「はぁ……ケンカと聞いて来てみれば……」
目の前で口論をしている二人を見ながら、総一は頭を抱えた。
「何やってんだ、お前ら!」
「総一!」
「加賀美さん!」
半ば不機嫌そうな総一の声に反応して、火花を散らしていた明日菜とあやかはギロリと目を向けた。二人ともおしゃれな格好をしており、誰の眼から見ても綺麗と思えるほどの身なりをしている。違いを挙げるとすれば、あやかはお嬢様系、明日菜はお姉さん系といった感じだ。
「おい、明日菜。お前、高畑先生とデートしてたんじゃねーのか? なにやってんだよ、こんな所で……」
「う、うるさいわね。高畑先生がトイレに行ったから、ちょっと待ってただけよ」
「あらあら、やはりデートでしたか。私の言ったとおりではないですか!」
「だから、その棘のある言い方やめなさいって言ってるのよ!! このショタコン!」
「ショタコンは関係ないでしょ! オジコンのクセに!」
「なによォ!」
「なんですか!」
「やめろ、このドアホコンビ! 公衆の面前でケンカしてんじゃねぇーよ!!」
「「誰がドアホコンビよ(ですか)ッ!!」」
胸ぐらをつかみ合う二人の間に入り、総一は二人の肩を押して無理矢理、距離を取らせた。
「退きなさい、総一! その委員長の頭、二・三発は引っ叩かないと気がすまないわ!」
「上等です! ……ちょうど良いです、昼間ネギ先生を痛めつけたバカガミさんには鉄槌を与えようと思っていた所です。折角ですから、そこのお猿さんと一緒に二人揃ってけちょんけちょんにしてやりますわ!」
「「バカガミ(お猿)って言うなァ!!」」
午前中の試合の事を思い出したのだろう、あやかの顔が魔王の如く豹変し、冷たく禍々しいオーラを漂わせた。だが、それに臆することなく明日菜と総一の二人は怒りの形相で睨み返した。
そして三人のケンカは口論だけではなく、段々と格闘も混じり始めた。周りの人間は「おっ、修羅場か?」「ボーズに100円!」「金髪の姉ちゃんに500円!」「ケンカは祭りの華だァ!」とのん気に観戦している。
「純粋無垢な少年に殴り掛かるなど、万死に値します!」
「知るかアホ! 格闘大会なのに戦わないでどうやって勝てッつーんだよ!! しかも結果負けて終わったじゃねぇーか! 明日菜もいい加減に落ち着け、このお猿!」
「だから誰がお猿よッ! 殴るわよ、この負け天使!」
「殴りながら言うな、バカ! 一回戦敗退バカ!!」
「うるさい! じゃあ蹴る!」
「ちょ、なぜ私を!?」
「私としてはどっちだって良いのよ、この変態悪魔カップル!」
「「誰がカップルですか(だ)ッ!!」」
その後、三人の乱戦はかれこれ五分ほど続いた。さっきまで顔を真っ赤にして争っていた明日菜とあやかは、揃って肩を上下させてゼェゼェと呼吸しながら地面に手をついている。総一はあやかから鉄拳を受けて頭に大きなタンコブをつくり気絶したように倒れている。そして、そんなくたびれている三人に、周りの人たちは大きな拍手が送った。
ケンカが終息すると、辺りに集まっていた人たちも疎らになっていった。
「ハァ、はぁ……それで、最後は告白するんですの?」
「そ、そのつもりよ……!」
「やっとか」
「うるさい!」
立ち上がった三人はそれぞれ自分の乱れた身だしなみを整えた。
「んで、
「私はこれから優雅に晩餐会です。久しぶりに家族全員そろって――!」
そこまで言うと、あやかは慌てて「あっ!」と手で口元を隠し、自分がまずいことを口にしたのに気がついた。
「へぇー、良いじゃない。アンタん所の食事はさぞ豪華なんでしょうねぇ。焼肉とかお寿司とかケーキとか」
(……それじゃあただの食べ放題だろ)
明日菜の思う高級料理に、総一は人知れず苦笑いした。
「あ、あの、気を悪くさせましたか?」
「なにが? べつに気にしてないわよ」
あやかは「わざとでは……」と二人を見ながら気まずそうに訊ねるが、明日菜は何でもないと言うように手を振る。総一も「同じく」と明日菜のマネをして手を振った。二人揃って自分の肉親にあまり興味がないようだ。
「……ほら、まだ髪の毛が乱れてますよ、まったく。御料理ならネギ先生と一緒にウチにいらしたら、いくらでも御馳走してさしあげます」
罪悪感からか、あやかは明日菜の髪の毛を整え、服の乱れを丁寧になおした。突然のあやかの態度に明日菜もややビックリしているようだ。
