東方幻影人   作:藍薔薇

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第108話

何気なく視界に入った『蝙蝠図鑑』を大した理由もなく引き抜き、うどんげさんの横に座る。表紙を開き、気になった単語が出るまでバラバラと流し読みをすることにする。ふむ、別名は天鼠、飛鼠ねぇ…。レミリアさんには聞かせないほうがよさそう。何だか悲しくなりそうだ。

お互い黙ったまま本を読み続ける。が、どうも上の方からの視線が気になる。頭の中で蝙蝠とうどんげさんを軽く天秤にかける。一瞬にして蝙蝠が下がり、その拍子にうどんげさんが吹っ飛んだ。うん、今読んでいる本の中身を知識として身に付ける方が重要だ。ほぅ、反響定位っていう技能があるのか。人間には聞こえない音、超音波なる波の反響でものの位置が分かる、と。

 

「…あの、何か用ですか?」

「いえ、特に」

 

無言に耐えかねたのか口を開いたが、わたしとしては特に用はない。へぇ、食虫性、植物食、肉食、血液食など種によって様々な食性があり、吸血種は極僅かか。蝙蝠は吸血するものだと思ってた。吸血鬼という存在を先に見ていることによる先入観だろう。

 

「…本当にないんですか?」

「ええ」

 

うわ、大きい種は翼を広げると幅二メートルに達する?相当な大きさだなぁ…。かなり前に撃ち落とした鳥より大きそう。…余裕があったら帰りに鳥を持ち帰るか。

 

「なら、どうしてここに座ったんですか?」

「…そうですね」

 

残ったページを一気に流す。そして複製。不思議なものだ。前は出来ないと思っていたことなのに、今ではこれだけで中身を含めた複製の条件を達成出来る。純粋に記憶力がよくなったのかもしれない。一瞬は見ているわけだから、思い出せないだけで記憶はしているのかもしれない。複製の際に表面を流れる妖力が、文字の凹凸すら感知しているのかもしれない。実際のところ、分からない。

本来ここにあるべき『蝙蝠図鑑』を本棚に戻し、うどんげさんの吸血鬼とは似て非なる紅い眼に目を遣ると、何故かたじろいだ。

 

「何について調べてるんです?」

「お師匠様に言われたことを」

「ふぅん…」

 

当たり障りのない事を訊く間に、何かあったか考える。…そうだ。

 

「貴女がいるなら手っ取り早い」

「はい?」

「貴女達の所為で迷惑した友達がいるんですよ。わたしから軽く説明しておこうかと思いましたが、貴女からした方がいいでしょう?」

「…話が見えないんですけど」

「そうですか?」

 

話を端折り過ぎたかな?伝わる人にはこれだけで伝わるんだけどなぁ…。残念ながら、うどんげさんには伝わらなかったらしい。

 

「月の異変の解決の為に突撃した方々から被害を受けたんですよ」

「…それって私達の所為ですか?」

「どうでしょうね。そもそも、一応スペルカード戦。さらには、直接的原因はここにいる吸血鬼とその従者、それと冥界にいる幽霊二人。それに対し、貴女達は間接的原因」

「それならその方々に言うべきことでしょう?」

「いえ、貴女が最適ですよ」

「…その吸血鬼相手に、幽霊相手には言えないから?」

 

うどんげさんが見当違いなことを言った。もしかして、何か勘違いしてないかな?

 

「被害を受けたことを謝ってほしいなんて言ってません。被害を受けた理由を説明してほしいって言ってるんです。理由も知らずにいるのはちょっと辛いですからね」

「それ、その方は知りたがってるんですか?」

「さぁ?既に忘れているかもしれませんし、どうでもいいと割り切ってるかもしれませんし、嫌なこと思い出させていい迷惑かも知れません。ま、ただの自己満足ですよ。それに、貴女が説明しないなら、わたしが代わりにやるだけですよ」

 

そこまで言うと、難しい顔をした。まあ、そうだろう。わたしの言っていることは、その場で碌に考えずに思い付いたものを、その時その時に考えながら話しているからかなり滅茶苦茶だ。

 

「私が説明する義理はないですね」

 

案の定、断られた。

 

「それならそれでいいですよ。これから説明しに行きますけど、ここなら多分聞こえるでしょう?訂正したかったらいつでもどうぞ」

「…ちょっとだけ、私の質問に答えてくれませんか?」

 

リグルちゃんのところへ行こうとしたら、そう言われた。半分ほど背を向けかけているのを止め、向き直る。

 

「何でしょう?」

「貴女と同行していた、フランドールさんのことです」

「フランさんの?」

 

何か訊かれるようなこと、あったかな?

