東方幻影人   作:藍薔薇

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第106話

走る。とにかく走る。…ちょっと長すぎないか、この洞穴。

 

「ハァ、ハァ、待って、くだ、さいぃ…」

「…ちょっと早かったかな?手出して、手」

 

伸ばしてくれた手を握り、靴の過剰妖力を噴出する。一歩踏み出すたびに加速していく。歩幅が普段じゃとても有り得ないほど伸びる。曲がろうとするのに、いちいち減速しないといけないのがまどろっこしい。

 

「うわっ!わっ!」

「舌、噛みますよ?」

「え、んぐ…」

 

奥に点々とした光が見えてきた。つまり、この道は直線である、ということ。もう減速の必要はない。

 

「うがーっ!勝てないっ!」

「ちょっとチルノ!何言ってるの――うひゃぁ!」

 

二人の声も問題なく聞こえてくる。目を凝らすと、二人の輪郭が見える…気がする。

空いている腕に妖力を充填。慣れてきたからか、一秒と掛からずに準備が出来る。後ろに真っ直ぐと腕を伸ばし、大ちゃんに当たらないように出来る限り細く、その代わりにより強い圧力をかけ、一気に開放する。

 

「模倣『ブレイジングスター』!」

 

さっきまでの加速が霞むほどの急加速。ものの数秒でチルノちゃんとリグルちゃんの間を通り過ぎ、ある程度の広さを持った空間に入る。淡い光に照らされ、薄茶色と焦げ茶色の斑模様の異常なまでに大きい蛇が視界に入ってくる。

 

「…は?」

 

頬が引きつるのを感じる。…ちょっと大き過ぎないですかねぇ…?胴体の直径だけでわたしの首辺りまでありそうなほどですよ?この大きさに成長するのにどれだけの時間をかけているんでしょう?いやはや、丸呑みは誇張でも何でもなかったわけですね。

 

「逃げよう。うん、逃げよう」

 

こんなのに立ち向かうとか馬鹿げてる。もう秋なわけだし、そっとしておけば冬になるころには冬眠してくれる。そもそも、この蛇を捕まえようとしていたサニーちゃんはどう思っていたんだか。まあ、これほどの大きさだと知らなかったかもしれないけど。

後方へ放っていた妖力を止め、体を無理矢理半回転。急な方向転換は気分が悪くなるんだけど、しょうがない。妖力を再放出し、チルノちゃんとリグルちゃんの近くに飛び込む。

 

「うわっ!…幻香?と、大ちゃん?」

「おー、助けに来たの!?」

「ぜぇ…、ぜぇ…、これがまどかさんの世界ですか…」

「あ、振り回しちゃってごめん」

 

リグルちゃんの周りには、季節外れの蛍が十匹ほどやけに強い光を放ちながら飛び交っている。二人の光源はこれか。

 

「さて、二人とも逃げましょう。こんなの捕まえるなんてちょっと無理がありますし」

「捕まえる?違うよ倒すんだよ!」

「あれ?チルノは倒すって言ってたけど?」

「そうですかー」

 

やっぱり返り討ちになったことは知っていても、捕まえようとしていたことは聞いていないようだ。

 

「大ちゃんもそう言ったもんね!ね!………大ちゃん?」

「ん?」

 

チルノちゃんの言葉に対する返事かない。どうしたのかと思い、大ちゃんを見るとあの淡い光を放つ光源が明滅し、今にも消えそうになっていた。それでも蛍の光によって照らされた顔は明らかに蒼白になっていた。

 

「あ…、あれ…」

「あれ?」

 

震える指先が指すのは、蛇のヌシ。振り返ってみると、わたし達を睨む蛇がいた。その眼には、明確な敵意。その顔は一ヶ所だけ傷があり、血が流れている。あんな傷あったっけ?

…あ。半回転。わたしは蛇を背に模倣「ブレイジングスター」を放った。極細のマスタースパークを放った。妖力を蛇に向かって放った。

 

「あれ?怒ってる?」

「やばいよ、チルノ…!」

「ど、どうしよう…」

 

逃げるにしても、もう遅いだろう。いくら大きいと言っても、この洞穴を通り抜けることが出来る大きさだ。それに、この大きさだと相当の速度を出せるだろう。わたし達は、その速度を上回ることが出来るだろうか?わたしは、多分問題ない。さっきのように加速すれば何とかなりそうだ。大ちゃんも瞬間移動、本人は座標移動と言っていたものがある。けれど、二人はどうだ?そこまでの速度が出せるか?わたしが二人を抱えてもいいのだけど、わたしは片腕で二人を抱えることは出来ない。片方は、妖力の噴出に使うからだ。

