東方幻影人   作:藍薔薇

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第103話

両手いっぱいに洋梨を携え、魔法の森へ飛んでいく。美鈴さんに別れの挨拶をしている途中で突然咲夜さんが隣に現れ、妹様からの贈り物だと言いながら渡されたものだ。何故洋梨。食べれるからいいけど。

 

「けど皮剥くのが面倒なんですよねー」

「だからか。お前の家の食い物が楽に食えるのばっかなの」

「そういえば全部食べたんでしたっけ…」

「そうだな!」

「遠慮はないのか、遠慮は」

 

つまり、今わたしの家には飲食物が何もないということになる。何か食べれるものを採りながら帰ったほうがいいよね。

今飛んでいるところは、珍しくわたし達以外誰も見当たらない霧の湖の上。湖を見下ろすと、魚影がいくつか見えた。うん、魚でもいいかな。小骨が鬱陶しいけれど。

 

「ん?何だ?」

「ちょっと持っててください」

 

萃香さんが着ている服を数枚複製し、その内の一枚を上手くかごのようにしてから洋梨を入れて渡す。袖がないから手提げ袋のようには出来ないのがなぁ…。

手の平に収まる程度の石を一つ複製。そのまま落とす。ボシャ、と鈍い音を立てて着水し、ボゥン、と炸裂。ちょっとした水柱が立ち、それと同時に魚が数匹浮かび上がる。思ったより浮かんでくる数が少ない。

 

「ま、十分でしょ」

 

けど、二人分なら大丈夫だろう。余っている服を同じようにかご代わりに使い、浮かんでいる魚を次々と入れてゆく。うう、まだ冬になっていないとはいえ、秋の湖でも十分冷たい…。

 

「お、美味そうじゃん」

「流石に調味料は食べてないですよね?」

「えーと…、砂糖は食べ尽くしたし、塩もちょっと。それと、みりんを飲み干した」

「えぇー…」

 

呆れた。心底呆れた。砂糖を直接舐めている萃香さんが容易に頭に浮かぶ。それに、いくら調理酒とはいえ、みりんも飲み干すか。みりんは甘過ぎるから嫌いとか言ってなかったか?その嫌いを放り投げてまで酒が飲みたかったか。そんなに飲みたかったなら、その瓢箪から飲めばいいのに…。

まあ、過ぎたことを思うのはこのくらいにしておこう。服で魚をそのまま包み、岸へ向かう。

 

「…近くに蛇でもいないかな」

「お、探すか?」

「いえ、見かけたらでいいですよ。んー、猪でもいいな…」

「流石に猪は近くにいないだろ」

 

軽く耳を澄ませる。葉の擦れる音に紛れて足音が聞こえる。足音から判断すると、二足歩行。歩いている。複数人、多分三人かな。それと、僅かに布が擦れる音も聞こえる。猪を期待していたのだが、どうやら違うようだ。…一体、誰なんでしょう。

 

「…とりあえず逃げるか」

 

ここは遮蔽物が少な過ぎる。少し移動すれば森とまでは言わないけれど、それなりに木々が生えているところがある。そのうちの一本に成り済まそう。

魚入りの服を萃香さんに投げ渡し、靴の妖力の噴出と共に駆け出す。足音を必要以上に出さないために、三歩目に入る前に地面スレスレの超低空飛行へ移行する。

 

「おーい!どこ行くんだー!?」

 

説明する余裕も振り返る余裕もない。その代わりに、魚を包んだ服を文字型に霧散させておこう。『人キタ』『カクレル』。気付いてくれるかは知らない。

目的通り、一本の樹を自分に重ねて複製し、中身を刳り貫くように回収。覗き穴用に人差し指が刺さる程度の穴を開けて待機。

…隠れて安全圏に入ったことで、まともな思考が出来るようになったためか、今更なことを思い付いてしまった。空間把握すればいいじゃん、と。いや、形が分かるだけだから、そこから誰か考える時間のうちに見つかったらよくないし、何より隠れてから知ったほうが安全だし。

 

「誰に言い訳してるんだか…、わたし自身にか」

 

