『ミス麻帆良はだれだ!!ミス麻帆良学園コンテスト!!』と書かれたパネルを二人に見せて、男は営業スマイルらしい笑みを向けた。どうやら彼はイベントの宣伝の人のようで、周りのイベントに参加させようと道行く人に声を掛けているようだ。学園外の一般人でも参加できるイベントが数多くある麻帆良祭において、こういう声掛けはそんなに珍しいことではない。

 

「二人とも可愛いし、良いトコ行くと思うなぁ」

 

 見知らぬ男に可愛いと言われて総一の身体に寒気が走る。いくら女体化しているからと言って、自分のことを可愛いと言われて嬉しい男はいないだろう。

 

「……いえ、俺たち急いでるので――」

「2名様、参加でーーす!」

「「オォォォォ!!」」

 

 断ろうとした総一だが、彼が言い終える前に男が声を上げる。するとどこからか筋肉の塊のような男が二人やってきた。

 

「我々はイベント出させ(たい)!」

「参加希望者はこちらにどうぞォ!!」

 

 そう言いながら自身の筋肉を見せつけるが如く、二人はポーズをとる。どうやらボディービルの人達のようだ。

 

(何このムサイ筋肉二人! ヴィジュアル一緒じゃねぇか、双子か!?)

 

 総一は目を細め、引いた眼差しでマッチョマン二人を見た。

 

「さぁ、さぁ! さぁ!!」

「いや、俺たち参加なんてしないですってば」

 

 腕を構えてマッチョマンの一人が総一にじわじわと寄ってくる。総一は顔色を青くしながら後退りした。

 学園外の一般人でも参加できるイベントが数多くある麻帆良祭において、このように強制参加させるのも珍しいことではない。

 

「恥ずかしがることは無い! 恥ずかしいのは最初だけさ!」

「うるさい、キモイわ!!」

 

 総一は(かなり力の入った)拳を一撃入れる。マッチョマンは「グフッ!」と声を洩らしてその場に倒れた。

 

「はぁ、はぁ……あれ、和泉は?」

 

 打ち震える心を落ち着かせて総一は息を整える。そして周りを見るとさっきまで隣にいた亜子がいなくなっているのに気がついた。

 

「きゃーー!! 加賀美君、助けてェーー!!」

「なァ! 和泉がさらわれたァーー!!」

 

 悲鳴を聴いて目を向けた総一が見たのは、マッチョマンに担がれて連れ去られる亜子の姿だった。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 ――ミス麻帆良学園コンテスト。

 

 このコンテストの流れとしては、参加者に主催者側が用意した衣装を着てもらい舞台にて観客に披露。その後、投票を行い一番票の集まった人が優勝というシンプルなものだ。自薦や他薦、強制と出場理由は参加者によって様々だが、女であれば先生だろうが学園外から来た一般人だろうが参加できる。

 だが、このイベントの参加者は少なく、毎年10人いるかいないかだ。ミスコンという華のあるイベントにも関わらず、このイベントが小規模なモノとなっているのは麻帆良学園にいる女性のレベルが総じて高いことが原因だろう。

 

「それでは皆様、お好きな衣装をお選びください!!」

 

 主催者の一人と思わしき女子生徒が衣装の置いてある更衣室へと案内した。すると、コンテスト参加者はすぐにどれを着ようかと真剣に品定めをはじめた。

 

「結局、こうなるのか……」

「あわわわ、ど、どどど、どないしょう!」

 

 参加者が服を選んでいる後ろでは、濁ったアイライトをした少女と涙目になっている少女が二人。言わずもがな、総一と亜子だ。

 さらわれた亜子を追いかけて受付まで着た総一だったが、何故かそのまま亜子と共に参加する羽目になってしまった。当然、偽名を使っての参加だ。

 

「アカン、どないしょう加賀美君!? ウチ本当こういうの苦手やねん!」

「俺なんて苦手以前の問題なんだけどな……」

 

 アタフタする亜子の横で、総一は生気の無い眼を更衣室の出入口に向けた。更衣室の外では先程のマッチョマン二人がスタンバイしている気配を感じる。もはや二人に逃げ道は無かった。

 

「……こうなったらパーッとやってパーッと終わらせるしかないな」

「ムリムリ、無理やって! 脇役体質なウチがこないなイベントに出るなんて絶対無理!」

「やかましい。叫ぶな。そして落ち着け」

 

 まったく感情の感じられない口調で総一は言った。女の身体になっているといえど、ミスコンに出るというのは彼にとって嫌悪感を抱くこと以外のなにものでもない。

 逃げ出したいのは総一も同じだったが、今の彼は、もうここまで来たら亜子を連れて暴れて逃亡をはかるより素直にイベントを終わらせた方が良いのではないか、というふうに考えが切り替わりつつあった。

