東方幻影人   作:藍薔薇

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第107話

「ああ、重い…!」

「疲れたー!」

「まだ結構な距離あるよ?」

「サニー、少し休む?」

「それじゃあスター、交代ー」

 

血塗れの体を洗い流す時間を惜しみ、十人がかりで頭部欠損の蛇のヌシを運んでいる。しかし、いくら地面を凍らせて滑らせて運んでいると言っても、十人がかりで運んでいると言っても、重いものは重いのだ。

そのうち三体は、わたしが動かしている複製(にんぎょう)だ。二体まで、と自分で勝手に決めていたけれど、前の六体と比べれば些細なことだ。

 

「すみません、私が力不足なばっかりに…」

「出来ないことをしろなんて言うつもりはないよ、大ちゃん。こうして一緒に運んでくれれば、それでいい」

「ところで幻香、こっちで合ってるの?」

「ええ、大丈夫。この辺りは見覚えがありますし」

 

そこら中に石ころの複製が転がっているから、一度来たことがあるところであることはすぐに分かる。

 

「…ねえ、どうして紅魔館に行くの?」

「大消費地だから」

 

わたしが記憶しているだけで、妖精メイドさんは五十を超える。それに、調理は咲夜さんに任せれば間違うことはないだろう。保存食にするのも、頼めば一瞬でやってくれるに違いない。飽くまで、わたし達から見た時間の一瞬だが。

 

「そもそもサニー、この蛇って食べれるの?」

「そういえばそうね。毒の有無なんてサニーに分かるの?」

「さぁ?幻香さんが食べるって言ってたし大丈夫じゃない?」

 

後ろで三人が話していることは心配ない。

 

「…実際どうなんですか、まどかさん…」

「今、わたし達が動けているから大丈夫」

「え?」

「普通の蛇は頭にある毒腺って言う器官に毒がある。その頭を吹き飛ばしても、神経毒、出血毒、筋肉毒、どの症状もわたし達に出てない。それに、蛇の毒は血液中に入って初めて作用するから毒があったとしても平気」

「…あの、もしかして事前に分からなかったり?」

「いや、見た目でなんとなく…」

 

わたしが見たことのある蛇だけに限れば、頭の形で毒の有無が分かる。頭が三角形みたいになってるのは毒があった。大図書館で読んだ蛇について載っている図鑑だと、そうでもないらしいけど。

 

「な、なんとなく…。それに、チルノちゃん怪我してましたよ?ちょっとですけど…」

「え、本当?」

 

サッとチルノちゃんを見遣る。私たちの為に地面を真っ直ぐと凍らせてくれている。ある程度凍らせたら、一緒に蛇を運びだす。…特に違和感のある動きはしていないように見える。そもそも、蛇の毒は即効性なものが多い。今更効き出すなんてことはほとんどないだろう。

 

「ねーまどかー!まだ遠いー!?」

「そうですね、あと半分くらいでしょうか?」

「うっへぇ、あと半分…」

 

 

 

 

 

 

「…スゥ」

 

美鈴さんが寝ている…。起こしていいのだろうか…。いや、そもそも門番としてどうなんだ。

寝ている人が近くにいると自然と声が小さくなるものだ。しかし、ここにはそれをする必要をなくしてくれる妖精がいる。

 

「ちょっとルナちゃん、音消せます?」

「え、あ、分かったわ」

 

特に変わった様子はない。が、きっと美鈴さんにはわたし達の声が届いていないのだろう。

 

「ふぅ、とりあえず着きましたね。あとはどうやって入るかですけど…」

「あの人起こせばいいんじゃないの?」

「気持ちよさそうに寝てるけど…、いいのかしら?」

「バレないように潜入する!」

「さっすがチルノ!私もそう思う!」

「チルノちゃん、サニーちゃん…」

「駄目でしょ、流石に」

「…ま、美鈴さんには悪いですが、起きてもらいましょうか。わたしが起こしますから、ここで待っててください。…ルナちゃん、わたしの音を範囲から除けます?」

「うん、了解」

 

瞬間、周りにいるはずの六人の声が聞こえなくなった。チルノちゃんとリグルちゃんが口も激しく動かして口喧嘩をしているように見えるのに、大ちゃんがそれを止めようと頑張っているように見えるのに、サニーちゃんとスターちゃんがそれを見て楽しそうに笑っているように見えるのに、それらの音が全く聞こえない。ルナちゃんのほうを見ると、わたしに向かって親指を立てたのが見えた。

 

「さて、行きますか」

 

