妹紅さんの家には、右腕が肘の手前まで生えてきた頃に到着した。妹紅さんが早足だったということもあり、予想より少し早い。一瞬にして家が瓦解する像が浮かんだが、そんなことはどうでもいい。
「右腕、治ってきたのか?」
「…ま、そうですね」
『サッさと治らナいかナァー。まダ右腕シか動カせナいモン』
治ってなんか欲しくないが。…いや、少し違うか。破壊魔が動かさないならさっさと治ってほしい。
「早いな。あれか?妖力を再生のほうにでも回したのか?」
「っ…ぇえ」
『そんナコとシなくテも治るッテ!』
全くそんなことはしていないのだけど、破壊魔の所為か勝手に生えてくるのだ。妖力を使っているのかどうかと言われると、ほとんど使っている気がしない。
「入れよ」
「…お邪魔しますね」
妹紅さんの後ろに付いて家に入った。萃香さんとフランさんが破壊される像を目に入れるのが嫌だったので、目を出来るだけ細めながら。
「おっ、妹紅。帰ってきたか。何かあっ…た、か…」
「何、で…?」
「…こんばんは、萃香さん、フランさん」
が、そんな程度のことで見ずに済むほど甘くはなかったようだ。萃香さんは全身の骨が裏返ったように折れ、フランさんは内臓をぶちまけた。見るに堪えない。見たくもない。たとえ、一瞬でもだ。
「そっか。…見つけたか」
「…ねぇ、ちょっと早くない?もう少し話してからだって…」
像が晴れた後に見た二人は、実に対照的な表情をしていた。萃香さんは何か決意した表情でわたしを強く見詰めたが、フランさんは何かを恐れるようにわたしと目を合わせようともしない。
「悪いな、フランドール。だがな、あれだけ考えても肝心のところで止まってる。だからこそ、思い付く限りの最後の情報源だ」
「だけど…」
「時間がいつまでか分からないんだ。だったら、早い方がいい。渋って手遅れになる方がまずいだろ」
…何の話をしているんだろう?わたしが最後の情報源?手遅れ?
「…話していいの?まだ起きてなかったら…」
「いや、もう起きてる」
「えッ!?」
「…らしいな。だが、まだ手遅れって感じではなさそうだ」
起きる、か。…まさか、この破壊魔のことをもう知られていたのか?
一体何処で、記憶を掘り返し始めようとした時、妹紅さんがわたしの両肩に手を乗せて迫ってきた。
「…話がある」
「え?なんでしょ――」
『ついニ来たァッ!』
歓喜。わたしの感情がそれ一つに支配される。指先までキッチリと生え揃った右腕が目の前にいる妹紅さんの心臓部へと真っ直ぐ伸び始める。
…舐めるなよ、破壊魔。その程度は予想済みだ。脇差を複製し、指先から肩のあたりまで真っ直ぐと貫かせるつもりで切っ先をこちらに向けて複製する。そして、妹紅さんに重ねて棍棒を複製することで、射程外へと弾き出す。
打ち出す途中だったこともあり、脇差で指先から一気に肘まで貫き、切っ先が肘から外へ飛び出した。妹紅さんは突然弾き出されて僅かに体勢を崩したが、その眼はわたしの右腕に釘付けになっていた。
「なッ、何やってんだお前ッ!」
「痛ったぁ…!」
『邪魔ッ、しなイでヨッ!』
それでも構わず右腕を突き動かす破壊魔の行動力には、目を見張るものがある。右腕に引きずられるように体が前に出て行き、妹紅さんへと追撃を仕掛ける右腕。
それも、予想済みだ。真横から脇差の二本複製し、右腕を打ち抜く。その勢いは潰えることなく、近くにあった箪笥に右腕を縫い付けて固定した。
「何、してんだ…?」
「おねーさん…?急に、どうしたの?」
『おネー、サン…?』
困惑が体中を駆け巡る。何故、その言葉に反応する?いや、もうここまで来ればこの破壊魔の正体なんてほとんど開示されたようなものだ。
――この破壊魔の正体は『フランドール・スカーレット』だ。
どうしてわたしの中にフランさんがいるのかなんて知らないが、偽物であることだけは確かだ。そうでないと、目の前にいるフランさんの説明がつかない。