 

「別に優勝しなきゃいけないわけじゃないんだ。服着替えてちょっと人前に出るだけだろ。ライブで舞台にあがる練習だと思えば良いじゃねぇーか」

「そんなん言われても無理なモンはムリやて! てか、なんか加賀美君ヤケになってない?」

「気のせいだろ。ほら、はやく着替えるぞ」

 

 二人は衣装の中から適当に服を選んだ。

 幸い、更衣室は個別で着替えるスペースが設けられている為、総一が他の参加者の着替えを覗くことは無かった。

 

 

 

 そして、しばらくしてイベントが始まった。

 エントリー番号がはやい方から順に参加者が披露され、イベントは淡々と進んで行った。

 

「以上、エントリーナンバー7番成瀬川さんでした。ありがとうございましたーー!」

 

 司会者が拍手するのに合わせて、観客たちが舞台から捌ける参加者に声援を送る。美女たちが出るイベントとあって観客の割合はやはり男の方が多かった。

 

「やっぱ、無理やてェ!」

「ここまで来てまだ言うか!」

「だって人めっちゃおるやん! 出てる人も綺麗な人ばっかやし、脇役のウチが出る舞台やないて!!」

「人生に脇役な人間なんていねぇーんだよアホ」

 

 イベントの様子を舞台袖で窺いながら、二人は小声で話す。

 亜子は緊張から顔が赤く染めて涙目になっている。総一については振る舞いはいつも通りだが、唯一、眼が完全に死んでいた。

 

「続いて、エントリーナンバー8番、和泉亜子さんでぇーす!」

「えっ、もうウチの番!?」

「ほら、“いくぞ”」

 

 呼ばれたのは亜子だけにも関わらず、総一は彼女の手を取り舞台中央に向かった。

 予想外の現れ方をした二人に、観客から「えっ!二人?」「どっち?どっちが8番なの?」と困惑した雰囲気が流れる。

 

「おぉーーと、これはサプラーイズ! 和泉亜子さんと共に、次に登場するはずのエントリーナンバー9番、倉市(くらいち)かがみさんが登場でぇーす!」

 

 露出の少ないナース服を着た亜子と巫女装束を着た総一が舞台中央に立つ。二人とも外見が良いせいか、亜子がうつむき気味で総一が男らしい態度であっても観客の反応は上々だった。

 

「ちょ、なんで加賀美君まで!?」

「俺だってこんなイベントの舞台に一人で上がりたくねぇんだよ。二人で上がれば注目も半減するだろ」

「せ、せやけど、周りのみんな困っとるみたいやで!」

「大丈夫。ノリの良い麻帆良の人間ならこんなのハプニングのうちに入らないって」

「なんやその根拠のない言い分! やっぱり加賀美君ヤケクソになってるやろ!!」

「さぁーな」

 

 小声で話す中、亜子は少しでも周りの視線から逃れようと総一の影に隠れるように後退りした。

 

「さぁ、引っ込み思案で可愛い系の和泉さんと男らしい雰囲気を持つ美人系の倉市さん。対照的でジャンルの異なる二人の登場に、皆さんビックリしている御様子ですが、折角なのでこのまま進めて行こうと思います!」

 

 司会者は特に困ったような様子はなくそのままイベントを進行した。総一は「ほらな」と亜子を見たが、彼女は顔を真っ赤にしたまま固まっていた。

 

「では自己紹介と軽い自己PRをお願いします! まずは和泉さんの方から」

 

 いままでの参加者同様の流れで、司会者が総一と亜子に話をふった。

 総一は亜子と共に舞台中央に置いてあるマイクを取った。

 

「ほれ、事故PRだと」

「う、ウチから!? えっ、えと……って、ソレじゃあ字が違うやろ!」

 

 総一が手にマイクを持っていることもあって二人の会話は周りに響いている。二人のそのやり取りは密かに観客の笑いを誘っていた。

 

「えっ、えっと、麻帆良学園女子中等部3年、和泉亜子といいます! うっ生まれは11月21日のさそり座! 趣味特技は……あっ、そ、その、特にありません! よ、よろしくお願いします!!」

 

 顔を真っ赤に染めて早口で喋る亜子は、ひと通り言うべきことを言い終えると、顔をうつむかせて手に持ったマイクを総一に渡した。そんな照れる亜子の姿を見て観客からは拍手と「可愛いィ!」という声が聴こえてくる。

 

