勇者派遣所と打ち込み検索してみると一番上にホームページであろう項目が出てきた。
普通会社の名前を入れるとその会社のホームページ以外にもその会社に関したページが幾つか出るものだがこの会社は自社のホームページのみ表示された。
うーんさらに怪しいぞ
だがあんなに母さんと凛花が喜んでたのに嘘でしたーやっぱまだニートでーすとか言ったらゲームを破壊されるはおろか家から締め出される可能性だって捨てきれない。
放浪した挙句にエスポワール号は嫌なのでとりあえず開く。
開くとまぁありきたりな会社のホームページだった。
真っ黒な画面にピンクの文字でご入会ありがとうございましたとか書いてなくて良かった。
会社概要や社長の言葉を通し見してから俺は一番気になる求人情報の項目をクリック。
30分ほど画面とにらめっこして俺の中で一つの結論が出た。
この会社に入社しよう。
理由はいくつかある。
一つはここは普通の会社だとわかったからだ。
第一印象は相当怪しかったがホームページを見たりする限り普通の会社っぽいのだ。
何より決め手なのが求人情報センターに問い合わせたところ業務形態の詳しい内容や国から認定されている事を教えてくれたからだ。
また、母さんと凛花もあの感じだしもう引き下がれないというのもある。
まぁ一番の決め手は給与の高さなんだけども。
決意した俺はやる気が失せる前に行動せねばとネットで面接を申し込み履歴書製作に精を出した。
週明けの月曜日俺はリクルートスーツを着て最寄りの駅に向かっていた。
普段なら起きたまんまの髪の毛もきっちり整え、2週間ほど剃ってなかった髭も綺麗にした。
ここまで完璧な俺は珍しい。
まぁ一回履歴書を忘れて取りに行ったがそれ以外は完璧。
駅に着き本来乗るはずの電車の2本後の電車に乗ることにした。
この電車に乗っても時間が余裕なところをみるとさすが俺である。
勇者派遣所の本社もとい面接会場は電車で15分程で着くところにあるのだが俺は受付開始時間の3時間前に家を出た。
さすがに早すぎると母さんと凛花に突っ込まれたが俺は備えあれば憂いなしと言い切り家を出た。
さすがに早すぎたか、2本と言わず10本以上後の電車に乗っても時間が余る。
いやいや、早すぎるなんてことはない。
この余った時間に面接の回答の確認や服装の確認とかをせねば。
駅近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら面接の回答をぶつくさ反すうしていると受付開始時間が迫ってきた。
ここにきて緊張してきたぜ。
落ち着け俺、落ち着け斎藤明良。
俺ならできる。
自分を奮起させながら指定された住所に向かう。
大通りから外れて狭い路地をくねくねと進むとそこには古ぼけた2階建ての事務所のような建物があった。
入り口には勇者派遣所と書いてある。
駅から近いっちゃ近いが何も本社ビルをこんな路地に建てなくても…
俺は事務所の自動ドアを抜けた。
外見は古ぼけていたが中はそこそこ綺麗で床も照明を反射している。
入ってすぐのところに受付がありそこには小綺麗な女性が座っていた。
メガネをかけていて髪はロング
パソコンをものすごい早さで打っているいかにも仕事ができる女性という感じだ。
俺の気配に気づくとその手を止め柔らかい笑みをこちらに向けて聞き取りやすい声で俺に話しかけた。
「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、今日面接の予約をした斎藤明良と申しますけども」
「斎藤様ですね。少々お待ちください」
するとその女性はパソコンに何かの情報を打ち込んだ。
一つ思ったのは面接受けに来たの俺だけか?
