とある都市には伝説となった殺人鬼がいる。まさしく都市伝説。通称はカウントダウンキラー。
無差別的に人を殺し、一枚の紙を現場に残す。最初の紙は『百』。次は『九十九』。その次は『九十八』。そうして順々に人を殺していき、『九十一』という紙が残された十人目の被害者を最後に、ぱったりと被害者はいなくなった。
それが一年前の話。
それからしばらくして、その都市には一つの迷信が生まれた。血迷った信仰が生まれた。
『夜遅くに出歩いていると』、『親の言うことを聞かないと』、『嘘ばかり吐いていると』、その他諸々、要するにどこにでもある迷信の最後が、『九十になる』というものに入れ替わったのだ。九十とは、十一人目の被害者の現場に残されるであろう紙に書いてあるとされる数字であり、つまりは『殺人鬼に殺される』ということである。
「迷信が実現したって認識でいいんっすかねぇ。一年の休暇を経て連続殺人犯が再び活動を始めたってことで」
「さぁな。模倣犯かもしれねぇし、愉快犯かもしれねぇし、ただの験担ぎかもしれねぇ。これでまた八十一で止めれば、バレないみたいな感じの」
「模倣犯の可能性が高そうですねぇ。何ていうか、何か違和感があるっす。何かが抜けてるような気がするんっすよねぇ」
うだうだと、四肢と胴体と頭部の合計六個に解体された遺体と九十と書かれた紙を見ながら、二人の警察官はそんなことを相談し合う。
当時の連続殺人事件、カウントダウンキラーによるカウントダウンキルを担当していた二人は、しかし、殺人鬼が消えてから増加した殺人事件によってすっかり当時のことを忘れていた。
最近担当していたのは、無駄に長いハイテンションの文章の末に、最後には一転してさらっと事件解決に繋がる答えをあまりにも自然に書き残したという奇妙な、イジメによる自殺事件。そういえば自殺した少年の弟はその後頭がおかしくなってしまったらしく、兄の名前を語って、兄のような振る舞いをしているらしい。
「……あ、思い出した。カウントダウンキラーには宿敵がいるんだ」
「ああ、そう言えばいたな。そういう探偵」
「呼ばれたようなので来ました~。あとでご飯にもお呼ばれしたいと思います」
「ああ、そう言えばこいつ、こんなウザさだったな……」
辟易とした表情で、先輩警察官は小さく溜息を吐く。
「あ、それと、残念ながらこれは僕の担当ではないようですね。これは、模倣犯です」
「はぁっ!? なんでそんなチラッと見ただけで分かるんですか!?」
「いや、忘れてるんですか? カウントダウンキラーは、殺人を犯す前に必ず予告状を送るでしょう? 警察にだけ。そして警察はそれを絶対に秘密にしている。誰にも、ね。ほら、そうしたら予告状のことを知っているのが犯人だし、予告状が送られてこない殺人がカウントダウンキラーじゃない、って見分けられるじゃないですか」
「……ああ、そうか。何か抜けているって、予告状のことか。――って、じゃあ、何でお前はそれを知っているんだ?」
「何言ってるんですか。僕は警察から協力を要請されて参加しているんですよ。まぁ、それと僕の場合、彼のことをよく知っているというだけありますから」
「カウントダウンキラーの双子の兄、でしたっけ、貴方。ああ、なるほど」
殺人鬼には好敵手の探偵がいる。しかもそれが生き別れの双子の兄弟となれば、何か作為的な運命を感じさせるものである。そんな不思議な関係であるというのに、どうしてか彼は印象に残りにくい、つい忘れてしまう。
「……ん、まぁ、最近はネットも発達して来てますしねぇ。少し、SNSとかで調べてみてくださいよ、多分もうだいぶ広まっていると思いますから」
「いや、だったらお前が調べろよ。探偵だろ、お前」
「探偵ですけどねぇ、僕はどうにも電子機器の類が苦手でして、全く使えないんですよ。あ、そうだ、面倒くさいんでそれ、紙にして事務所に送っといてくださいね」
「いや、お前の事務所知らねぇよ」
「あー、じゃあ、今口頭で伝えますね。火星の――」
「嘘吐け」
