東方幻影人   作:藍薔薇

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第114話

少しお腹が空いてきたから、菜箸を複製して蛇肉に無理矢理突き刺し、焚き火で炙って食べることにする。ふとした思い付きで、この肉に砂糖をまぶしてみたらどうなるだろうか、と思って砂糖を探してみたが見つからない。別の場所に置き間違えたか、と考えて離れようとしたときに、砂糖は萃香さんに食い尽くされてしまったことを思い出した。…調味料がいくつかなくなったこと、慧音に言うの忘れてた。調味料はまた今度かな。

蛇肉から僅かに染み出た脂で火が爆ぜる音を聞きながら、食べ終わってからしたいことを考える。…今日は精霊魔法にしよう。魔法陣という楽な道もあるけれど、これまでやり続けてきたんだから続け――。

 

「幻香ッ!」

「おわっ、熱ッ!」

 

扉が思い切り開き、壁に叩きつけられた。その轟音と怒声にも似た大声に驚き、一瞬とはいえ、焚き火に手を突っ込んでしまった。…ああ、いい感じに焼けてきた蛇肉が焚き火の中に。もったいない。残念だけど、蛇肉は諦めて椅子に座ることにした。

 

「ハァ…、ハァ…」

「…け、慧音?」

 

少しヒリヒリする手を擦りながら扉のほうを見遣ると、肩で息をしている慧音がいた。おかしいな…。慧音は来るのは基本一週間に一度。前に来てから、まだ一週間は経っていないはずなんだけど。

 

「この時間は寺子屋の時間じゃ――」

「…まずいことになった」

 

向かい側に座りつつ、わたしの言葉を遮って言った一言によって、嫌な予感が一気に湧き出す。

 

「恐れていたことが、現実になろうとしている…」

「…もしかして、里が?」

「ああ。今夜、お前を討伐するつもりらしい」

 

…遂にこの時が来てしまったか。彼らはわたしを殺す為に、里の外へと出るのだろう。わたしを殺す為だけに、この魔法の森へと足を踏み入れるのだろう。だが、先に一つ確かめておかなければならないことがある。

 

「それ、確かな情報なんですか?」

「…ああ。生徒からの又聞きだがな」

「どういった内容で?」

「その父が『禍を退治しに行く』と言っていたそうだ」

「…ふむ」

 

一人で来るのだろうか?…いや、それはないか。あの時だって複数いたんだし。いや、それ以上に気になることが。

 

「…ここ、どこから割れたんでしょうね」

「私は一週間に一度ここに来ているんだ。そこからかもしれないな」

「そうですね…。わたしも里に行かなくなる前は普通に魔法の森から行ってましたし」

「出所はどうと、ここは既に知られているだろうよ」

 

わたしの家を知っている人はあまりいないつもりだったんだけどなぁ…。慧音、妹紅さん、萃香さん、紅魔館の人達、霧の湖近辺で会う妖精妖怪達、霊夢さん、魔理沙さん、妖夢さん、八雲紫…。パッと思い付くのはそのくらい。それでも、両手で数えきれない数になっていたのか。

 

「…さて、幻香。お前はどうする?」

「どうする…とは?」

 

前に訊かれたときと全く同じ言葉。しかし、続く言葉は変わっている。

 

「新たにどこへ移り住むか、だ」

「……どうしましょうか」

 

前にフランさんとレミリアさんに誘われたし、紅魔館へ移り住むか?流石に吸血鬼の住む館にまで行こうとはしないだろう。

 

「…紅魔――」

 

わたしは、また逃げるのか?わたしが里へ出入りしない、と決めたのは放っておけば勝手に収束すると思ったからだ。しかし、それは無駄だった。悪意が潰えることはないと既に証明された。それなのに、悪意がさらに膨れ上がっていくのを放置して?