俺以外誰もいないな。
他の面接日にいたのかそれともこんな怪しい会社受けるのは俺だけなのか…
「斎藤様本日は面接に来ていただきありがとうございます。面接は10時から二階で行います。お時間まであちらの席でお待ちください」
「あ、はい、わかりました」
何か言うときに必ず頭にあ、とつけるあたり流石コミュ障である。
時間は9時43分
言われた通りに椅子に腰掛け時間を待つ。
マンガでわかる!必勝面接試験!を読んで最後の最後に知識をつけようとするが緊張して全然頭に入らない。
同じページを何度も見たりページの端をいじってたらすぐに時間になってしまった。
時間になると先ほどの女性に声をかけられた。
「斎藤様面接のお時間です。こちらへどうぞ」
俺は部屋の隅にある階段に連れて行かれ階段を上り幾つかある扉の前の一つに立つ
「ここになります。緊張せずに頑張ってください」
女性は優しい声音で俺に言った
そのせいか少し緊張は解けた。
俺は扉をノックする。
確かノックは3回だったな。
マンガでわかる面接試験のミキ先生が教えてくれたのを俺は覚えている。
扉の向こうから「どうぞ」という声が聞こえたので入る
「失礼いたします」
はっきりと落ち着いた声で挨拶してから礼をする。
この角度は45度だ。サンキューミッキ
面接官は50後半くらいのおじさんだった。
とても紳士的な顔立ちでこれといって変わりはない。
「お名前と年齢を言ってからお座りください」
「斎藤明良、21歳です。本日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。どうぞお掛けください」
俺はシンプルに聞かれたことだけ答えてパイプ椅子に腰掛けた。
さぁここから本番だ。
どんな質問が来ても返せるように家で数時間シュミレートしてみた。
趣味特技などの王道はもちろん地元の特色などの変わり種も守備範囲だ。
「それでは面接の方を始めます」
俺は身構える。
「えーと貴方は剣士タイプですか?魔法使いタイプですか?」
「えっ?」
すべての思考が停止し唯一出た言葉がこの言葉だった。
その言葉は脳を仲介せずに本能の赴くままに発されたのだろう。
「ですから、貴方は剣士タイプですか?魔法使いタイプですか?」
いや、聞き返すためのえ?じゃねーよ
待て待て!こんな質問予想してねぇってか面接の練習でこんな質問の答えて練習してたらそいつは馬鹿だよ!
考えろ明良!落ち着け明良!
この質問はウラがあるはずだ。
剣士タイプってのは体力自慢で魔法使いタイプってのは頭脳派って事か?
だとしたら俺は魔法使いだけど
ええい!言ったれ!
「ま、魔法使い…です」
なんだこれなんだこれ本当になんだこれ。
ここからなぜ選んだのですか?とか聞かれるのか?
「なるほど。魔法使いタイプと」
それで終わりかよ!
たのむ!次は真面目な質問来てくれ!
「えー魔法使いという事ですがどのような呪文が使えますか?」
だーめだこりゃ
なんで普通の質問が来ねーんだよ
もしかしてこの質問が普通なのか?
他の企業も同じような質問されてんのか?
だとしたらマンガでわかる面接試験の企業訴えてやるからな
嘘ついても仕方ないので正直に答える。
「使えないです」
「あーまぁそうだよねぇ。気にしないで、うちの会社初めての人大歓迎だから」
優しい笑みを浮かべて答える
いや笑えねーよ
質問おかしいだろ。
「えー派遣会社なので結構な時間家に帰れませんが大丈夫ですか?」
やっとまともな質問が来た
「その件に関しては大丈夫です」
「なるほどね、ではこれで面接を終わりにします。お疲れ様でした」
え?もう終わり?さっきの質問で俺の何がわかったの?
この考えは言葉に出ていた
「もう終わりですか?」
「はい、結果は金曜日までに郵送します。お疲れ様でした」
「はぁ…」
俺は礼を言って面接会場から出た。
一階に下りると受付の女性が俺に気づき「お疲れ様でした。良い結果になっている事をご期待しています」と言いお見送りしてくれた。
いや…受かってもなぁ……
後日俺の家の郵便受けに勇者派遣所から採用通知が届いた。
採用通知が届いてから一週間経った日。
今日が初出勤だ。
「忘れ物ない?初出勤でしょ?」
「大丈夫、全部持ったよ。母さんは心配性だなぁ」
「面接の日履歴書忘れたのは誰よ」
母さんのチクリとくる一言にたじろぐ
「う…まぁそうだけど…」
そんなやりとりをしていると二階から凛花がパジャマ姿で降りてきた。
高校はもう冬休みのようだ。
「あれー?お兄ちゃん仕事今日からー?」
寝ぼけ眼をこすりながら聞いてくる
「そうだぞー休みのお前が羨ましいよ」
「お兄ちゃん今まで冬休み何回分休んできたの…」
