屋敷から出て、うどんげさんの後ろに付いて歩く。迷いなく歩いて行くのを見ると、迷いの竹林に住んでいると道が分かるようになるのかな、と考えてしまう。わたしには何処も同じようにしか見えない。
「あの、いつか――」
突然、視界がぶれた。そして、すぐに真っ暗になる。
「何これー!?」
いや、よく見たら真っ暗ではない。ただ、目の前にいきなり壁が現れただけ……否、突然のことで困惑していた頭が落ち着いてきたことで、ようやく分かった。
わたしは今、落下している。
上を見上げると、丸い穴から光が差し込んできている。下を見てみれば、竹槍が十数本。わたしはどうやら落とし穴にかかったらしい。理由は分からないが、思考が加速し落下がとてもゆっくりに感じる。とても不思議だなー。
……ん?竹槍?
「ちょっ!?死ぬ死ぬ死ぬ!?」
これはかなりヤバい。飛べばいいじゃんと言う人もいるだろう。しかし、わたしは残念ながらそんなにすぐに飛行体勢になることが出来ない。この感じだと、飛び上がる前にあの竹槍に刺さってしまい、良くて永琳さんとの再会、悪くて亡き者だ。
「どうにかして落下を止めなきゃ…!」
両腕を広げても、壁に届きそうもない。なら、届かないなら伸ばせばいいじゃない!
視線を下に逸らす。映り込むものは無数の竹槍。その中で最も長そうなものを選んで右手に創り出す。そしてすぐに壁に向かって思い切り突き刺す。
右肩が外れるんじゃないかと思うような衝撃。片腕で私の体重を支えられるか少し心配だったけれど、そちらは問題なかった。しかし、竹槍のほうの耐久力がかなり危ない。今にも折れそうにメキメキ言ってるし!
咄嗟に下を向いて空いている左手に新たな竹槍を創り、隣に突き刺す。そして、両腕で二本の竹槍にぶら下がる。ふう、助かった…。
「…ふう」
「あのー、大丈夫ですかー?」
心配そうなうどんげさんの声が上から聞こえてきた。見上げてみると、こちらを見下ろすうどんげさんがいた。
「大丈夫ですよー」
「それならよかったですー」
返事をしてから、落ち着いて飛行体勢を取る。そして、二本の竹槍を回収する。にしても、こんな落とし穴誰が仕掛けたんだろう?そんなことを考えながら浮き上がり、落とし穴から脱出する。
無事出てきた私を見て安心した顔を浮かべるうどんげさん。しかし、すぐに険しい顔を浮かべる。
「てゐ…」
少しだけ怒気の含まれた声が漏れてきた。どうやら、あの妖怪兎が仕掛けたみたいだ。少し警戒したほうがいいかも。
◆
うどんげさんが突然止まったと思ったら、不自然に曲がっていく。どうしたんだろう?
「念のため、私の足跡を外さずに付いてきてください」
振り向いて言ううどんげさんに従い、僅かに残された足跡にわたしの足を重ねながら歩く。付いて行きながら避けた地面をよく見てみると、不自然に整地されていた。もしかしたら、落とし穴があるのかも。
気を付けながら歩くこと数分。うどんげさんは大きく一歩踏み出した。同じように踏み出すが、脛のあたりに一瞬だけ違和感を感じた。何だろ、蚊でも触ったかな?
「ッ!危ないっ!」
「へ?――ぐへっ!?」
突然うどんげさんが振り向きつつ、わたしの脇腹に回し蹴りを繰り出した。数瞬宙を舞い、三歩分くらい横に蹴飛ばされた。幸い、落とし穴にかかることなく無事着地、但し肩から。蹴られたとこと肩がとても痛い。
「いきなり何するんですかー!」
「すみません、咄嗟に出来たのはこのくらいでして…」
そう言いながら、さっきまで私がいた地面に数本突き刺さっている腕の長さくらいの棒を引き抜く。そして、わたしにゆっくりと近づいてから手に持ったものを見せてくる。
「竹矢です。弾道から予想すると、狙っていたのは脚みたいですね」
「え、それって大丈夫なやつなの?」
「あまり大丈夫じゃないですよ。下手したら貫通します」
平然と返答しているうどんげさんが何だか怖いです。それと、こんな罠を仕掛けるてゐとかいう妖怪兎。貴女は今度会ったときに霧雨さんのマスタースパークみたいな凄いスペルカード考えて目の前でブチかます。
とりあえず、助けてくれたことのお礼はちゃんとしないと。
「助けてくれてありがとうございます」
「いえいえ、無事に里へ送るよう言われていますので」
そう言いながら手を差し伸べるうどんげさん。その手を取りつつ、脇腹蹴っといて無事って考えるのかー、と少しだけ考えた。
◆
その後、罠にかからないように気を付けながら歩くこと数十分。ようやく迷いの竹林を抜け、人間の里に到着した。
「ふう、着きましたよ」
「案内、ありがとうございました」