 

「彼女、どう思います?」

「友達」

「…それだけですか?」

「フフッ、わたしが説明する義理はないですね、でしたっけ?」

 

グルリと背を向け、リグルちゃんのところへ向かう。そんなわたしに、うどんげさんは特に何も言うことなかった。

 

 

 

 

 

 

長椅子でグッタリとしているリグルちゃんに、月の異変について、わたしが知っている限りのことを説明した。偽物の月、月の使者、八意永琳、蓬莱山輝夜。留められた夜、八雲紫。異変解決、とばっちり、レミリア・スカーレット。

 

「つまり、幻香達が知りたかったことは分かったんだね」

「ええ、大体は。レミリアさん達も、とりあえず月に関係している人を手当たり次第、って感じだったわけですよ。許してやって、とは言いませんけどね」

「そこはどうでもいいや。教えてくれてありがと幻香。ところで、ミスティアにはもう伝えたの?」

「実はまだ…」

「そっか。なら、ミスティアが屋台を開く予定の場所知ってるからさ、教えるよ」

 

リグルちゃんが教えてくれた場所は、魔法の森と人間の里のちょうど中間の辺りだった。人間の里に近い、というだけで行きたくなくなってしまうが、そこに行けば確実に会える。なら、行こう。

 

「ありがとうございます、リグルちゃん」

「今日の夜から太陽が昇る少し前までやるって言ってたよ」

「夜の間、か」

 

その時間帯なら、人間の里の人間共は外を出歩くことは殆どない。大抵の妖怪がその力を増す時間帯だから、らしい。わたしには関係のない話だが。

 

「ところで、調子はどうですか?」

「大分マシになった。…渦に閉じ込められるって体験は初めてだよ」

「…わたしもですよ」

 

少し離れたところで、まだ横になっている大ちゃんとその隣で簡単そうな本を読んでいるのに首を捻っているチルノちゃんを見た。そういえば、チルノちゃんは目を回さない体質だったっけ。氷塊「グレートクラッシャー」を振り回すときも思い切り回転するし、そういうのには慣れているのかもしれない。

リグルちゃんが半身起き上がり、背もたれに体を預けて座り直した。もう大丈夫なのだろう。

 

「ふぅ…、ねえ幻香」

「何でしょう?」

「私、もっと強くなりたい」

 

そう言うリグルちゃんの目付きは、今までの彼女からは考えられないほど強いものを感じた。

 

「…前にも似たようなこと言ってましたね」

「違うよ、全然違う。チルノに勝つことよりも、もっと大きい。…あの吸血鬼とその従者の二人組に一方的だった。軽くあしらわれた。もっと凄くて、美しくて、強いのが出来るのに」

「…で、どうなんですか?」

「正直、努力すれば絶対勝てるとまでは思ってないよ。だけどね、あの時すぐ勝てない、って思ったことが悔しいんだ。…凄く、悔しい」

「そうですか」

「うん。だから、今までよりもっと凄い弾幕で攻め立てたい。今までよりもっと美しい弾幕で飾りたい。今までよりもっと強くなりたい」

 

そう言い切ったリグルちゃんの言葉は、わたしにとって少しきついものがあった。相手に依存する弾幕。隙を見出す射撃。常識外れの奇策。相手の美しさを掻き消すスペルカード。その他諸々…。どう考えても、わたしが進んでいる方向とはかけ離れている。

 

「だからさ、見ててよ。私、頑張るから。何かあったら幻香に頼るけど、そのときはお願いね?」

「…ええ、頑張ってください」

 

頼られても、期待に応えられるだろうか?…そうあってほしい。

 


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