凛花にまでチクリとくる事を言われた。
この親子やりおる…
「昨日派遣先が遠いから家に帰れないって言ってたけどどれくらい帰れないの?」
「10日くらいって言ってたけど」
「えー!お兄ちゃん10日も帰ってこないのー?」
「あら、明良がいなくて寂しいの?」
母さんがおちょくるように言う。
まさか凛花に寂しがられるとは思わなかった。
「うーんそれもあるけど…
お正月になんか買ってもらおうと思ったのにー!」
お兄ちゃんからしたら前者だけであって欲しかったよ
「欲深いやっちゃのお…」
「なんも買ってもらえないのは残念だけどお仕事頑張ってねー!」
「アタマの言葉は余計だ。じゃあ行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
「ばいびー」
二人のお見送りを受けて最寄駅に向かった。
始業時間が9:00なので余裕を持って6:30に家を出た。
親父曰く初出勤の時は勤務時間の2時間前くらいにいた方がいいとの助言を受けたので早めに出た。
ニート時代は外に出ても家から近い漫喫かネカフェしか行ってなかったので通勤電車に乗るというのは新鮮な気分だ。
まだ通勤時間のピークではないと言ってもそこそこ都会なのですでに車内はおしくらまんじゅう状態でとても動きづらい。
毎朝こんなのに親父は乗ってるのか…
お疲れ様です…
痴漢に間違われないように両手を上げてサラリーマンとOLにもみくちゃにされること20分程。
会社の最寄駅に到着。
その頃には通勤ラッシュはピークを迎えており駅の中もすごい混雑だった。
その日は他路線で電車が遅れたらしいので駅員に詰めかける人が何人か見受けられた。
朝の喧騒が響く駅を出てロータリーに出る。
駅前のロータリーもとても混雑している。
多方面から着くバスからは沢山の人が吐き出され駅が吸い込んで行く。
駅に向かう人と駅から出る人が交わりとても困惑した。
大通りに出ると人はまばらになったが道路は通勤の車で渋滞していた。
路地に入り目的地を目指す。
少し歩くと約2週間前に見た事務所が見えてきた。
今日からここの社員か…
俺はネクタイをビシッと直し正面玄関を抜ける。
まだ出社してないのか受付には誰も居ない。
ここで待っていても仕方ないので二階に上がって『事務課』とプレートが垂れているドアに手をかけ部屋に入ると奥に人影が見えた。
それに気づいた俺は挨拶をする。
「おはようございます!今日からこの会社に勤務する事になりました!斎藤明良と申します!」
奥で足を組みくわえ煙草をしながら新聞を読んでいる男は新聞から顔を覗かせて俺の顔を見る。
「んあぁ、君が斎藤君かぁ。おはよう」
新聞をたたみこっちに歩いてきた男はtheおっさんというような感じだ。
白髪交じりの短髪、シワが多く声が低い。
ニート時代の俺のような目をしている。
「おはようございます!」
「若いと元気だねぇ。俺は阿蘇恒夫(あそつねお)って言うんだ。よろしくなー。君の事は人事課の奴らから聞いてるよ。君確か勇者課だろー?がんばれよー」
阿蘇と名乗った男は気だるそうに話す。
今サラッと流したけど勇者課ってなんだ…?
「あーあとここは事務課で勇者課は隣ね、まぁまだ始業時間じゃないからここに居ても良いけどよ。
なんかわかんない事があったら考え込まないで聞くんだぞー。まぁまだこの時間は俺しかいねぇけどな」
最初はどんな人かと思ったが勇者課を素通りする以外は普通の人だ。
いや、長い間勤務してると勇者課も普通に思えてくるだろうからこの人は健常者だ。
早速阿蘇さんに勇者課というのは何か聞こうとしたら阿蘇さんに遮られた。
「君勇者課の魔法使いタイプだろー?ライター切れたから火系魔法の弱い奴出せない?」
前言撤回。この人ダメなやつだ。
「あの…阿蘇さん…聞きたい事がたくさんあって混乱してるんですけど」
「落ち着けよ、一個一個答えてやっから。その前に火系魔法を…」
「火系魔法ってなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
初日から叫ぶとは思わなかった
阿蘇さんにわからない事だらけな事を説明すると阿蘇さんは丁寧に教えてくれた。
「あーまず勇者課ってのはなお前が勇者になる。以上。次に…」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ!それだけじゃわからないですよ!」
「だいたい掴めよ…」
俺が悪いのか…俺が悪いのかっ…
「これ以上詳しくったってよー
お前がRPGの世界に行って村なり町なり城を助ける。これでいいか?」
良くない!