「あっはっは、まぁ、たまには嘘を吐かないといけないでしょう? 人は誰だって嘘吐きです、僕は探偵ですし、探偵は僕ですし、探偵は嘘を吐かないとやっていけない職業ですし、僕は嘘を吐かないとやっていけないですしね」
「そういう面倒くさい言い回し、格好良いと思ってるならやめといた方がいいっすよ。なんか、……クソダサい」
「え、マジで? じゃあ、やめよっと。まぁ、ともかく送っといてくださいね。あと、ご飯はちゃんとお呼ばれします。金がないし、カツ丼でもいいですよ」
「だったら犯罪でも犯すんだな」
「やってるっちゃ、やってるんですけどね」
「何で急に下ネタ言ってんだよ!? ともかく、飯はやらねぇ、事務所には資料を送っておく! もう帰れ!」
「へいへい。あ、じゃあ、最後に二つ、警察の皆さんに言っておかないと。これの犯人は、警察関係者の親族ですね。しかも結構、上の立場にいる人。もう一つは本物のカウントダウンキラーはその犯人を必ず殺します。彼は確実に犯人を殺しますよ」
真剣な表情になって、探偵はそう告げる。
「……分かった。じゃあ、とりあえず調べてみるよ」
「それじゃあ、また――ってあだッ!?」
格好を付けて二人に背を向けて上げた手を木の枝にぶつける。
「痛ぇ……、うわっ、指切っちゃったし。絆創膏持ってきててよかった……」
「……しまらねぇなぁ、あいつ」
「そうっすね……」
そうして、警察関係者――警察署長の息子が逮捕された。
「何だよ。一体俺のしたことの何が悪いんだ? あいつは男をたぶらかして、金をむしりとる最低な奴だろう? でも、法律的には許されている。だから、俺はあいつを制裁してやったんだよ。カウントダウンキラーの名を利用してな。SNSとか見てみろよ。カウントダウンキラーの復活だ、ってカウントダウンキラーが信仰されて祀り上げられているじゃねぇか。信仰だぜ、信仰。神やら神獣やらが受ける、信仰を、受けてるんぜ? じゃあ、それはもう、正しいことなんじゃねぇのか? 俺みたいな、法律の網目をかいくぐった糞野郎を討伐する、抑止力が必要なんだよ。元々カウントダウンキラーは、子供の非行防止の為の抑止力になっていたじゃねぇか。だから、それを更にこの都市の全人類に広げてやっただけだ。警察としても嬉しいんじゃねぇのかよ? 犯罪者がいなくなるような都市を目指すとか何とか、俺の親父も言っていたし、お前らも時折そうほざいてやがるじゃねぇか。独りの糞野郎を殺すことでこれからこの街で起こる悲劇を未然に防げるなら、やすい犠牲じゃねぇか。なんだかんだいいながら、この都市はこの世界は俺みたいな奴を求めてんだよ。だから、絶対に現れるぜ、第二第三の模倣犯が、世界の抑止力が」
などと盛大に笑う、一切の反省をしない犯人は、そのコネを利用して、一時釈放となった。
「はははっ、ちょろいなぁ、世界なんざ。実際はあいつが気に食わなかっただけだってのに――」
パァンッ、という音が響く。発生源は遥か遠くにある場所、所謂発砲音である。そうして、当たったのは言うまでもなく、その模倣犯だった。
続けて、何十発もの発砲音が響く。全てが命中し、その度に模倣犯の体が消し飛んでいく。
粉々になって肉塊と成り果てたそれの上に一枚の紙が舞う。『九十』と書かれた、紙が。
「おい、なんだよ、コレッ!?」
絶叫をあげたのは、後輩の方の警察官。ネットによる情報収集中にとあるリンクを見つけたのだ。
どうやらカウントダウンキラーその人が作ったらしい。
映っているのは使われた対戦車用ライフルと、仮面を被った犯人らしき人。
『――さて、俺を騙る模倣犯はこれがこうなる。いいか、本物は俺だ。そして、あの模倣犯が九十人目だ。これから、八十一まで、殺す。さて、一体誰を殺そうかな?』
くくく、あははは、あははははははっ!!!
とその声の主は盛大に笑う。
「それじゃあ、また、いつか、数日の内に」
そう言って仮面の男は、絆創膏の貼った手をひらひらと振って、フェードアウトした。
「あれ? なんかデジャブ」
「デジャヴは、見たことのないものが、見たことがあるように思えるものだぜ。だからそれは気のせいってことだろ?」
「ああ、まぁ、そうっすね」
ハイテンションな文章を書いた、自殺少年がいましたね。