東方幻影人   作:藍薔薇

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第102話

「さて、どうやって帰ろうか…」

「竹林なら私が分かるから問題ないだろ?」

「いや、太陽が出てるとフランさんが出れないので。日傘、持って来てなかったですよね?」

「うん、持って来てない…」

 

そもそも吸血鬼は太陽が出ているときは滅多に外に出ない。日光は毒であり、当たると火傷する。浴び続ければ最悪死に至るらしい。多少なら持ち前の自己再生能力でたちまち治癒してしまうようだが。

 

「しょうがねぇな…。かなり遠回りになるが、陽がほとんど当たらない道がある。そこを通るか」

「いや、竹林を抜けたらどうするんですか…」

「ああ、そうか…」

「なら私が影になろうか?」

「…目立つから却下」

「うむむ…」

 

しょうがないから夜まで待つかな、と思い始めたとき、永琳さんから横槍を入れてきた。

 

「話し合ってるところ悪いけれど、玄関に忘れ物があるから届けてくれないかしら?」

「…忘れ物ですか?」

「ええ。ここからは少し遠いから、代わりに届けてくれると嬉しいのだけど」

「さて、目処が立ちましたから行きましょうか」

「え?」

 

前言撤回。夜まで長々と待つ必要はなくなった。

ベッドから降り、扉を開く。部屋を出る前に振り返り、深めにお辞儀をする。

 

「それでは、ありがとうございました」

「また何かあったら来なさい」

「そうしますよ」

 

病室を出て、記憶を頼りに真っ直ぐ玄関へ向かう。フランさん、妹紅さん、萃香さんの三人が慌てた様子で付いて来るのを、首と目だけ動かして確認する。

 

「ちょっと待てよ!」

「何です妹紅さん?」

「ちょっとは説明しろ!お前の中で完結してんじゃねえ!」

「えー。分かるでしょう?」

「分かるか!」

 

そう言っている間に玄関に到着。…うん。やっぱりあった。

 

「…これ、お姉様の」

「忘れ物、か」

「…でかくね?」

「これだけ大きければ多少のことでは陽に当たることはないでしょう?」

「そうだろうけど使い辛いだろ」

 

玄関のすぐ隣の壁に立て掛けてある過剰なまでに大きな日傘。レミリアさんの故意の忘れ物。ちゃんと届けてあげますよ。もう一つ届け物を添えて、ね。

フランさんが日傘を差してから永遠亭を出る。庭で妖怪兎たちが飛び跳ねて遊んでいるのが見えた。あ、見覚えのあるのがいる。

 

「さ、妹紅さん。道案内よろしくお願いしますね」

「どうする?明るい近道と暗い遠回り」

「一応暗い方でお願い」

「そうかい」

 

そう言うと、妹紅さんは門とは違う方向へ曲がり、そのまま塀を跳び越えた。フランさんと萃香さんもそのまま続く。…わたしだけなのか、これをおかしいと思っているのは。

 

「おーい、さっさと登って来ーい」

「…はーい」

 

靴の過剰妖力を極僅かに噴出。塀の優に二倍は跳び上がり、そのまま着地。噴出した分を即時補給する。…んー、出し過ぎたかな。この辺の調整が難しい。

 

「ちゃんと付いて来いよ?迷ったら探すの面倒だからな」

「知ってますよ」

「あのときは勝手に曲がったもんね」

「あれは特別でしょう。…多分」

 

妹紅さんに大人しく付いて行く。確かにほとんど日光が届かない道だ。竹が他のところより太く、そして多い。つまり密度が圧倒的に高い。それに伴い、頭上には鬱蒼とした葉がある。それらによって陽の光を遮っているのだろう。

 

「暗いですね」

「ああ。もう少し奥で曲がると昼も夜も然程変わらん場所がある」

「へえ、今度そこで組手でもしようぜ?」

「暇してればな」

「年中暇なくせに何言ってんだ」

「うるせえ」

 

妹紅さんと萃香さんの熱い友情(殴り合い)を想像すると、頭の中で竹林が燃え盛っていく。…駄目だ。ただの組手のはずなのに、炎が飛び交うのしか想像出来ない。

 

「そうだ幻香」

「何です、萃香さん?」

「結局、お前らが出て行った異変ってどんなのだったんだ?ちょいと気になる」

「えーと、それはね…」

「黒幕は永琳さんとわたし達九人の誰かでしょうね」

 

フランさんが驚いているのに予測済みだったような、不思議な顔をした。…あ、これだと姫様が黒幕じゃないって言ってるじゃん。やっちゃった。

 

「やっぱり、分かってたの?」

「何となくですけどね。すみませんが、姫様が黒幕だった可能性はほとんどないと思ってました」

「姫様?…ああ、輝夜のことか」

「輝夜?…ええと、蓬莱山輝夜、でしたっけ」

「そうそう。覚えてたか」

 

妹紅さんが命を賭けた決闘をした、と言っていた相手。つまり、姫様は相当の実力者であったようだ。

 