「何もわからないですよ…」
やばい会社だったか…
やっぱやめときゃ良かったのか…!?
「んな事言ったってよぉ…これ以上の説明のしようがねーんだよなぁ」
やめときゃ良かったようだ。
「まぁ最初は誰でもそんなもんよ。一般人にこんな事言っても伝わらねぇよなぁ。やればわかるよ。百聞は一見にしかずだよ若者よ」
俺はただはぁ…と言うしかなかった
「すいませんトイレどこですか?」
「出て左の突き当たりな。あー今洋式故障してるから和式しかないけど」
「ありがとうございます」
礼をしてトイレに向かう。
トイレの入り口に【便器の外にウンコするな。しばくぞ。掃除係】という張り紙がしてあったが気にしない。というか気にする事ができない。
個室に入り鍵を締める。
と同時に大きなため息をついた。
「はぁ…なんだこの会社…マジでなんなんだ…勇者ってなんだ…面接の時に気づけば良かった…今からばっくれるか?いや、初日から家に帰ったら家族に合わせる顔がねぇよ…」
色々なことを考えてもう一度大きなため息をつく。
10分そこらうなだれてから自分に言い聞かせる。
諦めるな明良。まだダメな会社とは決まってないじゃないか。働いてみたらいい事あるかもしれないだろ。
しゃんとしろ!俺!
どうせ個室に入ったならとついでに大をしていく。
初日から掃除係にしばかれたくないのでする位置には気を使う。
「よし…頑張るか…」
ケジメをつけて仕事をしようと決めケツを拭く。
紙ねぇじゃねえかクソッタレ。
こうして俺の初勤務が始まる。
時刻は7:30
勇者課を覗いても誰もいなかったので事務課に戻る
事務課も阿蘇さん以外まだ来てなかった。
「随分長かったな」
「紙なかったので」
「…お前もしかして…」
「ティッシュで拭きましたよ!」
そんなやりとりをする。
「んで、少しは理解できたか?」
「まだ何もわからないし混乱してますけど嘆いたって無駄と悟りました」
「うんうん俺も最初はそうだったよ」
「え?阿蘇さんも最初は勇者課だったんですか?」
「いや、俺は最初から事務課だったけど初めて勇者課の仕事を聞いた時はこいつら大丈夫か?って思ったもんよ。入社当日にやっちまったなぁーって思ったね」
なんだ阿蘇さんも当初は俺みたいなもんだったんだ。
少し安心した。
「ぶっちゃけ今君もそう思ってるだろ?」
「まぁそうですね…」
「気にすんな気にすんな。誰でも最初は戸惑うよ。」
「はい…」
「まぁなんだ。そう硬くならずにリラックスリラックス。給湯室にコーヒーあるから作って勝手に飲んでいいぞ。給湯室は人事課の隣一番右端の部屋な」
そう言い残すと阿蘇さんは後頭部を掻いてあくびをしながら自分のデスクに戻っていった。
「はい、ありがとうございます」
俺はもう焦りや戸惑いなどはなかった。
俺は失礼しましたと一礼して給湯室に向かう。
給湯室でコーヒーを作ってると
「私にも一杯ちょうだーい!」
と女性の声が聞こえてきた。
女性の声というより女の子の声と言った方が正しいだろう。
その声がする方を見てみるとそこには頭一つ分小さい女性が立っていた。
「おや! 君はたしか今日から勤務の……さ……さ……なんだっけ?」
「斎藤明良です。よろしくお願いします」
「おー! 明良くんかー! ふんふん。
これからよろしくねー!」
「はぁ……お願いします……」
朝からテンション高い人だな
気後れしちゃうよ
「あの…お名前は?」
「あーまだ言ってなかったね。私は嬉野葉月(うれしのはずき)! よろしくね!」
「よろしくお願いします」
嬉野…珍しい苗字だから覚えやすいな
俺の視線は顔からスーッと下にずれる
それにしても…
真っ平らだな。
たとえ俺が平成のブッタ(自称)と呼ばれていても性欲には抗えない。
そりゃふっくらしてる方が好きだ。
…ドンマイっ……
「…明良君今すっごい失礼な事思ってない……?」
ジトーっとした目で俺の事を見てくる。
心を読まれてるっ……女の勘ってのは凄いな
「いえ、別に考えてません」
だがポーカーフェイスには自信がある方だ。
俺は嬉野さんの分のコーヒーを入れながらすました顔で答える。
すると隣から不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「私嘘つきは好きじゃないなー。平成のブッタさん」
嬉野さんは意地悪な笑顔でこちらを見据える。
な、なぜ!? こんな正確に読まれるってもしかして超能力者!?