「いえ、里で仕事をするついでなので大丈夫ですよ」
へー、里で仕事。怪我した人を治したり、薬を売ったりするんだろうか?医者である永琳さんが師匠って言ってたし。
「そうですか。頑張ってください」
「ええ、それじゃあね」
そう言って、うどんげさんと別れた。さて、どうしようかなー。魔法の森に帰るにはまだ早いし、慧音にでも会いに行こうかな。わたしの用はもう済んだよ、って伝えたいし。
人間の里を歩いていたら、わたしを見るや否や逃げ出してしまった。迷いの竹林に行く前も逃げ出していく人は多かったけれど、普段よりも逃げるまでの判断が速い。わたしに何かあったのかな?そう思って、顔を触れたり各部位を動かしたりして、軽く確認をするが、すぐに気づいた。
「あ、服血塗れ…」
そう言えば、フランさんにやられてから服を着替えた覚えがない。寝ている間に着替えさせられていたものだと思っていたけれど、そんなことはなく、あの時創ったパチュリーの服のまま。その服が悲惨なまでに赤黒く染まっている。こりゃ逃げるわ。
しかし、今着替えは持っていない。しょうがないから早く慧音に会いに行って、新しい服に着替えよう。
◆
歩くこと数分。慧音の家の扉を叩く。
「慧音ー?居るー?」
「ああ、その声は幻香か。入ってこい」
すぐ返事が返ってきた。やっぱり慧音はこうじゃないと違和感がある。
言われた通り、敷居を跨ぐ。お邪魔します。
机の前で果物を食べながらわたしを見て、手に持っていた食べかけの果物を落とした。もったいない。しかも、目は見開いているし、口は開きっぱなし。そんなに驚くこと……あったね。うん。
かなり大股で歩み寄り、わたしの肩を掴む。かなり強い。痛いです…。
「お前どうした!?その血!」
「一昨日、このことで会いに行こうとしたんですよ」
「……そういえば妹紅がそんなこと言ってたな」
「それです。ちょっと怪我しちゃって。前に、何でも治せる医者を知ってるって言ってたのを思い出して、そのことを聞こうと思ったんですよ」
「で、妹紅も知っているから案内してもらった、と?」
「はい、そうです」
そう言うと、肩から手を離して、思案顔になる。どうしたんだろう?
「その医者を聞きに来るということは、相当大きな怪我を負ったんじゃないか?」
「あー、そうですね。右腕がちょっと爆発して…」
正直に答えたら、またもや目を見開いて私の右腕を見詰める。ちゃんと治ってますから、安心してください。
「右腕爆発!?見た感じちゃんと治ったみたいだが、一体誰に?」
「フランドール・スカーレットっていう吸血鬼」
「………本当に会ったのか、吸血鬼に。調べ物をするだけじゃなかったのか?」
「帰り道に迷っちゃってですね…。紅魔館って広いですよねー」
慧音は呆れたように額に手を当てて上を見上げる。「記憶力は良かった覚えがあるんだがな…」と呟く声が聞こえてきた。流石に丸ごと改装されちゃ迷いますよ…。
「まあ、無事で何よりだ。その服洗っといてやるから、着替えろ」
「はーい」
そう言って、慧音の服に触れ、新しい服を創る。血塗れの服を脱いで、新しい服に着替え始める。慧音が来ている服は、着やすくていい。慧音は、脱ぎ散らかした血塗れの服を持って部屋から出て行った。
着替えながら、気になったことを聞くことにした。声くらいなら届くと思うし。
「そういえば満月の日、妹紅さんが慧音は忙しいって言ってましたけど、何をしていたんですか―?」
「ん?それはな、歴史書を書いていたんだ。ちゃんとした、な」
「へー、それは大変ですね」
「ああ、間違った歴史を学ぶことで人間と妖怪が不要な争いを起こすのは嫌だからな」
どうやら慧音はそんな大変な仕事もしていたらしい。寺子屋だけでも大変だろうに。
着替え終えて、少し暇になったわたしは、勝手に落ちている食べかけの果物を頬張る。うん、美味しい。食べ終わる頃に、慧音が戻ってきた。すると、わたしの手にあるものを見て言った。
「落ちてる食べ物を拾って食べるのは止めたほうがいいぞ」
「えー、もったいないじゃないですか。まだ食べれるのに」
「いや、これを食べて腹を下すほうがよっぽど怖い」
「そうですか。けど、食べちゃったから遅いですよ?」
「これからは止めておけ、ってことだ」
「はーい」
久しぶりに軽いお説教を受けて、何だかむず痒い気分になる。とりあえず、伝えたいことは伝えたから、もう帰ろうかな。服も着替えられたし。
「それでは、帰りますね」
「ああ、服は、明日には乾いてると思うから」
「分かりました。それでは、また明日」
「ああ、じゃあな」