………眩しい。
そう思いながら少しだるい体を起こす。腕に何か引っかかりを感じたので、軽く目を向けると、透明な管が数本刺さっているように見える。その管の中には、何やら液体が流れている。何なんだろう、これ?
ふと、窓を見上げると、太陽が直接目に刺さる。咄嗟に、目に当たる日光を右手で遮る。こちらの腕にも透明な管が刺さっているようだ。……ん?右手?
「おお、治ってる…」
眠っている間に治っていた右腕をまじまじと見つめる。軽く握ったり、触ったりするが、違和感はない。透明な管が抜けない程度に動かしてみても、特に問題は見当たらない。
突然、閉まっていた扉が開いた。
「あら、起きてたのね。幻香さん」
「ありがとうございます。医者さん」
あれ?何でわたしの名前知ってるんだろ。寝ている間にうどんげさんに聞いたのかな?それより、どうやって治ったかがとても気になる。
「この腕、どうやって治したんですか?」
「それは貴女の再生能力よ。私はそれを援助しただけ」
再生能力?つまり、ほっといてもこの腕って治ったの?
「普通の妖怪なら腕一本ぐらいは大体一,二ヶ月あれば治るものよ。妖力の扱いに長けていると、自発的に治せるのだけれど。今回は、再生能力を促進させる薬をチューブから注入しただけ。あと、鎮痛剤や栄養剤もね」
わたしはもちろん腕の生やし方なんて知らない。腕の複製なら創れるけど。ただし、視界に腕がないと駄目だし、色々と付属品が付く。
「調子はどう?何か違和感とかは?」
「いえ、特には」
「そう。ならよかったわ。けれど、明日まで安静にしていること」
そう言われたので、布団に横になる。敷布団の感触が少し変な感じだ。何だか弾力というか抵抗力みたいなものを感じる。
しかし、横になっているのも暇だ。幸い、医者さんは部屋から出ないで机の前に座って何かを書いている。きっと、話し相手くらいにはなってくれるだろう。なってくれるといいな。
「あの」
「何かしら?」
「暇なのでお話なんか…」
「ええ、いいわよ」
快く受け入れてくれる医者さん。あっちはわたしの名前を知っているみたいだけど、ちゃんと自己紹介をしておこう。これからお話をするのに、名前を知らないのはなんだか寂しい。
「わたしは鏡宮幻香。妖怪、ドッペルゲンガーです」
「そう。私は八意永琳よ。よろしく。幻香さん」
永琳さんはそう言ってから、いつも言われる話題を出した。
「貴女が私に似ているのはそういう理由なのね」
「みたいですねえ。このせいで人間はみんなして逃げちゃって」
「確かに同じ顔した人…いや、妖怪だったわね。同じ顔の妖怪が話しかけてきたら驚くわね」
「けど、永琳さんは驚かないんですね。最近会うのはみんなそうだなあ…。見てきた世界が狭かったからかも」
「ふふふ、同じような顔くらいじゃ私は驚かないわよ」
「じゃあ、どんなので驚くんですか?」
「さあ?何でしょうね」
そう言って妖しく微笑む。詳しく聞いてみたいけれど、相手の深い部分に触れちゃうかもしれないし、止めておこうかな。
話を変えるために、別の少し気になったことを聞いてみる。
「そういえば、わたしってどのくらい寝ていたんですか?」
「え?えーっと、貴女が来たのが一昨日の十時過ぎで、今が七時くらいだから、大体三十五時間くらいかしら」
「え?そんなに?」
つまり、通常一、二ヶ月かかるのが三十五時間で治ったということになる。だから、再生能力を20~40倍にしたということに…。いや、寝ている途中で治った可能性のほうが高そう。だからもっと凄いことになってるんじゃないの?
「この右腕、そんな急ごしらえで再生して大丈夫なんですかね?」
「ええ、大丈夫よ。きっと」
「きっと!?本当に大丈夫なんですか!?」
しかし、返ってきたのは曖昧な微笑み。口はしっかりと閉じられていて、私の欲しい「本当に大丈夫」とか「冗談よ」みたいな言葉が出てくることはなかった。何だか猛烈に心配になってきたんだけど…。
そんな不安そうなわたしの顔を見て、永琳さんは吹きだした。
「ふふっ、本気にした?」
「じ、冗談なら先に言ってくださいよー!」
「まあ、確実に大丈夫とは言えないわ」
「え?」
自然と目が見開かれる。何で?