さすがの俺もたじろぐ
「えっ……」
「ふふっなかなかいい反応。でも残念ながら私は超能力者じゃないよっ」
俺が口にしない言葉をスパスパと当ててくる
「なんで俺の思ってる事が…」
俺の反応に満足した嬉野さんは説明し始めた。
「私実は勇者課の魔法使いなの。
と、言っても今は事務作業が主体なんだけどね。
勇者課の人は向こうの世界で覚えた呪文をこっちでも使えるようになるのよ。
私は向こうの世界で覚えた相手の心を読む呪文で明良君の心を読んだってわーけっ」
俺は驚きで声が出なかったが必死で思考を巡らした。
向こうの世界…?
阿蘇さんが言ってたRPGの中の話か?
そこで覚えたって事は俺がゲームの中に入り込むって事か…?
いやでもそんな非現実的な事があるわけ……
結論じみた物はでたものの信じきれてない俺に嬉野さんが口を出す
「せーかいっ!君が今考えてる事であらかた合ってるよ!モチロン公には出てないけど人類の科学力をなめない方がいいぞ〜っ」
「えっ……それってつまり……」
「人間はゲームの中に入る事が出来るって事よ」
確かに人類の科学力は凄いものだがまさかここまで来てるなんて…
驚きのあまり呆然としていると嬉野さんはまた意地悪な笑顔で話しかける。
「あははっ君面白いね!私もう行くね!あ、コーヒーありがとね!でも私はホットよりアイスの方が好きなんだよねぇ〜」
そう言いながら嬉野さんは人差し指を突き出しサッサと動かす。
すると次の瞬間虚空から氷のかけらが現れコーヒカップに4〜5個飛び込んだ。
その行為にギョッとしてると嬉野さんはまた満足そうな顔をしてじゃあね〜と笑顔で手をヒラヒラさせながら給湯室を出た。
俺はその光景をただ立ち尽くしながら見るしかなかった。
俺はとりあえず給湯室端にあるパイプ椅子に腰掛けてコーヒーを煽る。
側から見たらリラックスているように見えるだろうが俺はコーヒーの味がわからないくらい動揺していた。
人間がゲームの世界に入るなんてことありえないだろ……
だが嬉野さんが見せた読心と氷のやつはなんだ?
本当にあるって事なのか……?
考えれば考えるほど複雑に絡まってくる。
いくら考えても混乱するだけで答えは出てこなかった。
考えに考えたが自分を納得させる結論が出るわけがない。
給湯室を出る時、時刻は8:00を回っていた。
給湯室を出た俺は勇者課のドアの前に立っていた。
中から話し声が聞こえる。
今日からここが俺の職場だ。
これから会う人が皆上司だ。
やるぞ、やってやるぞ。
俺は大きく深呼吸をしてドアを勢いよく開けた。
「おはようございます! 斎藤明良と申します!よろしくお願いしm……」
俺はあまりにもおかしな空間が広がっていたので思わず止まってしまった。
「おー! 明良くんー! おはよー!」
嬉野さんが元気よく挨拶する。
ここまでは普通だ。
おかしいのは俺が入る前に嬉野さんと話していたであろう人物。
浅黒く男らしい顔つき
両端に尖ったツノのような頭。
紫色の怪しげなローブ。
先っぽが竜の顔を模している木製の杖。
その姿はまさに某有名RPGの魔王のコスプレなのだ。
「おー斎藤くん。おはよう。私がこの勇者課の責任者真田進次郎(さなだしんじろう)だ。よろしく頼むよ」
「よ、よろしくお願いします……」
先ほど魔法使いに会ったからもう驚かないと思っていたが超ビックリだわ。
「いやぁ斎藤君。勇者課は初めてで動揺すると思うけど大丈夫だぞ!」
真田魔王ががっはっはと豪快に笑いながら話す。
動揺するのは勇者課じゃなくてあんたの身なりだよ……
「まぁまだ始業時間じゃないからゆっくりしてくれよ」
真田魔王は自分のデスクの椅子にドガっと座ると新聞を読み始めた。
嬉野さんの様子を見る限りいつもああなのか……
この課でやってけるかなぁ……
ため息をついていると嬉野さんがちょいちょいと手招きしてくる。