始めて紅魔館に来た時のことを何となく思い出した。あの時の回し蹴りは痛かった…。今なら『来る』と分かっていれば対応出来そうな気がするけれど、そこから続く連撃を対応出来るかと言われると、無理だろう。わたしの体術なんて、そんなもんだ。

普通に歩いて近付く。あの時の美鈴さんの間合いに入った瞬間、美鈴さんの眼が見開かれ――。

 

「――ふぅ」

 

樹を叩く鈍い音が響いた。枝葉の間から頭を出して見下ろすと、美鈴さんと目が合った。

 

「ああ、幻香さんでしたか。どうしたんですか?そんな血塗れで」

「ちょっと大きすぎる獲物を狩りましてね、その返り血ですよ」

「そうでしたか。その獲物はあちらの蛇ですか?」

「ええ、ここまで運ぶのに苦労しましたけど。いくらか差し上げたいので、入ってもいいですか?」

「どうぞ。館の入り口まで運びましょうか?」

「そうしてくれると助かります」

 

樹を回収し、フワリと降り立つ。

 

「いやあ、いつ見ても不思議な能力ですね。お嬢様も大層気に入ってましたよ」

「知ってますよ。目の前で言われたし試されましたし」

「おや、そうでしたか」

 

美鈴さんはそう言いながら、十人がかりで苦労して運んだ蛇を持ち上げた。

 

「ふっぬ…、意外と重いですね…」

「まず持ち上げられるのが驚きですよ…」

 

六人がそれぞれ驚いた顔をしている。何か喋っているのだろうけれど、わたしには聞こえない。

 

「このままだと尻尾のほうを引きずることになってしまいますね…。そっちはお願いしますね」

「はいよっと」

 

三体の複製を動かし、後ろのほうを持ち上げる。このままだと真ん中が垂れてしまうので、そこはわたし達が支えることにする。

 

「ルナちゃん、もういいですよ」

「……、……える?」

「ええ、聞こえますよ。さて、皆で真ん中を支えましょうか」

「よーし!頑張る!」

「うん、やるよ」

「最後のひと踏ん張りだよ!ルナ!スター!」

「…そうね。ハァ…」

「あら、ルナはもう疲れたの?」

「ええ、頑張りましょう」

 

皆である程度間を開けつつ、支える。そして、美鈴さんの歩く速度に合わせて進む。単純だけど、なかなか難しい。

 

「ところで幻香さん」

「何でしょう?」

「昼寝してたことは黙っていてくださいね?」

「…そうですね」

 

言った方がよさそうな時はバラしちゃいますけどね。

 

 

 

 

 

 

「…で、時間潰しの為に血塗れのままここに来た、と」

「そうですね」

 

蛇のヌシの調理は咲夜さんに頼んだ。これから食べるための調理と、わたしが頼んだ保存するための調理の二つ。食事の時間にはまだ早いから、それまで紅魔館内をうろついていて構わない、と言われた――ただし、地下には行くなと言われた――ので、大図書館にやって来た。

 

「じゃ、そこに並んで」

「えっと、ここですか?」

「口と鼻を閉じた方がいいわ。『кругло и намокать』」

「ガボガッ!?」

 

突然わたし達四人を水が丸く包み、その水の中で掻き回される。二、三秒の出来事だったが、かなりきつい。

 

「ゲホッ、ゴホッ…」

「大ちゃん、大丈夫か!?」

「…うへぇ」

 

チルノちゃんは元気そうだが、大ちゃんとリグルちゃんは気持ち悪そうにグッタリとしていた。それを見て、サニーちゃん達は二人を介抱し始める。

 

「うわ、もう乾いてる…」

「それも精霊に頼んでおいたのよ。『乾かせ』って」

「さっきのは?」

「それは『丸くそして濡らせ』」

「後ろ半分なら覚えがあったんですけどね」

「貴女のために口に出したのよ。どう?少しくらいは出来た?」

「いえ、全然。サッパリですよ」

「簡単なことじゃないのは分かってたでしょう?」

「ええ、その通りですよ」

 

なかなか上手くいかないものだ。精霊魔法に足を踏み入れるには、まだまだ経験か才能か時間かその他の何かが足りないようである。

 

「気長に続けなさい。ところで、今日は貴女達の他に面白いのが来てるわよ?」

「へえ、一体誰なんでしょうかね」

「そっちにいるわ。気になるなら見てくれば?」

「そうしますよ」

 

本棚の横を通り抜け、言われた方向へ行くと、特徴的な長い耳を頭に付けた人がいた。

 

「…うわ、幻香さん?」

「おや、こんなところで会うとは意外ですね」

 

そこにはうどんげさんが、何やら分厚い本を開いて立っていた。

 


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