東方幻影人   作:藍薔薇

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第110話

「すみませんね、一人で運んでもよかったんですが」

「いえ、任された仕事はちゃんと果たさないといけませんので」

 

天上の星々と月を映す霧の湖の上を妖精メイドさん達に合わせてゆっくりと移動する。周りを見渡しても、わたし達以外の生き物の気配はほとんどしない。

わたしの後ろには十人の妖精メイドさんが一枚の大きな布の端を持ち、燻製加工した蛇肉を大量に乗せてぶら下げている。かなり重そうだ。

 

「…それにしても、予想以上に余ったなぁ」

「とても美味しかったですよ」

「うんうん」

「いや、確かに美味しかったですし、そう言ってくれるのはありがたいんですが…」

 

紅魔館にいる全員分の夕食になった蛇のヌシのあまりを貰ったのだが、あまりにも多過ぎる。咲夜さんは『冷燻法を二ヶ月ほどやってみました。一ヶ月は保存が利くかと思いますよ』と言っていたが、朝昼晩と食べれるときにこれをずっと食べ続けても半月は持ちそうな量である。当分食料には困らなさそうだなー、あははー…はぁ。

 

「これでもいくらかはこちらが貰ったようですよ?」

「これで…?」

「ええ」

「…どのくらい?」

「んーっと、四分の三くらい!」

「うわぁ、全部貰ってたら食べ切れない…」

 

内臓を取り除くのを忘れて持って行ったからか、一部はご丁寧に腸詰されている。夕食として出されたものの一つなので味は問題ないのだが、元の大きさが大きさなので物凄く太い。これは足が早いらしく、早めに食べることを勧められた。

とりあえず、明日のスープにこの腸詰が入るのは確定だ。ちゃんと熱を通さないとね。

 

「ところで、家はどちらに?」

「魔法の森」

「うひゃあ、遠いねぇ…」

 

確かに、この大荷物があると辛い距離だろう。やっぱりいくつか持ってあげた方がいいよね。

妖精メイドさん達が持っている布を目分量で四分の一程度の大きさに切り取って複製。妖精メイドさん達の負荷に出来るだけならないように蛇肉を取り出し、布に包む。

 

「あの…」

「ちょっと急ぎたいから、ね?」

「…そうですか。ありがとうございます」

 

少し軽くなった分、僅かに速くなったのを感じながら魔法の森へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

「あ、幻香だ。今日は客として?それとも幻香として?」

「両方ですよ。こんばんは、ミスティアさん」

「こんばんは。で、何か持って来てるみたいだけど、それはお土産か何か?」

「お土産なんですが、ここで焼いてくれませんか?一緒に食べましょうよ」

「うわ、これ何の腸詰?鳥は嫌だよ」

「蛇」

 

蛇の腸詰と一銭銅貨を三枚渡す。三本の蛇の腸詰の中心を串で貫き、二つ準備してから八目鰻を焼くところで焼き始めた。

 

「ささ、座って」

「お邪魔しますね」

「はい、八目鰻九本ね。里が近いけど、いいの?」

「確実に会えるなら、多少の危険は飲みますよ」

「へえ、何かあったの?」

「一週間くらい前のことですが、覚えてます?」

 

顎に指を当てて僅かな間考え、視線が上に、空に、月に行ったように見えた。

 

「…ああ、月の異変だっけ?」

「ええ。確か、妖夢さんと幽々子さんに怪しまれたんでしたよね」

「うん、そうだよ」

「理由も分からないでいるのは少し引っ掛かるでしょう?わたしはそうですけど。ミスティアさん、どうして怪しまれて、異変はどういった理由で行われたのか、知りたくないですか?」

「んー、これが焼けるまでの話で」

「分かりました。じゃあ、短めにしましょうか」

 

リグルちゃんにしたのと似たような話をした。月の異変の黒幕、理由、結果。魂魄妖夢、西行寺幽々子、解決。短くまとめ、早口で語ったからか、腸詰が焼けるより早く終わった。

 