「世の中は、極稀にとてもじゃないけど理解出来ないことを起こす。それがいい事か悪い事かは置いておいてね。私は大丈夫だと思っていても、どんなことが起こるかは最後まで分からないものなのよ。生きているものは、ね」
わたしから視線を外しながら語る永琳さんの言葉に、少しだけ違和感を感じた。何でわざわざ『生きているもの』なんて付けたんだろう。人間でも妖精でも妖怪でも良かったのに。その言い方だと、まるで生きていないものがいるような言い方じゃないか。あ、幽霊がいたか。
「あの、知り合いに幽霊でもいるんですか?」
「え?いないわよ?どうしたのいきなり」
「いえ、何となく…」
そう誤魔化しつつ笑う。もしかしたら、わたしの知らない超常生物がいるのかもしれない。けど、そんなものは今は知らなくてもいいことだと思った。
◆
お昼頃までお話を続けていたら、腹の虫が鳴った。これをきっかけにお話は切り上げられ、食事を持ってきてくれた。お粥にすまし汁という質素なものだったが、久しぶりにお腹に入れる分にはこのくらいがいいのかもしれない。
食べ終わって、ホッと一息ついていたら、永琳さんが立ち上がりつつ口を開いた。
「さて、私は別の仕事があるから。貴女との話、楽しかったわ」
「あ、はい。わたしも楽しかったです」
「それじゃあね」
机に置いてあった紙束を持ちつつ、手を軽く振って部屋から出ていく。これで部屋の中はわたし一人だけ。かなり寂しくなってしまった。
そう感じていたら、窓から侵入者が飛び込んできた。その侵入者は黒髪の幼い少女で白い兎の耳と尻尾が付いているから、妖怪兎だろう。薄桃色の涼しげな服を着ていて、人参型のネックレスを首に掛けていた。その妖怪兎が、わたしの寝ている布団の中に潜り込んだ。何事?中からくぐもった声がした。なんと言っているか分かりにくかったけど「誰にも言うなウサ」って言っていた気がする。
すると、すぐにうどんげさんが同じように窓から入ってきた。
「幻香さんっ!てゐを見ませんでしたか!?」
「てゐ?誰ですか?」
「あ、妖怪兎の一人なんですが…。薄めの桃色の服を着ているんですが」
それを聞いて、わたしは脚を思い切り振り上げて、掛布団を吹き飛ばす。中に隠れていた妖怪兎が、突然のことにギョッと目を見開いて、わたしを恨みがましく睨んできた。だが、わたしは一言もあなたのことを喋っていないのだから、そんなに怒らないでほしい。
「コラッ!てゐ!悪戯だけじゃ飽き足らず、患者さんに迷惑かけて!」
そう言って、うどんげさんはてゐと呼ばれた妖怪兎の首根っこを掴む。ジタバタともがくが、そのまま持ち上げて部屋から出ていく。
「ご迷惑をおかけしました…」
「いえ、あまり気にしなくていいですよ」
うどんげさんとてゐさんがいなくなって、今度こそ一人きりになってしまった。暇だなあ…。
そのまま夕食が運ばれるまで、誰も来ることはなく、ボーっとして過ごしていた。夕食は、昼食と似たような質素なものだった。
そのまま夜になり、静かに眠りについた。
◆
翌日。朝日の温かさを肌に感じて目が覚めた。何時の間にか、腕に刺さっていた透明な管は全て抜かれていた。近くの椅子には、永琳さんが座っている。
「おはよう。幻香さん」
「おはようございます。永琳さん」
「さて、もう退院しても構わないわよ」
退院。知らない言葉だが、きっともう病院から出て行ってもいいということだろう。だけど、わたしはこの迷いの竹林からちゃんと出られるとは思えない。何とかして案内人をもらえないだろうか。
「あ、わたし、ちゃんと人間の里に戻れるでしょうか…?」
「そうね、じゃあ優曇華に案内してもらうわね」
そう言うと、永琳さんはうどんげさんを呼ぶ。少しして、やってきたうどんげさんに指示を出している。そして、指示を受けたうどんげさんがこちらを向いた。
「幻香さん。私が里までお送りしますね」
「あ、ありがとうございます」
そう言ってわたしは布団から這い出る。永琳さんに深くお辞儀をしてから部屋を出た。