東方幻影人   作:藍薔薇

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第117話

「よっ、と」

 

塀を乗り越え、永遠亭の庭に音を立てず着地する。奥のほうで妖怪兎が何かしているようだが気にせず進み、そのまま窓を開けて中に侵入する。

 

「…せめて入口から入ったらどうかしら?」

「悪いな。居留守を使われたら面倒なんでな」

 

窓から侵入した私に呆れた顔をしながら永琳は言った。言われたように入り口から入ってもよかったのだが、かなり昔に居留守を使われたことがあった。それは何としてでも回避したい。それに、アイツに会わないで済むならそれに越したことはない。今回はアイツに用は全くないのだから。

 

「で、何か用かしら?」

「単刀直入に言わせてもらう。幻香のこと、何か知ってるだろ」

 

軽く目を細め、手元にある何が書いてあるのか分からない紙によく分からない単語を記入しながら答えた。

 

「…ドッペルゲンガー」

「その先だ」

 

手が止まった。そして、瞬き二回。…どうやら、当たりを引いたようだな。

お互い口を開くこともなく、静寂が続く。数分待ち続けただろうか。ようやく永琳が重い口を開いた。

 

「…そうね、貴女は幻香の友人だもの。貴女には、それを知る権利がある」

「言えよ」

「先に言っておくけれど、これは飽くまで仮説。それを忘れないで」

 

そう言いながら席を立つと、扉に手をかけた。

 

「それでも知りたければ、付いて来なさい」

 

部屋を出る一歩前に、振り向いて私に言った。答えは既に決まっている。私は躊躇いもなく永琳の後ろに付いて行った。

廊下に入ってすぐ、永琳は振り向くことなく私に言った。

 

「優曇華には吸血鬼について少し調べてもらったわ」

「吸血鬼ぃ?」

「ええ。とても面白いことが書かれていたみたい。とある吸血鬼が頭から真っ二つにされ、右半身と左半身に分かれた。その二つの半身がそれぞれ失われた半身を再生して、全く同じ吸血鬼が二人誕生した、ですって。まあ、調べてもらって悪いけれど、あんまり意味はなかったわね。さ、着いたわよ」

 

無駄話とも思える話が丁度よく終わったところで立ち止まり、扉を開けた。真っ暗な部屋で、どこに何があるのかさえ分からない。指先に小さな炎でも灯そうか、と考えていたら、電灯が点いた。壁一面に大量の箱や巻物、よく分からない機械がズラリと並んでいた。

 

「なんだ、ここ」

「資料室兼物置、かしら?まず見せたいものがあるから、少し待ってて」

 

永琳は、大量にある箱の一つを開けた。後ろから覗いてみると、規則性を見出せない模様が一面に描かれた紙が大量に収められていた。その中から三枚の紙を選び抜いて、私に手渡した。

 

「…何だ、これ」

「DNAよ」

「は?ディ…、も、もう一度言ってくれ」

「DNA。デオキシリボ核酸。生物の遺伝情報の継承と発現を担う高分子生体物質よ」

「さっぱり意味が分からん」

 

急に聞いたこともない単語を言われても困る。

 

「それはそうよね。貴女に必要な情報を分かりやすく言えば、個体の識別が可能なのよ。全く同じDNAが出る確率は、私の作った機械だと大体六兆分の一」

「…それの何がいいんだ?」

「今の貴女にはそこまで関係ないわね」

 

血統がなんたら、先天的病気がどうこう、と呟いていたがよく分からなかった。

 

「左上に誰のDNAか明記してあるわ」

「ん…『鏡宮幻香』、『フランドール・スカーレット』、『鏡宮幻香(仮)』…。おい、幻香二枚あるじゃねえか」

 

それに(仮)って何だよ。

 

「いいのよ、それで」

「よくないだろ。それに、個体の識別が可能だってんなら二枚もいらないだ、…ろ?」

 

『鏡宮幻香』と『鏡宮幻香(仮)』の模様が全く違う。誰がどう見ても、違う。それどころか『フランドール・スカーレット』と『鏡宮幻香(仮)』は全く同じと言ってもいいほど模様が同じだった。

 

