東方幻影人   作:藍薔薇

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第109話

黒き塔をその場に残して複製し、三つ前にある銀の歩兵を蹴散らす。これでわたしの黒き軍隊の塔は三つに増えた。それに対し、パチュリーが摘まんだ銀の歩兵がグニャリと形を変え、斜めにあった黒き歩兵を弾いた。盤上に置かれるときには既に歩兵は僧正に姿を変えていた。…ふむ。そう来るか…。

お互いに黙々と数十手指していたが、パチュリーが口を開いた。

 

「ねえ」

「何でしょう、パチュリー」

「いつまでここにいる予定なの?」

「とりあえず夜まで。蛇の加工もその頃には完了してるでしょうし」

 

黒き歩兵を二つ前に動かす。銀の騎士が前にあった銀の歩兵達を飛び越えた。実際に馬が頭上を飛び越えたら、どう感じるのだろう?…いや、城さえも跳び越える跳躍力だ。遥か高みを飛んでいくか。押し潰された時の衝撃は考えたくないけど。

 

「その本は借りてくの?」

「ああ、この『蝙蝠図鑑』ですか?ここで読み切りますよ」

「ま、読みながらやってるならそうよね」

「それは貴女もでしょう?」

 

パチュリーが読んでいる本の表紙には、意味の分からない魔法陣が描かれている。ただの絵としてそれっぽいものを描いているのか、それとも本物なのか…。

 

「そういえば、魔法陣って何ですか?」

「え?説明してなかったかしら?」

「訊いてませんでしたし」

 

黒き僧正を複製して動かし、銀の騎士を討つ。普通のチェスなら二つ前にいる銀の姫様に蹴散らされるから出来ないことだが、この黒き僧正を銀の姫様が蹴散らせば複製の黒き僧正がその姫様を討てる。駒が増えるから犠牲が容易く出来る、ということだ。

 

「魔法陣は詠唱の省略よ」

「省略ですか?けど、才能があれば魔術は思考だけで出来るって言ってませんでしたっけ」

「言ったわ。けれど、大がかりな魔術を思考だけで出来るなんてほとんどいない」

「そうですか」

 

銀の姫様ではなく、横にいた銀の歩兵が姿を変えて黒き僧正を押し潰した。銀の城へと姿を変えたそれを複製の黒き僧正で弾くと、銀の姫様がそれを討った。能力使用回数が減らせたけど、これだとパチュリーは実質歩兵一つ失っただけなんだよなぁ…。

 

「魔法陣だって、ただ描くだけじゃ意味ないのよ。魔力のある素材で描いたり、時には血液だったり」

「例えばですが、わたしの血液だとどうなりますかね?」

「貴女は膨大な妖力持ちだから、とんでもないことになりそう」

「…ああ、そういえばわたしの妖力ってとんでもない量があるんでしたっけ」

「忘れてたの?」

「いえ、特に意識してませんでしたから」

 

例えるなら、百は十ずつ消費し、百万は十万ずつ消費する場合、百より百万のほうが多くても、結局十回しか使えない。

…む、黒き城を複製して動かせば姫様を討てそうだ。しかし、複製したい黒き城は複製だ。前は複製の複製は出来なかった。今では一応出来る。…一応。けれど、この勝負ではどう考えても使えない。諦めて別の時を待つか。代わりに黒き歩兵を斜めに動かし、銀の歩兵を討った。

 

「話を戻すわよ。簡単に言えば、魔法陣は詠唱を図式化したもの。長い詠唱を一言だけにするとか、接触したり魔力を流したりするだけで発動したりとか出来る」

「つまり、それを使えばわたしでも魔術が出来るんですか?」

「正確に描けるの?少し間違えるだけで使えなくなったり暴走したりするから難しいわよ」

「描く必要なんてないですよ。模写なんて一瞬だ」

「…そうね。それなら最初からこれを話しておけばよかったわ…。ごめんなさい」

「そうでもないですよ?精霊魔法は使えるようになりたいですし」

 

しかし、そんな裏技があったとは。時間があったら魔法陣の模写でもしてみようかな。図書館の本を持ち出すわけにもいかないから、最初の一枚はちゃんと描かないと使えないし。

うぅむ、かなりの回数指し合ったけれど、わたしの軍隊が追い詰められてきた。能力使用はあと二回まで、か。対してパチュリーは一回。どう動かすか…。よし、逃げよう。黒き王様を一つ左へ動かす。

 