「健闘を祈ってますわ」
「……あ、ありがと」
あやかは明日菜の肩に手を置き、彼女の顔をまっすぐ見据えた。彼女の素直な応援を受けて明日菜も少し照れているようだ。
「……ホント仲がよろしいことで」
「「ナッ!! 違うわよ(違いますわ)!!」」
二人は顔を真っ赤にして総一を睨んだ。しかし、総一は口元を緩ませながら睨み返した。
「オマエ等、自分たちの今の状況見てみろ。性別が違えばカップルがキスする一歩手前だぞ」
そう言われてお互いに自分と相手の態勢を確認すると、慌てて後ろにさがり距離をとった。
その息のあった動作に、更に総一はからかうようにニヤニヤと嗤った。
「……もしかしてオマエ等、百合か?」
「「違ァァうッ!!」」
この後、また一波乱あったのは言うまでもない。
☆☆☆
―――しばらくして。
とある建物の影にふたつの人影があった。一人は待ちぼうけをくらっているかのように壁に寄りかかり、もう一人は建物の影から前方を歩く明日菜とタカミチの様子を覗き見ていた。
「んで、何故に貴女は二人の後をつけてるんでしょーか。晩餐会はどうした、お嬢様?」
「うるさい、気づかれます!」
「アホか。明日菜はともかく高畑先生は歴戦の猛者だそ。そんなヘタな尾行でバレないわけが無いだろ……たぶん」
「うぐッ!」
建物の影から出ているあやかの表情が歪んだ。あやかが壁に背をつけて二人の様子を覗く姿は、傍から見ても怪しい事この上ない。明日菜とタカミチは今、麻帆等学園の風景を眺めながら仲良く歩いているが、後方から感じる違和感を(明日菜はともかく)タカミチが感じ取らないはずが無かった。
「ですが、気になるじゃないですか!」
総一は「はぁぁ」とため息を吐いた。
「“覇気”使えば目で見なくても分かるだろ?」
「…………あっ!」
ふと気が抜けたようにあやかの動きが止まった。
「……お前、ホントどこか抜けてるな」
「うぅ……、うるさいですわ!!」
やがて、明日菜達は建物の屋上へとやってきた。そこはまるで城のような作りをしており、周辺には麻帆等学園の綺麗な夜景が広がっていた。
総一達は明日菜とタカミチから距離を取って近くに隠れた。場所は明日菜達からやや離れた所にある塀の影。常人ではそこから二人の声を聴くことはできないが、あやかは見聞色の覇気で二人の声を聴き取りながら、塀に手をつき遠目で様子を窺った。
「貴方は気にならないのですか?」
「……気になるといえば気になる。けど、結果は目に見えてる」
「………」
あやかの顔から表情が消え、彼女は真顔で総一に眼を向けた。彼は目を閉じて塀に寄りかかって座っている。その総一の態度から彼は明日菜の恋が成就しないと思っていると、あやかは察した。
「……高畑先生にはその気は無い、と?」
「まぁ、端的に言えばそうだな」
総一は淡々と応えた。あやかは少し残念な気持ちになったが、それと同時にひとつ腑に落ちないことがあった。
「……意外ですね」
「なにが?」
「貴方と明日菜さんは似た所がありますから、なんだかんだ彼女のことを応援していると思ってましたのに……」
「応援はしてるよ。てか似てるってどこがだよ。全然似てねぇーだろ?」
『境遇が――』とも思ったが、そのような無神経なことは言えなかったため、あやかは少し返答に困った。
「……貴方にも明日菜さんでいう高畑先生のような方がいるではないですか?」
「はぁ?」
『誰のことだ?』と総一は思った。だが、すぐに誰のことか考えついた。
「……あぁ、シャークティさんのことか。別にあの人とはそんなんじゃねぇーよ。確かに親しくしてもらってるし俺も親しくしてるけど、それは慈愛というか敬愛というか……少なくとも恋愛じゃない」
「本当ですか?」
「なんでそこで疑うんだよ?」
「だって、過去に……」
「あ、アレは違うって何度も言ってるだろ!」
「ですけど、あれはどう見ても……はッ!!」
「だから、違うっツーのッ!!」
「しっ、静かに!!」
明日菜とタカミチの会話の変化を感じ取り、あやかは手を突き出して総一との会話を無理矢理終わらせた。彼女の反応に納得できない総一は「むぐぐっ」っと奥歯をかんだが、彼女につられて建物の壁から顔を出して明日菜達を見る。
視線の先では明日菜が顔を赤く染め、まっすぐタカミチを見つめていた。
「高畑先生……私……あなたのことが好きです!」
(言ったぁ!)