「ま、それは置いといて。…とりあえず、偽物の月は永琳さんでしょうね。目的は月の兎、もしくはそれに類する者の侵入の阻止。本物の月が見えると言うことは、つまりそちらからここ(幻想郷)が見える。だから偽物の月にした、と言った感じでしょうか?自分で考えておきながら言うのも何ですが、かなり無茶苦茶ですね」

「うわぁ…」

「その月の兎、それに類する者――」

「永琳は月の使者って言ってたよ」

「――そうですか?なら、そう言いましょうか。その月の使者の目的は輝夜さん。まあ、殺害か、誘拐か、謁見か、それ以外かは分かりませんが、会わせたくはなかったんでしょうね」

 

そうじゃないと、うどんげさんがわたし(月の兎)を見てあれほど驚く必要がない。

 

「もう片方の夜が続いたのは霊夢さん、魔理沙さん、アリスさん、咲夜さん、レミリアさん、妖夢さん、幽々子さん、フランさん、そしてわたしの誰か。永遠亭の人達がやる理由がないですからね。夜が続けば月はここを見下ろし続ける。だから、さっさと朝になってほしいと思うはずですし」

「紫、っていうのも来てたみたいだよ」

「なら、その人も入れて十人ですね。わたしの個人的かつ偏見で言わせてもらえば、咲夜さんとレミリアさんが最有力で、幽々子さんとアリスさんが次点くらいでしたけど、八雲紫がいたならそれがぶっちぎりで怪しいですね」

「その中なら紫だろ。アイツなら昼と夜くらいどうとでもなる」

 

萃香さんはそのまま八雲紫の『境界を操る程度の能力』について語った。そういえば、魔理沙さんがここと冥界の境界が曖昧になったと言っていた。つまり、それも八雲紫が関係しているのだろう。

 

「ま、万能であっても全能じゃないと思うけどな」

「それ、違いあります?」

「万の使い道があっても、全部出来るわけじゃないってことさ」

 

へえ、なかなか面白いことを聞いた。ま、覚えておいて損はないだろう。

 

「話も丁度いいところだな。そろそろ抜けるぞ」

「何処に抜けます?里の目の前とか嫌ですよ」

「そこは問題ない」

 

迷いの竹林を抜けると遠くに見覚えがある場所、霧の湖が見えた。つまり、紅魔館も程近いところにあるということ。

 

「なかなかいいところに出ましたね…」

「そうか?」

「んー、この距離なら十分かからなさそう」

「…速っ」

「はっ!遅い遅い!私なら五分で行けるね」

「むぅ!なら私三分!」

「…つまらない言い争いは止めてくださいよ」

 

ちなみにわたしの場合、普通に飛べば三十分はかかるだろう。

 

「そんなに早く飛んだら日傘壊れますよ?」

「あ、そうだった」

「それに、そこまで速いとわたしが付いて行けませんから」

「…おねーさんはもうちょっと早く飛べるようになった方がいいよ」

「だな。速くて損はしない」

「……そうですね。そろそろ考えないといけませんか」

 

わたしはここにいる四人の中で最も遅いだろう。つまり、誰に速く飛ぶコツを訊いてもいいということになる、かな?最初から一番速い人に訊くのがいいか、それとも段階的に上げていった方がいいのか…。いや、全員に訊いて、わたしに最も合った方法を見つければいいか。

 

「それじゃ、私はここで」

「そうですか?それでは妹紅さん、またいつか」

「ばいばーい!」

「またなー」

「おう。それじゃあな」

 

そう言って妹紅さんは迷いの竹林の中へ帰っていった。そして、姿が見えなくなってからわたし達は紅魔館へ真っ直ぐと飛んでいく。二人が私の速度に合わせてくれたので、三十分くらいで門に到着した。

 

「ただいま、美鈴」

「おや、妹様。おかえりなさいませ。…幻香さんはいいとして、もう一人は?」

「わたしの友達ですよ」

「そうですか。ならどうぞ」

 

そう言うと、紅魔館の門を開けてくれた。そのまま門をくぐり、庭を歩く。

 

「…あの門番、出来るな」

「でしょうね」

「強いよ、美鈴は。…弾幕を放つのが苦手で、そっちに意識がほとんどいっちゃうって悩んでたけど」

「…昔ならいざ知らず、今の幻想郷でそれはいいのか?」

 

苦笑いをするわたし達。いくら武術に長けていても、弾幕を放つのが苦手というのはかなり致命的だ。

紅魔館の出入口の前に到着し、扉を押す。開いた先には、咲夜さんがいた。…いつからそこに立っていたんだろう。

 

「おかえりなさいませ、妹様。…お嬢様がお待ちですよ」

「うん、分かってる。…それじゃあね、おねーさん、萃香」

「ええ、それでは。またいつか、遊びましょう?」

「じゃあな」

 

そのままフランさんは咲夜さんに連れられていく。それをわたし達は黙って見送った。

 


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