 

「…しょうがないかな」

 

サニーちゃん達にはあとで謝ろう。わたしだけならまだしも、チルノちゃん、リグルちゃん、大ちゃんがいるから。それに、大ちゃんをここに連れてきたのはわたしだ。わたしに責任がある。なら、それを果たすのも当然、わたしだ。

 

「大事を取って、殺しましょうか」

 

確実に生還するには、相手を再起不能にすればいい。つまり、殺してしまっても構わないでしょう?それに、食料として調達しようとも思ってたし。どうやって保存するかが考え物だけど。

 

「…もしかしたら、初めての試みかもしれないな」

 

わたしは蛇の頭部に意識を集中する。頭を吹き飛ばせば、大抵の生き物は死ぬ。これからやろうとしていることは、部分複製。蛇全体ではなく、蛇の頭だけを複製する。部分的な回収も、部分的な霧散も出来るんだ。なら、その逆だって出来るでしょう?

 

「仕方ないっ!全力敵撃退だ!」

「それを言うなら『戦略的撤退』でしょ!?」

「まどかさんっ!早く…!」

 

蛇のヌシはわたし達に向かってくる。その自慢の顎を外さんばかりに開いて。けれど、遅いなぁ…。妖夢さんの斬撃に比べれば、遅過ぎる。

呼吸を止める。それだけで世界の流れが緩やかになっていく。一秒が数秒に、十数秒に、数百秒に引き伸ばされていく。この距離なら不鮮明なところは、ない。

複製。過剰妖力は、含めるだけ。生き物はこういうところが素晴らしいと思う。石ころとは比べ物にならないほど過剰妖力が入る。そして、炸裂。

蛇の頭は内側から爆ぜた。くぐもった音を立てながら、血とよく分からない液体と肉片を撒き散らす。残された蛇の胴体は、そのまま重力に従ってわたしの目の前にドサリと落ちた。

 

「うわぁ!?」

「何!?」

「キャッ!?」

「さぁて、どうやって持ち帰ろうかな…」

 

返り血がベトベトして気持ち悪いが、とりあえずもう大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、ありがとうございます。チルノちゃんは凄いですね」

「アタイは最強だからねー!まどかもすごかった!」

 

蛇は凍った地面の上で引き摺っている。滑る方が、抵抗があまりなく、非常に楽に運べている。それでも、蛇自体が重いからなかなか苦労しているけど。

 

「あのさ幻香、さっきの何?」

「複製の過剰妖力の炸裂。スペルカード戦ではご法度でしょうね」

「んー、複製はよくやってたけど、炸裂なんて出来たの?」

「出来たの」

「…ああ、死んじゃうかと思いましたよ」

「それならそれでしょうがない。それに、食べられたからって、すぐに死ぬわけじゃないでしょう?」

 

噛み砕かれるような歯はなかったはずだし。もし呑み込まれていたら、消化器官に行く前に胴体をブチ抜けばいい。それに、緋々色金の複製も一つだけだが持って来てる。何とかなっただろう。

 

「ふぅ…。ようやく外ですか」

 

奥から白い光が見えてきた。行きは短かったのに、帰りはその十倍は掛かってしまった。ああ、早くこの体を洗い流したい…。霧の湖は冷たいけれど、しょうがないか。

 

「よーし!リベンジ行くよ!」

「…サニー、もう幻香さんに渡したほうがいいんじゃない?」

「そうよ。誰かが突貫した所為で、ごみみたいにまとめて払われたのよ?」

 

おや、あの三人が洞穴の入り口にいるようだ。けれど、申し訳ない。既にリベンジの対象はこの世にいないのだ。

何とか三人が入って来る前に洞穴から出てくることが出来た。血塗れのわたし達を見てあちらは驚いた。もしかしたら、わたしの後ろの蛇のヌシの亡骸にかもしれないが。

 

「すみませんね。もう終わっちゃいました」

「遅かったなー!サニー!ルナ!スター!」

「見ての通り、もう幻香が倒しちゃったよ?」

「本当は捕まえるつもりだったと聞きました。ごめんなさい…」

「うわー…。本当に倒しちゃったんだ…」

「気にしないで。食べてもいいかな、ってサニーも道中で言ってたし」

「この大きさだと食べ切れないと思うけどね。それで、これはどうするの?」

 

本当にどうしようか、これ。

 


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