「…さっきお前が言ったのは嘘だったのか?」

「いいえ。まあ、例外的に双子なら同じDNAになるけれど…」

「双子?…それはないだろ、流石に」

「でしょうね。仮説を話すわ。真実かどうかは貴女が判断して」

 

そう言うと目を瞑り、滑らかに口を動かし始めた。

 

「まず、私は彼女達と戦っているとき、八雲紫が空間を開いた先にフランドール・スカーレットが二人いるのを見た。そして、その後同じ場所に行ってみると、フランドール・スカーレットと鏡宮幻香がいた」

 

慧音が言っていた永夜異変と里で言われているものが起きた時のことだろう。幻香と八雲紫が同時にここに来ていたのは、その時しか思いつかない。

 

「そこで私は突拍子もなく思ったのよ。『フランドール・スカーレットと鏡宮幻香は同一存在ではないか』なんて発想を」

「はぁ?どうしてそうなる」

「フランドール・スカーレットと鏡宮幻香が入れ替わっていたから、だったと思うのだけど。正直、どうしてそんな事が思い付いたのか、私にも分からない。もう一度あの時に戻ったとしても、同じことを考えるとは思えない。…まあ、この発想は間違いだったわけだけど」

「…違ったのかよ」

「ええ。そのときはそうだと思って調べた。だけど、違った。代わりに、別の答えが出てきた」

 

そこで永琳の口が止まった。喉に何かが詰まっているように、言葉が続かない。

 

「…言えよ。話が進まないだろ」

「……『鏡宮幻香はフランドール・スカーレットに、もしくはフランドール・スカーレットは鏡宮幻香になった』。私は、そう考えた」

 

幻香が、フランドールに?妖怪狸や妖怪狐なんかの変化(へんげ)ではなく?

 

「貴女のことだから、妖怪狸の類を疑ってるでしょうね。残念だけど、それはないわ。その手の変化ではDNAは変化しない」

「…一応、証拠は?」

「ちょっと待ってて。…これよ」

 

渡された二枚の紙には『抜田八兵衛』と『島本絹代』と書かれている。パッと見で分かるのは、その模様が同じであること。

 

「ある妖怪狸のDNAよ。両方とも偽名だったけど」

「…見た感じは同じだな」

「ええ。重ねて見ればよく分かるわ」

 

重ねて…?そう言われると、この紙は一般的な紙と比べると非常に薄い。紙の向こう側が透けて見えそうなほどに。言われた通りに重ねて見てみると、全ての模様がピッタリと重なった。

 

「…同じだな」

「ええ。世間話で『二回目の診療ですね』って言ってみたらアッサリと認めたわ。『前回は八兵衛と言う名で来たのですが、よく分かりましたね』って」

「とりあえず信じる。…仮説を続けてくれ」

「ええ、そうするわ。鏡宮幻香が倒れていたところに散らばっていた指の肉片のDNAが『鏡宮幻香(仮)』よ。調べてすぐはフランドール・スカーレットのDNAだと思った。けれど、よく見ると違った。機械の誤差かと思ったけれど、それにしては不可解な違いだった」

 

重ねて見てみると、二枚の模様はほとんど一致した。しかし、僅か三ヶ所だけとはいえ、明確に違うところがあった。

 

「…一応別の個体、ということになるんじゃないか?」

「その違うところを覚えて頂戴。次に『鏡宮幻香』と『鏡宮幻香(仮)』を重ねてみて」

「これだけ違うのに重ねても大し、て…」

 

さっき違っていた三ヶ所だけが、一致した。これは、偶然か?偶然で片付けてもいいことなのか?

 

「偶然の一致と片付けてくれても構わないわ。だけど、私は偶然ではないと考えた。だから、私はそう仮説を立てた」

「…いや、これは偶然じゃない、と思う。が、何なんだ、これは…」

「分からないわよ、そんなの」

「…なあ。幻香は、何者なんだ?」

「ドッペルゲンガー。だけど、それ以上に異常よ。正直に言わせてもらう。…彼女は、化け物よ」

 

化け物、か。言い得て妙だな。

 

「…ありがとうな」

「これを知って貴女が何をしたいのかは訊かないわ」

「悪い。そうしてくれると助かる」

 

もう一週間経ったんだ。萃香かフランドールも何か情報を得ただろうか?一度集まって情報を交換するのもいいかもしれない。

 


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