 

「――いや、移転は後だ。潰しましょう」

 

…もう限界だ。わたしにとって、過激派は人間の里の膿のような存在。噴き出てしまうならば、いっそのこと小さい内に抜き取ってしまおう。

 

「本気か?」

「ええ」

「死ぬかもしれないんだぞ?」

「今までだって何度も死にかけた」

「それまでとはまるで違う」

「違いませんよ。あるなら、助かる可能性があるか否かぐらい」

「それが問題だろうッ!?」

「そんな程度の問題で止まるほどの柔い決意で言ってるんじゃないんですよッ!」

 

血が滲みそうなほど握りしめた右手を机の天板に叩きつける。すると、それなりに頑丈だと思っていた天板がバキリと割れた。慧音の目が丸くなったが、気にせずに二つに割れてしまった机を回収しながら続けた。

 

「これ以上彼らを放置したくないんですよ。逃げても、もっと膨れ上がってやって来る。また逃げて、さらに膨れ上がる。その繰り返し。なら、今潰すべきだ」

「もう一度だけ問うぞ。…本気か?」

「ええ」

「…そうか。お前の意見は、尊重する…が、私は――いや、何でもない。忘れてくれ…」

 

ギリ、と嫌な音が僅かに響いた。抑えられないものを無理矢理抑えようとしている苦痛が見える。

 

「…慧音。悪いとは思いますが、今は出来るだけ多くのことを知りたいんです。答えられるだけ答えてください」

「…ああ、構わない」

「過激派の数は?」

「私が知っているだけで三十七、いや三十八人いる」

 

三十八、か。多いなぁ…。その全員が来ると仮定して、…いや待て。慧音が知らない数ももちろんいるだろう。多めに見積もって三倍に増えるとする。その数は百十四人。わたしはその数相手に勝てるだろうか?…分からない。

 

「武装は?」

「刀はあるだろう。それ以外だと短刀、脇差、棍棒などが思い付くが、それらは憶測になる」

 

刀か。妖夢さんが楼観剣という刀を振るっていたが、そのような達人がいないことを願う。対応が厳しくなる。とりあえず、手頃な凶器は幾つか持ってくるだろう。禍と言われているわたしを素手で殺そうとする人間はあまりいないだろうから。

 

「今夜と言っていましたが、具体的には?」

「『明日には終わる』と聞いたからそう思っただけでな。申し訳ないが、詳しくは知らん。が、私がここに来るときにそういった者はいなかった」

 

そっか。けれど、慧音の予想は正しいと思う。過激派はわたしを討伐する為に何度も里の外へ出ようとしたが、その度にそれ以外の者に反対されて抑え込まれている。ならば、そういった者たちにバレない時間帯に出るだろう。人間の里では夜に活動する人間なんてほとんどいないのだから。

 

「首謀者は?」

「分からん。が、おそらく元妖怪退治専門家であるあの爺さんだろう」

 

でしょうね。

 

「…ま、このくらいですかね。ありがとうございます」

「すまんな。役立つような情報をあまり出せなかった」

「十分ですよ」

 

今夜来ると教えてくれただけで十二分だ。

さてと。場所が割れてしまった以上、この家とはお別れかな。壁に手を当て、少しだけ意識を集中させる。頭の中で椅子、本棚、それに入れられた本、包丁、鍋なども家の一部と考えることで、まとめて回収する。

 

「…ふぅ」

 

家となっていた妖力塊が妖力となって体中を巡る。完全、というわけではないが、それでも九割以上はあるだろう。

残されたものは、蛇肉の山、僅かな食材と調味料、焚き火、その中で真っ黒に焦げた蛇肉。意図的に残した複製は、緋々色金のネックレスと毒性植物の抽出液。焚き火が森に燃え移ってしまうとよくないので、土を複製して被せて鎮火する。

 

「…よし」

 

落ちている緋々色金が三つ付いたネックレスを首に掛ける。

 

「食材の類は少し残して持って行ってください。多過ぎると荷物になってしまいますから」

「持ち帰れる分だけ、な。流石に私一人では多過ぎるよ」

「それでもいいです。放っておかれるよりマシでしょうから」

 

関節の可動域を少しでも広げるために、一ヶ所ずつゆっくりと伸ばしていく。その途中で、忘れていたことを思い出した。

 

「慧音」

「何だ?」

「一応、言っておきますね。…さよなら」

「…ああ。さようなら、幻香」

 

この世かあの世で、また会いましょう。

 


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