少しの間、その場に静寂が流れた。タカミチは驚いた様子で目を見開き、明日菜は赤くなった顔を隠すためにうつむいている。そして、あやかは緊張した面持ちで、総一は半ば仏頂面で、それぞれタカミチが応えるのを持った。
「ありがとう。明日菜君の気持ちとてもうれしいよ。でも……僕は君と付き合うことはできない」
タカミチは気付いたか定かでないが、彼が『できない』と言った直後、明日菜は「うぅ」と小さな声を洩らしていた。しかし、その彼女の悲痛な声を、あやかと総一の二人はしっかりと感じ取っていた。
「すまない」
「い、いえ……」
明日菜は自身の目じりがじーんと熱を持ち始めているのを感じた。
「あ、そ、その、えと、今日はありがとうございました! それじゃーーっ!!」
溜まっていく涙を見せまいと明日菜は無理矢理笑みを浮かべて、言う事を言い終えると急いでその場を後にした。
「明日菜さん!!」
五階建ての建物の屋上から飛び降りた明日菜を追って、あやかは駆け出した。
明日菜の後を追って行ったあやかの後に続いて物陰から出ると、総一はゆっくりとタカミチの元へ歩いた。
「……やぁ」
「どうも」
タカミチは屋上の塀に寄りかかり口にくわえたタバコに火をつけた。
「気づいてましたか?」
「まぁね」
火をつけるとタカミチはライターをしまって「ふぅぅ」と息を吐いた。タバコの煙がモクモクと広がるが、すぐに夜風に流されて散っていった。
「先生って立場も大変ですね」
「別に、ソレだけが理由じゃないんだけどね……」
「……ふーん」
特に話すことが無くなった総一はスタッと飛んで塀の上に立った。
「加賀美君」
タカミチに呼び止められ、その場から去ろうとしていた総一の足が止まる。
「明日菜君と、これからもよろしく頼む。彼女には君やあやかくんのような友達が必要だと思うから……」
「…………はぁ」
タカミチが何を思ってそのようなことを言ったのか総一には分からなかった。だが彼はため息をこぼすとそれ以降なにも応えず屋上から飛び降りた。
屋上には遠くから聴こえる霞んだ歓声だけが残っていた。
☆☆☆
「……どうしろってんだよ」
目の前であやかの肩を借りてポロポロと涙をこぼす明日菜を見ながら、総一はボソリと声を洩らした。
失恋の経験がない上に、こういう問題は異性が軽々しくどうにかできるもんじゃないと考えている彼は、今はあやかに任せるのが最良だろうと考えていた。
やがて、ひとしきり泣いた明日菜は顔をうつむかせてどこかへ走って行った。その様子から明日菜は近くに総一がいた事にも気付かなかっただろう。だが総一にはその姿からまだ彼女が嗚咽をこらえていたのが分かった。
「行っちゃいましたわね」
総一に向けてあやかが言った。彼女は途中から総一がやってきた事に気付いていた。
「まだ、悲しくてしょうがないでしょうに。強がったりして……」
「……まったくな」
二人は揃って明日菜が走って行った方向を見たが、すでに彼女の姿は見えなくなっていた。
「何かして上げられれば良いのですが……。今はそっとしておいた方が良いですわね」
「そうだなぁ…………えっ!?」
総一は信じられないモノを見たような顔であやかを見た。
「なんですか、その顔は?」
「いや、えっ、だってオマエ……いまだかつて明日菜に対してそんな優しくしたことあったか?」
「私がいつも冷たくしているような言い方しないで下さい! 私だって空気ぐらい読みます!」
「いやいやいやいやいや、普段の雪広でも肩貸してそっとしておくくらいはするだろうけど、自分から明日菜に何かしてあげたいとか言うか?」