「…今更言うのも悪いと思うけれど、言わせてもらうわ」

「何がです?」

「…今回のルール、いくら何でも私が有利過ぎないかしら?」

「そうですか?姫様への変形は制限させてもらってますし…」

「それでもよ」

 

今回のルールはお互いに能力を十回まで使用出来る変則チェス。

わたしは複製。駒を動かす際に、その場にその駒の複製を残してから動かす。パチュリーは変形。駒を動かす際に、駒の形を変えてから動かす。お互いに王様、姫様への能力使用は禁止。相手の駒への能力使用も禁止。

 

「…チェック」

「え?」

 

銀の僧正が歩兵に形を変え、わたしの陣地に攻め入った。つまり、昇格。元僧正だった歩兵は姫様へと晴れて生まれ変わった。…ああ、そういう使い方もあったか。銀の姫様が黒き王様の三つ横にいる。

ええと、王様を前に動かしたら…十手以内に詰み。右斜め…特に変化なし。左斜め…同じく。いくら複製しても、何手か詰むのが遅くなるだけで打開するまでは出来そうもない。

 

「………うぅ」

「どうしたの?次の手は?」

「…こうだ」

「え?」

 

チェス盤を複製し、十六×八マスに無理矢理する。そして、黒き王様を後退させる。

 

「…流石にそれは…」

「不可とは言いませんでしたからね。さて、続けましょう」

「…ええ、そうね」

 

 

 

 

 

 

「…はい、負けました」

 

たかがチェス盤を広くしただけで勝てるとは思ってませんよ、ええ。それでもかなり長い間粘ってみた。これをしなかった場合と比較すれば、こっちのほうが長かったと思う。

 

「次やるときはチェス盤への能力作用も禁止ね」

「ま、そうですね」

「それと、私のほうの能力が強過ぎる。この辺りも調整が必要かしら」

「思い付きでとりあえずやってみただけですし、穴があって当然ですよ」

「それもそうね」

 

そう言いながら、パチュリーはチェス盤の駒を並べ直した。見た覚えのある並びだけど…。

 

「この場面、覚えてるかしら?」

「…何となくそんなのもあったような」

「ここで貴女の番。この城を複製してこう動かせば、もっと違う展開になったと思うのだけど」

「ああ、それですか」

 

いくつかの黒き駒を置き換える。その場面で複製だったか否かをしっかりと直す。

 

「この城は、残念ながら複製でしたから」

「ああ、複製の複製は出来ない、だったかしら」

「今はちょっと違いますけどね…」

「あら、そっちは成長したの?」

「ええ、まあ…」

 

盤上の駒を全て退かし、その中から銀の姫様を取り出す。

 

「これは本物です」

「そうね。今回の為にわざわざ金の精霊魔法で生成したもの」

「創造との違いがサッパリですけどね」

「零からじゃなくて、そこら中にある金属の元になるものを掻き集めて作ってるのよ」

「へえ、それは驚いた」

 

右手に銀の姫様を乗せ、隣に複製する。そして、本物のほうを視界から外すために、パチュリーに渡す。

 

「その駒、消せます?」

「ええ、分かったわ」

 

本物の銀の姫様は細かい塵のようになって消え去った。わたしの手には銀の姫様の複製が残っている。そして複製。

 

「…何これ」

「………前はもっと酷かったんですよ?」

「これより?」

「…ええ」

 

一流の芸術家と人間の里にいるただの子供が同じものを作ろうとしたら、こんな感じになるだろうか。あまりにも簡略化され過ぎていて、姫様の駒である、と言われなければすぐに分からないだろう。以前は、そもそも出来なかった。つまり、零から一になったのだ。これでも成長したんですよ。けれど、これだと創造を試みたときと大して変わらない気がする。

 

「『自分の妖力弾を複製出来るんだから自分の複製だって出来る』って思い込んでやったらこうなったんですよ」

「同じ貴女の妖力だから…、と」

「そんな感じです。…まあ、元が単純な形なら大して変わりませんから。弾幕程度なら何とかなりますよ」

「…そうね」

 

スペルカード戦において、わたしの複製をさらに複製するような機会があるとはとても思えないが。あ、そういうスペルカードを作ればいいのか。

 

「…ところで、複製の複製の複製はどうなの?」

「これだけ単純な形になりましたからね。大して変わりませんよ。ほら」

 

銀の姫様モドキが二つに増えた。複製の複製でも、飽くまで複製に変わりはないからね。

 

「ま、大体分かったわ。次こんな感じのルールでやるなら、複製と本物はちゃんと置き換えましょうか」

「そうしましょう」

 


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