というわけで空間把握。周辺の形が一気に頭に浮かび上がる。そこから、足音が聞こえてきた方向の辺りを意識すると、予想通り三人の形が見つかった。

一人目は、肩辺りまでの髪と、それを両側を結ぶリボン。頭頂部には妖精メイドさんが付けていたようなもの。背中には笹の葉のような極薄の羽が四枚。

二人目は、クルクルと螺旋状になっている髪。フランさんが付けているのに似たような帽子。背中には三日月のような極薄の羽。

三人目は、腰まで真っ直ぐと伸びた髪。頭頂部には大きなリボンが結ばれている。背中には蝶の翅に似た形の極薄の羽。

うん、この形は見覚えがある。きっと、サニーちゃんとルナちゃんとスターちゃんだろう。一応その周りに誰かいないか確かめて、いないことを確認する。そして、樹の上を貫くように回収し、生い茂る葉に隠れながら頭を出して空を見上げる。

 

「……よし、大丈夫かな?」

 

中身がスカスカになってしまった樹を全て回収し、萃香さんの元へ戻る。わたしに気付いた萃香さんが一瞬、服に視線が移ったのが見えたので、服に記した穴開き文字に気付いていたようである。

 

「いやー、すみませんね。さて、帰りましょうか」

「隠れるのはいいけどさー、いきなり樹が出てきたら普通バレるだろ?」

「…そう言われれば」

 

偶然にしろ何にしろ、わたしが隠れる瞬間を見られたら意味がない。わたし自身は比較的安全だと思っているだろうから、さらに状況が悪くなりそうだ。油断大敵。

 

「ほれ。…で、どうだったんだい?」

「知ってる人でしたよ」

 

魚を包んだ穴開き服を受け取りながら答える。うぅ、濡れてて冷たい…。もう一枚包むか。

真っ直ぐわたしの家に帰ろうと思うと、どうしてもさっきの光の三妖精に鉢合わせすることになる。しても何の問題もないけど。

 

「あ!幻香さんだ!」

「え?あ、本当だ」

「お久し振りですね」

「うん、久し振り。会って早々悪いけれど、先に家に戻りたいから、もし遊びたいならあとでいいかな?」

「そう?なら付いてくよ」

「え!?サニーこれから…、いや、いっか」

「そうね。あんな無茶無謀しに行くよりいいわ」

 

何しに行くつもりだったんだ。凄い気になる…。

 

「ところで、そこの角の生えた方は?」

「私か?伊吹萃香、鬼だ」

「わたしの友達ですよ」

「鬼?」

「サニー、新聞に載ってたでしょ?」

「覚えてなーい」

 

へえ、萃香さんって新聞に載ってたんだ。わたしも載ったことあるよ。嘘っぱち交じりの残念な内容だったけど。

 

「あー、新聞ってあの天狗のか?すっかり腑抜けちゃってねぇ…」

「知り合いなんですか?」

「かなーり古い仲」

「…射命丸文って知ってます?」

「知ってる知ってる。それがどうした?」

「いや、特には…」

 

二つほど礼を言っておかないといけないだけ、と心の中で呟く。一つは慧音を教えてくれたこと。もう一つは出鱈目記事にされたこと…。

 

「射命丸って、あの『文々。新聞』の?」

「ええ、そうですね…」

「幻香さんも載ってなかったっけ…。微妙に嘘が混じってたけど」

「え!?載ってるの!?今度見せてよ!」

「んー、残ってたかなー…」

「…見なくていいですよ。本当に…」

 

話していたら、魔法の森に到着した。わたしの記事について話されるのはあまり嬉しくないから、少し強引だけど話を変えさせてもらおう。気になることもあるし。

 

「ところでサニーちゃん。何処かに行こうとしてましたけど、何処に行こうとしてたの?」

「あ、そうだったそうだった!蛇のヌシを捕まえに行こうと思ってたんだ!」

「げ、サニー思い出しちゃった…」

「…へぇ、蛇かぁ…。食べれるかな」

「狩りに行くのか?」

「…いえ、行きませんよ。人の獲物を盗ったらよくないですし」

「いくら幻香さんでも横取りはナシだよ!ねっ、ルナ、スター?」

「…渡しちゃってもいいんじゃない?」

「私達じゃ無謀もいいとこだと思うけど…」

「そんなことないよっ!」

「ま、諦めようと思ったなら教えてくださいよ。わたしが食べますから」

「うん、そうする!」

 

そう言うと、サニーちゃんはルナちゃんとスターちゃんを引きずるようにして行ってしまった。きっと、その蛇のヌシとやらに相対するのだろう。捕まえれるかどうかは知らないけど。

 


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