「…………一度、貴方の頭の中にある私のイメージを見てみたいモノですわね」
ふつふつと沸き上がるイライラをなんとか抑え込み、あやかは「はぁ」と小さく息をはいた。
「まぁ良いですわ……それで、
あやかが横目で見ながらそう言うと、近くの物陰から隠れていた刹那と楓が現れた。
「バレてましたか」
「えぇ、明日菜さんが告白する辺りから、ずっと……」
「ほほぅ、委員長も随分と鋭いでござるな」
「もっと正確に言えば、雪広が下手な尾行をしてた時から、だろ?」
「いやはや、正解でござる」
あやかと総一に指摘され、刹那はやや申し訳なさそうな顔をし、楓はとぼけたように頭を掻いた。
「委員長さん!」
そんな風に話をしていると、ネギと木乃香が走って来た。
「あ、あの今さっき! 明日菜さんがっ!」
荒く息を切らしながらネギはあやかに訊ねる。どうやら明日菜が泣いて走る姿をどこかで目撃したらしい。あやかは諭すように優しく微笑んだ。
「今はそっとしておいて上げてください」
「そんなっ!!」
あやかの一言でネギは明日菜がタカミチにフラれたのだと理解した。そしてその事に驚くと同時に彼の頭の中に疑問が過ぎった。
「な、なんで! 明日菜さんってあんなに可愛くて優しくてカッコいいのに!」
「恋愛というのはいつでも予測できないモノです。明日菜さんが高畑先生のことをどんなに好きでも、高畑先生本人にその気がないのなら、仕方のないことなのですよ」
「そんなぁ……」
どうしようもないやるせなさを感じながらネギは表情を曇らせた。木乃香も「明日菜、ダメやったか……」としんみりと声を洩らす。
「ウチ、ちょっと様子見に行ってくるな!」
「あっ、じゃあ僕も!!」
「待って下さい!」
木乃香に続くようにネギも向かおうと身をひるがえしたが、彼の足はあやかに手を掴まれ止められた。そして『なぜ止めるんですか!?』という表情をしているネギに、あやかはゆっくりと顔を横に振った。
「ネギ先生、今は木乃香さんにまかせましょう」
「……うぅ、でも僕、先生ですし」
「こういう問題は女性同士の方が適任です。心配でしょうが今は我慢してください。私達は後で様子をうかがいに行きましょう」
「……はい」
ネギは消え入りそうな声を出して頷いた。
――You've Got Mail♪
ふと今の暗い雰囲気を打ち消すかのように、誰かのケータイが鳴った。
「もう夕方じゃないけどな、っと……」
自身のメールの着信音を聴き、総一はケータイを取り出す。
「しんみりしているというのに空気が読めませんわね……」
「送り主に言ってくんね、ソレ」
あやかはヤレヤレと呆れたように言うが、総一はいつも通り気にも留めなかった。また、ケータイを取り出した際に言った彼の言葉に、刹那が『……確かに』と静かに頷いていたが彼女のその仕草に気付くものはいなかった。
「……誰だ?」
画面に表示された知らない番号からのメールに総一は首を捻った。しかもショートメールのため件名はない。だが、もしただの迷惑メールなら消せば良いだろうと思い、総一は怪訝な顔をしながら渋々メールを開いた。
メールの本文にはこう記されていた。
『約束のモノを渡したい。19時30分、噴水広場に来られたし―― by 超 鈴音』
TO BE CONTINUED ...
もしも本作のネギまキャラに海賊旗があったら、見てみたいのは……?
-
ネギ・スプリングフィールド
-
神楽坂 明日菜
-
雪広 あやか
-
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
-
超 鈴音