「文字通り『怪しかった』から襲われたのね…」

「そうですね。月を眺めて歌ってたから怪しい、と」

「手当たり次第、かぁ…」

「関係なくてもとりあえず、ですよ。まあ、悪気はなかったんですよ。許してやって、とは言いませんが」

「許すよ。怪我はもう治ったし。…さ、焼けたよ」

 

蛇の腸詰の表面が軽く焦げるまで焼かれ、串を挿した僅かな隙間から肉汁が漏れ出ている。

 

「うん、美味しそう。これ、幻香が作ったの?」

「わたしがそんなこと出来るわけないじゃないですか。咲夜さんですよ。頼んだら作ってくれたんです」

「そう?その人、今でもたまに来るんだよ。それでいつも何本か持ち帰るの」

「前にも言ってましたが…。そうですか、今でも買いに来てくれてるんですね」

「常連、って言えるのかな?」

「言えるんじゃないですか?」

 

蛇の腸詰を一口食べる。うん、やっぱり美味しい。蛇の肉だけじゃなくて、胡椒、唐辛子などの香辛料や細切れの野菜が入っている。

 

「んー、美味しい。出来ればにんにくなんかも入ってたら…、あ、それは駄目か」

「そうですね、吸血鬼の従者ですし。…ミスティアさんも、八目鰻以外にも何か売ってみたらどうです?」

「そう?そのことは前にちょっとだけ考えたんだけどね」

「何を焼くんです?」

「ううん、煮込むの。おでんを始めようかなー、って」

 

おでんかぁ…。大根、人参、こんにゃく、竹輪、牛筋なんかを煮込む奴だっけ?…あれ、確か鶏の卵もあったような…。

 

「あ、卵はいいのか、って思ったでしょ?」

「…ええ。焼き鳥撲滅のために始めたんでしょう?それなら鳥の卵を出すのは、と」

「私も結構迷ったんだけどね。そこは無精卵だから許して?」

「…そうですか」

 

産まれることのない卵だから、命のないものだから、と。確かにそうだ。そのまま捨てられるくらいなら、食べてしまった方がいいだろう。もったいないし。

八目鰻を口にする。うん、いつもと変わらない味だ。これだけ美味しく調理出来るんだから、きっとおでんも美味しく仕上がることだろう。

 

「それで、考えたのにどうして始めないんです?」

「…材料がね。滅多にないけれど、里には夜だけ開けて妖怪を対象に商売するお店もあるんだ」

 

へぇ、そんなお店もあるんだ。夜の人間の里ってほとんど歩いたことないんだよね。まあ、妖怪相手の店ならコソコソと隠れてやっているだろうし、見つけられなくてもしょうがないかもしれない。

 

「けど、そういうお店ってすぐ潰れちゃうんだよね」

「妖怪相手に商売するから?」

「そう。だからねぇ…」

「…つまり、人間相手に商売していて妖怪が買っても気にしない店があればいい、と」

「まぁね。けど、そんな都合のいいお店はないの」

「ありますよ」

「え?」

「そんな都合のいい店があるんです」

「いやいや!どうして幻香が知ってるの!?」

「正しくは、慧音が知ってます。ミスティアさん、寺子屋の場所って知ってますか?」

「うん、一応…。里では有名だもん」

「それならよかった。今度、慧音に茸売りの八百屋さんについて訊いてください。わたしに教えられて、と言えばその店に行けますよ」

「…本当?」

 

半信半疑、と言った顔で言った。わたしは、慧音が嘘を言っているとは思えない。

 

「ええ。わたしの、禍のことを『残念だが私の店には来たことがないね。ここの美味い野菜を食べたことがないなんて勿体ない』と言うような人ですから。その八百屋のお婆さんは客か否か二つしかいないんですよ」

 

いつか会えたら、と思う。けれど、現実は厳しい。

 

「そっか…。そんなお店、あるんだ…」

「ま、わたしが知っているのは八百屋だけですけどね。他の具材についても慧音に訊いてみればどうですか?」

「うん、そうする。ありがと、幻香」

「始めたら教えてくださいよ。お金持っていきますから」

「今度の冬…はちょっと早いかな…。来年には始めたいな」

「楽しみにしてますよ」

 


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