「…まさか『ドス黒い意識』がッ!?」
「右腕を動かしてるのか!」
「嘘ッ!?まさか、本当に…!?違うって言ってよ!ねぇッ!?」
多分、その『ドス黒い意識』っていうのが、わたしの中にいる『破壊魔』のことなのだろう。この破壊魔――本物のフランさんと区別するために、仮名は変更しない――をどうにかしないと。そうしないと、被害が広がる一方だ。
「…妹紅さん」
「何だよ」
苦い顔をしているが、気にせず切り出す。
「すみませんが、一部屋借りてもいいですか?」
「何考えてんだ?」
「わたしは、この破壊魔をどうにかするまで一人になりたいんですよ」
「…おねーさん、本気で言ってるの?」
「本気ですよ。…これ以上、何も壊したくないんです」
『ふザケんなッ!壊ス!もッと!タくさン!壊サせロッ!』
破壊魔がフランさんだとすれば、破壊衝動はかなり収まってきたと思ってたのに。なのにどうして破壊魔の破壊衝動は収まることを知らないのだろう?
◆
幻香は、窓のない部屋を選び、迷うことなく扉を閉じた。その左手には、脇差二本を持って。そしてすぐに、杭でも打ち付けるような音が二回響いた。
「…どうする?」
扉の前で突っ立っていても意味がない。そう思い、私は共に残された二人に訊いた。
「私が、やってみる」
「…出来るのか?」
「うん。…されたこと、あるから」
そう言うと、親指の爪で人差し指の先を切り、その血で円を描きだした。そして、その周りを囲うようによく分からない模様を描き足していく。
「…魔法陣か」
「うん。まず、これが『解放を禁ず』。内側から扉を開かなくさせる魔法陣」
「それだけか?言っちゃぁ悪いけどさ、これだけだとあんま意味ないだろ」
「うん、分かってる。だから、もう一つ」
何も描かれていない円の中に、さらに円を描き足し、六芒星と細かい模様を書き連ねていく。
「次に、これが『原形を留める』。破壊に対する耐性を付加する魔法陣」
「…効果、あるのか?」
「あるはず。私が幽閉されてた部屋の壁には、この魔法陣の類が埋め込まれてたみたいだから」
人差し指から僅かに流れる血を一舐めし、扉を睨んだ。
「…見様見真似だけど、最低でも片方は上手くいったみたい」
「どうして分かる?」
私は魔法陣は知っているが、それを見てどんな効果を持っているか分かるほど精通しているわけではない。
「『目』がないから」
「『目』?」
「そう。…『目』はね、最も緊張している部分。そこに刺激を与えると、簡単に壊れちゃう脆弱な部分。人間でいうなら急所。それがない、ってことはそう簡単に壊れないってこと、だと思う」
『目』の有無なんて私には分からないが、無いと言うからには、そうだと言える理由があるのだろう。私はそれを信じるだけだ。
とりあえず、部屋に閉じ込めることは上手くいったようなので、軽く息を吐く。そして、突然起こった出来事の所為で頓挫してしまったことを思い出した。
「…悔しいが、幻香からは何も訊けなかったな…」
「だが、時間がないってことはハッキリと分かった」
「うん。…それに『私の破壊衝動がおねーさんに移った』のがよく分かった。元々私にあったものだからかな?何となくだけど、分かる」
「…そうか」
フランが私達に言った突拍子もない想像。確証はないし、ただの思い付きだ、と言っていたが、私達の持ってきた情報からそれを否定できる材料はなかった。強いて言うなら、萃香が持って来た情報が僅かに否定できる可能性を持っていたが、それも未知の能力で片付けられてしまうほどに弱いもの。
「このままだと、幻香が死ぬ。改めて実感した」
「幻想郷半壊も、有り得ない話じゃなくなってきたな…」
「…そうだね。何とか、しないと」
しかし、私達には解決する手段を未だに持ち合わせていないのだ…。