東方幻影人   作:藍薔薇

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第115話

…本当に来た。頭の隅では来ないことを望んでいたけれど、そこまで甘くはなかったようだ。自然と漏れ出た溜め息は、冷えた闇に紛れて消えた。

空間把握。先頭は小柄な人で、その後ろにズラズラと大人と言えそうな大きさの人達が。えぇーっと、一、二、三…全部で八十六人か。うわぁ、多いなぁ…。ほとんどが何かを手に持っているのが分かる。刀、脇差、出刃包丁などの刃物、棍棒、錘、物干し竿などの鈍器。三節棍なんて珍しいものもある。…細かく感じていたら時間がかかる。もうすぐ彼らはここに着くのだから。

わざとらしく音を立てながら、魔法の森から出る。森の中は戦いやすいけれど、それでは駄目だ。被害はわたしにとって最小でいい。魔法の森で気絶なんてさせてしまったら全員お陀仏でもおかしくないのだから。

音に気が付き、歩みを止めた人間共が見えた。さて、と。彼らが来るまでの間に性格は大体考えた。

 

「おや、珍しい。こんなところで夜の散歩かな?」

「…禍」

「そういえばそんなふうに呼ばれてるんだっけ。そうだね。君達が言う通り、わたしが禍だ」

 

先頭にいたのは、あの時の爺さん。元妖怪退治専門家。その両手に得物らしきものは見えない。

 

「貴様を殺しに来た…!」

「ふーん、あっそ」

「なッ…!」

 

呆れたような顔をしながら答えると、神経でも逆撫でされたように、皺いっぱいの顔がさらに皺くちゃになった。紙を丸めて広げたようだ、とどうでもいいことが頭に浮かぶ。

 

「お前の所為で!」「息子が!」「腕を!」「娘が!」「怪我を!」「妻が!」「病に!」「怪我を!」「友が!」「病に!」「消えろ!」「腕を!」「お前の所為で!」「娘が!」「怪我を!」「妻が!」「病に!」「怪我を!」「友が!」「お前の所為で!」「父が!」「母が!」「腕を!」「脚を!」「息子が!」「病に!」「怪我を!」「殺せ!」「腕を!」「消えろ!」「お前の所為で!」「息子が!」「腕を!」「死ね!」「娘が!」「怪我を!」「妻が!」「眼を!」「友が!」「父が!」「息子が!」「脚を!」「死ね!」「お前の所為で!」「消えろ!」「病に!」「死ね!」「母が!」「娘が!」「病に!」「お前の所為で!」「殺せ!」「妻が!」「病に!」「腕を!」「殺せ!」「お前の所為で!」「息子が!」「殺せ!」「友が!」「眼を!」「父が!」「殺せ!」「友が!」「お前の所為で!」「息子が!」「脚を!」「娘が!」「病に!」「お前の所為で!」「殺せ!」「妻が!」「父が!」「母が!」「お前の所為で!」「腕を!」「脚を!」「息子が!」「病に!」「怪我を!」「殺せ!」「死ね!」「息子が!」「脚を!」「消えろ!」

 

後ろもガヤガヤとうるさくわめき出す。何を言っているのか分からないけれど、まあ、今まであった不吉なことについて、呪詛めいたことを言っているのだろう。まあ、予想通りの反応だ。だから、それに対する返事も決めていた。

塵でも見るような眼を心がけて、嫌味たっぷりに言ってやる。

 

「殺したければさっさと来なよ。お前らの不幸なんて鼻で嗤ってやるからさ」

 

そう言ってやった途端、棍棒が二本飛んできた。一本躱しつつ、もう一本の持ち手を右手で掴み取る。自ら得物を手放すなんて信じられない…。それに、相手に与えるなんてさらによくない。

 

「かかれッ!かかれえェーッ!」

 

爺さんが同じように士気を高めるのを聞き流しつつ、駆けてくる相手の顎に軽くかち上げる。僅かに浮かび上がり、頭頂部から落ちるのを視界の端で見つつ、もう一人の顔を軽く潰す。…うぅむ、使い辛いな。得物を持った動きは碌にやってなかったからなぁ…。

一本複製し、過剰妖力を噴出させて射出。鳩尾を打ちながら、四人巻き込んで吹き飛ぶ。別の集団へ駆け、空いている左手の貫手を左胸部に打ち込む。まだ倒れなかったので、軽く浮かび上がりながら体を旋回させ、頭頂部に踵を叩き込む。