「おやおや、どうやら和泉さんは恥ずかしがり屋な様子! しかーし、観客の皆さんの中では逆にそれが良いと好感触のようです! では続いて、倉市さんお願いします!」

「はーい、学園外から来ました倉市(くらいち)かがみでーす。よろしくー」

 

 抑揚の少ない口調で淡々と言う総一だが、美人な外見のおかげかそれなりの掴みがあった。

 

「さぁ、以上で参加者全員が出そろいました。では早速今から投票を行いたいと思いまーす!!」

 

 

 

 ――数十分後。

 主催者の面々が辺りにいる観客から投票用紙を回収し、票が集計された。

 

「みなさん、お待たせしました! 結果がでましたー!!」

 

 参加者たちが舞台に並び、中央に立った司会者がマイクを通して観客に伝える。

 

(うぅ……。ウチが優勝することはないやろうけど、こう人前に立つとやっぱりドキドキするなぁ)

(中身のないコンテストだったな……)

 

 亜子はうつむきながら、隣で総一が死んだ眼で腕組みしながら立っている。

 

「ミス麻帆良学園コンテスト、グランプリは……!!」

 

 ドラムロールが鳴り、やがてシンバルをたたく音が鳴った。

 

「…………エントリーナンバー7番、成瀬川さんです!!」

 

 名前を呼ばれ、亜子の横に立つ少女が前に出て拍手を送る観客に手を振った。

 こうして、ミス麻帆良学園コンテストは幕を閉じた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

「うぅぅ、めっちゃ恥ずかしかったぁ」

「良い練習になったじゃねぇか……。それよりも」

 

 コンテストを終えた二人はイベントが点々と行われているエリアを抜け、会場へと向かっている。

 イベント会場から去る際に、二人は主催者側から結果の書かれた紙を渡されていた。総一はその紙を広げ、蛇が蛙を睨むような尖った眼で見た。

 

「なんで俺と和泉で2位タイなんだよ。和泉は良いとしても俺がこの順位はおかしいだろ!」

「なんでや、ウチの方が不釣り合いやろ」

「いやいやぁ、なんだかんだ和泉は3‐A人気投票で安定して10位くらいに入るようなポテンシャル持ってるじゃん。俺なんて死んだ眼してたのに、なんで?」

「見た目が綺麗やからやろ……というか人気投票ってなに!?」

「どぉーう、姉ちゃん達ィ!」

「「ん?」」

 

 二人が話しながら歩いていると、露店の人と思わしき男(?)がハイテンションな口調で声を掛けてきた。移動販売車の中からチョイチョイと手招きをするその男は、華やか装飾をしている車や服装とは逆に、男らしい濃い顔つきをしていた。

 二人は一瞬怪訝な顔つきをしたが、素直にカウンターの前に向かう。どうやらその移動販売車はコーヒーや紅茶、ソフトドリンクなどの飲み物からアイスやクレープといったデザートなどの軽食の類を売っているようだ。

 

「タコパ、お一つどうだい」

「……いや、無理」

「タコパ?」

 

 男のすすめる“タコパ”なるものに、総一は顔色を暗くして顔を横に振り、亜子は「たこ焼きパーティーのこと?」と首を傾げた。

 

(なんやろ、タコパって……?)

「そう、タコパ! 今、世界中で一部の人達に大人気よ!」

「一部で流行ってるモノを、“人気”とは言わないだろ……?」

 

 総一は呆れ顔になって頭を抱える。

 

「あの、タコパって何なんですか?」

「タコパって言ったら、“タコパフェ”のことよ! 常識でしょうがッ!!」

「いや、どこの世界の常識!? そんなん絶対美味しいわけないやん!!」

 

 男が取り出したメニュー表に載った“タコパフェ”の写真をバシバシと叩くが、亜子はその写真を見るとまくし立てて言い、拳を振り落として腕をまっすぐ伸ばした体勢になった。

 

「やれやれ、これだからお子ちゃまは! そっちの姉ちゃんはどぅ? あなたなら多分気に入ると思うわ!」

「気に入るかァ!!」

 

 オカマな店員に同類であるかのような言い方をされ、総一も声を張った。その時の彼の格好は亜子の姿勢と同じになっていた。

 

 

 

 総一はメロンソーダの入った紙コップを持ちながら、亜子はコーンの上にのったバニラアイスを舐めながら、会場へと続く通りを歩く。あの後、かなりしつこくタコパフェをすすめられたが、二人はなんとか別の商品を買うことでタコパフェの購入を回避した。

 

(あのオカマ店員、なんかの能力者じゃねぇよな……いや、ないか……)