「なんすか……?」
「真田魔王ぶっちゃけ扱い困るよね…」
小さい声で話してきた。
「嬉野さんも扱いにくいって思ってたんですか……てか、人の心勝手に読まないでください…」
「あのタイプは私嫌いなのよ…w
あの呪文は2時間継続だから仕方ないじゃない」
「嬉野さんも嫌いなタイプいるんすね」
「そりゃ人間だから1人や2人はいるわよ。因みに君のことは好きなタイプだけどねっ」
ニコッと笑っているが言葉にはいたずら的なニュアンスが含まれている感じがした。
「やめてくださいよ…」
「照れちゃって〜かーわいっ」
嬉野さんは鼻歌を歌いながら自分のデスクに戻っていった。
俺は斎藤君と書かれたプレートがかかってるデスクの椅子にグッタリともたれかかる。
はぁ……初日の勤務前なのに疲れた…
あまりに疲れたのか俺はデスクで眠りに落ちていた。
「起きてー!あーきーよーしーくーん!」
嬉野さんのモーニングコールで目を覚ます。
「んあ…おはようございます…」
「勤務時間だよー!」
ついにきたか勤務時間。
10日後ちゃんと生きて帰れるだろうか。
新聞を読んでいた真田魔王が杖を持ち立ち上がる。
「では、今日の業務確認を行います」
身なり以外はちゃんとしている真田魔王が取り仕切る。
この課では最初に業務確認が日課なのだろう。
「えー嬉野ちゃんは今日は事務作業だ」
「えー! 今日も事務作業ー?
うへーつまんないのー!」
「仕事なんだからそういうこと言わないの」
「了解でーす」
不満げに返事をする
俺も事務作業がいいなぁ……
「えー次に斎藤君だがー」
来た
俺の生死の分かれ道だ。
「グリーンドールに派遣だ。頑張ってくれ」
グリーンドール?聞いたことないけど国内でないことは確かだ。
「グリーンドールってどこすか?」
「現実には無いところだ」
「てことはつまり……」
「簡単に言うとゲームの中だな」
あ、俺死んだわ。
「で、でもゲームの世界にはどうやって?」
俺は一般人だ。
自分を分子化とかできねーぞ
「その点では心配無いぞ。転送装置があるからな」
「私達だって自分を分子化なんて出来ないわよ」
装置という単語にとても恐怖を覚える。
何?ショッカー的な改造?
やだよ俺。バッタマンになりたく無いよ。
そんなことを考えてると嬉野さんが爆笑し始めた。
「あっはっはっは! 君面白い! 超面白い! お腹痛い! ショッカーって!
そんなことするわけ無いじゃん!!
あー面白い」
目の端の涙を手の甲で拭いながらまだ笑っている
「だって装置とか怖いじゃないですか! てかいつまで俺の心読んでるんですか!」
「ごーめんごめん! でも君の考えが面白すぎてさ」
くそ…この人の前だと過ごしづらい…
「はっはっは!なんだ君はそんなことを思っていたのか! 大丈夫。椅子に座って目を瞑るだけだよ」
「うぅ〜ん……」
「なんだ?まだ信用できんのか?」
「いや…信用でき無いってわけでは……」
「なら早く仕事に取り掛かろう」
「まーまー真田さん。明良君は今日が初めてなんだから心配なんだよ。
私だって最初はそうだったじゃない」
「いや…しかしずっとあーだこーだ言ってたら仕事にならん」
「じゃあ私が向こうの世界に行って帰ってくるところを見せれば良いんじゃない?明良君もそれならどう?」
「怖くないとは言えませんがそれならまぁ…」
真田魔王が唸る
「うーむ……仕方ない。今回だけだぞ」
「だって!良かったね明良君!」
「ありがとうございます!」
まさか嬉野さんが俺の為に言ってくれるとは…
案外良い人かもしれないな。
でも一つ思うのはただ事務仕事が嫌なだけなんじゃないかということだ。
「案外はよけいですっ。そして勘がいい男の子は嫌いだな〜」
「すいません」
やっぱ図星だった。
俺ら三人は勇者課を出て歩き出した。