 

「…おぉおーっ!」

「おっそいなぁ」

 

今更ながら刀を抜き出すのを呆れながら、振り下ろしを半身ずらして避けると、刀が地面に虚しく刺さる。いつの間にか後ろから飛びかかってきた一人を棍棒で叩き、捻られた体を戻す反動で目の前の顔を叩き潰す。

近くにいた一人の脚を払い、左手で頭を掴んで地面に叩きつける。右から物干し竿を振り上げながら来たので、気絶しているのを投げ当てる。そして、物干し竿を複製して喉を突く。

 

「何をモタモタしておるッ!囲め!囲めェーッ!」

「…止めた方がいいと思うけどなぁ」

 

そんなわたしの呟きは、当然届くことはない。八人に囲まれた。刀二本、脇差一本、包丁三本、棍棒一本、錘一本。そして一斉に突撃してきた。

 

「…それは流石に有り得ないでしょ」

 

樹を一本複製し、枝葉の中に弾き上がる。刃物は幹に突き刺さって抜けないようだ。その六人の頭に複製した棍棒を落とす。重力に従って加速していく棍棒でそのまま気絶。普通なら手放すだろうに、そんなことしないからこうなるんだよ。鈍器はその硬い幹を叩いたことで、普段こんなことの為に使っていないだろう手を痛めて得物を手放している。枝葉の中から飛び降り、錘を持っていた方に前方一回転の加速を乗せた踵落とし。樹を回収して、その向こうにいたのに棍棒を投げつける。綺麗に顔に当たり、倒れた。

 

「数じゃッ!数で押し切れる!行け!行かんかあァッ!」

「そんなわけないでしょうに」

 

もう使ってもいいか。『幻』展開。最速追尾弾用を四十五個。威力は最弱。気絶させるのは出来なくても、牽制なら何の問題もなく出来るだろう。一斉に放たれた弾幕に六十人強が慄き出す。爺さんも心なしか頬が引き攣っているように見えた。

無謀にも突撃してきた一人の刀を『幻』から放たれる妖力弾によって真ん中から圧し折る。跳んでいった刃が地面に突き刺さったことにホッとしながら、顔に飛び蹴りを叩き込む。

 

「もうさ、諦めなって。勝てない勝負に挑むのは止めたら?」

「ふざけるなッ!貴様だけは許せんわッ!」

「でしょうね」

 

指先が淡く光り、一発の妖力弾を放つ。貫通特化の妖力弾は一人の右肩を貫き、その後ろにいた数人も貫く。悲痛な叫びが上がるのが鬱陶しかったので、彼らが持っている鈍器を地面の中に複製する。大地という圧倒的質量に勝てるはずもなく弾き出された鈍器がそのまま顎にブチ当たる。叫んでいたのを含め、十人打ち上がった。

 

「もう諦めよ?」

「断るッ!」

 

『幻』で近付いて来るのを撃ちながら語りかけてみたが、そりゃ断りますよね。この程度で諦めるなら、ここまで来ないだろうし。

自ら近付き、一人の喉を貫手で打ち、その隣にいた奴のこめかみに一発蹴りをブチ込む。左奥にいる奴に炸裂弾を一発撃ち込むと、血を噴き出しながら吹き跳んだ。ヤバい、これは流石に駄目だ。幸い、致死量は出ていないと思う。半日は放っておいても問題ない量に見えた。

 

「喰らえ!」

 

棍棒がまた投げつけられたのを呆れながら妖力弾で弾く。近くにいるのを探っていたら、左肩に衝撃が走った。

 

「ぐッ!」

 

眼だけで肩を見ると、黒く塗られた杭が突き刺さっていた。気付かなかった…!そんな小細工してきそうなのは、棍棒を投げた奴の後ろにいた爺さん以外思い付かない。

 

「あ、れ?」

 

突如、体が固まってくる。動けないほどではないけれど、関節に糊付けでもされたように。意識も僅かに薄れていく。『幻』が勝手に消えていく。

 

「禍は弱った!今じゃァッ!殺れッ!殺すんじゃッ!」

 

そういう爺さんの眼に違和感を感じた。左眼と右眼で焦点が合っていない。それに、瞳の色も僅かに違う。

 

「ああ、面倒な…」

 

まさか、片眼を捧げて『妖力無効化』の呪具を作って来るとは…!

 


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