東方幻影人   作:藍薔薇

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第101話

「ああ…、本当に起きたのね…」

 

五分と経たずに永琳さんがやってきた。レミリアさんと咲夜さんが呼んでくれたのか、もしかしたらここの騒動が聞こえたから確認ついでに来たのかもしれない。

そのままわたしの横に座り、脈を測ったり、心音を聴いたり、目に光を当てられたり、喉の奥を診られたり、色々なことを手早く診察した。

 

「とりあえず異常なし、と」

「ちょっと、とりあえずってどういう事よ」

「一週間も動かなかったら体は錆びつく。体力だって落ちるし、関節の可動域だって狭くなるでしょう。けれど、それは仕方ないこと。それ以外は問題ない、というつもりで言ったのよ」

「そうなの?ならよかった」

「…そうなんですか?」

 

フランさんは納得したみたいだけど、実際に動いたわたしはちょっとだけ引っ掛かった。わりと普通に動けていた気がするんだけど。あ、もしかしたら、瞬発力は大して変わらなくても、持久力は落ちているのかも。…まあ、少しすれば戻るかな?

 

「疲れているようだから続きはまた今度にするわ。とりあえず、休みなさい」

 

なんてことをボンヤリと考えていたら、永琳さんがそう言ってきた。

 

「それじゃあ、そうさせてもらいますね。…それでは」

「ええ、お休みなさい」

「お休み、おねーさん」

「おう、さっさと寝てろ」

「さっき言っただろ?安心しろ」

 

そう言われて目を瞑ると、自然と意識は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

幻香が寝たことを確認した永琳は、そのまま部屋を出て行った。廊下の軋む音がここまで届かなくなってから少し経ったとき、私は長い息を吐いた。

 

「…何ともなかったな」

「んー、想像以上に普通だったな…」

「…本当に、よかった」

 

呟いたつもりだった言葉は、二人にちゃんと拾われた。私と同じことを危惧し、それが起きなかったことの安堵だろう。

萃香の言った『ドス黒い意識』の覚醒。あの萃香がそう言うほどのものだ。それを押し込んでいる紫――慧音は賢者と、幻香はスキマ妖怪と言っていた――には感謝してもいいかもしれない。礼は言わないけれど。

 

「今までそんな気配も見せてなかったんだがなぁ…」

「…そうだね」

「そもそも幻香本人は気付いてすらいないような感じだ」

「だよなぁ…」

 

私には、そのドス黒い意識がどの程度の規模か分からない。どの程度の被害をもたらすものか分からない。どの程度の悪意が眠っているのか分からない。だけど、起こさないで済むなら、それでいいのか?幻香にそのまま眠らせておいて、それでめでたしめでたしか?

違う。萃香はあの時は放っておくのがいいと言っていたけれど、そんなわけない。消せるなら消したい。無くせるなら無くしたい。吐き出せるなら吐き出したい。でも、どうすればいいのか分からない。

 

「なあ、フランドール」

「…何?」

「お前、何か知ってるだろ」

 

まあ、知らないだろうと思って言った、ただの鎌掛け。『何言ってるの?』みたいな言葉が来るに決まってると思っていた。そう言ってくれれば、次は萃香に似たようなことを言うつもりだった。

しかし、その血を流し込んだような真紅の瞳は波打った。その華奢な体は僅かに、だが確かに動いた。

 

「………知らない」

 

そういう言葉も、無理矢理引き出したような違和感に、騙すつもりさえ感じさせない苦し紛れの嘘に塗れていた。

だが、言いたくないことを無理矢理引き出すのはお互いに辛いものだ。それに、追究はいつでも出来る。

 

「…そうか」

「その、誰だっけ。…紫、って人に訊けば?」

「…そうだな。それもそうだ。抑えつけているなら、何か知っていてもおかしくはない」

「けどなー、アイツは遭おうと思って遭えるような奴じゃないんだよなー。所在不明、出没自在、神出鬼没と来たもんだ」

「そりゃ面倒だな…。ま、何か分かったら教えてくれ。お互い協力し合おうな」

「よし分かった。とりあえず紫探しでもするかな」

「……うん」

 

これは先を急ぐべきことかもしれないが、必要になったときに頼ってくれるように言っておけば十分だろう。

あとで、慧音にも言っておいた方がいいだろうか。巻き込んでも、いいのだろうか。そんなことを考えながら、幻香が普通に目覚めるのを待った。

 