 

 買ったメロンソーダをストローで飲みながら、総一はとあるオカマ二人を思い浮かべたが、すぐに頭から消した。『顔の濃ゆいオカマ=悪魔の実の能力者』だと考えるのはあまりにも飛躍しすぎている。

 

「ごめんなぁ加賀美君、また奢ってもろて」

「ん? あぁ、気にすんな」

「そうは言うてくれるけど、さっきもカフェでコーヒー奢ってもらったばっかりやし……」

「だーから、気にする必要ないって。ライブで楽しい演奏聴かせてくれたらチャラだし」

「うぅ……そう言われると、また緊張してきたわぁ……」

 

 徐々に心臓が高鳴って行くのを感じながら、亜子はアイスを舐めた。

 

(……でも、加賀美君やさしいなぁ。ウチなんかのために付き合ってくれて……。行動のひとつひとつにもどこか余裕があって、とてもウチと同い年とは思えへん……)

 

 亜子は陰鬱とした洞窟の中から吹き抜けた風のようなため息を小さく吐いた。

 

(ウチも加賀美君みたいな人前に出ても堂々としてられる心があればなぁ……。でも、ウチみたいな脇役がうまい演奏できるわけないし、ヘタな演奏して皆に迷惑かけたらどうしよぉ……)

 

 そんな落ち込んでいる亜子を見て、総一は既視感を覚え「はぁぁ」と冬に吹くカラっとした季節風のような深いため息を吐いた。

 

「……なぁ、和泉」

「ぅん、なに?」

「今、お前が考えている事を当ててやろうか?」

「えっ!?」

 

 総一から呆れられたような細い眼を向けられ、亜子は目をパチクリさせた。

 

「お前、『ウチみたいな脇役が……』とか『下手な演奏して皆に迷惑かけたらどうしよう』って考えてるだろ」

「えっ、えぇ!!」

 

 亜子は自身の心臓がドキッと鳴ったのを感じた。

 

「な、なんでぇ!?」

「顔にそう書いてある……図星だな?」

 

 コップを持った手の人差し指をまっすぐ伸ばして総一は亜子の顔を指した。

 亜子はゆっくりと総一から視線をそらし、顔をうつむかせた。

 少しの沈黙の後、亜子は顔をうつむかせたまま口を開いた。

 

「……加賀美君って、いつから能力者やっとるん?」

「さぁ、悪魔の実を食った記憶が無いからなんとも……気がついたら背中に羽がはえるようになってたよ」

 

 唐突な亜子の質問だったが、総一は特に考えることもなく素直に応えた。

 

「ウチが能力を身につけたのはホンの一ヶ月くらい前のことやけど、実は、その……あの時ちょっと、嬉しかったんや」

 

 どこか恥ずかしげに亜子は言う。

 

「ほら、漫画とか小説とかの主人公って、突然、不思議な能力(ちから)を身につけたりして物語が始まるやん、そんで事件に関わったり冒険したり色々あって成長していく、みたいな……。戦ったりするのはイヤやけど、『悪魔の実』について聞いた時、ウチもあんな風にカッコよくなれるんかなぁって思ったんや」

「………」

 

 総一は黙って、亜子の言葉を待った。

 

「でも、ウチなんかが能力(ちから)を身につけても、あんま意味なかったなぁって最近考えるようになってきたんや……。平凡でなんの取り柄もない脇役のウチが能力(ちから)を持っても、加賀美君みたいに使いこなしたりできひんし、委員長みたいにうまく立ち振る舞ったりすることもできひん……」

 

 亜子の顔に影が差した。うつむいている彼女の顔を総一は横目で見る。

 

「それに、今日、ネギ君のお父さんが行方不明なこと知ったんやけど、そん時ウチ、ネギ君のことすごく羨ましく思おてしまったんや……」

 

 亜子の声が徐々に小さくなっているように、総一は感じた。

 

「こんなの、本人にとってみたら深刻なことやし、すごくひどいこと言うてるのは分かってる。でも、マイナスなこと(それ)を力にして、お父さんを捜して、戦って、がんばってるネギ君の姿が、物語の主人公みたいで、カッコよくて……。なのにウチは……ウチのマイナスはなんの力にもなってくれへん……。能力(ちから)を身につけても、マイナスなことを背負っても、ウチは……ウチみたいな脇役体質は……いつまでも一歩踏み出すことができひん……」

 

 亜子は哀しい表情のままうつむく。そんな彼女の心を察しながら総一は頷いてドリンクのストローに口をつけた。

 

「……なるほどな」

 

 後ろ向きになっている彼女に、なにを言うべきか考える総一は、しばし周辺を楽しそうに行き交っている人々に目をやっていた。

 やがて、総一は口に含んだメロンソーダをゴクンと飲んで、亜子に目を戻した。

 

「……なぁ」

 

 総一はまるで教会の神父が話すような淡々とした優しい声を出す。女性特有のアルト声であることもあり、その声はとてもはっきりと聴こえた。

 

「俺がいままで読んだ漫画や小説の主人公――というか、フィクション・ノンフィクション関わらず物事をうまくやってのけるヤツ等には共通点があるって、俺は思ってるんだけどさ」

「えっ?」

 

 総一は「なにか分かる?」と訊ねたが、亜子はゆっくり首を横に振った。その二人の様はまるで会社の女上司が落ち込んでる後輩を励ましているような光景だった。

 

「ここぞって所でカッコ良くやってるヤツは皆、なにかをする上でその一瞬一瞬に“自分を信じてる”。俺はそう思ってるんだよね」

「自分を、信じてる……?」

「そう。剣術で世界一になろうとしているヤツは自分の剣が強くなれるって信じてるし、病気を治そうとする医者は自分の持っている知識(あたま)技術(うで)が人を救えると信じてる」

 

 カップの周りについた結露の水滴がカップの外側をつたって落ちる。総一はカップをまわして中身の残りを確認した。

 

「つまり、なにかを成し遂げる時に大事なのは自分を信じること。それが第1歩ってことな」

 

 そう言って総一は横目で亜子の眼を見据える。しかし、彼女の眼にはまだ迷いの色が見えた。

 

「……でもウチなんか」

「関係ないね。“信じる”ことは、サブキャラとか脇役とか、学生とかサラリーマンとか公務員とか、さっき会ったオカマ店員とかミスコンで優勝した人とか双子みたいなマッチョマンズとかにもできる“人間(ヒト)能力(チカラ)”だ。他の人達にできて和泉にできないなんてこと、あるわけないだろ」

 

 黙ってうつむく亜子の歩くスピードが遅くなった。それに合わせて総一は歩幅を小さくした。

 

「……そう、なんかな……ウチにも、できるんかな?」

 

 亜子は途切れ途切れに呟いた。

 

「……まぁ、なんの根拠もなく盲信するのも良くないけどさ。けど和泉には練習を積み重ねてきた日々がある。バンドの仲間からも、練習の時に『練習の時はちゃんと出来てたよ』とか『練習どおりやれば大丈夫』とか言ってくれたんじゃないのか?」

 

 亜子はゆっくりと顎を引いた。心なしか彼女の差している影も薄くなったように見えた。

 

「自分を信じるだけじゃ足りないっていうなら、その“日々”や“仲間の言葉”を信じても良いんじゃないのか?」

 

 うつむいていた亜子の顔が段々と前に向きはじめた。彼女が今なにを考えているのか、それは総一の知れる所ではない。

 

「まだ足りないって言うなら、俺からも言ってやる。お前ならできる。だから胸張って舞台に上がれ!」

「…………ふふ」

 

 総一の言葉を聞いて、亜子の顔に自然と笑みが洩れた。

 

「あ、信じてねぇーな。これでも俺の勘はちょくちょく当たるんだぜ」

「いや、そないなことあれへんよ」

 

 どこかわざとらしい態度で話す総一が可笑しく思え、亜子はさらに笑みを深め、クスクス笑った。

 

「ありがとう、なんか元気でてきた!」

「……そっか」

 

 亜子の明るい笑顔を見て、もう大丈夫だな、と総一は心の中で確信した。そして芝居じみた表情をやめると、もの静かな面持ちになる。

 

「…………それより」

「ん、なに?」

 

 亜子は口元を緩めたまま、顔を傾けた。

 

「アイス、溶けてるぞ」

「えっ! あっ、あわわわわっ、わぁ!!」

 

 

 

 

 

 TO BE CONTINUED ...

 

 

 

 

 

 






この話と次回の話は【デート&ライブ】というタイトルで一話構成で投稿しようと思ったのですが、話が長くなったので分割しました。(ちなみに後半部分はまだ書き上げてない……orz)

そんなこんなで、分割するか悩んだり別作品書たりしてたら投稿が遅れてしまった。
申し訳ない。
ノロノロとではありますが、確実に筆は進んでるのでエタってはないです、はい。

では、『待て、次回!』


もしも本作のネギまキャラに海賊旗があったら、見てみたいのは……?

  • ネギ・スプリングフィールド
  • 神楽坂 明日菜
  • 雪広 あやか
  • エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
  • 超 鈴音

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