 

 

 

 

 

…なんだか体が重い。

そう思いながら体を起こしたら、フランさんが丁度よくわたしの太腿辺りを枕のようにして、布団の上で横たわっていた。窓の外を見ると、太陽は既に昇り始めていた。そしてそのまま部屋を見渡すと、椅子に座りながら船を漕いでいる妹紅さんと、床にそのまま寝ている萃香さんがいた。

 

「…どうしよ」

 

何かあったら起こす、と言っていた萃香さんも寝てしまっていた。本当に何かあったらすぐに起きたのだろうか。

そんなどうでもいいことを考えながら呟く。起こすのも悪いけれど、動くに動けない。…よし、起こすか。そう思いながら、脚を軽く上げる。

 

「ふごっ…」

「おはようございます、フランさん」

「んん…、おはよう…」

 

眠そうに目を擦りながら、わたしをボンヤリと見るフランさんを見ながら、無理矢理起こすのは悪かったかなと思う。けれど、身動きが取れないのも面倒なので許してほしい。

 

「…あ、永琳呼んでくるね…」

「気を付けてくださいね」

「うん。大丈夫」

 

そう言うと、ゆっくりと扉を開け、部屋から出て行った。場所は分かるのか、日の当たらないところのみを通っていけるのか、と考えたけれど、大丈夫と言うからには大丈夫なのだろう。信じよう。

フランさんも起こしたんだ。妹紅さんと萃香さんも起こしてしまおう。そう思い、ベッドから降りる。そして、妹紅さんの頬を軽く叩き、萃香さんの鼻を摘まみながら口にそっと手を当てる。

 

「ああ、もう朝か」

「ぶはぁ!な、何だ何だ!?」

「おはようございます、妹紅さん、萃香さん。いい夢見れました?」

「…夢はほとんど見ないな」

「同じく。…鼻摘まむなよ。苦しいじゃん」

「口で息すればいいじゃないんですか?」

「塞がれてたんだけど」

 

そして三人で軽く笑い合う。

 

「改めて、おはよう」

「そうだそうだ。おはよおはよ」

「そろそろ何か食べたいんですけれど、来ますかね?」

「来るだろ。お前が寝てる間、いつ起きてもいいように朝昼晩と作ってたらしいし」

「それは何と言えばいいのか…」

「礼でも言ってろ」

「そりゃそうか」

 

突然、扉を叩く音が響き、そのまま扉が開いた。開いた先には、朝食と思われるものを持ったうどんげさんがいた。

 

「おはようございます、幻香さん。…先日、いや、もう一週間以上前ですか。その節は申し訳ありませんでした」

「ああ、貴女が何かしたんですか?気にしませんよ。むしろ、そうするだろうと思ってましたから」

「思ってました、って…」

 

頬を引きつらせるようなことは言ってないと思う。そのくらいのことはしてもおかしくないと思っただけだ。それに『決めるのは私』って言ってたしね。まあ、姫様がやったというかなり薄い可能性もあったけど。

 

「ま、そんなことどうでもいいじゃないですか。それよりも、いい加減お腹空いたので何か食べれるものが欲しいんです」

「ああ、そうでしたね。どうぞ。後ろのお二人の分もありますから」

「ん、そうか」

「へえ、ありがたいねぇ」

 

以前ここに来たときにも受け取った、お粥とすまし汁。んー、このくらいの調理は面倒くさがらないで作らないと駄目かな。

 

「…もう一人、いませんでしたか?」

「今は永琳さん呼んできてくれてます」

「ああ、お師匠様を…」

 

納得したように頷きながら、残された食器を机に置いた。きっとフランさんの分だろう。

 

「ごちそうさま」

「美味しかったですか?」

「うん。ちゃんとした調理って重要だね」

「…?ええ、そうです…ね?」

 

食べ終わった食器を返したら、ちょうどよくフランさんが帰ってきた。その後ろには永琳さんもいる。

 

「ちゃんと食べれてた?」

「問題なさそうです、お師匠様」

「そう」

 

そして、永琳さんが寝る前と同じように横に座り、前と同じところから、何の為に診ているのかよく分からないところまで、本当に様々なところを診察された。

 

「ふぅ…。一週間も目覚めなかったとは思えないほどの健康体ね」

「そうですか?」

「ええ。…もう退院しても大丈夫だと思うわ」

 

こうして、わたしは一週間の昏睡を経て、無事退院した。

 


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